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存在感のないはずの私にどうして気付きました? 無骨な騎士団長の息子と、地味留学生の不思議な交流

掲載日:2026/05/04


「君、そこで何をしている!

 ずっと王太子殿下を見ていたよな!」


中庭で王太子を眺めていたら、突然声をかけられ、私は心臓が飛び出しそうになった。


私は存在感が薄い。

髪も瞳も地味な濃い茶色。

前髪で瞳を隠し、ボサボサの三つ編みにし、スカートの丈も他の生徒より長くし、制服を野暮ったく着こなしている。


金髪碧眼で眉目秀麗な王太子は学園の人気者で、アイドル的存在だ。


彼を眺めてる生徒は大勢いる。

目立たないように、皆の後ろに隠れてそっと見ていたのに……。


なぜ声をかけられたのだろう?


「君のクラスと名前は?」


声をかけてきた男の顔には見覚えがある。

オレンジの髪を短く切りそろえ、真紅のキリッとした目、硬派系イケメンとした女子からの人気が高い。


王太子の側近の一人で生徒会のメンバーでもある、騎士団長の息子のジェームズ・ヘニッヒ伯爵令息だ。


王太子エドワードは学園の花。

当然その側近も有名人だ。


王太子の側近の残りのメンバーは三人。

キルヒアイス公爵家の養子のデアーク、宰相の息子のピエール、魔術師団長の息子のハリソン。


王太子は男爵令嬢のミリア・クーンと絶賛浮気中。

ミリアは桃色の髪に水色の瞳の美少女で、天真爛漫な行動で王太子たちを虜にしている。


王太子には婚約者がいる。

ウィルメット・キルヒアイス筆頭公爵令嬢。

黒く艷やかな髪と、神秘的な紫の瞳の美少女だ。


公爵令嬢は、成績優秀、ダンスも乗馬の腕も一流、所作も美しい、完璧な淑女だ。


だが、王太子はそんな完璧な婚約者が気に入らず蔑ろにしている。


「二年Aクラスのアリエッタ・メスナー。

 子爵家の次女です」


ここで逃げたら悪目立ちする。 

やましいことがないのなら、逃げずに名乗るべきだと私は判断した。


学生証を提示すると、騎士団長の息子は学生証と私の顔を、交互に見比べていた。

そんなに穴が開くほど見なくても……。


「留学生か。

 もしや、王太子殿下に良からぬ感情を抱いてるわけじゃないだろうな!」


「そんな……!

 よからぬ感情だなんて……!

 私はただ……」


どう言い訳しようか冷静に考える。

ここは地味で気弱な令嬢が、王太子に恋をしているというストーリーで通そう。


「王太子殿下は私たちの憧れ……。

 殿下に婚約者もいらっしゃるのは存じております。

 私のような地味な生徒とは住む世界が違うことも……。

 だから彼のファンの子たちにまぎれ、遠くからそっと眺めていたのです。

 それすらも私には許されないのですか?」


瞳に涙をたたえ訴えると、騎士団長の息子の顔に罪悪感が宿る。


「そういうわけじゃないんだ。

 ただ、君がずっと殿下を見ていたから、何か良からぬことを考えているのではないかと……。

 すまない、警戒し過ぎたようだ」


そう言って、騎士団長の息子は私に学生証を返してくれた。


学生証を受け取る時、偶然彼の手に私の指が触れた。

彼はそれだけで顔を真っ赤に染めていた。

ずいぶんと初な性格のようだ。


いけない、いけない!

こちらも 気弱で可憐な少女のふりをしなくては……!

私も“男の人の手に触れたのなんて初めて”という顔で、恥ずかしそうに俯いた。


「いえ、私の方こそ申し訳ありませんでした。

 恋心が抑えられなくて、それが視線に出ていたようですね。

 恥ずかしいですわ」


こういう時、気弱な少女だったらどのように反応するのか……。

考えた末、私は顔に手を当て唇を硬く結んだ。


ちらりと、騎士団長の息子の顔を見ると、頬を赤らめたままポカンと口を開けてこちらを眺めていた。

彼の表情が何を意味するのか、いまいち掴めない。


「少し過敏になっていたようだ。

 殿下が注目を集めるのはいつものこと。

 彼に恋する生徒も多い。

 君もその中の一人にすぎなかったのに、本当にすまない」

 

彼の対応からして疑われてはいないようね。

私はホッと息をついた。


「お気になさらないでください。

 それも側近としてのあなたの務めですわ。 

 私も、殿下にぶしつけな視線を送るのはやめます。

 あなたに指摘され、それがはしたないことだと気づきましたから」


私はそう言ってその場を後にした。

騎士団長の息子の視線が背中に刺さっていることに気づいていたが、振り返ることはしなかった。


口ではああ言っていたけれど、彼はまだ私を疑っているようね。

あまりここに長居をしない方がよさそうだわ。




◆◆◆◆◆




――一カ月後――




私は王太子から距離を取り、なるべく視界に入れないように過ごしている。


疑われてまで、観察を続けない方がいいと判断したからだ。

今は図書館での調べ物に専念している。


王国でしか読めない本も多い。

学園にしかない本もある。

この国に滞在している間に、できるだけ多くの本を読んでおきたい。


「熱心だね、毎日ここで勉強してるの?」


向かいの席に誰かが座る気配がした。

顔を上げると、オレンジの髪が目に入った。

そこにいたのは騎士団長の息子だった。


一カ月間、なんの接触もなかったから、もう大丈夫だと思って油断したわ。


「騎士団長のご子息、お久しぶりです。

 学生が勉強するのが珍しいですか?」


私は、慌てた素振りを見せず冷静に返した。


「いや、そういうつもりで言ったわけではないんだ」


図書館に一番縁がなさそうな、脳筋の騎士団長の息子はなぜここに?

