08 ―収穫祭と出会い― 前
前・中・後と続きます。
この1年半で体術はやっとアイビーと軽く打ち合えるようになり、魔法も基本4属性中級の半分くらいまでは発動させることが出来るようになりました。
それから合成魔法も特殊属性の光と闇も下級レベルくらいにはなったと思います。
ただ、淑女になるための勉強で苦労していることがあるのです。
それは先日から始まったダンス。
覚えきれないほどの動きに四苦八苦。
ジオ兄様のリードが上手いのでどうにか踊っているように見えるくらいのレベル……。
始めてから一週間は手拍子とヒールの高い靴が襲ってくるという悪夢をみましたよ。
ふふふ……もうイヤー。
魔法院では最近、薬と魔法薬の調合を各一種類ずつ(『熱冷まし薬』と『体力回復薬:小』)任せてもらえるようになりました!
その事とジオ兄様が――平均は15歳からのところを12歳になってすぐに――中級の試験を受けて合格したこともあり最近は魔法院に通う3回に1回は違うところでお仕事。
ジオ兄様はまた記録を塗り替えましたよ……今までの最年少記録は13歳なのです。
どこまでハイスペックになってしまわれるのか。
……ゲームでもジオラスは優秀というようになっていたけれど、ここまでだったかな。う~ん。
まさか! 主人公補正って私じゃなくてジオ兄様に!?
さすがにそれは無いと思いますけど。
今の私は10歳。後3年で同じくらいには……頑張るけどムリな気がする。
だけど私の心の平穏ためにもなるべく早く治療魔法師中級になりたい!
なぜなら、ジオ兄様が合格した魔法師中級は魔物退治に参加義務ができるのです。
期待もされていて、ジオ兄様は「平気だよ? リーアならわかるでしょう?」と言い嬉々として行ってしまいますが、怪我をしてしまうのではないかと毎回心配です。
確かにオレガノのお墨付きもありますし、兄様の実力は分かっているつもりですが……心配は心配。
治療魔法師も中級になれば攻撃には加わりませんが、サポート要員として一緒に行くことが可能なので、本当に大丈夫なのか自分の目で確かめるためには今以上に特訓あるのみです。
そうそう、ジオ兄様が中級になったら変更するといった許可石ですが透き通った水色の石を選びました。
なぜか今回の変更の時に人気らしく1つしかなかったので争奪戦だったそうです。
私が見た時はいろんな色がありましたが今回は少なかったのでしょうか。
今の色も好きだけど、中級になった時はまた選べるといいなぁ。
◇※◇※◇
そんな毎日を送っていますが今日は年に一度の収穫祭!
私がウイスタリア伯爵家に引き取られてから2回目で今回も楽しむぞーと意気込んでいたら、なんと! 魔法院からの依頼がきました。
人手が少ないのでお祭りを楽しみつつ会場を巡回(警戒)して欲しいとのこと。
どうやら、なにか揉め事を起こすというような脅迫文が届いたとか。
騎士団のほうも警備に当たるそうですが規模が規模だけに猫の手も借りたいという状況だそうです。
多少は対処しても良いですが、基本は近くの大人へ情報の受け渡しをするということです。
両親は渋りましたが、正式な依頼なことと魔法院にある図書館の特別閲覧室への入室許可証(5回分)が報酬なら受けない訳がありません!
