第二話 下校
本当に下校するだけの話になってしまいました。
何かが爆発した音が遠くに断続的に聞こえ、立ち上る煙の柱が何本目かに増えた辺りで、ジン達は我に返った。
「こら、あかんわ!」
「に、逃げなくちゃ!」
「餅つ・・・・もとい、落ち着け!」
慌てふためきかけたところで、ジンの言葉に動きが止まるアンナとマックス。
「何よ、ジン?」
「電話・・・・電話だよ」
「は?」
「あぁ、そうやな。電話持ってたら、安否確認とか身内に連絡取ったりとかできるやんな」
「あぁ、そういう事ね。それなら急いで教室に、取りに戻りましょ!」
アンナの言葉に、ジン達は弾かれたように走り出し、自分たちの教室へと走って行った。
教室に戻り、それぞれの自分のロッカーに駆け寄るジン達。
ジン達と同じような行動をして自分のロッカーかを開けている同級生もいたが、まだ少数だった。
ジンがロッカーを開けてカバンを取り出すと、何処からか電話がかかっているのか、カバンを持った手にバイブレーターの振動が伝わってきた。
慌ててカバンからスライド式の携帯電話を取り出す。
横から巻き取り式液晶ディスプレイが展開し八インチ弱の携帯端末としても使える、今のジンのお気に入りの携帯電話だ。
画面を見ると、ダロンの名前が表示されている。
ダロンからの電話だった。
「もしもし、兄貴ぃ?」
早速電話を取って、会話を始めるジン。
「うん、大丈夫・・・・・・え?父さんの所?・・・・嘘!・・・・・・・・だったら、確かめてみないと!・・・・え?うん。それで・・・・・・こっちに向かってるんだね?・・・・・・・・分かった、聞いてみる。それじゃ・・・・」
電話を切ってアンナ達を見たジンは、おもむろに口を開く。
「・・・・父さんの仕事場が、襲撃に遭ったらしい」
「え?」「ホンマか?」
「・・・・兄貴が学校に行く前に、父さんから電話がかかってきて、その途中で爆発音がして、電話が切れたらしい」
「「・・・・・・・・」」
「それで、多分、学校が休校になるだろうから、こっちに迎えに来てくれるって。で、アンナ達を送ってから、父さんのいる仕事場に行ってみようって、兄貴が・・・・」
「あんたのおじさん、確か、ロストテクノロジー遺跡の発掘調査をしてたはずよね?」
「うん。もう少しで、解析終わりそうって言ってた」
「何で、襲われなきゃいけないのよ?」
「知らない・・・・でも、父さん、探しに行かなきゃ・・・・・・」
「ちょっと、あんたねぇ・・・・呆然としちゃうのは分かるけど、とにかく気をしっかり持ちなさい!」
「・・・・多分、大丈夫と思う。あっ、そうだ。兄貴に、アンナ達には家に送り届けるまで、一緒の行動でいいか聞いてくれって頼まれてたんだっけ・・・・え~と、アンナ、父さんの所に行く前に送っていくから、それまで一緒の行動で構わない?」
「凄く無感情に話しても、気を取り戻したように見えないから!そういう事情なら、私達に構わないで、早くおじさんの所に行ってあげて!」
「そうはいかないよ。アンナがまた、取材に捕まって吊し上げられたら、俺らの気が済まない」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「そういう問題だよ。『自分より、弱っている知り合いがいたら、そっちを優先させろ』って、父さん、いつも言ってたからね。ここでソレを曲げて父さんの所行っても、父さんは喜ばないよ」
「そうじゃなくって!私たちの事は「ほいほい、ちょっとエエか?」」
ジンとアンナの会話に割り込むように、携帯電話をいじっていたマックスが入ってくる。
「ここで提案なんやけど、アンナぁの母ちゃんに連絡入れて、ジンの兄ちゃんに、ロストテクノロジー遺跡経由でアンナあの母ちゃんが避難した先に送り届けて貰うっちゅう風に連絡入れときゃエエんちゃうか?アンナぁはジンに急いでジンの父ちゃんトコ言って欲しいんやろうし、ジンはアンナぁを責任持って家族の元に送り届ければエエんやろ?」
「・・・・・・・・そうね」