やはり、私を疑っているの?


「すみません。

 私の方こそ失礼な言い方になってしまいました。

 友達もいないので、他にすることはないのです」


「そうだったのか」


「騎士団長のご子息はなぜこちらに?」


「その呼び方はやめてくれ!

 ジェームズでいい!」


名前で呼ぶほど親しくはない。

だが、名前で呼んだほうが相手が心を許してくれるかもしれない。


彼の目的はわからないが、お友達になれば、王太子のことを色々と聞き出せるかもしれない。


「ではジェームズ様と呼ばせていただきますね」


「ああ、そうしてもらえると嬉しい」


ジェームズの顔はほんのりと色づいた。

名前を呼ばれただけで、そんなに嬉しいものなのかしら?


「私のこともアリエッタとお呼びください」


「いいのかい!?」


「私だけ名前で呼ぶのは不公平ですわ」


「そうか、ではア、アリ……アリエッタ嬢」


ジェームズの顔は先ほどよりも赤く色づいていた。

ミリアのことを名前で呼んでるくせに、今さら女生徒の名前を呼ぶだけでなぜ照れる?


「ジェームズ様、今日はどうしてこちらに?

 あなたもお勉強ですか?」


そうでないことは分かってる。

だって彼は、勉強道具を一つも持っていないから。


それに、彼を図書館で見かけたことなど一度もない。

頭を使うより、体を動かしてる方が好きといったタイプだ。


「あ、いや……。

 あれから、全然君のことを見かけなくなって……それで、心配で探してた」


本当に心配しただけ?

この様子だと疑われてはいないようだけど。

警戒は解かない方がいいわね。


「ジェームズ様に忠告されて以来、殿下には近づいておりません」


無駄に疑われたくはない。


「すまない。

 君の学園での楽しみを奪ってしまって」


本当に申し訳なさそうに頭を下げた。


「どうか謝らないでください。

 未婚の女性が、男性に不躾な視線を送るなど、はしたなかったと反省しているのです。

 それに……王太子殿下にはウィルメット・キルヒアイス公爵令嬢という素敵な婚約者もおりますし」


「キルヒアイス公爵令嬢か……。

 彼女は殿下に相応しくない」


ジェームズは公爵令嬢のことを快く思っていないようだ。


王太子のエドワードは、男爵令嬢のミリアに夢中。

大方公爵令嬢は、王太子とミリアの恋を邪魔する障害程度の認識なのだろう。


親の決めた道を進みたくないという反抗的な思いと、思春期特有の万能感。

学園という世間の目が入りにくい独特の場所。

身分違いの恋。

初恋の相手と両思いだった喜び。


いくつもの要素が重なり、王太子はミリアへの初恋を、“真実の愛”だと錯覚しているようだ。


側近も、王太子とミリアの恋を応援している。


「相手は筆頭公爵家のご令嬢ですよ。

 そのような言い方は慎むべきですわ」


「すまない、不快な思いをさせてしまった。

 公爵家の血筋なのは確かだが、母親はメイドにすぎない……」


ジェームズは憎々しげにそう漏らした。

母親がメイドだから何だというの?

公爵は彼女の母親と正式に結婚している。

国王は王太子と彼女の婚約を認めている。

側近の彼らがどう思っていようが、彼女の立場は揺るがない。


公爵令嬢の母親の身分を問うのなら、ミリアの身分はどうなる。

彼女は男爵家の庶子に過ぎない。


ミリアは、王太子や彼の側近が自分の味方なのをいいことに、好き放題している。

まあミリアいわく、『市井で過ごしていた時のように普通に過ごしているだけです〜〜』らしいけど。


市井にだってルールはある。

あんな子、庶民の間だって煙たがられる。


「それに、彼女はミリア嬢に酷い事を言った」


公爵令嬢は、嫉妬から男爵令嬢に辛く当たったりしている。

男爵令嬢のことを王太子が庇うから、二人の間の溝は深くなるばかりだ。


「誰だって、婚約者が別の人間と仲良くしていたら、良い気分はしませんわ」


「そんなものか」


「それに、酷い事とおっしゃいますが、公爵令嬢がミリア様にかけた言葉は、『廊下は走らない』、『制服のリボンが曲がっている』、『姿勢を正して』、『爪を噛まない』など……。

 淑女としてのマナーを説いているだけですわ」


「まぁ、言われて見れば……」


「公爵令嬢はお気の毒ですわ」


「彼女が気の毒……?」


「公爵令嬢と男爵令嬢は全くタイプが違います。

 公爵令嬢は、幼い頃から王太子の婚約者という重責を背負ってきました。

 厳しい王太子妃教育に耐え、甘えを捨て、自分を磨いたのでしょう。

 ですが、そうして完璧になったら……可愛げがないと言われ、婚約者に見向きもされない」


私が公爵令嬢の立場だったら家出してますわ。


「君はやけに公爵令嬢に同情的なんだね」


公爵令嬢に肩入れしているのがバレてしまったかしら?


