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ミルドハットの戦い(後編)

 地方都市ミルドハット。

 大陸西部にある小都市だが、【闇の領域】と呼ばれる亜人族や、魔獣が多く棲息する地域に近い場所にある為、街の規模に比べると常駐している兵力は多い。

 また、危険な魔獣を狩って一攫千金を狙う、命知らずな冒険者や傭兵も多く訪れていた。帝国軍はそういった者達を、臨時の兵力として金で雇い入れている。


 先日行われた野戦において、レオンハルト皇子率いる革命軍は、その戦力の一割ほどを削る事に成功していた。

 だが現在、帝国軍は都市の内部に立て籠もって守りを固めている。そして正門には腕利きの傭兵団【大鷲の団】と、その団長であるガンドルフを配置して革命軍の攻撃を防ぐ。


 傭兵団長ガンドルフは、巨大な両手剣を軽々と扱う豪傑。彼が剣を人薙ぎするだけで、兵士三人の胴体が真っ二つにされる程の剛剣である。

 そんな益荒男を前に、攻めあぐねる革命軍。だが彼らに立ち止まっている時間は無い。

 何故ならば総兵力では、革命軍は明らかに帝国軍を下回る。このままいたずらに時間を浪費していては、援軍が来て詰んでしまう事は火を見るよりも明らかである。


 だが苦しい状況の中、革命軍に所属する一人の男が立ち上がった。

 人間に蔑まれ、差別されている亜人族でありながら、レオンハルト皇子と友誼を結んだオーク族の長。

 その名を、ファルシオンといった。



 向かうべき戦場を睥睨するファルシオン。そんな彼の前にあらわれたのは、二十人ほどのオークだった。彼らは皆、ファルシオンの氏族に属するオーク達であり、彼の忠実な部下である。