「そうねじゃないだろ、この場合!危険な所に、アンナとハンナを連れて行けるかよ!」
「さっきのfamの襲撃が本格的なモンやったら、何処に逃げたって危険な事には変わりあらへんがな。逆に、襲撃後の現場の方がfamが撤収していて、危険は少ないかも知れへんやん」
「・・・・まぁ、言われてみれば、そうかも知れないけど」
「そういう訳や。アンナぁは、電話なりSNSなりメールなりで母ちゃんトコに連絡入れとけ」
「うん、そうする」
「あと、ハン(ナ)ちゃんトコにも、ジン達と一種に迎えに行くいう連絡入れときや。迎えに行ったら、避難してどっかに行ってもうたって事がないように」
「そ、そうね。ありがと」
マックスの提案に礼を言うと、アンナは携帯電話を猛烈な勢いで操作し始める。
その指の動きは、片手で激しいロック調の『○踏んじゃった』をピアノ演奏しているかのようだった。
「・・・・流石、女学生っちゅうトコやな。コミュニケーションツールの扱いはピカ一や」
「マックス、あのなあ・・・・」
「ジンの言わんとしたい事は、分かっとるつもりやけどな・・・・アンナぁの気持ちも、ちったぁ汲んじゃりぃ」
「・・・・分かった」
「あと、今さっきまでジン達が話してる最中に父ちゃんに連絡取って、暫く一緒に行動取らせて貰うことにしたんで、よろしゅうな☆」
「え?勝手に・・・・」
「ワシの父ちゃん、少し足が悪いのは知っとるやろ?保護者が来ぃへんと学校も生徒を解放できんやろし、父ちゃん学校まで来るのしんどいやろし・・・・このまま最後まで学校に居残りさせられる未来しか予想できへんのや。それやったら、ついでに便乗してまお思てな。父ちゃんには、了承の返答貰ろとるねん」
マックスは、自分の携帯電話の画面をジンの目の前に持ってくる。
画面には、『ならばOK。避難場所が確定したらこちらから連絡するから、それまで迷惑かけるなよ』と言う旨の文章が表示されていた。
直接音声で通話するのではなく、それなりの説得力を伴える証拠(この場合、保護者の同意を得ている事を証明する証拠)となる文字のメールでやり取りしている所に、マックスは最初っからジン達と一緒に行動しようとしている意図が読み取れる。
「まぁ、そんな訳や。よろしゅう頼むで」
「・・・・兄貴が何て言うか・・・・・・」
「まぁ、大丈夫やろ。何やかんや言うたって、ジンの兄ちゃん、話分かる人やし」
「ジン、マックス!今、ハンナとお母さんに連絡取った。ハンナの方は、丁度担任の先生がいたんで替わって貰って事情を説明して許可は取ったわ。お母さんの方は、もう電話が繋がらなくなっちゃったんで、普通のメールとSNSと安否確認の緊急メールで知らせておいたわ」
「あらま、ハンちゃんトコに連絡入れたん、結構ぎりぎりのタイミングやったんやねぇ。ケータイの通話ができへん位回線がパンクしよるなんて、規模はメッサ小っちゃいけど時空震があった時みたいな」
「そうね」
「うわぁ~・・・・何か、大事になってきてるな」
三人が会話を交わしていると、ガラッと扉を開けて担任の教師が教室に入ってきた。
二十代後半のスラッとしたスタイルで、特に女子人気の高い教師だった。
その教師が開口一番、ジンを呼ぶ。
「アラバ!アラバはいるか!それとバーラもだ!」
「はいはい、いますよ」
「はい、先生!ここにいます!」
ジンとアンナは手を上げて答えると、教師はジン達に顔を向ける。
「良し!お前達は、すぐに帰っていいぞ!アラバのお兄さんが、二人を迎えに来た。一応バーラの保護者の同意は得ているみたいだしな。メールの返信を見せられた。だから二人は、このままお兄さんに付いて下校するように」
「はいはい」「はい」
「先生~、ワシもそれに便乗してエエですか?ちゃんと保護者の許可は貰ろうとります」携帯電話の画面を見せながら、マックスが担任に言う。
「本田か?・・・・あぁ、お父さん、ここまで来るの大変そうだしな・・・・まぁ、親御さんの許可があるなら構わないぞ。お前とアラバは仲が良いから問題ないと思うが、もしアラバのお兄さんに『負担だ』と言われたら、素直にココに戻って来るんだぞ」
