表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編

 わたしは、ただの女子中学生でした。

 受験という大イベントにして、人生の中ボスとの戦いを向かえ、気合を入れて眠っていたところだったはずです。ふかふかのお布団の中、わたしは女子高生ライフを夢想していました。

 部活はこんなのに入りたい、だとか。

 こんな先輩がいればいいなぁ、だとか。

 えぇ、実に他愛の無い、年頃の子なら誰だって夢見る程度の妄想です。

 間違っても言葉が通じない異世界に、呼んでくれなどと思ったことなどありません。ましてや自慢だった黒髪に、真っ白になれなんて願わないし、変な連中に囲まれたいわけでも。


 ……まぁ、異世界に飛ばされるまでは、いいとします。

 いえ、ぜんぜん良くないのですが、そこまではまぁいいということにします。強引に納得させるしかありません。なぜなら、それよりも重大な問題が、目の前に突きつけられたから。

 言葉です。

 十数人の魔法使いっぽい服を着た男女は、わたしを見て泣いたり喚いたり、そして抱き合って喜んだりしています。どうやら、望まれてここに呼ばれてしまったらしいのですが。

 言葉が、少しもわからないのです。

 発音などは英語のような、欧米っぽい感じでしょうか。間違ってもアジア圏ではない感じでした。いえ、アジア圏の言語は日本周辺しかわからないのですけども、中学生なので。


 ともかく彼らの言葉を、わたしは『言葉だ』という以外に理解できません。

 声のトーンや表情で、どうにか感情は読み取れるのですが……。


 まぁ、ともかくわたしは望まれてここにきて、彼らはとても喜んでいる。つまり、すぐさま命の危険があるわけではないようです。もちろん、生贄という可能性もあるのですけども。

 さて、集団のうち、リーダーらしき女性がわたしの前に跪きました。

 誰よりも豪華な装飾が施されたローブに、杖を持っているから……たぶん、そうです。

 黒髪が艶やかで、思わず触りたくなる女性です。瞳は青。同性ながら、思わずツバを飲み込みたくなるほどの美貌とスタイルで、思わずお姉さまと言いたくなってしまいました。

 彼女はわたしの、綺麗な銀色になった髪に唇を寄せます。

 あぁ、どこの王子様ですか、あなた。

 わたしは多分異性を愛する方なのですが、思わずときめいてしまいます。


「巫女、呼んだ、異界」


 言葉です。

 日本語です。

 彼女はどうやら、日本語がわかるようです。

 若干、カタコトですが、とりあえずがんばって理解することに勤めます。

「巫女とは、誰ですか?」

 簡単に質問をしますが、やっぱり通じません。

 あれですか、英語の歌は歌えるけど書けないし読めない的な。

 しばらく考え、わたしは。


「巫女?」

 自分を指差しながら、簡単に質問しました。


 すると女性は、にっこりと微笑んで首を縦に振ります。

 ほぅ、どうやらわたし、この世界では巫女という立場らしいですね。呼んだ、というのは文字通りでしょうし、異界は……異世界、つまり違う世界ということになるのでしょうか。

 ともかく、この調子なら何とか、最低限の意思の疎通は図れそうです。

 とりあえずわたしが言葉がわかっていないのは、理解していただけたと思います。元からそのつもりだったのかもしれませんが、どっちにしたって助かります。

 女性はわたしの手を握り、何かをお願いするような目をします。

「巫女、呼んだ。必要。国のため、滞在、永遠」

 ふむふむ、とわたしは足りない部分を、必死に補います。

 巫女を呼んだ、必要だから。それは国のため。滞在して欲しい、永遠に。


 ……うん。

 つまり、ずっとここにいて欲しいってこと、でしょうか。

「城、案内。暮らす。平穏、安全」

 これは城まで案内……いえ、連れて行く。そこで暮らしてください。

 そこは平穏だし安全だから?

