中編
目が覚めると、視界を黒が覆っていました。
あぁ、やっぱりあれは夢でした。特に意味無く伸ばした髪は黒く、いつものように勉強をしてから眠って、そろそろお母さんがわたしをたたき起こしに来るのでしょう。
それにしてもいい夢を見ました。変な世界に呼ばれて、お城のベッドは天蓋つきで。眠っていたら夜這いをかけてきた男性がいて。かすかな月明かりで見えた彼は、とても美形で。
未知のイベントにわたしが泣き出すと、あんなに強引だったのが嘘のように優しく頭をなでてくれたり、意味はわからなかったのですが労わるように話しかけてくれたり。
最終的に意識を飛ばしてしまいましたが、まぁ、初体験としてはよかったのでは。というかただの夢ですし、実際にはまだ清らかではあるのでしょうけど、まぁ、悪くは無かったです。
あまりに優しく声をかけられたりしたので、もしやわたしはこの人から熱烈に口説かれているのでは、と思うほどでした。前半、かなり怖い思いをした記憶は夢の中の夢ということで。
実際、途切れ途切れの記憶の中では、彼はとても優しかったです。
いい夢でした、えぇ、実にリアルな痛みを伴う夢。
思わず、夢の中にしかいないその、いかにもな王子様にキュンとするほど。あぁ、これが恋ってヤツなのでしょうか。夢の人物にに恋するとか、どこのお姫様かお嬢様なんでしょうか。
……それにしても、腰が尋常ではないレベルでズキズキと痛いですね。
腰というか、口ではちょっといえない場所がいたいというか。
これは困りました。学校にいけるのでしょうか。どうしても起き上がれそうになければ、休むしかないのでしょうけど……あぁ、残念です。ごろん、とわたしは寝返りを打って。
「――」
自分の隣で眠る、金髪美形に目を奪われました。
えぇ、夢の中でわたしをむさぼった、例の王子様っぽい美形さんでした。
めくるめく夜の記憶が、一気にわたしへと迫ります。言葉が通じないことを、今ほど喜んだ瞬間はきっと二度とこないでしょう。そう思ってしまうようなことを、口走ったので。
ぎゃああ、と心の中で悲鳴をあげます。
思わず身体を起こして離れようとするのですが、今度は身体が悲鳴を上げました。そのまま床に転がり落ちて、自分の身に残された痕に今度こそ音として悲鳴を上げます。
ええ、意味が通じずとも『叫んだ』というのは、わかるのでしょう。
どたばた、と遠くから人が走ってくる音。
そして――件の美形が、うっとうしそうに身体を起こすのが、見えました。
って普通に裸じゃないですか、わたし。慌ててシーツを引っぺがし、抱え込むようにして身体を隠します。えぇ、花も恥らう女子中学生。たとえナニがあっても恥じらいは忘れません。
ばぁん、と大きな音を立てて、扉が開かれます。
そこにいたのは、昨夜の女性でした。
彼女はわたしを見て――真っ青になってしまいます。
どうして、と思い自分の身体を確認すると、これといって異変はありませんでした。あちこちに赤い何かがついていますが、これは見えなかったことにしておきます。
あぁ……髪が、銀髪になっていた髪の毛が、元の黒になっています。
これにびっくりしているのでしょうか。しかしわたしは典型的日本人で、むしろ黒くないと違和感が全開です。なので、むしろ今の方がほっとできるのですが。
女性は次に、ベッドの上にいる美形を睨みます。えぇ、美人さんが睨むと恐ろしいのだとわたしは思い知っています。今にも、相手を殺さんばかりに睨み、怒鳴っています。
最初はめんどくさそうにしていた美形さんは、女性が怒鳴るほどにだんだんと青ざめていきました。わたしを指差し、何かをいい、さらに怒鳴られています。ちょっとかわいそう。
どうやら、彼とわたしが一線を超えてしまうのは、予定外だったようです。
そして、彼が悪いことをしたようです。
それからわたしは、メイド集団に担がれて別の部屋につれていかれました。えぇ、ものの見事に足腰が死んでしまっていて、足腰どころか腕を動かすのも面倒というか億劫でして。
それからお風呂に押し込まれて全身を洗われて、アロマオイルのようなものを丁寧に塗りこまれてマッサージされ、しばらくは寝巻きのようなドレスだったのですが。
「着替える、ドレス」
女性の言葉と共に、わたしはなにやら綺麗な……まっしろいドレスを着せられました。
コルセット、苦しいです。
一通りおめかしが終わったところで、例の女性がやってきました。
彼女は心底申し訳なさそうな表情でわたしの手を握り、次に身体を抱きしめます。
「巫女、違う、駄目、花嫁、王子」
巫女ではない、駄目になった。
花嫁……王子の。
彼女は一通り言ってから、ひたすら私の身体を抱きしめて、背中をなでます。相当にこの事態を気にしていらっしゃるようで、言葉が通じないことがとても歯がゆくなりました。
気にしたくてもいいよ、と伝えることも出来ないなんて。
とりあえずわたしは、一つの疑問を彼女にぶつけます。
「王子の、花嫁?」
……まさかと思いつつ、質問するとうなづかれました。
えっと、これがジョブチェンジってやつですか。
もしややっぱり、この衣装は俗に言うウエディングドレスってやつでしょうか。わたし、まだ中学生で、結婚できる年齢ではないのですが、この世界では関係ないようですね……。
そして女性を戦闘とするメイド集団に連れられて、どこかに連れて行かれます。向かう先は想像通りの、絵に描いたような教会。神父さまらしき男性の傍には、例の美形さんがいます。
その表情は、まるで余命でも宣告されたかのように青ざめて、この結婚――だと思われる何かを望んでいないのは明らかでした。互いに名前もしらないのですから、当然です。
でも、傍に立ったわたしと目もあわせないのは、少しかなしい気分がします。
神父さまが何かを語り、わたしと美形さんは向かい合います。それでも、彼はわたしから出来るだけ視線をはずそうとしました。ぎゅうう、と心のどこかが締め付けられます。
よくわかりませんが、巫女というからには清らかでないといけなかったのでしょう。髪が黒から銀になり、清らかではなくなった朝に黒に戻ったのは、何か意味があるのでしょう。
それは、きっとわたしが彼らが望んだ『巫女』ではなくなった、ということ。
そしておそらく、先ほど淡々と、作業をこなすがごとく誓いの口付けをしてきた彼は、この城の主のような存在で、つまりは王子様なのでしょう、本物の。
王子様が手をつけたので、わたしはこうして彼と結婚することになったようです。彼にとってこれは罰なのかもしれません。それなりの手間隙をかけて、わたしは召喚されたはずです。
それを台無しにされたなら、いくら彼が王子だろうと誰だって怒るでしょう。だから責任を取ってわたしを娶れ、という流れになったのでしょう。そこに、感情など存在しません。
こうして、わたしは結婚したのです。
わたしなど、少しも欲しくはない人のところに、嫁がされたのです。