前々からジオ兄様と行って希少本を見てみたいねと話していたので、依頼を聞いた時に二人とも食い気味に返事をしたのは当然でしょう。
それにジオ兄様は魔法師中級ですけど私はまだ初級なので、『職人街』の比較的子供が楽しむ場所を指定されたため、そこまで危険はないという判断をしたのですが……。
―――その判断がまさかの出会いを引き起こすとはこの時は全くもって、思ってもいませんでした。
ジオ兄様と商人の子供のような服を着て、アンタムさんからもらった髪の色を変える魔法具(チョーカー型)でジオ兄様は黒髪、私は栗色の髪に変化させます。
これはウイスタリア家と知られないようにという事と、今回は商人仲間の子供で兄妹のように育ったという設定なのでこの世界に多い髪色にしたのです。
アンタムさんというのは屋敷の訓練室の魔法具を作ってくれた例の自称天才魔法技師さんで実はオレガノの従兄弟さんでした。道理で詳しい話を濁していたわけです。
気さくなおじ様に見えたのですが、ジオ兄様は少々苦手だそうです。
準備も万端! お母様から「くれぐれも気を付けるように。とくにジオラス、貴方は……」と少々長い注意を受けて、出掛けます。
兄様は本当に何をやらかしていたのか……。
いつもどおり手を繋いで――慣れってスゴイですね――屋台を冷やかしつつ揉め事などがないか見てまわります。
「とりあえず、今のところは大丈夫そうですね。……ジ、じゃなかった。ラ、ラス?」
「そうだね、シア。……名前に気をつけて。あと今日は言葉使いもね」
にこやかにでも辺りに注意を払いながら言うジオ兄様は、最後の言葉はこっそりと耳に口を寄せていうものだからちょっと擽ったい。
「ごめん……ね、ラス」
「うん、そういう感じで。まぁ僕はいつもどおりでも良いんだけど、これからこういった依頼もあるかもしれないから慣れるように練習」
「善処……じゃなかった、頑張るね」
がんばれと声を出さずに言って微笑むジオ兄様に項垂れて「……はい」と返します。
ばれないように変装したのだからと言うことで偽名を名乗ることにしたのですが、私はあの愛称の第二候補の『シア』、兄様はジオラスからとって『ラス』と名乗ることに決めたのです。
ですが! せめて“兄さん”か“くん”付けをと言ったのに!! 笑顔で却下された……うぅ、兄様を呼び捨てなんて慣れないよ~。
「さて、エネルギー補給がてら、ちょっと休憩しようか」
「はい! クレープを希望します!!」
さっきから気になっていた食べたいものを告げれば、私の勢いにちょっと引き気味になりつつも「了解です、お姫様」と茶化しながらいつもどおりの笑顔になって、数ある屋台からわたし好みのお店へ連れてってくれました。
周囲の警戒じゃなくてお店だけを見ていたんじゃないかと疑う目でみれば、「シアの好みくらい分かるよ。僕を信じてくれないんだね。よよよ」とウソ泣きを大袈裟な演技付きでされてしまい、慌ててジオ兄様を引っ張ってひとまず人けのない通路に避難。
通路に入ったのには他にも理由がありますが、誰がジオ兄様の過剰演技を止めさせてくれませんか!?
「に~い~さ~ま~」
「ごめんごめん、可愛かったものでつい」
くくっと笑うのが止まらないジオ兄様の脇腹にチョップをしようかと手を……動かす前に、笑顔ながらも目が真剣になったジオ兄様に止められた。
「リーア、気が付いた?」
傍目から見ればじゃれているように体を寄せて囁くように言われた言葉に間違いじゃなかったと確信した。
「はい。あの男の子に対して気配を消して尾行している人がいますね。数は……5人でしょうか」
「ん、正解。この距離なら上出来だよ」
真剣な面持ちながらもふふっと笑うジオ兄様にはまだまだ及ばないと項垂れる。
私の〈探索〉による感知限界を知っているジオ兄様が“この距離”と言うことはもっと前から分かっていて私にああいった行動を取らせたのでしょう。
悔しいなぁ、もう。
ちなみに、最近出来るようになった多重展開で〈探索〉と〈判別〉を使っています。
得意な風と光属性なのでやっとこの組み合わせで発動可能。
範囲は半径10メートルくらいなので、もっと精度と範囲を広げるのが課題。
今日も練習のために使っています。
この世界の魔法はイメージ先行なところもあるので前世の知識は助かります。
〈探索〉で人数を〈判別〉で意図的に気配を消している人物を除外しているのでその差で分かるようにしています。
不思議な事に同時発動するとイメージした設定に差があると“向こうに何人違う”と言うようなことが浮かぶのです。
うーん、チートだ。
気配の有無はアイビーに気配のオンオフをしてもらって覚えました。
……アイビーは――この世界にいるかは分かりませんが――くノ一ではないかと疑っています。
同じように魔法での場合もオレガノに手伝ってもらってちゃんと組み込み済みです。
閑話休題。
「どうしましょう? 連絡をしないといけませんが、近くに他の魔法師の反応がありません」
そう言って貸し出されたブレスレットをジオ兄様に見えるようにする。
