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我、神域に入する

作者: 笹門 優
掲載日:2026/08/22

 初の純文学作品でございます。



 我、神域に入(にゅう)する。


 隔絶しているのだろうか。 其処(そこ)の空気に世俗の臭いは無く、碧(みどり)の壁が、翠(みどり)の空が、周囲から一帯を覆い隠して仕舞っている。


 人々の喧噪も、耳障りな車音も、土瀝青(アスファルト)を削る音さえも此処に届く事は無い。


 だが其処は決して閑寂(かんじゃく)では無く、静寂(しじま)と言う訳でも無い。


 そっと流れる風の音。


 命を掛けて響かせる虫の声。


 耳心地(みみごこち)の良い小鳥達の囀(さえず)り。


 遠く遠くまで響かせる鳶(とび)の鳴き声。


 賑やかに、和やかに、管弦楽(オーケストラ)の様に音を重ねて演奏している。


 其処へ混じるのは歩む砂砂利(すなじゃり)や玉砂利(たまじゃり)の音。

 自らの出す不協和音(ふきょうわおん)に思うのは申し訳なさ。


 此の様な聖域神域に於いて、人など不要なのだと、寧(むし)ろ在(あ)っては成らないのではないかとすら思わせる。

 強く強く思わせる。


 そう、在っては成らないのだ。


 ――古来より、此(こ)の様な場所にて深夜行われてきた儀式に丑(うし)の刻参(こくまい)りが在る。


 其の名の通り、丑の刻に行われる呪いの為の儀式だ。

 術者は白装束を纏(まと)い、頭には逆さにした五徳(ごとく)や金輪を被り、其処へ蝋燭(ろうそく)を三本。 足には下駄、胸には鏡を掛け、口には櫛(くし)を咥える。

 その姿で神社の御神木へ呪う相手に見立てた藁人形(わらにんぎょう)を五寸釘で打ち付けるのである。


 此れを続ける日数は七日間。


 悍(おぞ)ましい呪いの為の儀式。 誰かを呪い、災禍(さいか)を望む、昏(くら)い望みを叶えようとする儀式。


 此の様な場所でその様な事をする人間など在っては成らないのだと、そう思わずには居られない。


 抑(そもそ)も神域にある御神木へ呪いを刻み付けると為(な)れば、本来呪われる、祟られるのは術者であろう。

 神域の中心を穢(けが)した者が祟られるのは理に適った、正しく道理である。

 だが此の儀式に於いて術者が呪われるのは他者に儀式を発見される場合のみだ。


 其れで術者が祟りから免れるのは理には適わないのではないか。


 術者の受けるべき神罰を、代わりに受けられる様な形代(かたしろ)は藁人形と鏡である。


 然(さ)れど、其の祟りを起こさんとするのは辺り一帯を統べる神格である。 其れが藁人形と鏡程度で騙されてくれる筈もない。


 つまり術者は祟られるのだ。

 人を呪わば穴ふたつ、ではまるで足らぬであろう呪いの奔流(ほんりゅう)にその身を晒(さら)されるのである。


 この神域を穢す愚かな者は。


 否、だからこそ此の前提条件なのであろう。


 『神』に識(し)られた、見られた其の時点で此の儀式は既に失敗していると言えるのだ。


 ――そう、此の様な聖域神域に於いて、人など不要なのだから。


 だから神よ。

 呪うが善(い)い。 祟るが善い。


 此の地を穢す愚かな我に神罰を下すが善い。


 心の内を手の槌に込め、我は悪鬼の形相で釘を打つ。



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― 新着の感想 ―
鬼気迫るものがありますね。 表現は純文学だけど、とても怖さを感じました。 呪われることも祟られることももはや厭わない覚悟……主人公に一体何があったのでしょうか。 長編の一部を読んでいるような気もしまし…
何だかカッコいいですね。……しかし、内容は 呪い?祟り?あれ?ホラー?? 純文学からのホラーなのか?? でも雰囲気が凄い良い作品だと思いました。 ゜+(人・∀・*)+。♪
 説得力が、凄い文章です……。  覚悟を決めた人間ほど、強いもの、恐ろしいものはありませんね。 「呪うが善い」「祟るが善い」「神罰を下すが善い」←ここで「いい」の漢字に「良」では無くて「善」を使って…
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