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キンクマ真面目に書いてるシリーズ

純愛機動マコトノアイン

作者: キンクマ
掲載日:2026/10/21

 王都の夜空に、幾千もの星が瞬いていた。


 王城の大広間では、天井から吊るされた巨大なシャンデリアが眩い光を放ち、磨き上げられた大理石の床に貴族たちの影を落としている。壁際には王国の歴史を描いた絵画が並び、金糸で縁取られた深紅の絨毯の向こうでは、宮廷楽団が優雅な円舞曲を奏でていた。


 七年前、空から災厄が降ってきた。


 それ以来、この国では大規模な夜会が開かれることも少なくなった。だからこそ、今夜の華やかな光景は、戦火に怯える人々にとって束の間の平和を象徴するものでもあった。


 そんな王家主催の夜会で、一人の青年が声を張り上げた。


「ヴァージニア・フォン・リンカーネーション! 僕は今日この場で、君との婚約を破棄する!」


 楽団の演奏が、ぴたりと止まった。


 王太子レオンハルト。その人が突然放った言葉に、広間を満たしていた談笑の声が消え、貴族たちの視線が一斉に中央へ集まる。


 彼の正面に立っていたのは、リンカーネーション公爵家の長女、ヴァージニア。


 腰まで届く美しい金髪を丁寧に結い上げ、淡い青色のドレスに身を包んだ十八歳の令嬢である。整った顔立ちには生まれながらの気品が漂い、その立ち居振る舞いは三年間に及ぶ厳しい王妃教育の成果を十分に感じさせるものだった。


 しかし、今ばかりはその表情にも動揺が浮かんでいた。


「……レオンハルト殿下? 突然、何をおっしゃるのですか?」

「聞こえなかったのか? 君との婚約を破棄すると言った!」

「理由をお聞かせいただけませんか……? 私には、殿下のお考えが理解できません」


 ヴァージニアが問い返すと、レオンハルトは隣に立つ少女の肩を抱き寄せた。


 少女の名はエリシア。王立魔導学園に通う子爵家の令嬢であり、優れた魔導適性を持つ才女として知られている。柔らかな桃色の髪に愛らしい顔立ちをした彼女は、王太子の腕に身を寄せながら、どこか勝ち誇ったような微笑みを浮かべていた。


「理由は簡単だ。僕はエリシアと出会ってしまった。そして気付いたんだ。僕には彼女が必要なのだと」

「……それは、どういう意味でしょう」

「はっきり言おう。エリシアの方が、君よりもSEXの相性がいいんだ」


 広間がざわめいた。


 SEX。


 正式名称、『Spiritual Extend』――


 人間同士の精神同調によって生み出される魔導エネルギーの増幅現象を指す言葉であり、同調率である。


 七年前に出現した異形の怪物、ザーマに対抗するため、人類は魔導機兵と呼ばれる巨大な人型兵器を開発した。しかし、その機体を十分に稼働させるには膨大な魔力が必要となる。そこで考案されたのが、二人の搭乗者の精神を同調させ、互いの魔力を増幅するSEXシステムだった。


 理論上、二人のSEXの相性が良ければ良いほど機体の出力は向上する。


 特に王家が所有する最新鋭魔導機兵『マコトノアイン』は、このSEXに依存した機体として設計されていた。


「僕とエリシアのSEXの相性は九十八を記録した。これほどの数値は、王立魔導研究所でも前例がないそうだ」

「九十八……?」

「ああ。君とのSEXは、いくら頑張っても七十二が限界だった。これからの戦いを考えれば、どちらを選ぶべきかは明白だろう?」


 レオンハルトは自信に満ちた表情で言い切った。


 周囲の貴族たちも、事情を理解したように小声で囁き始める。


 七年前、突如として空から降ってきた巨大な隕石。


 王都から遠く離れた北方の山岳地帯に落下したその隕石には、無数の卵が付着していた。やがて卵から孵化したのは、体長十メートルにも達する赤黒い昆虫のような怪物だった。


 ザーマ。


 人間だけを執拗に襲い、その死骸に卵を産み付けることで繁殖する、残酷極まりない魔獣である。


 人類は幾度となく敗北を重ね、ようやく魔導機兵という対抗手段を開発した。


 以来、この国では王家が魔導機兵に搭乗し、国民を守ることが義務とされている。


 しかし先の大戦で王妃が戦死し、王国の魔導機兵もほとんど失った。なので今は、王家の切り札であるマコトノアインは事実上レオンハルトとその婚約者の専用機であり、王国の切り札と目されている。