 背が低い者でも180㎝、大きいものだと250㎝ほどの身長で、肥満体。だが、その厚い脂肪の下には強靭な筋肉が詰まっている。

 粗末なつくりの革鎧を身につけ、手には骨を削って作られた曲刀や、斧を持っている。

 オーク族の戦士達は、直立不動で長の言葉を待っていた。


「皆、揃っているな」


 ファルシオンの言葉に、全員が頷く。


「これより我が友の為に戦を行なう。全員、俺に続け!」


 ファルシオンが天高く拳を突き上げて呼びかけると、オーク達が一斉に鬨の声を上げた。


族長オサ族長オサ!我ラガ主!!」

族長オサ族長オサ!無敵ノ戦士!!」

「黒キたてがみノ王!不敗ノ勇者、ファルシオン!」


 部下達の先頭に立ち、勇ましく戦場へと向かうファルシオン。

 手に持った武器を打ち鳴らし、族長を讃える唄を大声で口ずさみながら、オーク達はその大きな背中に続いた。



 ミルドハットの街、その正門付近。

 肩に大剣を担ぎ、門前に待ち構える傭兵団長ガンドルフと、距離を取って対峙していた兵達は、後方から地鳴りのように聞こえるオーク達の声に気付き、振り向いた。

 すると、遠くからでもよく見える、その巨体が目に入る。そして、その男に続く者達の姿も。


「おお……!ファルシオン殿が来たぞおおッ!!」

「なんと!よし、これで勝てるぞ!」

「うおおーっ!勝った!勝ったァーッ!!」


 ファルシオンの姿を見て、解放軍の戦士達が歓声を上げる。

 逆に、都市の城壁や、櫓の上から彼の姿を見た帝国兵の顔に驚愕と怯えが浮かぶ。


「なっ……何だ、あれは!?」

「オークの群れだと!?しかも何だ、あの先頭に立っている黒いオークは!?大きすぎるぞ!」


 ただ姿を現しただけで味方を鼓舞し、敵を怯えさせるその堂々たる威容。その姿は当然、門の前で待ち構えるガンドルフの目にも入った。


「ヒューッ……おいおい、反乱軍の奴ら……とんでもねぇモンを出してきやがったな」

「だ、団長!?まずくないっすかアレ!?幾らなんでもデカ過ぎますよ!なんか見た目からして他のオークと違いますし!」

「うろたえるんじゃねえ!ヤツは俺が相手をする。手を出すんじゃねえぞ」


 ファルシオンの姿を見ても一切動揺する事なく、部下に檄を飛ばすガンドルフ。彼もまさしく剛の者であった。


 そして、両者が対峙する。

 身の丈2メートル程もある巨漢のガンドルフにとって、相手を見上げるという経験は滅多にない物だった。

 黒いオークを見上げ、ガンドルフがまず口を開いた。


「お前がオーク共のリーダーだな?俺は傭兵団【大鷲の団】の団長、ガンドルフだ。お前さんは、俺を満足させてくれるのかい?」


 傭兵団長の言葉を受け、ファルシオンが応える。


「オーク族、ホノオの氏族が長、ファルシオンだ。どうやら死闘に楽しみを見出した輩のようだな」


 流暢な大陸共用語を喋るファルシオンに一瞬驚くガンドルフ。だが、すぐにその顔に獰猛な笑みが浮かぶ。


「わかるかい。そうとも、強者との戦いこそが俺の望みよ。そういうお前さんは、何の為に戦う?」

「友の為。そして、俺自身の夢の為に」

「良~い答えだ……それじゃあ、そろそろろうじゃねぇか」


 ガンドルフが、大剣を大上段に構える。ファルシオンは頷くと、


「俺の剣を持てい!」


 と、部下達へと叫ぶ。その命に応え、オークの一人が布に包まれた巨大な物体を、ファルシオンに差し出した。

 ファルシオンがそれを受け取り、巻かれた布を外すと……現れたのは、巨大な骨で出来た、武骨な剣。ファルシオンの巨体に見劣りしない程の、巨大な骨剣であった。


「でけえな。何の骨だい、そりゃあ」

「以前狩った、飛竜種ワイバーンの骨を削って作ったものだ。骨剣だからといって侮るな」


 ファルシオンの言葉に、ガンドルフの背中に冷や汗が浮かぶ。


(ワイバーンの骨と来たか……!随分と重くて頑丈そうだな。しかもこいつ、さらっとワイバーンを狩ったとか言いやがったぜ、全く……!)


 僅かに浮かんだ恐怖は、だがすぐに歓喜にとって代わる。


(こんな漢となら、出来そうだ……本気の死合いって奴を!)


 ファルシオンが、巨大な骨剣を構えて叫ぶ。


「いざ!」


 ガンドルフが、愛剣を握る手に力を込めて応える。


「尋常に!」


 そして両者は、同時に動きだした。


「「勝負ッ!!」」


 ガンドルフが力強く大地を蹴り、跳躍。一瞬でファルシオンの懐に入り込んだ。巨体を誇るファルシオンは、懐に入られると対処が難しい。


「ぬうんッ!!」


 ガンドルフが大剣を一閃。ファルシオンの胴体を、革鎧の上から斜めに切り裂いた。

 だが通常であれば、鎧の上からでも人体を両断できるガンドルフの斬撃は、鎧を切り裂き、ファルシオンの肉体を浅く傷付けただけに留まった。


(硬ぇ!こいつ、鎧も随分と良いのを使ってやがる!しかも何てぇ頑丈な筋肉だ。まるで岩を斬ったみてぇな感触だ!)


 驚愕するガンドルフ。そんな彼に、ファルシオンの丸太のような……否、まるで世界樹の幹のごとく太く、強靭な脚が襲いかかる。

 懐に飛び込んだガンドルフに対し、ファルシオンは膝蹴りで反撃を行なった。


「ぐおおっ!」


 ガンドルフの2メートルを超える巨体が、宙を舞った。凄まじい脚力。

 どうにか空中で体勢を立て直し、着地するガンドルフであったが、そこに今度はファルシオンの、大上段からの斬り下ろし!


