第四話 悪戦苦闘の初狩猟
森の中へと足を踏み入れてからどれくらいの時間が経っただろうか?
未だに獲物を見つける事が出来ないでいた。
「不味いわね。
早く何とかしないとタダ働きに成るわ・・・」
『体験版』では獲物が見つからず「糞ゲーがマジふざけんな!」と切れる俺を窘めるのがレイの役割だったのだが、生活が懸かっている今はレイの方が必死の様だ。
「仕方ねーだろ?
ここって「重点殲滅領域」に該当してから少なくとも一年以上経ってるし、狩り尽くされたんじゃね?」
この世界は大きく分けて五つの領域に区分されている。
「重点殲滅領域」とはその中の一つであり、文字通り人類が総力を挙げて重点的に浄化に励み、モンスターの殲滅に力を入れている地域、とされている。
モンスターの発生原理上、ある一定の領域内で魔気を完全に浄化すれば新たなモンスターは産まれず、新たな魔気が発生しない、とゆう事に成っている。
そうなると最初の魔気は何処から発生したのか?と疑問が沸くが多分誰に判らない。
兎も角人類は長い年月を掛けて、完全な浄化地域、安心安全に暮らせる地域を広げているのである。
人類が集団生活を営み始めた頃からの地域は今では完全に浄化され、「絶対安全領域」とよばれ、その中心には「千年の都」があるらしい。
そして、その都から東西に隣接する地域が「安全領域」と呼ばれている。
絶対、と付かないのは人の手に負えない「幻獣」が居を構えているからだ。
何処が安全だよ!?と突っ込みたくなったが、この世界の人類は長い試行錯誤の結果、幻獣の領域をほぼ正確に把握し、それを避けるように生活を営んでいるそうだ。
幻獣は自らの領域内の如何なるモンスターの存在も許さない。
故に、幻獣の領域ではモンスター発生の心配は要らない。
なまじ、モンスターが発生しても幻獣が瞬殺するそうだ。
又、幻獣は近づかなければ無害であるとされ、その領域に足を踏みいれなければむしろ安全であると主張する集団も居るそうだ。
避けているが故の不便も有るが、幻獣を倒そう!との意見は皆無だ。
コレについては何時か話す機会も有るだろう。
そして、俺達が今居る「重点殲滅領域」が安全領域の東西に隣接している。
更に東西に向かえば、「危険開拓領域」その更に向こうには「未踏の領域」が続いている。
ここは、帯状の大陸で中心から離れるほど危険と思えばわかり易い。
「こんな事になるなら、『体験版』でやり過ぎなければ良かったわね」
「まぁなぁ。
実際、重点殲滅なんて言っちゃってるけど、村のハンターはそこまで必死じゃねーよな?」
「多分私達みたいに成るからじゃない?
倒し過ぎたらモンスターが産まれず、日々の糧を得にくくなるのを彼等は知っていたのよ」
「道理で段々とNPCの反応が微妙に成っていった訳だ」
最初の頃は「期待の新人」だの「すげぇなオメェ等」だの惜しみなく賞賛されていが、半年も経った頃にはギルドの受付ですら困った顔で「あの、少し休まれては如何でしょうか?」と言っていた。
今思えば、あれは獲物が無くなる=仕事が無くなるから止めてくれ!って意味を込めた精一杯の発言だったのかもしれない。
「そう言えばさ?
私がサイガにお金を譲ってくれって言った時にどうして無視したのよ?
貴方が『体験版』の時に持っていたお金が有ればこんな苦労をしなくて済んだのよ!?」
レイが思い出したかのように怒り出したが、何のことやらサッパリだ。
「は?そんな事いつ言ったんだ?」
「え?私が先にこっちに来てたから色々と話し掛けたじゃない?
反応が無いのは放置しているからだと思ってたけど違うの?」
「変なエルフが纏わりついてくるなぁと思ってたが、そんな事は聞いて無いぞ?」
「変ねェ?どうゆう事かしら?」
「さぁ?ズルをしない為に、NGワードでも有ったんじゃね?」
あの『体験版』は何者かが用意したモノである。
その何者かにとって都合の悪い情報を、カットできたとしてもおかしくない。
ほぼリアルタイムで有ったとしても、データを変換してPCを通してあっちの世界に届けていたのだから、何者かにとってNGワード的な細工はそれほど難しい事ではないだろう。
「そう・・・かしら?」
レイは納得がいかないといった表情で小首を傾げている。
「あんま深く考えなくて良くね?
