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ミルドハットの戦い(前編)

「俺を斬れる者はおらんのか!?」


 戦場に、大音量の叫びが響き渡る。

 声を発したのは、両刃の刀身を持つ、巨大な両手剣を肩にかついだ大男。


「ふんっ!」


 男は巨大な剣の柄を両手で握ると、それを勢いよく振り回す。すると彼と相対していた三人の兵士の体が、まとめて上下に両断される。

 ただの一振りで三人の兵士の胴体を、それも鎧の上から真っ二つにした剛腕を前にして、残った兵達は恐れ慄き、一斉に数歩、後ずさった。


「どうした、反乱軍に男はおらぬのか!?」


 剣を肩にかつぎ直して、相対する兵たちを挑発する男。

 その言い様に、彼と対峙する兵達は悔しそうに歯噛みするも、力量の差は歴然。中には思わず抜剣し、血気に逸って飛び出そうとする命知らずも居たが、周りの者達がそれを押し止める。


「くっ……後退!後退せよ!」


 隊長格の兵士が手を降り、部隊の兵達を下がらせる。

 兵を動かすにあたっては、前進・攻撃を行なわせるよりも、後退させる事のほうが遥かに難しい。何故ならば自分達が優勢で、敵に攻撃を仕掛ける際には兵達のテンションも上がり、勢いのままに突き進む事は簡単だからだ。

 だが逆に、後退・撤退を行なう場合は、大抵は劣勢の時だ。

 兵達も人間である以上は命が惜しい為、放っておいたら各々が勝手に、散り散りに逃げてしまう。そんな彼らを纏め上げ、部隊の規律を維持したまま整然と撤退させるのは、なかなかに困難な事である。それには兵の練度と軍の規律、指揮官の統率力の全てが一定のレベルで必要となる。

 彼らはどうやらそれを満たしていたようで、すぐさま反転すると素早く、静かに後退していった。


「ほう……反乱軍め、なかなか統率が取れているな。これは油断できんか?」


 男は敵兵が後退する様子を見て、面白そうに頷いた。

 彼は、帝国に雇われた腕利きの傭兵であり、名をガンドルフという。


 反乱軍――本人達は解放軍と名乗っている――が辺境の小都市、ミルドハットへと侵攻してきたのは、今より二日前の事である。

 はじめ、帝国軍の常駐部隊は解放軍を、野戦で迎え撃った。戦闘が行われたのは街の南に広がるミルドハット平原。

 そこで解放軍は、僅か一日で帝国軍の部隊を撃破した。

 慌てて街の中へと退避した帝国軍は、雇われていたガンドルフに、街の入り口で解放軍を迎撃する命令を下し、ガンドルフはそれを受諾。

 そして今、こうして解放軍の兵達を、たった一人で追い返して見せたのであった。



  ◆



 ここで視点を移そう。

 ここはミルドハット平原にある、解放軍のベースキャンプ。多く設置された天幕の周りには物見櫓や馬防柵が立てられ、見張りの兵達が常に目を光らせている。

 その中央にある天幕では、一人の少年が報告を受けていた。


「申し訳ありません、殿下……。私どもの力が足りず、むざむざと……」


 少年の前に跪き、首を垂れているのは先程の、ガンドルフと相対していた部隊の隊長であった。彼は都市への攻撃が失敗した事を、少年に報告していた。


 殿下と呼ばれた少年は立ち上がると、彼の肩に手を置いた。

 銀色の髪をした、端整な顔立ちの少年だ。年齢は十代半ばから後半といったところであろうか。質素な服装をしているが、どことなく気品が感じられる。


 彼こそは、この大陸を支配する帝国の皇太子。その名をレオンハルトという。

 だが彼は十年前、宰相の裏切りによって父である皇帝を殺された。そして彼自身もまた、卑劣な裏切り者の手にかかろうとしていたが、寸前でその命を救われた。

 彼を救ったのは【剣神】と呼ばれる大陸最強の剣士、ソーマ・ムラクモ。

 剣神ソーマにより助け出されたレオンハルトは、同じく救出されていた王国の姫君・フィーリアと共にソーマの故郷である東方の小国へと落ち延びた。


 剣神ソーマを師父と仰ぎ、亡命先の小国にてレオンハルトとフィーリアは修行の日々を送る。全ては自らの手で、奪われたものを取り返す為に。

 それから十年。フィーリアが大陸東部、旧王国領にて、かつての王国の民であった者達と共に兵を挙げると、レオンハルトはそれに呼応して大陸西部にて挙兵。フィーリア姫率いる反乱軍を鎮圧せんと、今まさに大軍を差し向けようとしていた帝国の背後を急襲したのであった。