「どわあッ!?」


 慌てて横っ跳びで回避するガンドルフ。一瞬前まで彼が居た場所に、ファルシオンの骨剣が振り下ろされた。

 3メートル以上の高さから全力で振り下ろされた、ワイバーンの骨製の剣が叩きつけられ、凄まじい轟音と共に大地が抉り取られる。


「なんてぇ馬鹿力だ……!こりゃ真っ向勝負は分が悪いぜ」


 無敵の団長が正面からの戦いで遅れを取ったのを目にして、大鷲の団の傭兵達に動揺が走る。それと対照的に、オーク達と解放軍の戦士たちは拳を振り上げ、足を踏み鳴らしてファルシオンの勇姿を讃える。


「おう、オークの旦那」


 その時、ガンドルフが突然ファルシオンへと話しかけた。


「奥の手を出させて貰うぜ……!受けられるモンなら、受けてみやがれ……俺の、最強の技をな!」


 ガンドルフが大剣を正眼に構え、気迫を込める。すると、彼が持つ剣の刀身が、赤い光を放ち始めたではないか。


「あれは……戦技アーツか!?」


 それを見た解放軍の兵士の一人が、思わず声を上げた。

 【戦技】。それは武器に、あるいは己の肉体に魔力を込めて放つ、超常的な力を持つ武技の総称である。


 戦技は、まず八つの位階ランクに分けられる。

 第一位階【士技】。

 第二位階【匠技】。

 第三位階【将技】。

 第四位階【師技】。

 第五位階【王技】。

 第六位階【聖技】。

 第七位階【帝技】。

 第八位階【神技】。

 以上の八つに分類され、また更に剣や槍、斧などの各武器ごとに分類される。

 それ以外にも破壊力に優れる【剛】や、トリッキーな【幻】、防御用の【護】などといった属性毎にも分けられ、とにかく様々なバリエーションが存在した。


 そして戦技を修めた者は、その位階と種類に応じた称号を得る事ができる。

 例えば剣の士技を修めれば【剣士】、槍の将技を修めれば【槍将】と呼ばれる。

 ちなみに士技程度であれば、訓練すれば誰でも使えるがその上、匠技や将技となると途端に使える者が激減し、王技以上になると大陸中を探しても、使える者は十人に満たないであろう。

 帝技、神技となるともはや伝承や物語にて語られるのみであり、現在使える者は【剣神】と呼ばれるレオンハルトの師匠、ソーマ・ムラクモしか存在しない。


 今ガンドルフが放とうとしているのは、まさにその戦技であった。


「コォォォォォォ……」


 凄まじい量の魔力が、ガンドルフの剣に凝縮される。

 そして、遂にそれは放たれた。


「行くぜ……!剛の剣将技、地裂斬ッ!!」


 ガンドルフが、全力で剣を大地に叩き付ける。すると大地がひび割れ、めくれ上がる程の衝撃が走る。そして放たれた魔力は大地を割りながら、凄まじい勢いでファルシオンへと迫り、その足元で爆発する。


