前編
わたしは、ただの女子中学生でした。
受験という大イベントにして、人生の中ボスとの戦いを向かえ、気合を入れて眠っていたところだったはずです。ふかふかのお布団の中、わたしは女子高生ライフを夢想していました。
部活はこんなのに入りたい、だとか。
こんな先輩がいればいいなぁ、だとか。
えぇ、実に他愛の無い、年頃の子なら誰だって夢見る程度の妄想です。
間違っても言葉が通じない異世界に、呼んでくれなどと思ったことなどありません。ましてや自慢だった黒髪に、真っ白になれなんて願わないし、変な連中に囲まれたいわけでも。
……まぁ、異世界に飛ばされるまでは、いいとします。
いえ、ぜんぜん良くないのですが、そこまではまぁいいということにします。強引に納得させるしかありません。なぜなら、それよりも重大な問題が、目の前に突きつけられたから。
言葉です。
十数人の魔法使いっぽい服を着た男女は、わたしを見て泣いたり喚いたり、そして抱き合って喜んだりしています。どうやら、望まれてここに呼ばれてしまったらしいのですが。
言葉が、少しもわからないのです。
発音などは英語のような、欧米っぽい感じでしょうか。間違ってもアジア圏ではない感じでした。いえ、アジア圏の言語は日本周辺しかわからないのですけども、中学生なので。
ともかく彼らの言葉を、わたしは『言葉だ』という以外に理解できません。
声のトーンや表情で、どうにか感情は読み取れるのですが……。
まぁ、ともかくわたしは望まれてここにきて、彼らはとても喜んでいる。つまり、すぐさま命の危険があるわけではないようです。もちろん、生贄という可能性もあるのですけども。
さて、集団のうち、リーダーらしき女性がわたしの前に跪きました。
誰よりも豪華な装飾が施されたローブに、杖を持っているから……たぶん、そうです。
黒髪が艶やかで、思わず触りたくなる女性です。瞳は青。同性ながら、思わずツバを飲み込みたくなるほどの美貌とスタイルで、思わずお姉さまと言いたくなってしまいました。
彼女はわたしの、綺麗な銀色になった髪に唇を寄せます。
あぁ、どこの王子様ですか、あなた。
わたしは多分異性を愛する方なのですが、思わずときめいてしまいます。
「巫女、呼んだ、異界」
言葉です。
日本語です。
彼女はどうやら、日本語がわかるようです。
若干、カタコトですが、とりあえずがんばって理解することに勤めます。
「巫女とは、誰ですか?」
簡単に質問をしますが、やっぱり通じません。
あれですか、英語の歌は歌えるけど書けないし読めない的な。
しばらく考え、わたしは。
「巫女?」
自分を指差しながら、簡単に質問しました。
すると女性は、にっこりと微笑んで首を縦に振ります。
ほぅ、どうやらわたし、この世界では巫女という立場らしいですね。呼んだ、というのは文字通りでしょうし、異界は……異世界、つまり違う世界ということになるのでしょうか。
ともかく、この調子なら何とか、最低限の意思の疎通は図れそうです。
とりあえずわたしが言葉がわかっていないのは、理解していただけたと思います。元からそのつもりだったのかもしれませんが、どっちにしたって助かります。
女性はわたしの手を握り、何かをお願いするような目をします。
「巫女、呼んだ。必要。国のため、滞在、永遠」
ふむふむ、とわたしは足りない部分を、必死に補います。
巫女を呼んだ、必要だから。それは国のため。滞在して欲しい、永遠に。
……うん。
つまり、ずっとここにいて欲しいってこと、でしょうか。
「城、案内。暮らす。平穏、安全」
これは城まで案内……いえ、連れて行く。そこで暮らしてください。
そこは平穏だし安全だから?