「いいんだ。それよりも、よく最低限の犠牲で部隊を退がらせてくれた。後は私達に任せ、ゆっくりと休んでくれ」

「殿下……私のような者に、そのような……ううっ」


 レオンハルトの労いの言葉に涙ぐむ隊長。彼はもう一度頭を下げると、天幕より退出した。

 彼を見送った後、少年は机の前へと座り、呟く。


「両手持ちの大剣を使う、凄腕の大男か……」

「そいつぁ傭兵団【大鷲の団】の隊長、ガンドルフですぜ。かなりの使い手です」


 レオンハルトの呟きに応えながら、天幕に入ってきた男がいた。

 飄々とした雰囲気の優男。軽装で、腰には短剣を挿している盗賊風の男だ。否、実際に彼は盗賊であった。


「スパロウ。戻ったのか」

「ええ、ただ今戻りましたぜ。マイロード」


 盗賊スパロウ。数年前にレオンハルトと知り合った盗賊の男。現在はその技術を活かして情報収集や偵察、潜入工作といった任務をこなす諜報部隊を指揮する、解放軍の幹部の一人だ。


「どうしますかね。あんなバケモンが門の前に陣取ってるんじゃあ、やりづらくって仕方ないですわ」


 スパロウがそう言った時、声を上げる者がいた。


「ならば皇子。私がそのガンドルフとやらを排除してみせましょう」


 その声を発した者は、レオンハルトの隣に控えていた一人の騎士であった。

 それも、ただの騎士ではない。女の騎士である。


「どうか私に、そやつを斬れとご命令を」


 若い、金髪の女騎士だ。幼さと凛々しさが同居した顔つきには、戦いに臨む戦士の覚悟があった。彼女が立ち上がり、身に纏った騎士甲冑が音を鳴らす。


「レイチェル……いいだろう。だが相手はかなりの使い手、君一人では危険だ。私も共に行こう」


 女騎士、レイチェルの言葉にレオンハルトはそう返す。そんなレオンハルトを、レイチェルは慌てて止めようとする。


「なっ……何を言っているのですか皇子!危険すぎます!」

「私とてソーマ師父の元で剣を学んだ身、そうそう遅れは取らないさ。それは君もよく知っているだろう?」

「ですが万が一というものがあります!どうかここは私に任せて、ご自愛下さい!」

「それは君が戦っても同じだろう。それにレイチェル、君は女の子なんだから、もっと自分を大切にするべきだ」

「なっ……皇子!私は女である前に、あなたの騎士です!そのような心配はなさらないでください!」


 そんな二人の様子を見て「やれやれ、また始まったよ」と呆れるスパロウであった。

 レオンハルトに絶対の忠誠を捧げ、常に矢面に立とうとするレイチェルと、そんな彼女を幼馴染として、一人の少女として心配しているレオンハルト。

 彼らはしばしば、このようにしてぶつかる場合がある。



「二人とも、それくらいにしておけ」


 だがその時、二人を止める声が天幕の外から聞こえた。低く響く、重厚な声だ。

 その声に、はっとして言い争いを止めるレオンハルトとレイチェル。


「おや旦那、起きたんですかい?」


 スパロウが、天幕の外に居る人物へと声をかけた。


「うむ……そこの二人の痴話喧嘩がうるさくてな」


 笑いが混じった声でその人物が言うと、レイチェルが真っ赤になって反論する。それを聞き流しながら、彼はレオンハルトに言った。


「レオンハルト……その戦い、俺に預けてもらおう」


 彼の言葉を聞き、レオンハルトは天幕の外へ足を向ける。レイチェルとスパロウもまた、レオンハルトへと続く。

 天幕から外に出たレオンハルトは、その人物を見上げた。


「元より、それが俺の役目の筈だ」


 その人物は、正確に言えば人間ではなかった。

 豚人族オーク。そう呼ばれる亜人の一種。

 豚のような顔つきで、太った体型。身長は個体差があるが、大凡2~2.5メートル程度。肌の色は人間と殆ど同じである。