「同じ女性として、可哀想だと思っているだけです。

 公爵令嬢は、最初から今のような性格だったと思いますか?」


「違うのか?」


「誰しも、子供の頃は無邪気で可愛い部分を持っているものです。

 彼女は王太子の婚約者という立場上、それを人より早いうちから捨てなくてはいけなかった」


彼女の粗相は、王太子の評判にも繋がってくる。

きっと死に物狂いで努力して、今のような完璧な淑女になったのだろう。


「王太子妃になるために捨てたものを、全部詰め合わせたような少女が現れ、婚約者のハートを射止める。

 私が公爵令嬢の立場だったら……苦しくて胸が張り裂けていたことでしょう」


今までの努力を全部否定されたも同じことですもの。


「だからといって嫌がらせをしていいことにはならない。

 ミリアは教科書を破られたり、ペンを隠されたり、靴を燃やされたりしているんだぞ」


「その嫌がらせ、本当に公爵令嬢がしたのでしょうか?」


公爵家の令嬢がすることにしてはみみっちい、それに証拠を残しすぎだ。


「それはどういう意味だ?」


ジェームズの眉がピクリと動いた。


「ミリア様のことを好ましく思ってない生徒は、公爵令嬢の他にもたくさんいるということです」


公爵令嬢が本気を出したら、今頃ミリアは山中に埋まっているわ。


「この学園に通う生徒は、貴族の令息や令嬢として生を受け、厳しい教育に耐えてきました。

 天真爛漫に振る舞うことを禁止され、家の都合で婚約者を決められ、そのような人生を歩むのが普通だと思い込んで生きてきました」


お金持ちにはお金持ちの苦労があるのだと最近になって知った。


「なのにミリア様は、男爵家の養子になってから結構な時間が経つのに、一向に貴族らしい振る舞いを身につけようとしない。

 天真爛漫に振る舞い、殿下の寵愛を受ける。

 彼女に注意をすれば、注意したものが悪者にされ、王太子殿下や生徒会のメンバーの標的にされる。

 この状況で敵を作らないと思いますか?」


「……」


ジェームズはまた黙ってしまった。


自分たちが可愛いと思っている存在が、みんなにも可愛いと思われ受け入れられると思っていたのだろう。

それを否定するものは、悪だと決めつけていたのだろう。


若者特有の視野の狭さね。


「申し訳ございません。

 少し言い過ぎました」


「いや、少し思い当たるところがあった」


「どうか、もうすぐ学園を去るもののたわごと思い、此度のことは忘れてください」


「学園を去る? どういうことだ!」


ジェームズの顔色が変わった。

地味な私がいなくなったところで、学園の誰も気づかない。

ジェームズにも関係ないことのはずなのに、彼はなぜ取り乱しているのだろう?


「私は定期的に実家に手紙を書いているのですが……。

 その時にうっかり、王太子殿下を見つめていて、生徒会の方に咎められたことを書いてしまったのです」


うっかりではなく、書かなくてはいけない、報告事項だったのだ。

 

「そのことで親を怒らせてしまって。

 『そのようなはしたない娘を、いつまでも留学させておけない』とお叱りを受けてしまいました」


『親からは絶対に目立たないように』と釘を刺されていたのに、生徒会のメンバーに目をつけられるなんて、失態だわ。


「本当は卒業までこの学園に通いたかったのですが、帰国の命が出たのでは どうしようもありません」


「すまない。

 俺のせいだ」


「いえ、あなたのせいではありません。

 全ては私のはしたない行動が原因です」


責めるなら、相手に視線を気取られた自分の未熟さだ。


「ご両親と話し合えないのか?」 


「貴族令嬢は親の言うことには逆らえません。

 常識ではございませんか?」


「そう……だったな」


ジェームズは がっくりと肩を落とし、葬式帰りのような暗い顔をしていた。


だからなぜあなたはそんなに落ち込むのですか?


「卒業したら帰国する予定でした。

 それがほんの少し早まっただけですわ」


本当はあと一年、卒業まで通いたかった。

けれど親の命令には逆らえない。


「いつ帰るんだ」


「来週ですわ」


「そんなに早く……!

 せめて学園の終業式まで残れないのか……!」


そう、来月は二学年の終業式がある。


「私もそうしたかったんですが、親の命令には逆らえないのです」


「そうか、無理を言ってすまなかった」


「どうか謝らないでください」


地味な私を気にかけてくれたのはあなただけ。


他の生徒は、私がいなくなったことに気づきもしないでしょう。


「せめて何か思い出を作れないだろうか?

 そうだ!

 一緒にカフェに行こう!

 罪滅ぼしに君にご馳走するよ!」


「ジェームズ様とお二人でですか?」


「そう……だよな。

 未婚の女性を気軽に誘うべきではないよな。

 もしかして、君には祖国に婚約者が……」


「婚約者はおりませんわ!」


これは事実だ。だが間髪を容れず否定する必要はなかった。


ジェームズが落ち込む姿が、うなだれている犬のように見えてほっとけなかったのだ。


「そうなのか!

 それは良かった!」


ジェームズが満面の笑みを浮かべ、瞳を輝かせた。

だからどうして、私に婚約者がいないことであなたはそんなに喜ぶのですか?


「だが、婚約者がいなかったとしても、お付き合いもしてない人間を……誘うべきではなかったな」


「いえ、誘っていただいて嬉しいです。

 そうですね。

 親元に帰る前に、一度そういう冒険をしてもいいかもしれません」


ちょっとだけ遅れてきた反抗期。

少し親の命令に逆らってみるのもいいかもしれない。


「それじゃあ……!」


「ええ、ジェームズ様さえよろしければ、カフェに連れて行っていただけませんか?」


「誘いを受けてくれてありがとう!

 今週の土曜日君の家に迎えに行く!」


そう言って、彼は立ち上がった。


「お待ちください!

 家に迎えに来られては、お世話になってる家の方にばれてしまいますわ!」


王都に屋敷を構える商人の家にお世話になっているのだが、彼らは私の親と、とっても仲良しなのだ。

彼らにデートのことがバレたら、親に報告されてしまう。


「そのようなことまで配慮が回らなかった。

 俺は本当に気がきかないな」


「そう落ち込まないでください」


彼は今まで素直に育ってきたのだろう。

人は欺くようなことをしたことがないのが伝わってくる。


「私は図書館に行くと言って出かけます。

 ジェームズ様は、図書館に迎えに来ていただけませんか?」


「わかった!