 ヴァージニアは、その資質を見出され婚約者となった。その筈だった。


「殿下。確かにSEXの相性は重要です。ですが、それだけで純愛力(じゅんあいぢから)が決まるわけではありません」


 ヴァージニアは胸元に手を当て、必死に言葉を紡いだ。


「私たちは幼い頃から共に過ごしてきました。殿下が魔導機兵の訓練でお怪我をされたときも、王妃陛下がお亡くなりになったときも、私はずっとお傍におりました。三年間の王妃教育も、殿下と共に国を守るために頑張ってきたのです」

「だから何だと言うんだ」

「共に過ごした時間や、積み重ねてきた想いには、数字だけでは測れない力があるはずです」

「綺麗事だな」


 レオンハルトは冷たく言い放った。


「君はまだ分かっていないようだ。僕たちが戦う相手はザーマなんだぞ。愛だの思い出だのと言っている場合ではない。必要なのは、敵を倒せるだけの力だ」

「ですが……!」

「それに君は実戦経験もないだろう。今の君では力不足だ」


 ヴァージニアは唇を噛んだ。


 確かに、彼女はまだ一度も実戦に出たことがない。王妃教育と並行して魔導機兵の操縦訓練を受けてきたものの、実際にザーマと戦った経験はなかった。


 故に、次の出撃が彼女にとって初めての戦場となる予定だったのである。


「ヴァージニア様。あまり殿下を困らせないでくださいませ」


 それまで黙っていたエリシアがようやく口を開いた。


「王立魔導学園では、私のSEX適性は歴代最高と評価されておりますの。殿下との相性も抜群ですし、私たちならマコトノアインの性能を最大限に引き出せるはずですわ」

「エリシア様……」

「それにしても、三年間も王妃教育を受けていらしたなんて。大変でしたでしょう。まあ結局、全部無駄になってしまいましたけれど。三年間、ご苦労様でした」


 エリシアの嘲笑にヴァージニアの胸が締め付けられた。


 王妃教育は決して楽なものではなかった。礼儀作法、政治、外交、軍事、魔導工学。王家の一員として求められる膨大な知識を身につけるため、友人たちが遊んでいる時間も、彼女は机に向かい続けてきた。


