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第二章 すごい美人がやってきた

 「ふ~ん、君が藤谷冬也君か~」

 いきなり見知らぬ女の子からフルネームで呼ばれれば、普通びっくりするだろう。無論、俺とて例外ではないんだが、とびっきりびっくりしたのは、それが他の女の子とデートの待ち合わせ中だったからだ。

 今日は問題の日曜日。そして時刻は十二時十分。待ち合わせの時間は十分前に過ぎていた。

 人生初デートに遅刻しては大変だと思い、三十分も早く待ち合わせ場所に着いたが、待てど暮らせど彼女は一向に現れなかった。早く来すぎたかな、から遅れてるのかな。そして約束の時間を過ぎてから、ようやく来ないんじゃないかと思い始めた。思えば一昨日の彼女の態度は、とてもデートを承諾したものとは思えなかった。もしかしてあれは、俺を追い払うための口約束にすぎなかったのでは?そう考えると彼女の態度が素っ気なかったのも説明がつく。声をかけられたのは、そう考えた矢先であった。

 小豆色のエプロンをしたポニーテールの女の子は、どこかの店員さんと言った感じだが、年の頃は同じ高校生くらいにしか見えない。ちょっと気の強そうな感じの可愛い子で、無遠慮に俺の顔をじろじろ覗きこんでくる。フルネームで呼ばれた以上、人違いってことはなさそうだが、一体この子は誰だ?

 「ええとゴメン、どちら様?」

 「あたしケイ、小夜子の友達」

 ケイ?サヨコ?

 彼女は何やらため息をつくと、不意にぎょっとするほど顔を近づけてくる。

 「いい、君はつけられてるの」

 「は?」

 「後ろ見ないでね、そこの西脇書店の陰から、でかいのと眼鏡と細目の男子がこっち見てる」

 「‥あいつらか」

 絶対ついてくるなと約束させたが、どうやら反故にされたようだ。それ以上の特徴を聞くまでもなく、その三人組の正体は明らかだった。

 「あのね、今から私があの子達の注意を惹いてくるから、君はその間にそこの喫茶店に入ってて」

 「あ、でも俺、人待ってるから‥」

 「だから~、小夜子はそこで待ってるの。すぐ戻るから入ってて!」

 それだけ言い捨てると、彼女は返事も待たずに、ズカズカと出歯亀どもが潜む方へと向かっていく。俺は有無を言わせぬ剣幕に押され、「Lobelia’s kitchen」と看板のかかった喫茶店へ追いやられてしまった。

 カラン、とベルの鳴るドアの向こうには、居心地の良さそうな空間が広がっていた。テラスから明るい日差しが差し込む店内は、木の温もりを感じさせるログハウス調で、あちこちに配された観葉植物や色とりどりの鉢花が、自然な雰囲気を醸し出している。一目見ただけで気に入る店と言うのがあるが、ここはまさにそうだった。CAROLには結構遊びに来てたのに、こんな店があるとは知らなかったな。

 公言通り、ケイと名乗った女の子はものの一分も経たない内に戻ってくると、身振りでついてくるよう示す。日曜のお昼時と言うこともあって、店内はお客さんでいっぱいだ。案内された窓際のテーブル席には髪の長い女性が座っており、どうやら相席になるようだ。向かいの席に腰かけると、はっと息を呑むような美貌が微笑みかけてきた。

 うっわ、すげ~美人!

 思わぬ不意打ちに、俺は完全に面喰ってしまった。それ程その女性は美しく、文字通り目を奪われてしまう。

 目鼻立ちの整った美貌は可愛いと言うより綺麗な感じで、知的な感じのする瞳が印象的だ。春の日差しを浴びて煌めくような黒髪は、肩のあたりで緩やかに波打って、触れてみたい誘惑に駆られる。少し年上っぽい彼女はお洒落でお化粧も上手く、まさに洗練された美しさをまとっている。身につけている服やバッグもなんだか高そうだし、本当にモデルさんか何かだろうか。仕草も優雅で、ドキドキと心臓が高鳴ってくる。

