第五話
アレから2週間。
力のなさを実感した俺は筋トレを鍛練メニューに組み入れている。
筋力が足りない俺は、重武器が振り回せずスキル上げが行えない。
重武器スキルを上げるため、職業を得るため、つまりは強くなる為にはコツコツ頑張るしかないのだ。
「ホンッと飽きもせずよくやるわねぇ」
午前中の日課となったスクワットを行っていると、後ろ手に「何か」を隠したレイがやって来た。
「なんか用か?」
三日に一度の定期巡回と「収穫」は昨日終わらせたばかりだ。
自作自演とも言えるモンスター養殖行為を行うことになった俺達は、そのポイントを三日に一度の頻度で見回る事にしている。
各ポイントのウォーウルフが二匹以上なら数を減らして回り、素材を剥ぎ取り生計を立てている。
レイが剥ぎ取る肉は料理人の補正が大きいらしく思わぬ高値で売れた。
尚、レイが単独で狩りを行っていた頃は重さの為に持ち帰るのを諦めていたらしく、悔やんでいたのを付け加えておこう。
「用が無きゃ来ちゃいけないの?」
甘えた声を出してくるが、レイの背後に身長以上の「何か」が見えるし何かを企んでいるのがバレバレだ。
「しょーもない問答はいいからさ、何の用か言ってみろよ?」
『体験版』の頃から合わせて一年以上の付き合いだ。
余程の事でない限り断る気は無い。
「連れないわね。
ほら?アタシ達って狩りで弓をメインに使うじゃない?」
「だな。ソレがどうかしたのか?」
「あの矢って結構お金がかかるのよね。
二十本セットで御値段なんと2000R!一本100Rもするのよ!?」
「それくらい仕方なくね?
必要経費ってヤツだろ」
強くなる事にしか興味の無い俺は、この世界の物価について聞いていない。
お金の管理は全てレイに任せているのだ。
詳しく知らないが一度の収穫で得られる報酬は二人合わせて一万前後であると聞き及んでいる。
一万の報酬に対して経費が2000以下なら悪くないように思えるのだが…。
「あんたってホント生活感がないわねぇ。
良い!?こうゆう削れる所は削って必要な所で惜しまず使うのがお金の正しい使い途よ!」
お金の使い道に正しいとか正しくないとか有るのだろうか?
疑問を抱くが今のレイには有無を言わせぬ迫力がある。
「それとその丸太がどう関係すんだ?」
「まだわかんない? 合成で矢を造ったらタダになるじゃない!
最初の頃は失敗するかもだけどサイガって成長チートだし直ぐに職人に成るわ」
早口で捲し立ててくる。
要は俺に丸太から矢を作れと云うことだな。
いずれ合成にも手を染めようと考えていたし悪くない提案だ。
『体験版』での合成は、レシピに合わせた材料を用意して、連珠吸収された魔気、それにプレイヤーのSPメーターを消費して行っていた。
SPメーターとは多分スタミナや精神力、魔法力なんかも合わせたメーターである。
多分なのは説明書が無かったから。SPメーターは走り続けたり、コマンドの実行や合成で減少していたし、全くの見当違いとゆうことは無いだろう。
因みに、体力やSPメーターはこちらの世界では確認する事が出来ない。
自分の体調管理は自分で行う必要があるといえるだろう。
「良いけど、失敗しても文句言うなよ?」
こうして合成スキル上げに着手する事に成った。
「分ってるわよ。はい、コレ」
待ってましたとばかりに、後ろに隠した自らの身長以上の丸太を差し出してくる。
エルフの細腕でよく此処まで運んできたものだな。
そこで、ふと気付く。
「なぁ?この丸太どうしたんだ?」
「買って来たに決まってるじゃない?」
「落ちてる訳ないでしょ」と続け、当然と言った感じだが嫌な予感しかしない。
俺の記憶が確かなら、この村で売っている丸太はアレだけだ。
「・・・幾らだった?」
「2万Rね。安いとは言えないけど、これこそ必要経費よ!」
無い胸を張って堂々と言っているが勘弁してほしい。
俺は知っている。
てかレイも知っているはずだ。
この丸太から出来る角材は18本。
角材から出来る矢は9本。
