09 ―収穫祭と出会い― 中
やっと彼が出たけれど……。
「()」の()内は小声で話しています。
心臓がドキドキする。
ティナス殿下の笑顔のせいなのか、緊張感なのかを判断したいけれど今は任務中だとかぶりを振ってジオ兄様に続いてティナス殿下の前に行き、彼の手を――取れずに彼とジオ兄様の袖をひっぱって早く行こうと促す。
チラリと見た彼はなぜか驚いた表情で私を見ていた。
なんだろうと首を傾げるとジオ兄様から小声で「行くよ」と声をかけられ、気になる気持ちを隠してジオ兄様と二人で殿下を前に進むように押しやる。
そのまま先に進むようにジオ兄様が指示すれば素直に従う殿下。
その行動の潔さに逆に違和感を覚え、ジオ兄様を見れば「人攫い・逃げる」と簡潔に説明したと言う。
私たちを信じてくれたことに嬉しい反面、危機感が薄いような気がして心配になる。
そんな事を考えてしまったせいか少し足が遅れてしまい――ジオ兄様と私というイレギュラーに一瞬呆けた彼らでしたが――「待て!」と言いそれぞれが私とジオ兄様の肩を掴む。
やっぱりというか、逃してはくれないようです。
ため息を吐きたいのを堪えてアイビー仕込みの体術を使って切り抜けようと思い、一気にしゃがむと相手は体勢を崩ずされて前屈みになったところをジオ兄様が私から引き剥がし〈睡眠ノ霧〉で夢の世界へご案内。
ジオ兄様は相手に対して最初から眠らせるように決めていたみたいで、自身は掴まれたと同時に相手に対して魔法をぶつけていたみたい。
ジオ兄様の鮮やかな対処方法に感嘆を覚えながらも、私だって一人で対処できたのに! フォローに入るのが速すぎる!! と抗議の声を上げようとしましたが、背筋をチリチリと焦がすような感覚が襲ってくる。
魔法のおかげで増幅された感覚に強い悪意の感情がこちらに向かってくるのを感じてジオ兄様へと知らせようとした瞬間に彼にグイッと手を引かれ、後ろ方へと押されて振り返れば、いつの間にか立て掛けてあった棒を手に2人と対峙していた。
どうやら相手も魔法を使って加速して一気に距離を詰めたようです。
2対1とジオ兄様は不利な状態。
魔法で一撃、と言いたいところですが流石のジオ兄様でも魔力を練るのには集中力が必要です。
なにかサポートをしようと思うのですが、私が下手に手を出して邪魔をしてしまっては不味い。
魔法を使うか、それとも人を呼ぶべきか。
どうしようか迷っていると急に手を引かれて誰かに抱き込まれていました。
えっ? と思って恐る恐る上を見れば「大丈夫?」と微笑むティナス殿下の顔……?
彼は先に行ったはずなのに、どうしてここにいるの?
なんで私は彼に抱きしめられているの?
聞きたいのに混乱する頭では上手く言葉が出てこない。
助けを求めるようにジオ兄様を探せば、私たちとジオ兄様との中間地点に倒れている男性がいる?
どうやら私を掴もうとしたようですが、寸前に殿下が私を引き寄せたおかげで、彼は転んで私は助かったという訳のようです。
ジオ兄様は2人を相手に余裕であしらっているように見えるけれど、結構いっぱいいっぱいなハズ。
これでこの一人も加わってしまったら不味い。
このままじゃ、私は足手まといになってしまう。
とりあえず最後の一人をジオ兄様から離しておこうと殿下へと声をかける。
「すみません、放してください」
「……何をするつもりなの?」
「彼のほうへ行かないようにします」
「具体的には?」
「あの悪い人の注意を引いて逃げつつ騎士を探そうかと」
……本当は殿下に見えないところで魔法で眠らせようと思っているんですけど。
なので、殿下には通路に隠れていてもらおうと思ったのですが……。
「私も手伝うよ」
「だ、ダメです! 危ないですから!!」
「元はといえば私のせいみたいだから。ほら、行こう」
「え? ちょ、ちょっと」
彼はニッコリと笑うと私の制止の声を気かずに私の手を引いて歩き出す。
その時に「あぁ、忘れてた」と立ち止まり、石を投げた!?
石は綺麗な放物線を書いてジオ兄様の相手の一人に当たり、体勢を崩させた。
そこへジオ兄様はすかさず棒の先端を相手の鳩尾に叩き込んで気を失わせ、そうしてこちらをちらりと見て「後から行く」と声を出し、もう一人と対峙する。
ジオ兄様の声を受けて、倒れていた人物が私たちを見ているのを確認してから今度は私が殿下の手を引いて走り出す。
たぶんジオ兄様のあのセリフは、余裕ができて魔力を練りはじめていたので魔法を使い『全部倒してから後から行く』と言う意味でしょう。
殿下には見せられませんから、急いでここから離脱することにします。
路地を2本抜けて中央通りへ。
ジオ兄様と落ち合う場所として決めた候補の一つで、中央にモミの木が鎮座している広場。
いつもは静かな休憩所のような場所なのですが、今日は屋台も出て賑わっています。
広場から少し離れた場所に休めるようにと設置されたベンチが空いていたので、そこまで行き二人とも座り込む。
秋口の風が爽やかで気持ちいい。
ふぅと息を吐いてちょっと飲み物でも買っておこうかと考え、立ち上がろうとすれば手が繋がったまま?
