10 ―収穫祭と出会い― 後
「()」の()内は小声で話しています。
えーと、今、ティナス殿下は何と言いました?
私の聞き間違い? とも考えてジオ兄様を見れば彼も困惑顔。
殿下の言った言葉を頭で繰り返して……もしかしてあの不思議な置物の露店でクレープを探してた?
まさか、そんなことは……でも?
同じ想像をしたようで、ぷっと私より先に耐え切れなくなったジオ兄様が噴出して「あはは」と笑い、つられて私も笑ってしまい殿下はオロオロするばかり。
これって不敬罪になるのかなと頭の片隅で思うけれど笑いは止められず、近くにきた魔法師さんに話しかけられるまで笑っていました。
笑い顔から一転して真面目な表情で話しているジオ兄様を横目に、私はすっかりへそを曲げてしまったティナス殿下のお相手です。
頬を膨らませてつーんと横を向く殿下は私より1歳年上の11歳。
少年から青年になる途中特有の儚さというか中性的な美しさ。
帽子から零れ落ちる髪は太陽の光を受けて金に輝き、同じ光の私より長い睫毛に縁どられた深い海のような蒼い、サファイアの様な瞳。すっと通った鼻梁に薔薇色の頬、端整な顔は未だに機嫌を損ねている訳で……う~ん、どうしよう。
「あの、ごめんなさい。知らないって思わなくって」
「……」
「えーと、クレープって言うのは甘くて色んな味があって美味しいよ?」
「……」
「ジ、じゃなかった。ラスが戻ってきたら案内するよ」
「……」
「……」
だ、ダメだ。全く反応がない。ジオ兄様~早く戻ってきて!
他の話題は……何があるかな。
「あ、あの。さっきは本当に助けてくれてありがとう」
「……」
「私、全然気が付かなくって。ええっと、ルドは凄いね」
「……目は良いから」
もう関わってはいけない人なんだと思うけど、ポツリとそう零す声にやっと一言だけでも返してもらえて嬉しくて笑みが零れる。
「目が良いのも凄いことだけど、勇気があるなって」
「勇気?」
「うん、だって見えても動けないことのほうが多いもの」
「そう、かな?」
私の言葉にキョトンとしたり、はにかんだり色んな表情を見せてくれる。
少しは機嫌が直ったかなと、ついでに忠告もしておこうと思った。
「そうだよ。でも、危機感というか、疑うことはした方が良いよ?」
「危機感は持っているつもりだけど」
「……私たちが悪い人だったら、今頃ルドは攫われてるよ?」
「それはないよ」
真剣な表情をして言い切った殿下に驚く。
また心臓がドキドキしてくる。なんで?
「……なんで」
「これでも人を見る目は確かだよ。君たちは悪い人間じゃないって一目で分かったから。反対に彼らは良くない感じがしたから、どう断ろうか迷っていた」
でもまさか人攫いだと思っていなかったから二重の意味で助かったんだ。と苦笑いで裏話を教えてくれた。
「そうなの?」
「うん、それに君が……」
「それに?」
「君は、その……」
「え?」
「……本当は、」
空気が変わった気がして彼から目が離せない。
私を見ているはずなのに、遠くを見ているように感じる。
貴方のその視線の先には何が――誰かいるの?
ドキドキしていた胸がキリキリと苦しくなってくる。
どうして? 彼が私を見ないほうがいいハズなのに。
これは誰の胸の痛みなの?
深織として? それとも、フリージアだからなの?
――― ワ カ ラ ナ イ―――
「シア、ルド、ごめん。お待たせ」
混乱しはじめた私の耳にジオ兄様の声が届き、ポンと肩に置かれた手に強張った身体が解けていくように感じる。
『シア』
そう、今の私はシアで彼はルド。
今だけ、一緒にいるだけ。
普通にさっきみたいに話せばいい。
大丈夫。
切り替えられる。
フリージアではなくシアだから。
それに思い出したこともある。
もう大丈夫。
二人から見えないようにギュッと手を握って笑顔を作る。
こんなとこで淑女教育が活きるなんて人生無駄なことなんてないんだな、なんて言葉が頭をよぎった。
「ラス、お話なんだったの?」
「……シア? あぁ、さっきのこと」
私のほうを見て片眉をしかめたジオ兄様ですが、こういう時の私が頑ななのを知っているので苦笑いだけで済ませてくれました。
「さっきって、あの人たちのこと?(指示が来たの?)」
「そう。お礼言われたよ(このまま現状維持だって、それから……)」
「ふーん、じゃあクレープ食べに行こう! ルドの知り合いが見つかるまでよろしくね」
「えっ? 私は連れがいるって言った?」
「シア?」
私の発言に驚く殿下とジオ兄様。
めったに見られない二人の表情が見られて、ちょっと優越感かも。
実は殿下が『ルド』と名乗った時にティナス殿下ルートの過去話で幼馴染たちと収穫祭にこっそり出掛けたという話のスチルを思い出したのです。
なので、あの幼馴染たちと来たのは明白。
それから、その話を語ってもらう時にティナス殿下は“菫色の髪の少女”と会ったことがあると言う話も出るのですが、今のフリージアは“栗色の髪のシア”なのでこれってフラグ折ったってことですよね?