俺達はこうしてここで生きている、生きているから飯を食わなきゃいけないんだろ?」
深く考え過ぎたらドツボに嵌るのも間違いない。
そもそもこの身体が、自分の身体であるとの保証すらないのだ。
俺は若返っているし、レイに至っては種族が違っている。
何者かの手が加わっていると推測できるが今の所不都合はないし、考えた所で判らない事は、考えないようにするのが一番だ。
「そうね。
じゃぁ今日のご飯を頂くために早く獲物を見つけて頂戴!」
空元気っぽいが切り替えが済んだのだろう。
声に元気が戻っている。
「へいへい。
って居たぞ!?北の端!多分1キロ程だ!」
半透明のメニュー画面に表示された索敵レーダー的な地図に赤い点滅が表示されている。
今まで歩いた感じから半径1キロ。直径にして2キロ程度だ。
ターゲットが???なのは、今の俺が出会っていないからだろう。
「行くわよ!!」
現金なモノだ。
完全に声に元気が戻った。
「って待てよ!?俺はメニューを見ながらだから早く走れねーよ!」
等と言いながら、獲物を目指し進路を北に走り出す。
1キロ程度と言っても侮るなかれ。
それなりの装備を背負って悪路を走るのだ。
あっちの世界の身体能力では走る事すらままなるまい。
「こっちでも確認!
間違いないわ!ウォーウルフよ!」
暫く走るとレイのレーダーにも反応が有った様だ。
メインに据えなくても取得した職業の能力は使えるのだ。
但し、メインに据えた時の半分かそれ以下の性能しか発揮しない。
「7匹いる!?突っ込むぞ!!」
走る事5分。
木の隙間から目視でウォーウルフを確認する。
「何言ってんのよ?もう少し近づいたら木に登るわよ」
前を走るレイが止まりこちらを振り返って言う。
「マジで?突っ込まないのか?」
「当たり前じゃない?何のために弓を持ってると思ってるのよ?」
「そりゃ、射るためだけど・・・」
「でしょ!
安全に狩る手段が有るんだからそっちを選ばなきゃね?遊びじゃないんだから」
「そ・そうだな」
「それと!
サイガは今日が初めてだし2匹だけ仕留めるのに集中して」
「二匹で良いのか?」
「えぇ。私が残りの4匹を担当するから」
「え?残りは5匹じゃね?」
「もう~何言ってんのよ?さっきの話し忘れたの?
殲滅しちゃったら増えないでしょ!一匹残してまた後日、ここに狩に来るわよ」
重点殲滅領域が聞いて呆れるが、コレがこの世界に生きる人の知恵なのだろう。
だが、英雄を志す俺としてはどうなのだ?
果たして、こんな自作自演染みた事をしていたと知られても、英雄として扱われるのだろうか?
ってゆーかコレって不味くね?
モンスターなる生命の敵が存在するに違いは無いが、人類側に焦りが全く見られない。
先にも述べたが、村のハンターやギルド職員ですら殲滅を望んでいない節がある。
つまり、危機感が無いのである。
俺が目指す英雄に成る条件には、敵や人類の危機が欠かせない。
自らの願望の為に他者の危険を望む事は無いが、これはちょっと想定外かもしれない。
「どうしたのよ?納得いかない?」
黙り込む俺を見かねたレイが問うてくる。
「そんな事ねーけど、もし逃がした奴が危険なレアモン産みだしたりしたらどうすんだよ?」
そんな事あるんだが、真正面から反対だと言えるほどの自信も無い。
モンスターを見逃して増やす手法はレイ以外もとっているだろう。
そして恐らく、誰も損をしていない。
ハンターは日々の糧を得て、ギルド職員は安定した職を得る。
更には、ハンターが持ち帰る素材や肉で地域の経済が潤う。
討伐を加減して元に戻すだけなのだから危険だって増えるわけじゃ無い。
言うならばモンスターの養殖行為だ。
「そんな事が起りにくいからレアなんでしょ?