 人間と比べると知能は低く、不器用で、動きも鈍い。だがその反面、人間を大きく上回る腕力と体力、生命力を持つ。

 亜人全般に言える事だが、帝国では差別の対象となっており、蔑まれている。また現在の帝国においては、捕らえられて戦闘用の奴隷として飼われている者も多い。


 ならばこの豚人族の男もまた、戦奴であろうか?答えは否である。

 この豚人族の男の目には、奴隷特有の卑屈さや、諦めという物は見られなかった。代わりに彼の鋭い目には、確かな知性の光と、燃え盛る闘志があった。


 また、容姿も通常のオークとは明らかに異なる。

 まずはその大きさだ。通常の豚人族の成体が2メートル少々の背丈であるのに対し、この男の背丈は何と、3メートルを超えるほどの巨体。

 そして、その多くが太った体型の豚人族らしからぬ、引き締まった、筋肉の鎧に包まれた体躯。

 また肌の色は浅黒く、その体から生えている体毛もまた、黒い。

 顔を見れば他のオークにはない、立派なたてがみが生えており、顔つきも豚というよりは、まるで野生のイノシシのような精悍さ、獰猛さを感じさせる。

 【豚人族の王(オーク・ロード)】。ごくまれに、突然変異のように現れる、非常に強大な力を持つ個体。レオンハルト達の前にいるのは、そのような存在であった。


「ファルシオン……良いのか?」


 レオンハルトが、その豚人族の男を見上げて言う。

 豚人族の中の一氏族を束ねる族長であり、また亜人でありながら、帝国の皇太子であるレオンハルトと友誼を結んだ、豚人族の戦士。

 ファルシオン。それが、その男の名であった。


「無論だ、友よ」


 ファルシオンはレオンハルトの問いに、躊躇う事なく頷いた。そんな彼を、女騎士レイチェルが睨みつけて言う。


「貴様などに頼らずとも、私が……!」


 彼女は多くの帝国人と同様に、亜人である豚人族を快く思っていなかった。また、亜人のファルシオンが皇子であるレオンハルトと親しくしている事もまた、彼女は気に入らなかった。

 そのような相手に手柄を横取りされ、思わずつっかかるレイチェルであったが……


「たわけ。自分の役目を履き違えるな」


 レイチェルの言葉を遮り、ファルシオンが言う。


「お前はレオンハルトの盾ではないのか?親衛騎士レイチェルよ。盾が護るべき相手から離れて、敵を斬りにいってどうするというのか」

「うぐっ……!」


 ファルシオンの苦言にぐうの音も出ず、押し黙るレイチェル。

 そんな彼女を見て、レオンハルトは苦笑する。


「すまないファルシオン、本来ならば私が言わなければいけない事だった」


 そう言って、ファルシオンに軽く頭を下げるレオンハルト。そんな彼に向かって、ファルシオンは言った。


「レオンハルト、お前もだ。王たるものがそうやって軽々しく頭を下げたり、あまつさえ自ら危険に飛び込んだりするものではない」

「す、すまない……。だが君は私の部下ではなく、友だ。それに兵達では敵わない相手ならば、私が出たほうが……」

「その気持ちは有難いが、けじめという物は必要だ。それに……」


 レオンハルトの反論を、ファルシオンは一蹴する。

 そしてしゃがみ込むと、レオンハルトに目線を合わせて言う。


「レイチェルがお前の盾ならば、俺はレオンハルト、お前の剣だ」


 レオンハルトはファルシオンの言葉を聞き、静かに頷いた。


「わかった。ならば頼む、我が剣よ。私達に勝利を!」


 レオンハルトの命を受け、ファルシオンは立ち上がる。


「いいだろう。出陣する!」


 そしてレオンハルト達に背を向けると、振り返る事無く戦場へと駆けた。

執筆ペース、だいぶ不安定になると思われますので悪しからず。

あと感想に対する返信は基本的にしませんのでご了承ください。

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