ひまわり
ひまわりが大輪の花を向け、陽射しを仰ぐ。少し向こうの方からジジジ…と慌てふためくような蝉の声。頭上を仰げば、木陰から降り注ぐような蝉時雨。
懐かしい庭の、この大樹の下へ、もう一度帰ってくることが、夢だった。かつての少女は、タイムスリップしたような気持ちで待っている。
* * *
決して裕福だというわけではなかったけれど、少女は幼い頃から幸せに育ってきたのだと思う。赤い屋根の、小さいけれど可愛らしい家も、少し黄ばんでいるけれど、元は白く塗られていたのだろう柵で囲まれた庭も、大好きだった。病弱だったから、外で同じ年頃の子供と遊び回ることはできなかったけれど、この庭にはたくさんの友達がいた。朝は庭の楢の木に羽を休めて鳥たちが朝の挨拶にやってくる。楢の木には小さなリスの巣があって、パパからもらったひまわりの種をプレゼントした。冬が近づくと、それを土の中に隠すのだけれど、春になった頃にはすっかり忘れるらしく、庭のあちこちに、夏にはひまわりが元気よく咲く。池には両親が夜店で買ってきたという赤い魚が泳いでいる。図鑑で調べたら、赤い魚なのに「キンギョ」と書かれていて、少女を驚かせた。ときどき、その「キンギョ」をねらって、ネコがやってきた。自分が母親にされるように、「そんなことをしてはダメ」だと教えて、優しく撫でたら、最初は身を退いて低い声を出していたが、繰り返すうちに、弟分になった。夏になるとカエルのジャンプとスイカの種がどれだけ遠くまで飛ぶかを競ったし、アリの行列を見れば、柵の内側にいる間は行列の一番最後を、えへんと胸を張ってついて歩き、ちょっとした冒険だった。
両親はそんな我が子を、外を駆け回って嬌声をあげる子供たちと比べるようなことはしなかったし、いつもにこにこ笑っては、「あなたは毎日冒険ね」などと言っていたように思う。本当に幸せだったのだ。思い出だから、美化している部分はあるにしても。
この家と、庭と別れることになったときのことはよく覚えている。
「女の子の心はね、強くできているの。あなたのお母さんがそうだったように。今はたくさん泣きなさい。たくさん泣いたら、悲しみが少しやわらぐの。そうしたら、あなたらしく、強くたくましく生きられるわ。おばさんも、そのお手伝いをするからね。」
生まれてから数回しか会うことのなかった叔母。海外で暮らしていて、滅多に日本には戻らなかった。少女もすっかり叔母がいることすら忘れていたから、黒いワンピースに泣きはらした目で現れた時には、誰だかわからなかった。ただ、あの時の叔母の言葉は、両親を同時に失った悲しみと共に、強く生きようと子供ながらに思ったきっかけだったから、忘れられない。その後の海外生活は驚きの連続で、新しいことをたくさん知る、あのワクワクした感じも、叔母のイメージとセットになっている。
* * *
帰ってきた…
赤い屋根の小さな家。池と、楢の木。ひまわり。大樹にはリスがかつて巣にしていた小さな洞がある。
愛しくて、切なくて、悲しい。
だけどやはりこの場所に帰ってきたかったのだと思う。風で大樹の枝が踊る。木の葉の間から刺した陽光が、薄く涙の滲んだ瞳に少ししみた。
「ままーーーーーーぁ!!!」
幼い舌たらずな声のした方を振り向き、危なっかしい足取りで走り寄ってくる少年を抱きしめた。背後には夫が微笑んでいる。
「ここは自然が多くていいなあ。」
今日から、ここで家族で暮らすのだ。
自分がここでたくさん遊びを覚えたように、息子も泥だらけになって遊ぶだろう。
かつての少女と比べ、健康的で元気いっぱいな分、見守るほうの仕事も大変になりそうだと思った。笑みがこぼれた。
ポトリ。
息子の頭上に落ちてきたものをつまんで、はっと振り返った。二匹のリスが、小さなリスを連れて枝から枝へと移っていくところだった。
「おっ、リスか」
「世代交代…ね」
「え?」
珍しいものを見たようにはしゃぐ都会育ちの夫。すこしいたずらっぽく笑って、もったいぶるように、返した。
「ナイショ!」
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