 全てはレオンハルトと共に歩む未来のためだった。


 ヴァージニアはゆっくりと顔を上げ、もう一度だけ婚約者を見つめた。


「殿下。……殿下は私のことが、嫌いになったのですか?」

「……好きに受け取ってくれて構わない」


 それが、答えだった。


「……ご武運をお祈りしてます」


 ヴァージニアは深く一礼すると、踵を返した。


 背後では再び楽団の演奏が始まり、何事もなかったかのように貴族たちの談笑が戻っていく。


 華やかな音楽も、煌びやかなドレスも、今の彼女には遠い世界の出来事のように感じられた。


 王城を出ると、春の夜風が頬を撫でた。


 ヴァージニアは迎えの馬車に乗り込み、窓の外を流れる王都の街並みをぼんやりと眺めた。街灯の下では恋人たちが寄り添い、酒場からは陽気な笑い声が漏れている。


 彼女は膝の上で両手を握りしめ、静かに目を閉じた。


 * * *


「婚約を破棄された!?」


 リンカーネーション公爵邸の応接室に、父の驚いた声が響いた。


 夜会から戻ったヴァージニアは、両親に事の顛末を説明していた。


 暖炉には赤々と火が燃え、壁には歴代当主の肖像画が並んでいる。母は娘の隣に腰掛け、心配そうにその顔を覗き込んでいた。


「はい。レオンハルト殿下は、エリシア様を新たなパートナーに選ばれるそうです」

「そうか……」


 父は腕を組み、しばらく考え込んだ。


「お父様。どうか陛下にお願いしてください。婚約破棄を取り下げていただけるよう、私からも嘆願いたします」

「ヴァージニア……」

「私はまだ諦めたくありません。殿下のお傍にいたいのです。それに、民草のため王家の魔導機兵に乗ることは、私……いえ、リンカーネーション家にとっても大切な使命で……」

「もういいんだ」


 父の声は、驚くほど穏やかだった。


「……え?」

「もう、そんな危険な役目を背負わなくていいんだよ」


 父は深く息を吐き、椅子の背にもたれかかった。


「正直に言えば、私はほっとしている。レオンハルト殿下には感謝したいくらいだ」

「感謝……ですか?」

「ああ。王家に嫁ぐということは、いつかザーマと戦わなければならないということだ。お前が王妃教育を始めてからというもの、私はずっとその日が来ることを恐れていた」


 母も静かに頷いた。


「そうよ、ヴァージニア。私たちはあなたに幸せになってほしいの。名誉も地位も、命を失ってしまえば何の意味もないでしょう?」

「でも、お母様……」

「先の戦いで王妃陛下がお亡くなりになったことを、あなたも覚えているでしょう。あの方だって、優れた魔導適性をお持ちだったのよ」


 ヴァージニアは俯いた。


 王妃の戦死は、王国中に大きな衝撃を与えた事件だった。


 マコトノアインのコックピットから運び出された王妃の亡骸を、レオンハルトが泣きながら抱きしめていた光景を、今でも覚えている。


 あの日から、彼は変わった。


 以前よりも訓練に打ち込み、誰よりも強くなることを望むようになった。そして、ヴァージニアが魔導機兵の操縦訓練を始めると、決まって不機嫌そうな顔をするようになった。


『君まで乗る必要はない』


『危険なことは僕に任せておけばいい』


 何度もそう言われた。


 それでもヴァージニアは彼の隣で戦いたかった。王妃として、婚約者として。そして何より、一人の女性として彼を一人で戦わせたくなかったのだ。


「……まさか」


 レオンハルトは以前から自分が戦場に出ることに反対していた。


 エリシアとのSEX値が高いというのも、確かに事実なのだろう。しかし、それだけで幼い頃からの婚約をあんなにも突然破棄するものだろうか。


 もしかすると、彼は――。


 ヴァージニアは自分の胸に手を当てた。


 そのとき。


 ――ズズズズズ……ッ!!


 屋敷が激しく揺れた。


 暖炉の上に飾られていた陶器の花瓶が床に落ち、甲高い音を立てて砕け散る。天井のシャンデリアが大きく振れ、窓ガラスがびりびりと震える。


「な、何だ!?」


 ドォォォォォン!!


 窓の向こうで、爆発音と共に王都の夜空が赤く染まった。


 城壁の向こうから巨大な火柱が立ち上っている。続いて二度、三度と爆発が起こり、夜空を黒煙が覆い始めた。鐘楼では警鐘が鳴り響き、王都を守る衛兵たちが慌ただしく走り回っていた。


 炎の向こうに赤黒い、巨大な影が見える。


 六本の脚を持つ昆虫のような胴体。硬質な外殻に覆われた頭部からは鋭い顎が突き出し、その背中には無数の棘が並んでいた。


 一体、二体、三体……やがて、数えることが無駄だと悟った。


 十メートルを超える異形の怪物たちが、数十匹以上、城壁を乗り越えて王都に向かっている。


 ヴァージニア達の顔から血の気が引いた。


「……ザーマ」


 七年前、空から降ってきた災厄。


 人間だけを殺し、その死骸を苗床として繁殖する、人類の天敵。


 奴らが、来たのだ。


 * * *


(アイキャッチ)