つまり、一本の丸太から出来る矢は162本。
一本100Rとして16200R分の矢しか出来ないのである。
「矢をそのまま買った方が安上がりだぞ?」
「どうしてよ?作ってるんだから矢はタダみたいなもんでしょ?」
みたい、であって決してタダでは無い。
俺的にはスキルが上がるし3800の赤字は許容できる。
レイも満足しているみたいだし、このままで良いか。
「カネはどうしたんだ?」
一応コレだけは聞いておこう。
ツケだとしたら厄介だ。
「今日までの蓄えを使ったわ。
これで蓄えは無くなったし明日から頑張らなくっちゃね」
奮発しすぎだろ。
だが、レイに悪気は無いんだ。
突っ込みたいのを鉄の自制心で我慢する。
こうして俺の午前中は失敗の許されないスキル上げに費やされる事と成った。
☆☆☆
「お疲れ様」
最後の合成を終え一息ついていると、串焼きを手にレイが戻ってきた。
合成を開始した当初は興味深そうに見ていたが、残り材料が半分に成った頃「あと半分ね」と言い残し何処かへ消えて行っていたのだった。
「お前なぁ…人に頼み事をしておいてソレはどうかと思うぞ?」
「アタシが居たって役に立たないんだし堅い事言わないの。
それならこうしてお昼ご飯を買って来た方が有意義でしょ?」
「それは一理あるな」
手渡された串焼きにかぶり付く。
「やってみてどうだったの?」
「思ったより大変だったわ」
『体験版』と実際の合成の違いは何と言っても疲労感だろう。
合成を念じると、魔気が見えない刃と成り超高速で材料を切り刻んでいく。
傍目には一瞬の出来事だが行っている者にとっては、数十倍、あるいは数百倍の時間に感じる。
加速した世界を意志の力で支える。
肉体を動かさず、実際の時間は掛かっていないが物凄く疲れる。
連続で行うのはちょっと勘弁してほしい。
『体験版』にあった連続で合成できない仕様、クールタイムはコレを表現していたのだろう。
失敗を含めて都合25回の合成を行なったが、実に2時間近い時間を要している。
「でもスキル上がったんだし、スキルマニアのサイガ的にも良かったでしょ?」
「マニアじゃねーし」
誤解してほしく無いモノだ。
俺は強くなる為にスキルを上げているのであってスキル上げが目的じゃない。
「そう言うけどさ?
あんた午後から何しようと思ってるのよ?」
「そりゃ薙刀振って両手槍のスキル上げだな」
装備可能な色々な種類の武器を振った結果、薙刀最強。
と言ったら怒られそうだが、俺に一番合っている。
長い間合いに比較的軽い重量は力の弱い俺にピッタリなのだ。
「ほらね?
そんな事ばっかりしてるから、仙人って噂されちゃうのよ?」
仙人か・・・それは困る。
悪くない響きだが、俺が成りたいのは英雄だ。
てか何時の間にそんな噂が立ってたんだ?
田舎恐るべし!
「どうしろってんだよ?」
「簡単な事よ。
ギルドにでも顔出して村の人達と話でもしたら良いじゃない?
この村の人達も、現実を生きる人間だってサイガだって分ってるでしょ?」
「そう、だな」
気付かなかったが、今のままだと引き籠ってないけど引き籠りだ。
引き籠りであると同時に英雄・・・うん、成立しない。
これは早急にギルドへ行く必要がありそうだ。
「そんな真剣に成んなくたって大丈夫よ?
あんたって結構可愛い顔してるし、ギルドの受付に逆ナンされたりしてね」
「そういうのは要らねーし。
まぁ、たまにはギルドに顔出して情報収集するのも悪くネーな」
「あんたってホンッとストイックって言うかなんてゆうの・・・」
「何だよ?」
「はぁ・・・いいわ。
ソレを食べたら矢を持ってギルドに行くわよ!」
「一応聞くが、矢は誰が持つんだ?」
「サイガに決まってるでしょ?
か弱い女に重いモノを持たせる気なの?」
泣き真似をしているが、丸太を担いで此処までやって来たレイの方が俺より力持ちなのは確実だ。
「へいへい」
こうして俺は引き籠り生活を抜け出す為、ギルドへ遊びに行くのであった。
本日の教訓。
知らぬが仏。