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第四章 ペンギンはと~ってもラブリーだった

 「わぁ‥」

 彼女が洩らす感嘆の声に、俺はほっと胸を撫でおろす。良かった、どうやら気に入ってもらえたようだ。海が見たい、なんて言いだすからどうしようかと思ったけど、ちょうどいい所があって助かったよ。

 目の前に広がる珊瑚礁の海には、色とりどりの海水魚が揺らめいており、見る人を幻想的な世界へと誘ってくれる。水槽の中に広がる青い世界は、まさに南海の楽園と呼ぶにふさわしかった。

 サメやエイが泳ぐような巨大水槽こそないものの、世界中の海から集められた魚や海洋生物が観賞できる、ここ染井臨海水族館「海世界」は、小さながらも見応えのあるお勧めのスポットだ。

 ‥という地方の観光名所を宣伝する番組制作に、ADのヘルプとしてバイトに来たのは、つい先週、ゴールデンウィークのこと。おかげでここの事は詳しいんだよな。

 ちなみに今日のデート資金も、その時のバイト代から捻出。多少懐具合も温かいから、入館料を二人分払ってもまだ余裕がある。入って最初に目にする大水槽は、見事に彼女の歓心を買ってくれた。

 「すご~い、こんなに綺麗なんだ‥」

 うっとりと水の世界に見とれる横顔がとても綺麗で、目の前で戯れるルリスズメダイより、そっちに目が行ってしまう。そんな俺の視線に気づいた様子もなく、彼女はしばらくしてから口を開いた。

 「ねぇ、冬也クン。私、水族館に来るのって初めてだわ」

 「えっ、本当に?」

 「うん、動物園はあるけど、こんなの見るの初めて‥」

 そのまま言葉少なに、極彩色なナンヨウハギが泳ぐ姿に目を奪われる。ここまで気に入られるとは思ってなかったから、こっちまでいい気分になってしまう。思えば、俺も初めてこの水槽を見た時は圧倒されたなぁ。そう考えると、なんだか彼女を身近に感じてしまう。

 でも、本当に小夜子さんは魅力的だ。見た目の事だけじゃなく、こんなに素直な感性も持っているんだ。とっつきにくそうなのは上辺だけで、本当は純粋な心の持ち主なんだろうな。

 それなのに、誰も彼女の本当の姿を知らないなんて。もっと皆と打ち解ければ、すごい人気者になると思うんだけど、学校で無愛想なのは何か訳があるんだろうか。

 そう尋ねてみたくなったけど、目を輝かせてサンゴの海に魅入る彼女の邪魔をする気にはなれなかった。よし、今は余計なことは考えず、楽しんでもらえるよう頑張るか。

 「そうだ、小夜子さん、ペンギンは見たことあるかな。確かもうすぐ餌やりの時間だけど、頼んだらやらせてくれると思うよ」

 「ペンギンもいるの?へぇ~面白そう、やってみたいな~」

 嬉しそうに顔を綻ばせる小夜子さんが、ちょっとだけ子供っぽく見える。デートなんて何すればいいかわからなかったけど、今は彼女の笑顔をもっと見たいと思える。腕を組むのはドキドキし過ぎて何もできなくなるから、俺は彼女の手をとって、ペンギン舎を案内することにした。


 出口のゲートをくぐる頃、私はこれ以上ないほど御満悦だった。さっきの不機嫌はどこへやら、水族館巡りは見るもの全てが目新しく、本当に楽しかった。

 水族館って面白いのね、水槽と言う限定された空間の中に別世界が広がっているんだから。入ってすぐの珊瑚の海は綺麗だったし、暗闇で光るクラゲの水槽もロマンチックだった。ヌタッとして不気味なタコだけは好きになれそうにないけど、熱帯魚が泳ぐ宝石って言われるのには納得がいったわ。

 でも、でもでも、何より一番良かったのは、ペンギンがと~ってもラブリーだったの。

 も~、ペンギンがあんなに可愛いなんて全然知らなかったわ。あんなにコロコロでモフモフなのに、よちよちと一生懸命歩く姿がか~わいいの。お魚さんをあげるとパクパク食べるし、撫でてあげるととっても喜ぶし。冬也君が飼育員さんと知り合いだったみたいで、特別に遊ばせてくれたんだけど、すっかり夢中になっちゃったわ。

 可愛い犬や猫を見てもこんな気分になったことないのに、ペンギンとは相性がいいのかな。こんなに心浮き立つなんて、どれだけぶりかしら。

 「どう、面白かった?」

 「うん、と~っても面白かったわ、本当よ」

 ロビーへと向かう道すがら、私は気分良く冬也君に感謝を述べていた。そうよね、ずっと彼がエスコートしてくれたから面白かったのよね。色んな説明してくれたし、聞いた事には何でも答えてくれたし。

 「小夜子さん、ペンギンがお気に入りだったね。すごい楽しそうだったよ」

 「うん、ねぇ、冬也クン、ペンギンって家で飼ったりできないかな?」

 「家で!?‥う~ん、それは‥、‥さすがに難しいかな」

 「え~、そうなの、残念」

 別に彼を困らせるつもりじゃなかったんだけど、私は本当にがっかりして俯いてしまう。

 「あっ、そうだ!‥ちょっと待ってて、すぐ戻るから」

 何を思いたったのか。突然冬也君はつないでいた手を放すと、小走りに通路の奥へと駆けだして行った。訳がわからないままイルカの形をしたベンチに腰かけて待っていると、ようやく向かった先がお土産屋さんだとわかった。程なく戻ってきた彼は、大きなペンギンのぬいぐるみと一緒だった。

 「はい、本物はさすがに無理だけど、これなら家でも一緒にいられるよ」

 「わぁ、可愛い。‥あっ、でも私そんなつもりで言ったんじゃないよ、これ高かったんじゃないの?」

 「大丈夫、今日はわりとリッチなんだ。デートの記念ってことで、受け取ってくれたら嬉しいな」

 「うん、大事にするね、ありがとう」

 大きな袋に包まれたぬいぐるみのペンギンさんは、ちょうど抱きかかえられるくらいの大きさ。本物の可愛さには及ばないけれど、何より冬也君の心遣いが嬉しかった。

 嬉しい気持ちを覚えながら、心の中でもっと遊びたいって気持ちが芽生えていることに気が付いていた。思えば高校に入ってから勉強ばっかりの日々で、こんなに楽しい時間を過ごすのは本当に久しぶり。初めはちょっとどこか付き合ったら、すぐ帰ろうかって思っていたけど、もう少し一緒にいてもいいかな。

 時計に目を落とすと、時刻は四時を回った所。まぁ、まだこんな時間だし、帰っても別にすることないし、それにプレゼントももらっちゃたしね。なんてケイが聞いたら、ほら見なさいって言いそうだけど、これ以上帰りたくない気持ちを偽ることはできないわ。

 ‥うん、もう少しいいかな。

 「ね、今度は冬也クンの行きたいところ行ってみない」

 ちょっと驚いた顔の彼は、考える素振りを見せ、それから少し遠慮がちに申し出た。

 「う~ん、じゃあさ、小夜子さん、ビリヤードってやったことある?」

 ビリヤード?ふふ~ん、実はケイが一時期はまったのに付き合わされて、結構得意なのよ。

 ‥よ~し、私の華麗な腕前見せつけちゃおっかな~。

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