 それでは土曜日の十時に図書館で」


「はい、楽しみにしております」


楽しみにしているのは本当だ。


王太子の側近とデートしたことが、親にバレたらお仕置きされるだろう。


その時は、情報収集の一環だったと伝えよう。




◆◆◆◆◆




騎士団長の息子とデートすることになった。

親から与えられた任務外だが、このくらいのことには目をつぶってほしい。


留学するときに、親が用意してくれた服の中に、お出かけ用の桃色のワンピースがあった。


今日はそれを着て外出した。

少し子供っぽいデザインだが、鏡に映った自分は想像していたよりも可愛かった。


「ジェームズ様、時間ぴったりですね」


「アリエッタなのか?」


図書館で私を見つけたジェームズは、鳩が豆鉄砲でもくらったような顔をしていた。


彼は口をぽかんと開け、私の頭のてっぺんからつま先まで、何度も視線を往復させていた。


「似合ってませんか……?」


やはり、子供っぽ過ぎただろうか?


「うん……!

 いや、違うんだ……!

 今のは同意の『うん』ではなくて……!

 凄くいいという意味で、唸り声と言うかなんといか……!」


ジェームズは顔を真っ赤にして、テンパりながら言い訳していた。


「わかりました。

 好意的に解釈しておきます」


どうやら彼は、女性を褒めるのに慣れていないようだ。


いつまでも図書館にいると目立つので、場所を移動した。


さて、ジェームズはどこに連れて行ってくれるのかしら?




◆◆◆◆◆




「ここには、いつも王太子殿下や生徒会のメンバーと一緒に来ているんだ」


ジェームズに連れて来られたのは、大通りにある大きなレストランだった。


貴族や金持ちの商人しか入れない格式の高い店だ。


ジェームズは、「殿下はいつもこれを注文するんだ」とか、「ミリアはキャビアやフォアグラが好きなんだ」とか、「支払いはいつも王太子殿下がしている」など、色々なことを教えてくれた。


ミリアは、随分と高い物を注文しているのね。

彼女が注文した商品の値段を見て、思わずため息が漏れた。


彼女の言う“真実の愛”の中には、王太子=金づるという側面もあるのだろう。


私は一番安い料理とコーヒーを注文した。


騎士団長の子息といえど、学生に高級ランチを奢らせるわけにはいかない。


「それだけで、足りるのか?」


「ええ」


本当は全然足りないが、空腹には慣れているので問題ない。


注文した料理は、量はともかく、味は絶品だった。


「それでその時、殿下がミリアを……」


食事後も、王太子とミリアの話は終わらない。


側近から聞く話は貴重なので、私は相槌を打ちながら話の内容を記憶していく。


時折、生徒会のメンバーの話題が上がることもあった。


「……すまない。

 殿下の話ばかりになってしまった。

 共通の知り合いが他にいなくて。

 俺に話せることといえば、あとは騎士団のことくらいしかなくて……」


「いえ、とても興味深いお話でしたわ。

 憧れの存在でしかなかった方々の、日常なエピソードが聞けたこと、とても嬉しく思います」


私の答えに、ジェームズは顔を曇らせた。


何か不味いこと言ったかしら?


「君にとって王太子殿下は、その……初恋の相手で、今でも好意を寄せているのだろうか……?」


ジェームズが、切なげに眉を寄せ、私を見つめてくる。


そっちの心配か……。ほっと胸をなでおろす。


「そんな、殿下に対して恋心を抱くなど恐れ多い。

 何度もお話ししましたが、私にとって殿下は憧れなのです。

 誰しも、手の届かない遠い存在には憧れるものでしょう?」


「憧れ、本当にそれだけなのか?」


「ええ、それだけですわ」


「そうか……殿下への気持ちはただの憧れだったのか!

 ……よかった!」


ジェームズが瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。


私にとって王太子が憧れの存在にすぎない。それで、なぜジェームズはよろこんでいるの?


「そうだ!

 この後、ブティックに行こう!

 その店で、殿下はミリアにドレスやアクセサリーをプレゼントしているんだ!」


「まあ、そうでしたの」


殿下とミリアの行きつけの店、興味はあるわ。


でも、そんな高級品をジェームズが買えるのかしら?


店側もジェームズが王太子の側近と知っているだろうから、門前払いはしないでしょうけど。


ジェームズに連れていかれたのは、王都の一等地にある高級ブティックだった。


ショーケースに並ぶ大きな宝石たちは、目ん玉が飛び出るような値段だった。


一番大きなアクセサリー一つで、家が買えるわ。


王太子はここのアクセサリーをミリアにポンポンプレゼントしているらしいけど、予算はどこから出ているのかしら?


婚約者との交際費用から捻出してるとしたら、横領よ。


そこのところ、王太子はちゃんと理解しているのかしら?


「今日デートに付き合ってくれたお礼に、君にプレゼントを贈りたい」


気持ちは嬉しいけど、お財布の中身は大丈夫?


「殿下のように、大きな宝石のついたネックレスやイヤリングは無理だけど……」


ジェームズは少し恥ずかしそうにそう続けた。


プレゼントを強請るのも気が引けるわね。


「お礼だなんて……。

 ジェームズ様と一緒に過ごせて、とても楽しかったです。

 プレゼントなど望んでいませんわ」


殿下とミリアの話を色々と聞けただけで、報酬は充分受け取っている。


「そういうわけにもいかない!

 何か一つだけでも……!」


ここで断ったら、彼の面子に関わるのだろう。


「そこまでおっしゃるのなら……」


私はショーケースを端から端まで眺め、一番安いものを探す。


「このネックレスをいただけるかしら?」


飾り気のない素朴なデザインのネックレスを指さした。


安価ではないが、騎士団長の息子のお小遣いでもきっと買えるだろう。


「そうか、これだな!