挿絵(By みてみん)


 王都の北門は、既に地獄と化していた。


 崩れ落ちた城壁の下では、衛兵たちが必死に魔法を放っている。しかし、火球も氷槍もザーマの外殻に弾かれ、ほとんど傷を与えることができない。


 王国で保管している数少ない魔導機兵もすでに蹂躙され、倒れた機体のコックピットに張り付いたザーマがジュルジュルと何かを啜っている。


 巨大な前脚が振り下ろされるたびに石畳が砕け、逃げ遅れた人々が瓦礫の下敷きになった。


「うわああぁ! く、来るなぁっ!!」


 ザーマの一体が、倒れた衛兵を顎で持ち上げた。怪物の腹部が不気味に脈動し、ウネウネと赤黒い管状の器官が伸びてくる。


 産卵管だ。ザーマは人の身体を苗床にし、卵を産みつける。その怪物を前に、周囲の兵士たちは恐怖で動けなくなっていた。


 そのとき。


 夜空を切り裂くように、一本の光が走った。


 ズガァァァァン!!


 青白い魔導光線がザーマの頭部を貫き、巨体を後方へ吹き飛ばした。轟音と共に怪物が倒れ、土煙が舞い上がる。


 兵士たちが顔を上げると、崩れた城壁の向こうに巨大な人型の影が立っていた。


 白銀の装甲。金色の装飾。


 胸部には王家の紋章が輝き、背中には六枚の魔導翼が広がっている。全高十八メートルを誇るその機体は、王国が保有する最強の魔導機兵だった。


『こちら王太子レオンハルト! 王家の魔導機兵、マコトノアインが到着した! 負傷者を連れて後退しろ!』


 拡声魔法によって響き渡る声に、兵士たちから歓声が上がった。


「王太子殿下だ!」

「マコトノアインが来てくださったぞ!」


 コックピットでは、レオンハルトが操縦桿を握っていた。その隣にはエリシアが座り、胸元の魔導石に両手を添えている。


「行くぞエリシア! SEXだ!!」

「はい、殿下! SEX開始!」


 二人の座席を取り囲むように、青白い魔法陣が浮かび上がった。互いの精神を同調させ、魔力を増幅する王家秘伝の技術。


 レオンハルトは正面の計器に目を向けた。


「SEX値九十八……よし、これなら!」


 だが次の瞬間、純愛力を示す数値が急激に低下し始めた。


「……なっ!?」


 七十六。四十二。十六。


 そして。


『警告。魔導出力、規定値を下回っています』


「ば、馬鹿な!?」


 レオンハルトは目を疑った。


 SEX値は依然として高い。しかし、機体を動かすために必要な純愛力が、ほとんど発生していないのだ。


「エリシア! もっと僕に心を合わせるんだ!」

「やっていますわ! ですが、どうして……!」


 エリシアは必死に魔力を送り込んだ。


 しかし、いくら精神同調率を高めても機体出力は上がらない。


『純愛力、二パーセント。主機関の安定稼働は不可能です』


「二パーセントだと!? バカな」


 レオンハルトの額に汗が滲んだ。


 魔導機兵のSEX同調率が高いことと、純愛力が高いことは、必ずしも同義ではない。互いの魔力を効率よく循環させることはできても、そこに相手を想う気持ちがなければ、力は生まれないのだ。