自分の右手を見て、誰かと手を繋いでいるみたいだな~とその腕を辿っていくと……帽子をかぶった少年と目が合った。
困ったように少し赤くなった頬をかいて、金色の髪が帽子から零れていて、蒼い瞳が私を映して……。
あれ? これは誰だっけ……?
「……」
「……」
「……あの」
「……ご、ごめんなさい~~~!」
慌ててティナス殿下の手をバッと放して立ち上がり、飛び退くと誰かにぶつかってしまって体勢を崩すとそのまま抱き寄せられた。
「ごめんなさいっ!」と顔を上げれば「良かった……」と安堵の息を吐くジオ兄様の顔。
ジオ兄様は私を離すと「怪我してないか!?」と手やら足やら顔までも点検し始める。
彼の「顔が赤い?」という呟きに何故か心臓が跳ねて余計に顔が熱くなる気がする。
慌てて頬を押さえて「走ったから暑くなったのですよ!」という言い訳をして飲み物を買いに行こうとしたらクスクスと笑う声が聞こえた。
ジオ兄様とその方向へ視線を移せば、笑いながら私たちを眩しそうに見ているティナス殿下。
その笑顔に胸の奥がきゅうっとする。
違う、ダメだと、彼を見ないように視線を屋台のほうへ向け「飲み物買ってきます」と飛び出した……けど「シア!」と広場に出る前にジオ兄様に捕まった。
「ちょっと待って(通達事項)」
「え?」
ジオ兄様は私を引き寄せるとそのまま小声で話し始める。
「(さっき、アイツらを引き渡したときに連絡があってこのまま殿下の護衛をするようにって)」
「(私たちがですか? どうして)」
「(人手が足りないそうだよ。それに今すぐには殿下を城に戻せない理由があるらしく、持っているだろう帰還魔法具も命の危機以外は使わせないようにって)」
そう言うとチラリと殿下のほうへ視線を向ける。
殿下は広場のほうをキョロキョロと見ていて、私たちの視線には気づいていないようです。
「(理由は……聞けないんですね。わかりました)」
「(リーア、大丈夫?)」
「(兄様?)」
「(……ううん。じゃあ、もう一度連絡が来るまで離れないように)」
「(了解です)」
ジオ兄様とティナス殿下の元へ戻ると、ニコニコしている殿下に「仲が良いんだね」と言われ、兄様が答える。
「まあ、ずっと一緒にいるからね」
「髪の色は違うけど、兄妹なの?」
「似たようなものかな。あぁそうだ、さっきはありがとな」
「え?」
「石、投げてくれて助かったよ」
あ、そうでした!
ティナス殿下が石を投げてくれたからジオ兄様が楽になったのですよね。
……本当は私がサポートしなきゃいけなかったのに。
守るべき人に助けてもらうなんて……私ってまだまだダメですね。
それに……私が迷って注意力散漫だったせいで殿下が助けてくれなかったら怪我をしていたでしょう。
身体の傷は魔法で治せるといっても、心の傷は癒せない。
たとえ私が自分のせいだと言っても、優しいジオ兄様はきっと自分を責めてしまうから。
私もお礼を言わないと!
キョトンとジオ兄様を見ている殿下に「助けてくださって、ありがとうございました!」と頭を下げるとポンポンと肩を叩かれた。
なんだろうと姿勢を戻すと「私のほうこそ、助けてもらって感謝しています」と言って微笑む殿下が目の前にいた。
殿下に感謝されてしまい、どうしようとジオ兄様を見れば殿下と顔を合わせて「お互い様だねってことで」と笑う。
二人が笑っているので嬉しくなって、にへらと笑ったら驚いた顔をされてしまった。
……私の笑顔って変だったなのかなぁ。
ちょっと切なくなっていると、何故か耳が赤くなってるジオ兄様が「それで、どうする?」と問いかける。
「どうする?ってどういう事? ……えーと」
こちらもほんのり頬の赤いティナス殿下が答える。
走った影響が今ごろ出てきたのでしょうか。
「あぁ、ごめん。自己紹介がまだだった」
短い付き合いだけど。と念を押すように殿下を見ながらいうジオ兄様。
「僕はラス、彼女はシア。敬称は必要ないよ、平民だから」
「私はルド。私にも必要ないよ」
「貴族なのに?」
「どうしてそう思うの?」
「まず服。それから動き?」
「そうか……だから目を付けられてしまったんだね」
「まあ他にもあるけど。護衛はいないの?」
「うん」
「……じゃあルド、君はこれからどうする? 何か予定でもあるの?」
「予定……って程のことじゃないけど」
あらかじめ決めてあった設定で話し始めるジオ兄様はティナス殿下から情報を聞き出すようです。
私はこういうのは苦手なので、丸投げです!
……ルド。ミドルネームから取ったのでしょうか。
ん? あれ?
「う~んと、あの……ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
はにかむような、困ったような、言いたいことはあるけれど言葉にしにくいといったような表情のティナス殿下が逡巡しながらも意を決して言った言葉は「クレープって知ってる?」という一言でした。
思わずジオ兄様と顔を見合わせて目をパチクリ。
……クレープ?
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