 わかった!」


ネックレスの値段を見て、ジェームズは安堵の表情を浮かべていた。


わかりやすい子だ。


買い物を終え、私たちは公園に移動した。


これ以上、彼に奢らせるのも申し訳ないからだ。


「ご馳走になった上に、プレゼントまでいただいてしまって」


「いや、俺が君にそうしたかっただけだ。

 気にしないでくれ」


「この公園にも、殿下とよく来られるのですか?」


「まさか!

 こんなところには来ないよ!

 いや、公園が嫌いとかそういう意味じゃなくて……!

 警備のことを考えると殿下を連れてこれないというだけで……!」


彼はテンパると早口になるようだ。


「ここは俺が一人になりたい時にくる、お気に入りの場所なんだ」


ふーん、殿下もミリアも生徒会のメンバーもここには来たことがないのね。


ちょっとだけ優越感。


「飲み物を買ってくる」 


そう言って彼は席を立った。


素朴な子だ。


王太子の側近に選ばれなければ、公爵令嬢をあそこまで敵視することもなかっただろう。


「ジュースの屋台の隣で、一口パンケーキを売ってたからつい買ってしまった」


彼は手に紙コップに入ったジュース二つと、パンケーキの入った紙皿を持っていた。


「貴族令嬢の君には、はしたないと思われるかもしれないけが、公園で食べるパンケーキは別格なんだよ!」


「存じております」


「今なんて?」


「いえ、何でもございません」


いけない、いけない。


子爵家の令嬢が、公園でパンケーキを食べた経験があったらおかしいと思われてしまう。


『外で食べるのなんて初めてだわ』という顔をして食べなくては!


パンケーキを竹串で差し、口の中に入れる。


「どうだろうか?」


「とても美味しいです。

 ありがとうございます」


高級レストランの食事より、公園で食べるパンケーキの方が私は好きだ。 


「そうだろう!

 君ならわかってくれると思った!」


彼はそう言って歯を見せて笑った。

とても素朴な笑顔だった。


私のことを少しも疑っていないようだ。


学園で彼から話しかけられた時は、どうしようかと思いましたが、思いがけずこのように仲良くなれたことは幸運でした。


疑われていないのはいいことのはずなのに、なぜか胸が痛む。


それから、彼と他愛のない話をした。


と言っても、ほとんど話していたのはジェームズなんだけど。


私の生い立ちや、子供の頃のことを、根掘り葉掘り聞かれたら困るので、彼が一方的に話してくれて助かった。


「終業式には君にも参加して欲しかった。

 そこで王太子殿下は、キルヒアイス公爵令嬢に婚約破棄を告げ、ミリアを婚約者に据えると、皆の前で宣言する予定なんだ」


「……!」


私は持っていた飲み物を落としそうになった。


「すまない。

 女性には、少し刺激が強かったかもしれない

 君はキルヒアイス公爵令嬢に同情的だったから、ショックを受けたのだろう。

 今の話は内密にしてくれ、君に話したことがバレるとまずいんだ」


王太子と生徒会のメンバーは、いつか大きなやらしをするとは思っていました。


こんなに早いとは思いませんでした。


公衆の面前で、公爵令嬢に婚約破棄を突きつけるなんて正気の沙汰とは思えない。


婚約はせめて解消。しかも身内同士で話し合ってから発表すべきだ。


それだけのことをやらかしたら、全員ただではすまないだろう。


まず、王太子の教育係は全員クビだ。

王太子を間抜けに育てた責任を追求され、物理的に首が飛ぶかもしれない。


王太子と公爵令嬢の婚約をぶち壊したのだ。男爵令嬢のミリアもただでは済まないだろう。


もちろん側近である生徒会のメンバーも、責任は免れないだろう。


ジェームズが罪に問われようが、強制労働所にどうなろうが私には関係ない。


王太子を観察してる時に話しかけられて、図書館で会話して、一回デートした……それだけの関係だ。


彼がその後の人生がどうなろうと私の知ったことではない。


私情をはさんではいけないことだ。


関係ないことなんだ……。


なのに、子供のように屈託のない笑みを見せる彼を、破滅させたくはないと思ってしまった。


「確かにご令嬢から見れば、乱暴なやり方かもしれない。

 だが王太子殿下がミリア嬢と添い遂げる方法はこれしかないんだ!」


ジェームズが熱く語る。

若者特有の視野の狭さと、思い込みに、頭痛がしてきた。


これは余計な口出しだ。


任務にはない。


「果たして本当にそうでしょうか?」


ただ……今なら軌道修正できるかもしれない。


私は真っ直ぐにジェームズを見据えた。


いつもと雰囲気の違う私に、ジェームズがちょっとだけたじろぐ。


「君の意見は違うのか?」


「はい。

 そのようなやり方をすれば、キルヒアイス公爵家からの反発は免れません。

 キルヒアイス筆頭公爵家だけではなく、派閥の貴族も王太子殿下から離れるでしょう。

 ヘタをすれば国を二分することになります」


二分で済めばいいけど、最悪の場合は焼け野原だ。


「大丈夫だ!