 エリシア。


『三年間、ご苦労様でした』


 彼女は夜会でヴァージニアを嘲笑っていた。彼女が侮辱したのは、自分が何よりも大切にしてきた女性だった。その事実が、二人の精神の奥底に決定的な亀裂を生じさせていた。


「愛のないSEXに意味はない……ヴァージニアの言う通りだったというわけか。……くそっ! 動け、動いてくれマコトノアイン!」


 祈るような気持ちで操縦桿を引くが、機体は膝をついたまま立ち上がることさえできなかった。


 その前方で、ザーマの群れが一斉に動き出した。


 赤黒い巨体が石畳を砕きながら迫ってくる。十メートルを超える怪物が、次々とマコトノアインへ襲いかかった。


「うわああああっ!!」


 巨大な前脚が機体の胸部を直撃した。激しい衝撃にコックピットが揺れ、レオンハルトは操縦席へ叩きつけられる。


『警告。胸部装甲損傷。魔導障壁、出力低下』


「殿下! このままでは!」

「分かっている!」


 レオンハルトは歯を食いしばった。


 王家の誇りを背負った最強の魔導機兵が、ただの一歩さえ踏み出せない。その間にも、城壁の向こうでは人々が殺されている。


 また一体のザーマが、大きく顎を開いた。マコトノアインの頭部へ向けて、鋭い前脚が振り下ろされる。


「……くっ!」


 レオンハルトは目を閉じた。


 だが、その一撃が機体に届くことはなかった。


 ドガァァァァァン!!


 凄まじい轟音と共に、ザーマの巨体が横合いから吹き飛ばされた。そして夜空を裂くような鋭い金属音が響く。


『リンカーネーション公爵家より、魔導機兵オペレーション・ワン! ただいま到着いたしました!』


 レオンハルトは顔を上げた。


 土煙の向こうに立っていたのは、青と白の装甲を持つ一機の魔導機兵。


 王家の機体と比べれば装飾は少なく、武装も簡素。しかし、その両腕には大型の魔導剣が装備され、背中の推進器からは青白い光が噴き出していた。


「……ヴァージニア!?」

『レオンハルト殿下! ご無事ですか!?』


 コックピットのハッチが開き、中からヴァージニアが顔を出した。


「どうして君がここにいるんだ!?」

『私も、王都を守るために訓練を受けてきたのです。今こそ、その力を使うときでしょう!』

「馬鹿な! 君は実戦経験がないんだぞ!」

『だからといって、目の前で人が死ぬのを見過ごすことはできません!』


 ヴァージニアはハッチを閉めると操縦桿を握り直す。


 彼女の搭乗機、オペレーション・ワン。


 マコトノアインが二人一組で操縦するのに対し、この機体は単独操縦を前提として設計された汎用機だ。


 精神同調による魔力増幅を行えないため、出力は低い。操縦の分担は出来ず、その操作は全て自分一人。


 しかし、ヴァージニアは三年間、地道に訓練を積み重ねてきた。いつかレオンハルトと共に戦うために。彼がピンチになったとき、自分の力で助けられるように。


『魔導剣、展開!』


 オペレーション・ワンの両腕から、青白い光刃が伸びた。


『ぜやああぁっ!!!』


 ヴァージニアは機体を前進させると、迫ってきたザーマの脚を斬り払い、そのまま胴体へ剣を突き立てた。


 硬い外殻が砕け、怪物が絶叫を上げた瞬間、すかさず二本目の剣を振り抜き頭部を切断した。


『次!』


 彼女は振り返ることなく、次の敵へ向かった。


 右から迫るザーマを魔導障壁で受け止め、左の敵へ光刃を叩き込む。背後から襲いかかる一体を推進器の噴射でかわし、着地と同時にその脚を斬り落とした。


 だが、敵はあまりにも多かった。


 次から次へと城壁を越えてくるザーマの群れ。


 その背後には、逃げ遅れた王都の住民たちがいる。ヴァージニアは彼らを守るため、一歩も退くことができなかった。


『くっ……!』


 機体の警告音が鳴り響く。


『魔導出力低下。右腕部駆動系、損傷』


 右腕の動きが鈍くなる。


 ヴァージニアは左手の剣で敵を斬り払ったが、その隙に別のザーマが背後へ回り込んでいた。


「……っ!」


 巨大な前脚が、オペレーション・ワンの背中へ振り下ろされる。


「やられるっ……!」


 ヴァージニアは死を覚悟した。しかし、その時白銀の巨体が彼女の前に飛び込んできた。


 ガァァァァァン!!