 「ほら、連れてきたわよ、小夜子」

 「悪いわねケイ、恩に着るわ」

 ああ、この人がサヨコさんか。親しげに言葉を交わす二人を、俺は茫然と眺めていた。

 「それにしても笑っちゃうわ、ほんとにいたよ、その三人組」

 「でしょ~、それでなんて言って追い払ったの?」

 「最近この辺にストーカーが出るって話だけど、君達は何してるのかな~?って言ったら、すごすごと行っちゃったわ」

 「あはは、それはちょっと見たかったかも。それにしても気付かなかったの、藤谷君?」

 ‥へっ!?

 「えっ、何で俺の名前知ってんの?」

 またしても名前を呼ばれた俺は、思わず聞き返してしまったが、何かおかしなことだったのだろうか。一瞬きょとんとした表情を見せた彼女は、すぐさま可笑しそうに噴き出してしまった。楽しげに笑う姿も可愛いらしいが、その隣でケイさんは呆れた様な表情を浮かべていた。

 「あっきれた~、君、名前も知らないでこの子デートに誘ったの?」

 デート?俺が、この美人を?

 ‥おいおい、何を言ってるんだ。俺が誘ったのは無愛想女の篠宮さんだぜ。

 ‥いや、待て、さすがに察しの悪い俺にもまさかと言う考えが浮かんできたぞ。そう言えば篠宮さんの名前ってなんだっけ。しかし、いくらなんでもそれは本当にまさかだろ?

 だが、期待と言うのは裏切られるためにあるものだ。ひとしきり笑い終えたサヨコさんは、傍らのバッグから何かを取り出すと、それを顔の前にかざしてみせる。

 「ふふ、さあ問題です、私は誰でしょう?」

 ああ、なんてことだ。世の中にこんなセンスの悪いものは二つとあるまい。見覚えのあるそれは、太っとい黒縁の眼鏡だった。まさかは、そんな馬鹿なにとって代わり、思わず上げた驚きの声は、お客さんでいっぱいの店内に響き渡った。

 「えっ、ええええええ~!!‥‥し、しし、篠宮‥さん!?」

 「はい正解、貴方にデートに誘われた篠宮小夜子よ。これで私の名前覚えてくれたかな?」

 あんぐりと口を開けたまま、俺は改めて目の前の美人を見つめ直した。それはどう見ても、教室で見る彼女とは別人だった。いくらお洒落してると言っても化けすぎだろ?

 いやいや待て待て、愛想なしの性格とセンスの悪さから彼女を女の子と意識して見たことはなかったが、確かにスタイルは良かったし、美人顔でもあったよな。でも、こんな可愛く笑ったり、親しげに話しかけて来るなんて、一体どうなってるんだ?

 「ほら、ちょっと落ち着いたら。周りのお客さんもびっくりしてるわよ」

 頭の中は完全にパニックだったが、そのなだめるような声で我に帰る。今の大声で思いっきり注目を集めてしまったが、正直それどころじゃない。そんな気持ちを知る由もなく、今やモデル級の美女に化けた篠宮さんは、にこにこ微笑みながらメニューを差し出してくる。

 「ね、藤谷君お昼まだでしょ、ここの料理はお勧めよ。ケイの作るパスタはとってもおいしいんだから」

 「ほ、本当に篠宮さんなの?」

 すると彼女は人差し指を唇にあて、喋っちゃ駄目、とでも言いたげなジェスチャーをとる。

 「ん~、その篠宮さんって言うのやめて欲しいな。今日はせっかくのデートなんだし‥」

 いまだに頭の中がぐるぐるしてる俺は、彼女の言わんとすることが分からなかった。

 「今日一日、お互い名前で呼び合うことにしましょうよ。だから私のこと小夜子って呼んでもらおうかな」

 「へっ?」

 「あら、いやだなんて言わせないわよ、私の名前を覚えてなかったんだから」

 ちょっと拗ねたように言いながらも、悪戯っぽく俺の顔を覗き込んでくる。

 「ほら、言ってみて、冬也」

 ‥こ、これは心臓に悪い。さっきのケイさんもそうだが、女の子に顔を近づけられると、どうしても柔らかそうな唇を意識してしまう。それにまっすぐ見つめられると、なんだか心を見透かされたような気分になり、ものすごく落ち着かなくなる。