 その点はデアークが何とかしてくれる!」


デアークはキルヒアイス公爵家の養子で、ウィルメット様の義理の弟だ。


「デアーク様は確かに優秀な方です。

 ですが、彼はキルヒアイス公爵の実の息子ではなく、養子。

 彼に公爵を説得し、派閥の貴族をまとめ上げる力があると思いですか?」


私には顔がいいだけの、世間知らずのボンボンにしか見えない。


「だが、デアークの話ではキルヒアイス公爵令嬢よりも、自分の方が可愛がられていると……!」


そう来たか……。

養子が実子よりも可愛がられることがないとは言わない。

だが、それはかなりのレアケースではないだろうか。


「あなたは、それをご自分の目で確かめたのですか」


「それは……!」


ジェームズが言い淀み、私から視線を逸らした。


「デアーク様のお話を鵜呑みにしてはいけません。

 誰しも自分が特別だと、親に一番可愛がられているのは自分だと、そう思い込みたいものです。

 ですが、血の繋がりを超えるのは容易なことではございません」


「だが、キルヒアイス公爵令嬢はメイドの子だ。

 デアークは養子だが、両親とも貴族だ」


デアークの実家はホイヤー子爵家だったわね。

実家が潰れそうで、息子を売る形で公爵家に養子に出したと報告書に記されていた。


自分の方が血統が良いと思い込んでいるとは、随分と歪んだ性格をしているようだ。


「ですが、ウィルメット様の母親は愛人ではなく、正室。

 身分を超えた愛があったとは思いませんか?」


「それは……」


「母親がメイドであることに拘りすぎると、大切な物を見失いますよ。

 例えば彼女の祖父が……いえ、なんでもございません」


危ない、危ない。


これだけは、口が裂けても言えないんだった。


「だがキルヒアイス公爵は、娘に厳しく接しているとデアークが……」


「厳しく接していることと、嫌われていることは同じではありません」


全く、デアークは周りにろくな事を吹き込んでいないようね。


「大切な存在だから躾には手を抜かない。

 期待しているからこそ厳しく接する。

 そういうものではありませんか?」


ジェームズにも思い当たるふしがあるようだ。


「ましてや彼女は、王太子殿下の婚約者。

 いずれ公爵家を出て、王太子妃となる身。

 彼女の失敗は国の恥になります。

 そうならない為に、厳しい教育を施すのは、当たり前ではございませんか?」


ジェームズは返す言葉がないようで、黙り込んでいた。


「君はデアークの言葉を嘘だと言いたいのか?」


彼は絞り出すように言葉を紡いだ。


「少し想像してみてください。

 このような問題を起こした時に、切り捨てられるのは公爵の本当の娘であるウィルメット様でしょうか?

 それともご養子であるデアーク様でしょうか?」


「……」


「デアーク様は厳しくされないことを、愛だと勘違いしているのではありませんか?

 それは愛ではなく、無関心です」


ジェームズは難しい顔で何か考え込んでいた。


しっかり考えてください。


学園での式典で問題を起こしたら、若気の至りでは済まないのですから。


「君は……終業式での婚約破棄を中止しろと言いたいのか?」


「違うとは言いません」


「王太子殿下とミリア嬢の仲は学園の周知の事実。

 ほとんどの生徒が祝福している。

 公爵の怒りを買うことになるかもしれないが、それだけの賛同があれば、彼も認めざる得ないのではないのか?」


私は静かに首を横に振った。


「あなた方は、学園を世間の全てだと思ってるようですが、そうではありません。

 世の中はとても広いのです。

 学園の生徒が自分たちの味方だからと言って、その親たちまで自分たちの味方になってくれると思うのは危険ですわ」


学園は外から隔離され、独自の考えや、ルールが蔓延しがちだ。


大半の時間を学園で過ごす生徒たちにとって、学園のルールは世界のルールだと誤認しやすい。


だが、それは所詮子供のままごと。おもちゃ箱の中の出来事に過ぎない。


一歩外に出たら、氷水を浴びせられ、強制的に目を覚まされる。


そうなってからでは遅いのだ。


「先ほども申し上げましたが、ウィルメット公爵令嬢の背後には、キルヒアイス公爵がおります。

 その背後には、公爵家の親戚や、大勢の派閥の貴族がおります。

 王太子殿下が、『真実の愛だ』、『親の決めたルールの上では生きない』、『学園の生徒は支持してくれた!』と叫べば、彼らが納得すると本気で思っているんですか?」


彼らは“真実の愛”などに興味はない。

彼らにとって大切なのは、自分たちの利益になる結婚かどうかだ。


王族の結婚はいわば自国の派閥争いの縮図。

自分が推してる駒が、他の駒にすげ替えられて喜ぶ者はいない。


「デアークが、ミリア嬢をキルヒアイス公爵家の養女にすると……」


「彼にそんな権限があるとお思いですか?

 そもそも、ミリア様は、公爵家の血縁ではありません。

 伝説の英雄の生まれ変わりでもなければ、世界を救った聖女でなければ、特別な能力を授かった異世界からの転移者でもありません。

 男爵家の庶子にすぎないのです。

 完璧な淑女であるウィルメット様を、王太子殿下の婚約者から引きずり下ろしてまで、ミリア様を養女にするメリットが公爵家にあるとでも?」


「……君の言葉は辛辣だね」


しばらく押し黙ったあと、ジェームズはそう呟いた。


「あなた方は、それだけのことをしようとしているのです。

 言葉も厳しくなります」


優しく諭して思い留まるようなことなら、そうしている。

 

「生徒会の方々は、王太子殿下を支持し、終業式で彼と一緒に公爵令嬢を断罪するおつもりなのでしょうが……廃嫡される覚悟はお在りですか?」


「廃嫡……?」


ジェームズが目を見開いた。


「王家の婚約破棄を支持して、ただで済むとお思いですか?」


「……」


ここまで説明しなければわからないとは。

学生の視野の狭さは異常ね。

それとも、真実の愛という言葉が瞳を曇らせているのかしら?


