インターミッション
ガンドルフが目を覚ますと、既に太陽は沈み、辺りは暗かった。空に浮かぶ満月と星々、篝火の明かりが夜の闇を照らしている。
「ここは……」
自らが置かれた状況を確かめようとして呟くと、その声に反応した者が彼の顔を覗き込んだ。
「あっ……よかった。目を覚まされたのですね」
鈴を転がすような声と共に、ガンドルフの目に女性の顔が映った。
豊かな金色の髪と優しげな瞳の、絶世の美女だ。ガンドルフは、一瞬でその女性に心を奪われた。
「天使がいる……そうか、俺は死んだのか……」
「はい?あ、あの……」
うわ言のように呟くガンドルフに、やや困惑した様子を見せる女性。ガンドルフは、体を起こすとそんな彼女の小さな手を両手で握り、言った。
「まあいいや。結婚して下さい」
「はぇっ!?」
唐突なプロポーズに目を白黒させる女性だったが、彼女が言葉を返す前に、
「てめえ目ぇ覚まして早々、何サカってやがる!もぐぞ!」
「俺らの聖女様に手ぇ出そうなんぞ百万年早いんじゃあ!」
「お前らそこをどけ!ファルシオンの旦那に代わって俺が引導を渡してやる!」
その言葉を聞きつけた男性兵士達がガンドルフを取り囲み、容赦なく殴り倒したのだった。
◆
「……そ、そうか。アンタが治療をしてくれたのか……改めて礼を言わせてくれ……イテテ」
「いえ、お礼を言われるほどの事では……傷付いた方を癒すのがわたくしの使命ですから」
兵士達に殴られた傷をさすりながら、頭を下げるガンドルフ。
そんな彼の傷に手を触れながら、癒しの魔法をかけている女性の名は、アメリアといった。彼女はレオンハルト皇子に付き従う解放軍の一員であり、大地の神を信奉する高司祭。治癒魔法の腕では、解放軍で彼女の右に出る者はいない。それどころか大陸中を探しても、彼女と肩を並べられる者は十人に満たないであろう。
アメリアの治療を受けた後、ガンドルフは彼女と別れ、兵士の案内を受けて少しばかりの距離を歩いた。その先で、彼を待っていたのは……
「あっ、団長!」
「お前ら、団長が目を覚ましたぞ!」
わっ、と歓声を上げながら、ガンドルフの元に集まる男達。それは、彼の配下の傭兵達であった。
「お、おめぇら無事だったか!」
部下達の無事を喜ぶガンドルフ。そんな彼に、声をかける者がいた。
その者は人間ではない。夜の闇の中にあっても一際目立つ巨体を持つ、亜人族の男。そう、それは先程の戦いでガンドルフを打ち破った豚人族の戦士、ファルシオンであった。更に、彼の後ろには豚人族の戦士達が何人も見える。
「目を覚ましたか。大事ないようで何よりだ」
胡坐をかき、座っている姿勢でも凄まじい巨体だ。ファルシオンは鋭い、澄んだ目でガンドルフをまっすぐに見つめて言った。
「よう、オークの大将か……アンタが俺を助けるように言ったらしいな。一体どういうつもりだい?俺はアンタ達の敵だったはずだが」
ガンドルフがそう尋ねると、ファルシオンは厳つい顔で笑い、たった一言。
「勇者に対し、礼を尽くしたまでのこと」
ガンドルフはその返答を聞き、訝しげな顔。
「勇者……?傭兵の俺を、勇者と呼ぶのか、アンタは」
傭兵とは、言ってしまえば只のごろつきだ。
金を貰って戦争の道具となり、殺すだけしか能の無い、定住する場所を持たないはぐれ者。嫌悪されこそすれ、誰かに敬意を払われた事など無かった。
そんな薄汚い傭兵を、目の前の豚人族は勇者と呼ぶ。それがガンドルフにはわからなかった。
だが、そんなガンドルフに、ファルシオンは言った。
「この俺を見て、臆せず向かってきた者は滅多にるものではない。お前の剣は力強く、真っ直ぐだった。強く、勇気ある者に最大の敬意を払うのが我ら豚人族、焔の氏族の掟だ」
ガンドルフは、その言葉を聞いて震えた。
これまで誰にも顧みられる事のなかった人生において、己を真正面から打ち破った強者に認められ、歓喜に魂が震えた。
ガンドルフはすっかり、目の前の男に参ってしまっていた。
「……ああ、完敗だ」
ガンドルフは一度目を瞑ると、かっと目を見開いて、ファルシオンを真っ直ぐに見つめ、
「ガンドルフだ。アンタと同じ道を往きたい」
そう言って、太い腕を差し出した。
「ファルシオンだ。宜しく頼む、友よ」