このブレスレッドは今回警戒に当たっている魔法師・騎士共通に貸し出されたもので、お互いがある一定以上近くに居れば色が通常は赤色の石が青色に変わる。
魔法師は二人以上で組むことが多いので2種類あり、ジオ兄様の物は黄色から緑色に変化します。
そんな黄色の石のブレスレットを触りながら「そうなんだよねぇ」とジオ兄様はニヤリと笑う。
あーこの表情はきっと……。
「僕たちだけで処理しようか」
そのために中級になったようなものだしねとあっさりと決断するジオ兄様。
うん、だと思いました。
魔法師中級の権限の一つの緊急時の小隊長権限。
それを使用するみたいです。
まずは状況確認ということで、狙われている男の子とも狙っている人たちとも少し距離があるのでカモフラージュのため&エネルギー補給にクレープと飲み物を購入して食べつつ様子を伺います。
わたし好みの抹茶と小豆の和風クレープ♪ 美味しい~。
ジオ兄様はツナとチーズの甘くないクレープ。お互いに味見交換をして「家族以外はダメだからね」「分かっています!」「絶対だよ?」「しつこいですよ!?」といういつものやり取りをしながら少しずつ距離を詰めていきます。
ある程度近づいていくと詳細がわかりました。
狙っている人たちはあまり人相のよろしくない5人の男性。
年齢は10代後半から20代前半と言ったところでしょうか。
2人は私たちとは反対方向の道から歩いてきていて今は立ち止まって話をしています。
もう3人は少し離れた通路に隠れてというように分かれているようです。
狙われているのは私たちと同い年くらいの少年。
私たちより上等な服を着ていて、街の子供というより貴族の子息に見えますね。
護衛がいるのなら大丈夫だったのでしょうが、あれで一人では狙われても仕方がありません。
私が見ても無防備すぎると思ってしまう。
熱心に露店の不思議な置物などを眺めている横顔に――帽子を被って隠しているようですが――零れ落ちる髪は金色のよう。この国で金やそれに近い色の髪は王族かそれに関係のある血筋のみ。
私たちのように魔術具で髪の色を変化させようとも金色だけは作れない。
ウィッグのないこの世界だから彼の髪は本物ということ。
そんな人物が一人で?
お忍びの可能性は? とジオ兄様に飲み物を渡しつつ問えば、難しい顔で受け取りごくごくと飲み切ってから小声で「連絡は来ていない」と呟いた。
と言うことは……抜け出して出てきたけれど迷ったか、一緒に来た人物とはぐれたか。
でもそれにしては落ち着いている?
「兄様。心当たりはありますか?」
「うーん、あの年代だとティナス殿下かニコティ・シャトルーズ公爵令息だね。でもあの金の髪はきっと殿下だ」
――ティナス殿下――その名前を聞いた瞬間にドクンと胸が高鳴った。
ティナス・ルドベキア・エクルベイジュ王太子殿下。
前世の深織が好きだったあの人。
逢ってみたい。逢いたくない。
出逢ってしまったらフリージアはどうなるの……?
本当に彼なのかと思考の渦に入りかけたところに、無意識で力が入ってしまったようでジオ兄様から受け取った紙カップのペコッという変形する音と「シア?」と言うジオ兄様の声で帰ってこれた。
そうだ。今の私はフリージアじゃない。治療魔法師の『シア』だ。
今は任務中、私情は挟まず対処しなければ――被害がでてしまう。
ふるふると頭と振って切り替える。
「なんでもありません。ラス、指示を」
「シア? ……わかった、じゃまずは」
私の態度の変化を訝しく思っても、私がジオ兄様を“ラス”と呼んだことで気持ちを切り替えてくれたようです。
ごめんなさい、ジオ兄様。いつか話せるときがくれば―――。
心の中で謝りつつジオ兄様の指示を聞く。
あまり騒ぎを大きくしたくないので、彼の友人を装って連れ出す。
追って来なければ、一緒に来た人物を探すか自宅へお届け。これが一番いいパターンだけれど無理でしょうね。
追って来たらその都度、対処を変更と言うことで。
とりあえず落ち合う場所だけは決めておきます。
それから、なるべく怪我をさせないようにとのこと。
まずは彼を接触して保護しないといけません。
結論が出た時点で急いで〈速度強化〉をかけて走りはじめますが、露店を見終わったのか立ち去ろうとした彼に先に向こうが接触してしまった。
何か話しているようですが、彼の困ったような表情がここからでもわかる。
ジオ兄様がいかにも今、見つけたというような振りで「いたいた! はぐれるなって言っただろ?」と気安い感じで彼に話しかけていた男性2人へ割って入る。
きょとんとした彼ですが、ジオ兄様が小声で何か言ったのを瞬時に理解したようで「ごめん」とはにかんで笑った。
ゲームより5歳若い彼の笑顔は、あるスチル画面の幼い頃の笑顔と一緒で胸が締め付けられた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
やっと新しいキャラクターが……でも一瞬。
拍手もしていただき、ありがとうございます。
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