そんな心配ばっかりしてたら余計なフラグが立っちゃうわよ?」
「そう、だな・・・
んじゃサッサと片付けて帰ろうぜ?まだ鍛錬する時間はあるしw」
内心を悟られないように、務めて明るく振る舞う事にした。
「そうこうなくっちゃ。
アタシはソコの木に登るから、サイガはあっちの木に登って。
貴方の攻撃に合わせて私も攻撃に入るわ」
レイに言われるがまま木に登り、弓を構えて照準を合わせる。
【狙い撃ち!】
キーと成るワードを呟くと手の震えが収まり、ウォーウルフの動きがハッキリ解る様だ。
「良し!いくぜ!!」
矢を掴む手を放すと、狙いを定めたウォーウルフの首筋へと吸い込まれる様に突き刺さる。
突然の仲間の死に、他のウォーウルフ達が慌てだす。
そこにレイの放った矢が次々と飛んでいき、ウォーウルフの命を奪っていく。
見事なもんだ。
年の功・・・いや、一日の長だな。
おっと、俺もこうしちゃいられない。
こちらに気付き走り来る、ウォーウルフに狙いを定める。
木の上に陣取ったのは正解だ。
お陰で、こうして平静を保ったまま攻撃動作に移る事が出来る。
慎重に狙いを定め、放つ。
しかし、迫るウォーウルフ後方の地面に突き刺さる。
成る程。相手も移動しているのだ。
相手の進行方向、速度も考えなくてはなるまい。
三度、弓を構え放つ。
狙いが逸れたが、ウォーウルフの身体に突き刺さる。
「これで終わりだ!」
動きの鈍ったウォーウルフに3本目の矢を放ち仕留める事に成功する。
レイの方も予定の4匹を倒し終えた様だ。
一匹となったウォーウルフは一声吠えて逃げ去った。
元々群れで行動する習性がある為、最後の一匹は逃げやすい。
殲滅目的なら厄介な習性だが、今日の所は助かった。
もしかすると、この森にウォーウルフが多いのはこのせいかも知れない。
「やったわね」
お褒めの言葉だろうか?
俺に向かって言葉を発したレイは、そのまま木の上から飛び降りると動かなくなったウォーウルフに小さなナイフを突き立てていく。
「悪いけど、ここにウォーウルフを集めてくれる?捌くのはアタシがやるわ」
「りょーかーい」
捌く、か・・・『体験版』では省略された作業だ。
正直、やりたくない。
いや、しかし生きるとゆう事は喰う事だ。
食うと言う事は殺すと言う事だ。
何時の日か独り立ちする日がくるかもしれないし、避けては通れない道だろう。
5体のウォーウルフを集め終えた俺は、レイの作業を見続ける。
「グロイでしょ?
別に見てなくていいわよ?」
俺の視線に気付いたのか、その端正な顔に血飛沫を浴びたレイが気遣ってくれる。
「お前一人にやらせるのは悪いからな。今日の所は見学で勘弁してくれ」
やる気は合っても出来ない。
まごまごしてると、折角の獲物が消えてしまうし、今日の所はレイにお任せだ。
「そう?
料理人の補正でアタシがやってるだけなんだけど、ありがとね」
こうして初めての狩りは怪我一つなく終える事が出来た。
獲物探索に約4時間。
戦闘時間は僅かに3分。
しかし、得られたモノは大きい。
「帰るわよ。ソレ持ってね?」
風呂敷に包まれた素材を指差している。
「おもっ!?」
何気なく手を伸ばしたがその風呂敷はモノすごーく重かった。
「お肉だし重くて当たり前ね。
落とさないでよ?味が落ちちゃうんだから」
もう一つの風呂敷を軽々と背負ったレイが悪戯っぽく言っている。
「ちょ!?そっちと交換してくれよ!?」
自慢じゃないが今の俺の筋力は低い。
両手で扱う様な重量のある武器を振り回す事も出来ない。
「ダメに決まってるじゃない?
アタシは捌く役。アンタは運び役よ。役割分担って素晴らしい言葉だと思わない?」
それだけ言って舌を出すと、南に向かってスタスタと歩き出した。
前言撤回。
俺を気遣ったんじゃなくコレを狙っていたのか。
「全く。良い性格してるわ」
ずっしり重い風呂敷を背負いレイに並んで歩を進める。
俺の狩りが本当の終わりを迎えたのは、それから2時間後の事だったのである。
本日の教訓。
卵が先か?鶏が先か?