「分かりましたぁ、親方ぁ!(←ラリってる調で)」
「そんな旧い古典芸能ネタで答えなくていいから!それじゃあ三人は、すぐに荷物を持って下校しなさい。アラバのお兄さんは、校門の側で待っているはずだから・・・・」
「はい」
「はいはい、了解」
「ハイな」
ジン達はそれぞれ返事をすると、さっさと教室を出る。
「よし、後の者は一旦着席し。あの爆発とか何が起きているかは、まだ情報が入ってきていないので分からないが、落ち着いて行動すれば大丈夫だ。放送で指示があったら、順番に整然と避難するから、それまではここで待機だ。まずは・・・・・・」
ジン達が抜けた後の教室で、そんな話をする教師の話を耳にしながら、ジン達三人は校門を目指し足早に歩いて行った。
「・・・・という訳で、よろしゅう頼んますぅ☆」
軽い口調でこれまでの経過を話し終わったマックスに対して、ダロンは少し困惑した表情を浮かべる。
「う~ん・・・・別に構わないが、どういう風に状況が変わるか分からないから、いつマックスを帰してやれるか分からないぞ」
「あぁ、父ちゃんから許可貰ろてますから、別にいつでもエエですよ」
「まぁ、君はジンとも仲が良いし、悪ノリしなければジンよりしっかりしてるし・・・・」
「あの・・・・兄貴?もしかして、何気にDISってる?」
少し考える仕草をしたダロンは、マックスに指を三本立てて見せる。
「取り敢えず、親御さんに替わって保護者みたいな立場になる以上、
一、勝手に危ない事はしない。
二、一緒に行動している間は、こちらの指示に従う。
三、指示を出さない限り、目の届く範囲から極力離れない。
最低限、この三つは守って貰うぞ。そうしないと、俺のできる範囲内で、保護者みたいな立場を責任持ってできない」
「了解や」
「分かった。無事に送り届けるまでは、一緒に行動しよう・・・・それと、ジンとアンナちゃんも集団行動する上で、この三つは守って貰うぞ。分かってるね?」
「もちろんです」
「はいはい」
「ジン、『はい』は一回」
「は~い」
「それじゃこれから、ハンナちゃんを迎えに行く。全員、車に乗って」
ジン達三人に指示して、路上駐車している車のロックを解除するダロン。
地味目の紺色で車高が高めな、ボックス型をした軽自動サイズの車だった。
通学で使っている、ダロンの愛車だ。
上に『ど』が付きかねない田舎な新興の惑星で、車などの移動手段のない生活は支障を来しやすい。
こういう環境の惑星では、免許が取れる年齢になると、住民は免許を取ったら速攻で車を買って自分の『足』を確保するのが当たり前の事だ。
例に漏れず、ダロンも大学まで結構な距離があるので、車で通学している。
ダロンの乗る車は中古の型落ち品だが、普通に街乗りする分には全く支障が無い。
後部のシートを折り畳めばそれなりに大きな荷物も詰めるので、結構便利に使っている。
そんな車のドアを開けて、後部座席にアンナとマックス、助手席にジンを乗せて、ダロンは車を発進させる。
「・・・・・・アンナちゃん、ハンナちゃんの通う小学校ってどっち?」
「えと・・・・そこの信号を左に曲がって二ブロック先に進んだ所です」
「了解」
アンナの答えを聞いて、車を左折させるダロン。
暫くすると、校門の前で初老の用務員と一緒に立っているハンナを見つけた。
ハンナは、アンナに似た顔立ちをした小学校の四回生。九回生のアンナと微妙に歳が離れているせいか、小さい時からずっとアンナに付いて回る温和しめの女の子だった。
またアンナの方も、そんな自分を慕って後から付いてくるハンナが可愛いらしく、少々溺愛気味にかまっている。
悪い方向に行ったら、両方とも相互依存になって拙くないかと思う位、二人は仲が良い姉妹だった。
「ハンナぁ!」
車の窓を開けて、呼びかけるアンナ。
ハンナはアンナの顔を見つけると、とたんに破顔した。
車が止まったところでドアを開け、車から降りて目の前のハンナに両手を広げてみせる。
「お姉ちゃん!」