「ぬうううううっ!」


 土煙が巻き起こり、ファルシオンの体が隠れる。やがて、それが晴れると……


「ハァッ、ハァッ……何ッ……!?」


 全身全霊を込めた戦技を放ち、肩で息をするガンドルフ。彼の目が驚愕で大きく見開かれた。

 彼の視線の先には、確かに剣将技の直撃を受けたはずの、オーク族の戦士の姿。


「見事な技だった」


 ファルシオンの体は、確かに戦技を受けて傷付いている。だが彼はしっかりと大地を踏みしめ、その場に屹立していた。


「ならば、俺も全力を尽くすのが礼儀という物だろう」


 そしてファルシオンが、骨剣を構える。その刀身が先程のガンドルフと同様に、光を帯びてゆく。それが意味するのは、ファルシオンもまた戦技使いであるという事実。


「ゆくぞ!剛の剣王技、地竜裂衝斬!」

「なっ、何だとぉぉぉぉぉ!?」


 それは、ガンドルフが放った戦技【地裂斬】と同種の戦技にして、その上位技。

 威力・速度ともにガンドルフの地裂斬を超えるそれが、ファルシオンの剣より放たれた。


「ぐわああああああああああッ!!」


 大地を奔る衝撃が、ガンドルフを吹き飛ばす。

 そして、それはガンドルフを飲み込みながら、更に先へと進む。そう、ガンドルフが守っていた、街の正門へと。


「た、退避ー!退避ーッ!!」


 門の周囲に居た者達が、泡を食って逃げ出した直後。

 吹き飛ばされたガンドルフの背中が門へとブチ当たり、派手な音を立て……そして、凄まじい衝撃が、鋼鉄製の重厚な門を、木っ端みじんに吹き飛ばしたのであった。


族長オサ族長オサ族長オサ!」

「う、うわああああ!化け物だあああああああ!」

「そ、総員撤退せよ!」


 族長の勝利に、オーク達が沸く。

 反面、ファルシオンの力をまざまざと見せつけられた帝国兵達は、ある者は腰を抜かしてその場に座り込んで震え、ある者は気を失い、またある者は武器を投げ捨て、一目散に逃げ出した。


 既にその場に残っているのはファルシオンと、その配下のオーク軍団、解放軍の戦士達。そして残るは、団長を倒された【大鷲の団】の傭兵達のみであった。


「だ、団長の仇……!」

「勝てないまでも、せめて一矢報いてやる!」


 恐るべき巨体、恐るべき剛力。

 ファルシオンを前に震えながらも、傭兵達は団長の仇を撃とうと立ち向かわんとする。

 だが、今にもファルシオンに襲い掛からんとしていた、そんな彼らの動きが止まった。

 何故か。

 それはファルシオンが、倒した相手であるガンドルフの元へと歩み寄り、その体を抱え上げたからである。


「聞け、同胞たちよ!この男、ガンドルフはこの俺に一対一の決闘を挑み傷を負わせ、我が全力の一撃を受けきった、まことの勇者なり!」


 見ればガンドルフはファルシオンの攻撃を受けて重傷を負い、気を失ってはいるものの死んではいないではないか。凄まじい生命力である。


「この勇者を死なせてはならぬ。丁重に司祭殿の元へとお運びせよ!」


 ファルシオンの言葉に、オークの一人が彼の元へと駆け寄ってきた。オーク軍団の中でも、特に体格の良い者だ。彼はガンドルフを背負い、ベースキャンプへと駆けていった。

 後方には【癒しの聖女】と呼ばれる、大地の神の高司祭が居る。彼女が使う癒しの魔法であれば、ガンドルフの重傷であっても治す事が可能であろう。


 オーク達は自分達の主に臆さず立ち向かい、倒れた勇者に頭を下げ、敬意を表して見送った。解放軍の兵士達もまた、彼らに倣う。

 大鷲の団の傭兵達はその姿を見ると、震えながら武器を取り落して、その場に跪いた。彼らの震えは、先程までとは異なり恐怖による物ではない。それは自分達の敬愛する団長を真っ向から打ち破り、その相手を勇者と称えて最大限の敬意を払った相手に対する感激、魂の震えであった。


「門は開かれた!ゆくぞ、我に続け!」


 骨剣を振り上げ、ファルシオンが兵達を鼓舞する。

 オーク達が、兵達が鬨の声を上げ、彼の背中に続いた。


 目の前で見せつけられた圧倒的な武力と、凄まじい士気の兵達を前に、帝国兵達はますます浮き足立ってゆく。もはや兵力の差など、意味をなさなかった。


 ファルシオン率いる兵達が突入し、敵の防衛線を食い破る。そこへ後方から、レオンハルト率いる本隊が合流し、怒涛の勢いで帝国軍に襲い掛かる。


 こうして地方都市ミルドハットは、解放軍によって占領されたのであった。

見ての通り、この小説はバトルとか脳筋主人公による物理無双とか男同士の友情とか、そういう暑苦しいノリ全開でお送りいたします。

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