 凄まじい衝撃が夜空に響く。


『……殿下!?』


 マコトノアインだった。ほとんど動かなくなっていたはずの機体に最後の魔力を振り絞り、なんとかヴァージニアを庇ったのである。


 胸部装甲が大きく裂け、白銀の破片が石畳に散らばった。


『ヴァージニア……』


 通信越しに、レオンハルトの声が聞こえた。


『すまなかった……』

「……殿下?」

『君を戦場に出したくなかった。君まで失うのが怖かったんだ』


 レオンハルトは、震える声で続けた。


『だからエリシアを選んだ。彼女なら僕と共に戦えると思った。君を危険な目に遭わせずに済むと思ったんだ』

「……そんな」

『だが間違っていた。君の気持ちも積み重ねてきた努力も、僕は何一つ理解していなかった』


 レオンハルトは顔を上げた。正面の計器には依然として低い純愛力が表示されている。もう指先一つ動かすことはできないだろう。


 それでも、だからこそ。

 今ここで伝えなければならない。


『ヴァージニア。僕は君を愛している』


 彼女の瞳から涙が零れた。


「……私もです、レオンハルト様。私もずっと……あなたを愛しておりました」


 震える声で言ったそのとき。

 不思議なことが起こった。


 オペレーション・ワンの警告音が止まり、機体の胸部にある魔導石が眩い光を放ち始める。


「……え?」


 ヴァージニアが驚いていると、目の前の計器に見慣れない文字が浮かび上がった。


《SEX Overflow――》


 同時に、マコトノアインの胸部からも光が溢れ出した。


 二機の魔導機兵を包み込むように、巨大な魔法陣が展開する。


《対象搭乗者、認証。真実の愛を確認しました》


 文字が現れた瞬間、二機のコックピットハッチが同時に開いた。


「な、何だ!?」


 レオンハルトが驚きの声を上げる。


 マコトノアインの副操縦席では、エリシアの座席を固定していた拘束具が解除され、緊急脱出装置が作動した。


「きゃあああああっ!?」


 エリシアは座席ごと空中へ射出され、展開した魔導障壁に包まれながら、安全な場所へと運ばれていった。


 一方、オペレーション・ワンの操縦席では、ヴァージニアの身体が淡い光に包まれていた。


 まるで、何者かに導かれるように。


『……レオンハルト様』


 彼女は開いたハッチの向こうを見た。その先には、同じようにコックピットを開いたマコトノアインが立っている。


 ヴァージニアは迷わなかった。


 操縦席から立ち上がり、機体の胸部へと足を掛ける。彼女の視線はただ一つの場所に向けられていた。レオンハルトの待つ、マコトノアインのコックピットへ。


 ヴァージニアは機体から身を躍らせた。


 次の瞬間、青白い魔導光が彼女の身体を包み込み、そのままマコトノアインの副操縦席へと導いていく。


 着座と同時に、拘束具が自動的に固定された。


 二人は顔を見合わせた。


「ヴァージニア……!」

「レオンハルト様!」


 その瞬間、けたたましいシステム音とファンファーレが鳴り響く。最早、二人を縛るものはお互いの絆だけだった。


《搭乗者認証、完了。SEXシステム、再起動》


《魔導出力、上限突破ーーEXTEND》


「「純愛力ッ!! 全っ開ッッ!!!」」


 機体の全身から眩い黄金の光が噴き出し、六枚の魔導翼の背後に巨大な光輪が浮かび上がる。白銀の装甲が黄金の輝きを帯び、胸部の王家の紋章が太陽のように燃え上がった。


 レオンハルトは、目の前に広がる光景を呆然と見つめた。


「これが……これがマコトノアインの本当の力なのか……!」


 ヴァージニアは、そっと彼の手に自分の手を重ねた。


「レオンハルト様。参りましょう!」

「おう!」


 二人は同時に操縦桿を握った。


「「うおおおおッ!!」」


 マコトノアインが、夜空へと舞い上がる。