勢いよく胸に飛び込んでくるハンナを、アンナはしっかり受け止める。
「迎えに来たわよ。待った?」
「ううん!そんなに待たなかったよ!」
胸の中で嬉しそうに抱きつくハンナを愛おしげに見やったアンナは、目を細めてニコニコしている用務員に向き直った。
「申し遅れました。ハンナの姉のアンナと申します。迎えに来るまでの間、ハンナを見て頂きまして、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げるアンナに、軽く手を上げて答える用務員。
「いや、大した事はしていないよ。ただ、他の生徒の事もあるし、担任の先生が付いててやれなくて悪かったね」
「いえ、そんな事ないです。他の人達を差し置いて妹一人の為に担任の先生を拘束する訳にはいけませんし、他の先生方はこれからの対策を協議していてお忙しいでしょうから、用務員さんが付いて頂けていたのが、ありがたいです」
「ハハハ・・・・よく物事が見れてる、できたお姉さんだ。丁度教室を通りかかった時に、バーラちゃんと一緒に校門まで行く行かないで先生が迷っていたからね。先生も他の子達を放って置く訳には行かないし、さりとてバーラちゃんを一人にする訳にもいかないからね。だから、丁度手の空いてた私が、先生の代わりにバーラちゃんに付く事にしたんだ。担任の先生じゃなくて申し訳ないが、先生の事情を理解してくれるとありがたい」
「いえ、それはもう・・・・」
「それじゃ、お姉さんも迎えに来てくれた事だし、私はお暇させて貰うよ。気をつけてお帰りなさい」
「はい、ありがとうございます。妹がお世話になりました」
「用務員さん、ありがとう!」
「はいよ」
アンナとハンナにお礼を言われ、用務員は軽い足取りで校舎に戻っていった。
「それじゃハンナ、車に乗って」
「うん」
アンナに促されて、ハンナはダロンの車に乗り込む。
「オッス、ハンちゃん。久し振りやなぁ」
ハンナが乗り込んだ所で、座席の奥にいたマックスが声をかける。
「あれ?マックん?何で、ココに?」
ちなみにマックんとは、ハンナがマックスを呼ぶ時のニックネームだ。だいぶ前にマックスが、ハンナにそう呼ぶように頼んで以来の呼び方だ。
「ワシも、ジン達に便乗させて貰ろとるねん。暫くは、よろしゅうな☆」
「うん。こっちこそ、よろしくです」
楽しげな雰囲気が車内に醸し出されている時、おもむろにダロンは口を開いた。
「・・・・・・・・さて、ここで全員集まった所で、ちょっと聞いてくれ」
ダロンの言葉に、車内の全員が口を止めてダロンのいる運転席に注目する。
「取り敢えず、ここで最終的な意思確認しとくぞ。今なら、俺らの父さんを探しに行く前に送ってってやる事も可能だからな・・・・」
「兄貴は、ずいぶん心配性だな。そんなに重く考えなくても・・・・」
「ジン、お前な・・・・人様の子供を預かるってのは、それなりの責任を持つって事だ。軽く考えるな」
「はいはい。兄貴は、重く考えすぎだよ」
「ジン、『はい』は一回」
「は~い」
軽く肩をすくめて少し諦め顔のジンに続くように、マックスとアンナが少し体を前に出して口を開く。
「まぁ、何にせよや・・・・ワシらの事は、気にせんといてつかぁさい。自分の意思で決めた事やし、特にワシの場合は便乗してるだけやから・・・・まぁ、そこまでキッチリ考えてはってくれてるのはありがたいんやけど、気持ちだけで充分ですから・・・・・・」
「そうです。少しでも早く、おじさんの所へ行きましょう。私たちの事はそれからで、全然構いませんから」
「・・・・お姉ちゃんと一緒なら、何でもいいです」
言葉を聞きながらバックミラー越しに後部座席を見ていたダロンは、少しの間無言で考え込んだ後、静かにその口を開く、
「・・・・・・・・分かった。君らの言葉に、甘えさせて貰うよ」
少しほっとしたような表情を浮かべ、ダロンは車を静かに発進させた。
おかしい・・・。
第二話になってもまだ、街から出れてない。
キャラクターが勝手に会話を進めて、なかなかストーリーが進んでいかない状況です。