ファルシオンが、世界樹の幹のような腕を差し出し、がっしりと力強く握手を交わす。
「……つーわけで、俺はこの人と共に行く事にした!勝手ですまねぇが、大鷲の団は今日をもって解散とする!去りてぇ奴は……」
ガンドルフが、彼の周りに集まった傭兵たちに宣言するが、それを遮って、傭兵たちが声を上げる。
「団長!俺達を見くびって貰っちゃあ困りますぜ!」
「俺達ゃアンタに付いていくって決めてんだ!誰が去るもんかよ!」
「それに、俺達だってファルシオンの旦那や、オークの連中にはすっかり惚れ込んじまったんだ!団長が言わなくても、俺達は解放軍に行くぜ!」
それを聞いたガンドルフは笑いながら、ファルシオンに頭を下げる。
「……って事らしいぜ。そういう訳で、俺ら全員、アンタの下に付かせて貰う。よろしく頼むぜ、大将」
「うむ、頼もしい限りだ。……酒を持てい!」
ファルシオンの命に従い、一人のオークが酒樽と巨大な盃を持ってやってきた。
ファルシオンはそれを受け取ると、配下のオーク達、そして新たに仲間に加わった傭兵達と円陣を組んで座った。
盃になみなみと注がれた酒を、まずファルシオンが飲み、それをガンドルフに手渡した。ガンドルフは受け取った盃を傾け、酒を喉に流し込む。
「……ぷはぁっ!くあ~っ、なかなかキツいが、うめえ酒だ」
そして、同じように盃をオーク達と傭兵達が回し飲みしていく。固めの盃を交わし、彼らの結びつきは一層強固になった。
そんな時、彼らの前に現れた一人の男がいた。
「やあ、楽しんでいるようだね」
銀髪の貴公子、この解放軍のリーダーである皇子レオンハルトだ。彼の姿を見たオークや傭兵達が立ち上がって礼を取ろうとするが、レオンハルトはそれを制した。
「楽にしていてくれ。酒の席で堅苦しいのは無しにしよう。それに気安く接してくれたほうが、私も気が楽だ」
そんなレオンハルトを、ファルシオンは軽く睨んだ。
「レオンハルト、仕事はいいのか。街を占領したばかりで、やる事は山積みだと思うが」
「ははっ、押し付けて脱走してきちゃったよ。ああ、書き置きは残してあるよ?」
「またか。そのうち軍師殿の胃に穴が開くぞ……」
「ファルシオンが自分達だけで酒を飲みに行くのが悪いんだよ。手伝ってくれてもいいだろう?」
「たわけ。俺は戦士だ。政務が務まるわけがないだろう」
ファルシオンと談笑したレオンハルトは、次にガンドルフと対面した。
「貴方がガンドルフだね。私はレオンハルト・D・クランベルク。この解放軍を率いている者で、先代皇帝の息子……当代の皇帝アルフォンスの兄でもある」
とつぜん大物に話しかけられたガンドルフは、当惑しながらレオンハルトに言う。
「へ、へい……傭兵のガンドルフでごぜぇやす。その……大変失礼なんですが、本物のレオンハルト皇子で?」
ガンドルフが疑うのも無理はない。
帝国は、レオンハルト皇子は十年前に死亡したと発表しており、今回のレオンハルトの反乱に対しても「亡きレオンハルト皇子の名を騙る不届き者」というのが帝国側の言い分である。
「疑われても仕方がないけど本物だよ。もっとも、それを証明する手段は、残念ながら持っていないのだけどね」
レオンハルトは、ガンドルフの質問に気を悪くする事なく、笑ってそう答えた。
「それと皇太子とはいっても国を追われ、今はこうして帝国に弓引く反乱者。さっきも言ったけど、変にかしこまる必要は無いよ」
「は、はぁ……」
気さくに接してくるレオンハルトに、調子を狂わされるガンドルフであった。
「というわけでファルシオン、私にも盃を」
「酒好き皇子め。ガンドルフ、こいつはこんな形をして、かなりの酒飲みだ。お前の分も飲まれないように気をつけろ」
「ひどい事を言う」
悪態をつきながらも、ファルシオンはレオンハルトに盃を渡すと、自ら酒を注ぐ。そしてガンドルフの盃にも酒を満たした。
「我等の勝利と、新たな出会いに」
レオンハルトはそう言って、盃を掲げた。それに倣い、ファルシオンとガンドルフ、その配下のオークや傭兵達もまた、盃を天にかざす。
明日からはまた、次の戦いが始まる。
だが今夜は、男達は友と酌み交わす酒を心から楽しむのだった。
レオンハルトは18歳ですが、帝国法では15歳で成人&飲酒が可能です。