これできっとあの未来に――フリージアとティナス殿下が想いあうことで彼女が傷つくことに――はならない。
そう、これでいいんだ。
笑顔は保っていられている。
「言っていないよ。でも、ルドは誰か探してるでしょう?」
「……良くわかったね。実は幼馴染たちと来たんだけど、今は分かれて自由行動なんだ。どこに行くかは聞いていないから、どこかにいるかなって見てた」
分かりやすかった?と苦笑いの殿下。
「へー幼馴染? 仲良いんだ」
「うん。彼らも個々に用事があるらしい。最終的な待ち合わせ場所と時間は決めてあるから」
「彼ら、ね。……じゃ、行くか」
ジオ兄様が確認したのは私がさっき中断させてしまった連絡事項に続きがあったですね。
ごめんなさい、兄様~。
歩き出したジオ兄様の右へ並ぶと『紫紺の髪と緋色の瞳、鳶色の髪と金茶色の瞳。少年。見つけたら連絡』と小声で伝えられた。
紫紺の髪と緋色の瞳はストレリ・バーガンディ公爵令息。
鳶色の髪と金茶色の瞳はアシンス・オーカー侯爵令息。
やはりティナス殿下を含めたこの三名が抜け出してきたようです。
『乙女ゲーム』の時はしっかり者の部類に入る三人ですが、小さい頃はやんちゃしていたのですね。
想像してふふっと笑うと、ジオ兄様といつの間にか私の右横にいた殿下に覗き込まれてしまった。
美形二人に同時に「「シア?」」と言われてビックリよりも羞恥で頬が熱くなり誤魔化すために「最後の人が奢るのですー」と走って逃げました。
……まあ勝敗は言わなくてもわかると思いますが、私の負けでした。
ジオ兄様にはいつも勝てないので分かっていましたが、道は知らないハズなのに殿下が速かった。
まだまだハイスペック魔女には遠い道のりなのでしょうか。くすん。
負けてしまったので、三人分のクレープ代を払おうとしたら「女の子に払わせるわけにはいかないから」と殿下に逆に奢られてしまい、では飲み物を! と思ったらジオ兄様が既に買っていたという驚愕の事実!
これは言い損ならぬ言い得なのか? と首を傾げつつ、これは最初で最後の出来事だから甘えてしまっても良いかなと思う。
本日二回目の私はさっき迷ったもう一つのミックスベリーソース入りのクレープ、甘いものが苦手なジオ兄様はハムと野菜の甘くないクレープを選択。
さんざん迷ったティナス殿下は甘いもの好きなだけあってチョコとカスタードとイチゴ(+生クリーム)のクレープ。
まさか本当に一番甘いのを選ぶとは……それを見たジオ兄様の顔は引きつっていましたね。
クレープを食べるのに四苦八苦するティナス殿下にアドバイスを送ると、キラキラと海の色の瞳を輝かせてクレープを頬張り笑顔になった。
クリームがたっぷりの物だから案の定、頬についてしまっていて。
こういうのは年相応だなぁと、ふふっと笑って「ちょっと動かないでくださいね」と手で拭ってから、しまったと思ってハンカチで拭き直して「もう動いていいですよ」と言ってもピキって固まったまま動かなくなった。
あれっと思って助けを求めて横を見たら、なぜかジオ兄様も固まってました。
ちゃんとハンカチ使ったのに、なんでだろう。
しかし、この国は治安は良いほうですが、たとえ帰還魔法具を持っていたとしても王族や公爵・侯爵子息が一人で街を歩くなんて……。
何をしにわざわざ抜け出して来たのか気になりますけど……もう私には関係ないことだと割り切りましょう。
でもまぁ、魔法院に知られてしまったので確実に国王陛下や宰相様に知られているでしょうね。
すごく怒られそう。
そんな事を考えつつクレープをもぐもぐ。
二人もフリーズ(?)から解放されてクレープも食べ終わり、これからどうしようかと相談。
「ルドはこの後どうするの? 良かったら私たちと一緒に見てまわる?」
「良いの? 実はちょっと一人は寂しくて」
「じゃあルドの幼馴染が見つかるか待ち合わせの時間とやらまで、一緒にいるか」
「でもそれじゃあ君たちの時間がなくなるのではないの?」
「大丈夫! また明日もあるし。ね、ラス」
「そうそう。どこから行くかなー」
「ありがとう」
喜ぶ殿下にジオ兄様も私もお仕事なんですーとは言えません。
罪悪感を抱えつつ殿下をご案内。
お土産を買いたいと言う彼に付き合って露店をひやかして。
真剣な表情で品物を選ぶ彼の横顔を。
ジオ兄様にからかわれて焦っている顔も。
そんなティナス殿下の表情を目に焼き付ける。
今日、会ったのは『シア』でフリージアとは面識はない。
フリージアとの出会いをなくしたのだから、もう接点はないでしょう。
たとえ式典で会うことがあっても殿下は王族、私は伯爵令嬢。
―――遠いもの。
そろそろ待ち合わせ時間ということで殿下から聞いた場所へ向かう。
殿下の一歩後ろの位置を歩きながら、そろそろ消えたほうが良いのではとジオ兄様に聞けば、彼は目的地付近をみて「あぁ、あれか」と呟き私に小声で話す。
「(シア、向こうに例の二人が見えた。それから魔法師や騎士の反応もあるから僕たちはここまでだ)」
「(分かりました。行きましょう)」
「(お別れは良いの?)」
お別れの挨拶……したほうが良いのでしょうが、なぜか嫌だと思った。
もう会うこともないと関わらないと思っても、もし彼に「またね」と言われてしまったらその通りになりそうで怖い。
「(必要ないです。……だって私たちと彼は収穫祭で偶然会った人物。ただそれだけです)」
「(そう……。リーアがそれでいいなら何も言わないよ)」
「(兄様、ありがとう)」
「(……こちらこそ?)」
「?」
兄様の最後の言葉に疑問を持って立ち止まると、殿下も幼馴染たちを見つけたようで「あ、いた!」と嬉しそうに言う。
私たちのほうへ振り返り「紹介するよ」と言って向こうへ走って行く。
殿下が向こうに着きそうになった時に私たちはスッと人ごみに紛れて離れた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
あまり活躍できず顔見せ程度になってしまった……あれ?