 うーん、どうにもこうにもよくわかりません。そもそも、どうしてこの人だけが、わたしと意思の疎通ができるのでしょう。他の人は、わたしの言葉はわからないのでしょうか。


「……生贄?」

 思わず自分を指差して、そんなことを質問します。

 女性は大慌てで首を横に振りました。


 すこし、悪い質問をしてしまったのかもしれません。わたしは謝って、とりあえず立ち上がることにしました。石で作られた床は、寝巻き姿で座っているには、冷たくて硬いです。

 そのまま、わたしは彼らに囲まれた状態で、どこかに向かって移動します。

 たぶん、お城……なのでしょう。

 ここ、そのお城がある敷地内にある場所のようで、しばらく進むといかにもといった内装が目に入ってきました。わぁ、綺麗。お城なんて西洋も和風もまったく縁がありませんから。

 しばらくすると女性以外は、他に用事でもあるのか別々の方向に向かっていきます。わたしは例の女性について、さらにどこかに連れて行かれました。階段を登って、上へ。

 彼女はある部屋の前で足を止め、扉を開いて中に入るようなジェスチャーをします。


「部屋、巫女、滞在」


 どうやら、ここがわたしの部屋のようです。

 入ろうとすると、どこからか絵に描いたようなメイドさんがやってきました。明らかに女性に対して怒っているような、怖い表情をしています。どうやら、何か問題があったようです。

 女性の言葉は、再び聞き取れないものへとかわってしまいました。

 意図して、わたしに通じる言葉でしゃべっていたようです。二人は若干激しく言い争い、わたしは完全に彼女らの意識の外に追い出されました。入っていいのか、いけないのか。

 いい加減、眠いので何とかして欲しいのですが。

 思わずあくびを零し、目をこすっていると。

「眠い?」

 女性がわたしに気づき、いえ思い出し、声をかけます。

 はい、と短く答えると女性は、メイドさんに何か話しかけました。最初は怒っていたメイドさんでしたが、わたしが眠そうにしているとだんだん態度が変わっていきます。

 彼女は女性に一礼すると、そのままどこかに向かってしまいました。

「部屋、睡眠、問題ない、休んで」

「あ、はい」

「おやすみ、なさい」

 ふわり、と微笑んで、女性は言いました。

 わたしはその笑みに見送られ、部屋の中にいざ潜入。

 扉がゆっくりと閉まっていく中、わたしは室内の光景に息を飲んで目を見開きました。


 天蓋つきのベッド。

 幼少期の憧れ。


 まさしくここはお城なんだと、状況がいまいち理解できていないのも忘れ、ぽーんとベッドの上へ飛び乗ります。ふわんふわん、と上下する身体。あぁ、やわらかくてあったかい。

 そのまま、もぞり、と中へもぐって、さらにその温もりを堪能します。

 さすがに夜中に呼ばれたこともあって、意識は一気に遠ざかっていきました。


 ……ところが、です。


 いい気分で眠りに落ちていたのに、誰かにゆすられて目が覚めます。ついていた明かりはいつの間にか落とされていて、誰かがわたしの上にあったはずの布団を撤去していました。

「だれ……?」

 ぼんやりとしか明かりの中、誰かが自分の傍にいます。

 傍というか……圧し掛かっていると、いうか。

 身体をまさぐっている、というか。

 数秒の間を置き、わたしは一気に意識を取り戻しました。

 貞操です、貞操の危機です。いえ女性の場合は操だったでしょうか。いやこの際もうどっちでもいいです同じことですから。ともかくわたしがピンチです、危険が危ないのです。

 やめて、と手足をばたつかせますが、相手は――まぁ、当然ですがそれなりに体力のある男の人らしく、その力からして、たぶんわたしよりずっと年上なのでしょう。

 あっちの世界では高校生ぐらいでしょうか、大学生かもしれません。

 いや、そんな分析はともかく。


「や、やめてください!」


 大声を出そうにも、なかなかうまく声が出ません。あぁ、合唱部にでもいれば、それは見事な大声を張り上げることが出来たのでしょうか。自分でも泣きたくなるほど貧弱な声です。

 抵抗とは名ばかりのそれを続けるうちに、だんだんと服がひんむかれていくのが、肌に空気が触れることで理解しました。危ない、このままだといろいろと危ないです。

 こうなったら、急所でもなんでも蹴り飛ばして――。


「んぐ……っ」

 しかしその前に、何かで手首を縛られました。耳元で低い声がします。

 抵抗してんじゃねぇよこのアマ、という主旨の言葉を浴びせられたのでしょうか。ついでに口も何かやわらかいものでふさがれてしまい、わたしはどうすることも出来なくなりました。

 すでにカレシさんと一夜の秘め事を経験した友人の、そんなに痛く無かったよ、と笑っていたその顔面を殴りたくなるような苦痛の末、わたしは意識を吹っ飛ばしてしまうのです。


 あぁ、これやっぱり、夢じゃなかったんですね……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