 ‥やっべ~、汗かいてきた。

 デートを申し込んだ時とは全然別のプレッシャーを感じながら、それでも俺はこの断りきれない頼みを叶えるべく、努力を試みた。

 「えっええ~とぉ‥‥」

 ‥小夜子だ。小夜子と言うだけでいいんだ。

 「‥さ、ささ‥小夜子!‥‥さん」

 駄目だ~、これが俺の精一杯。ただ名前を呼ぶだけなのに、何でこんなに汗かくんだ。

 「も~、何よそれ。じゃ、いいわ、私も冬也クンって呼ぶからね」

 不甲斐ない俺に唇を尖らせるも、彼女の目は笑っている。例え篠宮さんだとわかっていても、こんな綺麗な女性から親しげに名前を呼ばれると、心臓は高鳴るばかりで舞い上がってしまう。

 「あのさ~、お熱いところ悪いんだけど、こっちも忙しいのよね。そろそろ注文決めてくんない?」

 さすがにうんざりした様な口調のケイさんが、メニューをトントン叩くので慌ててそっちに目を向ける。篠宮さんのお勧めで、俺はボンゴレ・ビアンコとか言うパスタを。彼女はサンドイッチセットを頼むと、ついに二人きりになってしまった。

 「それで、今日はどこ行く予定なのかしら」

 料理を待つ間に、彼女は無邪気な笑みを浮かべて尋ねてくるが、俺は返答に窮してしまう。デートコースはそれこそ無い知恵絞って考えてきたが、あくまで無愛想女の篠宮さんと回る予定だったもので、こんな美人を連れて行く風にはできてなかった。あ~、でも最初は映画館に行こうかと思ってたんだが、これはそのままでいいかなぁ。

 しかし実際口をついて出た言葉は、全然違うものだった。

 「あ~‥、しの‥み‥」

 ちょっと咎めるような目で睨まれ、俺は慌てて訂正する。そうだった、小夜子‥さんだった。

 「さ、小夜子さんは、どこか行きたい所ない?」

 すると彼女は一息ついてからこう答えた。

 「そうね~、‥私、海が見たいなぁ」


 にこやかな表情を作りながらも、私は何度目かの落胆を顔に出さないよう努力していた。

 それにしても本当にがっかり。まがりなりにも自分からデートに誘っておいて、デートコースも決めて来ないなんて、あり得ないわ。それに何、あの格好?デートなんだから、もう少しお洒落して来てよね。

 今日の彼のファッションは、グリーンのチェックシャツにジーンズと言うラフなスタイル。きっと友達と遊びに行く時と同じ格好で、デート用のコーディネートなんて考えたこともないんでしょうね。

 それにユニクロかしら。着てる物全部合わせても一万円しそうにないけど、これじゃ私だけ気合入れ過ぎたみたいで恥ずかしいわ。

 昨晩、デートに何着ていこうかと考えた時、わりとあっさり決めてしまったことを、今はちょっと後悔している。

 何しろ気を惹きたい相手でもないから、セクシー路線は没。春らしくパステルカラーの組み合わせで、フェミニンな感じを出そうかとも思ったけど、それよりエレガントに大人の雰囲気出して、驚かせちゃおうかな~、と悪戯心を出したのが失敗だったわ。まぁ、思った以上に面白い反応だったけど。

 私のファッションは、シックなデザインが気に入っているSTELLA MARISのシフォンブラウスに、タイトにしようか迷った末、結局ミニのフレアスカート。FLAG-Jのパンプスに、シャネルのクラッチバッグ、アクセサリーはちょっと高価なものを選んできている。

 ティファニーのネックレスは服に合わせたチョイスだけど、アメジストのピアスは、この前4℃で衝動買いしたお気に入りのもの。これ片方だけで冬也君の着てる物が三組は買えちゃうわね。うちってお金だけはあるから結構贅沢なお洒落して来てるんだけど、どうもわかってなさそうね。