 黄金の光輪が回転し、機体の周囲に無数の魔法陣が展開した。地上ではザーマの群れが一斉に空を見上げていた。


 王都を蹂躙していた数十体の怪物たちが、次々と巨大な顎を開き、赤黒い体を震わせる。


 しかし、もはや彼らに勝機はなかった。


「ヴァージニア!」

「はい、レオンハルト様!」


 二人の声が重なる。


「「真実の愛を、その身に受けよッ! ハートアタックコンバインッ! エンゲェェェッジ!! フィニッシュッッッ!!」」


 マコトノアインの胸部から、巨大な光が放たれた。


 黄金の奔流が夜空を切り裂き、地上のザーマを次々と飲み込んでいく。


 硬い外殻も、鋭い爪も、巨大な顎も、真実の愛の前では何の意味もなさなかった。


 ズガガガガガガガガァァァァァン!!


 凄まじい爆発が連鎖し、王都の北方一帯が黄金の光に包まれた。


 光が収まったとき、そこにザーマの姿は一体も残っていなかった。


 王都に静寂が戻り……やがて、地上のあちこちから歓声が上がり始める。


「やった……!」

「……俺たち、助かったのかっ?!」

「王太子殿下万歳! マコトノアイン万歳ッ!!」


 兵士たちが剣を掲げ、市民たちが抱き合って喜んでいる。


 しかし、レオンハルト達はまだ警戒を解いていなかった。遠く、北方の山々の向こうに巨大な影が消えていくのが見えたからだ。


 ザーマの母体、マザー。


 今回の襲撃を率いていたと思われるその個体だけは、黄金の光が届く直前に戦場を離脱していた。


「……逃がしたか」


 レオンハルトは小さく呟いた。


「ですが、王都は守れました。今夜は……それで十分ではありませんか」


 ヴァージニアはレオンハルトの手を握って、優しく微笑んだ。


 幼い頃から、ずっと傍にいてくれた女性。自分が傷ついたときも、母を失ったときも、決して離れようとしなかった人。


 そして今夜、自分が一方的に突き放したにもかかわらず、命を懸けて助けに来てくれた人。


 レオンハルトは、ゆっくりと彼女の手を握り返す。


「ヴァージニア……僕は、君に謝らなければならないことがある」

「もう謝っていただきましたわ」

「いや、それだけじゃない」


 彼は深く息を吸った。


 眼下には、戦火の収まりつつある王都の街並みが広がっている。


 無数の街灯が夜の闇に瞬き、遠くの王城では、勝利を知らせる鐘が鳴り響いていた。


 マコトノアインはゆっくりと高度を下げ、王城の尖塔を見下ろす位置で静止した。


 レオンハルトは操縦席の上で身体を向き直り、彼女の両手を握った。


「ヴァージニア・フォン・リンカーネーション。僕は君を愛している。これまでも、そしてこれからも」


 ヴァージニアの瞳が潤んだ。


「どうか、もう一度だけ僕に機会をくれないだろうか。僕と、結婚してくれッ!!」


 レオンハルトは、真っ直ぐに彼女を見つめた。


 ヴァージニアはしばらく何も言わなかった。ただ、彼の顔を見つめていた。


 だがやがて、頬を伝う涙を指先で拭い小さく微笑んだ。


「……喜んで、お受けいたします」


 二人の頭上には満天の星空。


 眼下には守り抜いた王都の灯り。


 王家の魔導機兵の黄金翼が二人を優しく包み込んでいた。


 こうして、婚約破棄から始まった一連の騒動は幕を閉じることとなった。


 真実の愛は、あらゆる困難を乗り越える。例えそれが、外宇宙から来た未知の侵略者だったとしても、だ。


 ただし――


 この星ナロガイアに降り注いだ災厄はまだ終わっていない。北方の山々の奥深くでは、巨大な母体が次なる侵攻の準備を始めていた。


 人類とザーマの戦いは、これからも続いていくのだろう。


 王都の夜空に、黄金の光輪が静かに輝いていた。


 ――第一話 完ッ!!!

ここまでお読みいただきありがとうございます。私たちの戦いはこれからだッ!

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