うーん、どうにもこうにもよくわかりません。そもそも、どうしてこの人だけが、わたしと意思の疎通ができるのでしょう。他の人は、わたしの言葉はわからないのでしょうか。
「……生贄?」
思わず自分を指差して、そんなことを質問します。
女性は大慌てで首を横に振りました。
すこし、悪い質問をしてしまったのかもしれません。わたしは謝って、とりあえず立ち上がることにしました。石で作られた床は、寝巻き姿で座っているには、冷たくて硬いです。
そのまま、わたしは彼らに囲まれた状態で、どこかに向かって移動します。
たぶん、お城……なのでしょう。
ここ、そのお城がある敷地内にある場所のようで、しばらく進むといかにもといった内装が目に入ってきました。わぁ、綺麗。お城なんて西洋も和風もまったく縁がありませんから。
しばらくすると女性以外は、他に用事でもあるのか別々の方向に向かっていきます。わたしは例の女性について、さらにどこかに連れて行かれました。階段を登って、上へ。
彼女はある部屋の前で足を止め、扉を開いて中に入るようなジェスチャーをします。
「部屋、巫女、滞在」
どうやら、ここがわたしの部屋のようです。
入ろうとすると、どこからか絵に描いたようなメイドさんがやってきました。明らかに女性に対して怒っているような、怖い表情をしています。どうやら、何か問題があったようです。
女性の言葉は、再び聞き取れないものへとかわってしまいました。
意図して、わたしに通じる言葉でしゃべっていたようです。二人は若干激しく言い争い、わたしは完全に彼女らの意識の外に追い出されました。入っていいのか、いけないのか。
いい加減、眠いので何とかして欲しいのですが。
思わずあくびを零し、目をこすっていると。
「眠い?」
女性がわたしに気づき、いえ思い出し、声をかけます。
はい、と短く答えると女性は、メイドさんに何か話しかけました。最初は怒っていたメイドさんでしたが、わたしが眠そうにしているとだんだん態度が変わっていきます。
彼女は女性に一礼すると、そのままどこかに向かってしまいました。
「部屋、睡眠、問題ない、休んで」
「あ、はい」
「おやすみ、なさい」
ふわり、と微笑んで、女性は言いました。
わたしはその笑みに見送られ、部屋の中にいざ潜入。
扉がゆっくりと閉まっていく中、わたしは室内の光景に息を飲んで目を見開きました。
天蓋つきのベッド。
幼少期の憧れ。
まさしくここはお城なんだと、状況がいまいち理解できていないのも忘れ、ぽーんとベッドの上へ飛び乗ります。ふわんふわん、と上下する身体。あぁ、やわらかくてあったかい。
そのまま、もぞり、と中へもぐって、さらにその温もりを堪能します。
さすがに夜中に呼ばれたこともあって、意識は一気に遠ざかっていきました。
……ところが、です。
いい気分で眠りに落ちていたのに、誰かにゆすられて目が覚めます。ついていた明かりはいつの間にか落とされていて、誰かがわたしの上にあったはずの布団を撤去していました。
「だれ……?」
ぼんやりとしか明かりの中、誰かが自分の傍にいます。
傍というか……圧し掛かっていると、いうか。
身体をまさぐっている、というか。
数秒の間を置き、わたしは一気に意識を取り戻しました。
貞操です、貞操の危機です。いえ女性の場合は操だったでしょうか。いやこの際もうどっちでもいいです同じことですから。ともかくわたしがピンチです、危険が危ないのです。
やめて、と手足をばたつかせますが、相手は――まぁ、当然ですがそれなりに体力のある男の人らしく、その力からして、たぶんわたしよりずっと年上なのでしょう。
あっちの世界では高校生ぐらいでしょうか、大学生かもしれません。
いや、そんな分析はともかく。
「や、やめてください!」
大声を出そうにも、なかなかうまく声が出ません。あぁ、合唱部にでもいれば、それは見事な大声を張り上げることが出来たのでしょうか。自分でも泣きたくなるほど貧弱な声です。
抵抗とは名ばかりのそれを続けるうちに、だんだんと服がひんむかれていくのが、肌に空気が触れることで理解しました。危ない、このままだといろいろと危ないです。
こうなったら、急所でもなんでも蹴り飛ばして――。
「んぐ……っ」
しかしその前に、何かで手首を縛られました。耳元で低い声がします。
抵抗してんじゃねぇよこのアマ、という主旨の言葉を浴びせられたのでしょうか。ついでに口も何かやわらかいものでふさがれてしまい、わたしはどうすることも出来なくなりました。
すでにカレシさんと一夜の秘め事を経験した友人の、そんなに痛く無かったよ、と笑っていたその顔面を殴りたくなるような苦痛の末、わたしは意識を吹っ飛ばしてしまうのです。
あぁ、これやっぱり、夢じゃなかったんですね……。