ジェームズは素直で真面目な性格なので、説得もしやすい。

他のメンバーではこうはいかないだろう。


本来は私がここまでする義理はない。

だが、なぜだか彼を放ってはおけなかったのだ。


「ミリア様は天真爛漫で思っていることが、顔や態度に出て、可愛らしい方です」


可愛らしいというか、幼稚だ。

   

「仮に全てあなた方の計画通りに事が進んだとして、王太子の婚約者になった後も、今のような振る舞いが許されると思いますか?」


「……!」


「学園と王宮は違います。

 国の顔として、他国の要人をもてなさなくてはいけません。 

 王太子妃は、貴族の見本とならねばなりません。

 ミリア様が今の振る舞いを続ければ、貴族から批判を受けるでしょう」


「ミリア嬢が、今のままで過ごすのは難しいだろうな……」


難しいというより不可能だ。


ミリア様は、外交問題に発展する発言や行動を連発しかねない。


彼女に、他国の要人をもてなさせるなど、爆弾を抱えて歩いているようなものだ。


若さゆえの万能感とは恐ろしい。


冷静に考えれば、ミリア様を正室に据えるなんて案は出てこない。


学園で生徒の支持を得て、調子に乗ってしまったゆえの暴走だろう。


なんとか、未遂で済ませなくては。


「だが、ミリア嬢を今から教育をすれば……」


「それも難しいでしょう。

 キルヒアイス公爵令嬢は、生まれた時から高位貴族の厳しい教育を受けました。

 その彼女ですら、王太子妃教育を終えるのは大変だったのです。

 男爵家の庶子である彼女に、耐えられると思いますか?」


「……」


笑うことも、怒ることも、走ることも許されない。

付き合う人間は自分では決められず、会話の内容も制限される。


全ての行動を監視され、一切の過ちを許されない。


そんな世界の中で、彼女は自分を保てるのだろうか?


「仮にミリア様が王太子妃教育に耐えられたとして、彼女は王太子が好きだった頃の純粋無垢な少女のままでいられるでしょうか?」


もし教育が成功したとしても、今の彼女とは別物。

王太子の愛した天真爛漫な少女はもういない。


「それじゃあどうすればいいんだ!?

 今から王太子殿下と公爵令嬢の恋を応援しろというのか?

 僕は殿下には好きな人と結婚して欲しいと思ってる!

 殿下本人も、生徒会のメンバーもそれを望んでいる」


ここまで言っても恋愛至上主義は変わらないのね。


「第三者である私が見ていても、王太子殿下と公爵令嬢の関係は冷めきっています。

 修復が不可能なほど深い亀裂が入っています。

 殿下がミリア様と別れたとしても、昔のような関係には戻れないでしょう」


王宮は孤独だ。

そこで結婚相手からの信頼すら得られないのでは、公爵令嬢が気の毒過ぎる。


「ジェームズ様、両手を胸の前で上向きに広げていただけますか?」


「手を……なぜだ?」


「いいから早く」


彼は不思議そうに首を傾げたあと、両手を広げてくれた。


私は彼の手に、パンケーキとジュース、それから今日買ってもらったアクセサリーの入った紙袋と、ハンドバッグからハンカチや折りたたみ式の手鏡や口紅などを取り出し、一つずつ載せていく。


「ちょっと待ってくれ!

 こんなに一度には持てない!」


「これが今の殿下の状況です」


こういうことは視覚を使って訴えるのが一番早い。


「殿下は今、両手に沢山の荷物を抱えています」


「こんなにか……?」


「王太子としての責務、生徒会長としての責任、良い息子で有り、完璧な王太子でいなければならない重圧。

 民の信頼も得なければいけない。

 その上、愛する人と結婚したいし、友達との関係も大事にしたい。

 派閥の貴族も失いたくない」


かなり欲張りだ。


「ですが、その全ては手に入らないのです」


欲張れば全てを失う。


「このままで、いずれ一つ、また一つと、手から滑り落ち、最後には何も残らないでしょう」


「どうすればいいんだ?

 どうすれば殿下を救える?」


「何か一つ大切なものを決めることです。

 そして、それ以外には手放すことです」


「殿下に……王太子の地位と、ミリア嬢との恋を天秤にかけろというのか?」


「私の口からは、これ以上は申し上げられません」


他国の王位継承権に口を出したことが親に知られたら、どんな罰を受けるかわからない。


最悪、消されるかもしれない。


その時、手鏡が彼の手からこぼれ落ち、音を立て地面に衝突した。


「すまない……!」


「気にしないでください。

 一度に沢山持たせた私が悪いのです」


折りたたみ式の手鏡を拾い、中を確認すると、鏡に深い亀裂が入っていた。


お気に入りだったが、修復は不可能だろう。


「どれを守るか決めるにしても、手放した物には誠意を持って謝罪することが大切ですわ」


私は彼の手から、物を一つずつ取り除いていく。全てを取り除いた後、壊れた手鏡を載せた。


「壊れた物は、元には戻らないのですから」


ジェームズは割れた鏡を見つめ、静かに目を伏せた。


「君は……公衆の面前で、公爵令嬢に婚約破棄を告げることに反対なんだね」


「賢明な判断とは言えません」


「今日のことを……殿下に伝えてみる。

 どこまで俺の話を聞いてくださるかわからないが、熱意をもって伝えるつもりだ!」


ゆっくりと目を開いた彼は、強い決意の籠もった瞳をしていた。


私は彼の言葉には答えず、微笑みを浮かべるだけに留めた。


ジェームズは、王太子のことが頭でいっぱいだったようで……。


私を図書館まで送り届けると、別れを惜しむこともなく、馬車を王宮へと走らせた。


望んではいないが……少しは別れを惜しむとか、連絡先を聞くとか、なんかあっても良かったと思う。


デートまでしといて、淡白すぎない?