 あ~あ、すっぴんで学校に行く時と違って、今日はメイクもばっちり。髪もゆるふわにセットして、香水までつけてきたのに、一緒に歩く人がこれじゃあねぇ‥

 ‥だからかな、海が見たいなんて意地悪言っちゃったのは。

 染井市にも海はあるけど、およそデートスポットになりそうな場所はない。強いて海の見える遊び場と言えば、八重市にあるマリンランドくらいかしら。でも、行こうと思ったら、電車で片道二時間はかかるわね。本当にちょっと困らせるつもりで言ったんだけど、返ってきた返事は意外なものだった。

 「海?ああ、それならいい所があるよ」

 ‥えっ、まさか本当にマリンランドまで行くつもりじゃないでしょうね。

 「あ、でも、あまり遠くには行けないわよ。ほら、電車の時間もあるから、遅くても八時には帰らないと‥」

 「大丈夫、そんな遠くじゃないよ。そうだな‥、ここからなら三十分くらいかな。ちょっと待って、今調べるから‥」

 そう言うと、冬也君はスマホを取り出して何やら検索の様子。予想外の展開になんだかちょっと心配になってきたわ。

 「‥これだな、うん、五十六分のバスに乗れば、一時半には到着するよ」

 「ねぇ、冬也クン、どこ行くつもりなの?」

 「ええと~、それは着いてからのお楽しみってことで」

 むむっ、まさかこんな意地悪を返されるなんて思わなかったわ。頼りなく笑う冬也君に内心ムッとしながらも、愛想笑いは崩さないでいた。いいわ、お手並み拝見と行こうじゃないの。まぁ、あまり期待はしてないけどね。

 そうこうしているうちにお昼が来たので、まずは腹ごしらえ。ロベリアの台所はパスタだけじゃなく、サンドイッチもおいしいの。ライ麦パンに豆のサラダを挟んだサンドから手を伸ばし、冬也君がケイ特製のボンゴレ・ビアンコ(アサリのパスタ)に取り掛かるのを眺める。今日はお化粧してるからパスタの類は遠慮したけど、おいしそうな香りが漂ってきて食欲をそそる。う~ん、今度食事に来る時は、あれにしようかな。

 あっ、これおいしい。口の中で絶妙な味わいをみせるサンドは、洋梨とハム、チーズに、ほろ苦いハーブはルッコラかな、が挟んである。シナモンの香り漂うアップルティーとの組み合わせも最高。おいしい料理に舌鼓を打っていると、テーブルの上に置いた冬也君のスマホが「小犬のワルツ」を奏でる。慌てて電話を切るけど、それが誰からなのか、見当はついていた。

 「もしかして、今の葛西君達から?」

 「はは‥、当たり。ごめん、今日は切っておくね」

 大方尾行が失敗して、そのまま遊びに誘おうって魂胆でしょうけど、今日のデートはお忍びだから、クラスメイトには見られたくないわ。それにしても男の子って本当に仲いいわね。

 「そう言えば冬也クンって、お友達からも名前で呼ばれてるでしょ。仲いいのね」

 「あ~、それはそんなんじゃなくて、ほら、俺の藤谷(ふじたに)って音読みだとトウヤになるでしょ。で、名前の方も冬也(とうや)だから、どっちつかずでそんなあだ名がついただけ」

 「何それ、ふふ、おっかし~」

 こんなとりとめのない会話を続けながら、バスが来るまでの時間を食事と共に過ごす。

 まぁ、最後に振っちゃうつもりだけど、今はちょっと親しげにしておこうかな。ど~せ男の子なんて、ちょっと愛想よくしておけば、勝手に気があるんじゃないかって勘違いするからね。

 最初はこちこちに固まっていた冬也君も、お店を出る頃には少し慣れてきた様子。じゃあ腕なんて組んでみたら、どんな反応するかしら。

作中に登場するSTELLA MARISは、架空のファッションブランドです。

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