脳筋のガキンチョにそんなこと、期待しても無駄よね。


私は私で、この後のことを考えなくてはいけない。一人と、秘密のデートをしたと知られたら、きっとお叱りを受ける。


だが、隠し通すのも難しいだろう。


少しでも罰を軽くするために、今日得た情報をどう伝えるか考えなくては。




◆◆◆◆◆




ジェームズとデートしたことは、お世話になっている家の人にバレていた。


おしゃれをして出かけた時点で、怪しまれていたようだ。


帰宅後、かなりお説教された。


祖国に帰ったら、親からの説教もあるので覚悟しておくように言われた。


不幸中の幸いなのは、ジェームズとの会話を彼らに聞かれなかったことだ。


私の帰国は早められ、翌日には船に乗せられた。


ジェームズに別れの挨拶もできなかった。




◆◆◆◆◆




――一カ月後――


王太子は学園の終業式でキルヒアイス公爵令嬢との婚約を解消し、新たにミリアと婚約することを発表したようだ。


しかし、それはゲリラ的な犯行でも、その場のノリや勢いでの行動でもない。


事前に国王やキルヒアイス公爵と話し合い、ウィルメット様との婚約は円満に解消し、国王と公爵の許可を得ての発表だった。


エドワードは王太子の身分と王位継承権を剥奪され、卒業後は男爵の身分が与えられる。


王太子の身分を捨てた決意に、世間は身分を超えた恋だの、真実の愛だの騒ぎ立てたそうだ。


結婚後、エドワードとミリアが幸せになれる保証はない。


生まれた時から高級品に囲まれ、なんでも使用人がやってくれるのが当たり前だったエドワードと、高級レストランの料理や高価なアクセサリーを貰うことに慣れてしまったミリア。


彼らが貧乏に耐えられるとは思えない。


円満な解消とはいえ、もともとはエドワードの浮気が原因。キルヒアイス公爵家が彼らに向ける目は冷たい。


彼らの地獄は、結婚後に始まるのかもしれない。


彼の側近だった生徒会のメンバーにも、罰が下された。


エドワードは、自分が王位継承権を放棄すれば、周りにはお咎めがないと思っていたようだが、世の中そんなに甘くない。


エドワードと公爵令嬢の婚約を守るのが側近の務め。


側近とは本来、王太子の周囲に目を光らせ、率先して近づくものを排除しなければならない。


そいつらは仕事を放棄し、王太子と男爵令嬢の恋を応援していたのだ。


重い罰がくだされても文句は言えない。


もちろん……ジェームズも例外ではない。


彼は最後の最後で考えを改め、エドワードを思いとどまらせるために奔走した。


だからといって、それまでの行いが許される訳ではないのだ。


彼は廃嫡されたのち、武者修行の旅に出たそうだ。


キルヒアイス公爵は、デアークとの養子縁組を解除し、彼を家から追放した。


自分の方が公爵に可愛がられていると思い込み、実子のウィルメット様を蔑み、彼女の悪評を流していたのだ。


追放されて当然だ。


彼の実家のホイヤー子爵家は、公爵家から支援を打ち切られ、派閥からも外された。


ホイヤー子爵家に待っているのは“破滅”だけだろう。


宰相の息子のピエール、魔術師団長の息子のハリソンも廃嫡された。


彼らには武者修行の旅に出る根性もない。野垂れ死ななければいいが。


新しい王太子には、エドワードの弟のゲオーグ様が選ばれた。


ウィルメット様は、ゲオーグ様と婚約を結んだ。


ゲオーグ様は昔からウィルメット様に恋していたそうだが、兄の婚約者なので、気持ちに蓋をしていたようだ。


ウィルメット様にとって二度目の婚約が上手くいくことを願うのみ。


でないとあの国は破滅する。


今回のことで、王家はキルヒアイス公爵家に相当の慰謝料払ったようだ


鉄仮面と言われている公爵が、ウィルメット様の婚約解消の話が出た時、悪魔のような形相で怒り狂っていたらしい。


愛情表現が下手なだけで、公爵は娘のことをとても愛していることがわかり、あのお方も喜んでいた。


ただ、二度目はないので、これからはウィルメット様をしっかり守りながら、周囲にもわかるくらい愛情表現をしてほしい。





◆◆◆◆◆





帝国の宮殿……の端の方にある仕事部屋。


「どうやら、最悪の状態は回避できたみたいね」


新聞を読んでいたら、つい言葉に出していた。


祖国でも、隣国の婚約破棄のニュースは大々的に取り上げられた。


祖国に戻った私は、本来の姿に戻り、仕事に打ち込んでいる。


ジェームズに話しかけられた時は、正体がバレたかと思って焦った。


「王太子に憧れている」という、嘘を信じてくれて助かった。


私は子爵令嬢でも、十七歳の留学生でもない。


エドワードとウィルメット様の関係を探るために、帝国が学園に送り込んだスパイなのだ。


実年齢は二十歳。


元々は捨て子で、スパイになる前はスラムに住んでいた。


たまたま親(上司)である総督に拾われ、厳しい訓練を施された。


成人してからは彼の手足として働いている。


童顔で小柄だったので、留学生として王国に送り込まれたのだ。


アリエッタは学園に潜入するときに付けられた名前で、本名はアリーだ。


留学中にお世話になっていた家は、諜報活動のために、帝国から派遣された人たちだ。


何十年もその地に住み、商いをしながら地元に溶け込み、暮らしている。


キルヒアイス公爵令嬢の母親はメイド……ということになっているが、実は帝国の皇女だ。


二十年前に皇帝と喧嘩して家を出て、行方不明になっていたのだ。


最近になって皇女様の行方が判明し、彼女がキルヒアイス公爵と結婚していることがわかった。


二人の間に娘が生まれ、王太子と婚約していたことも。


ウィルメット様は、「メイドの娘」と言われ、王太子に蔑ろにされていた。


その事を知った皇帝は激怒し、私をスパイとして送り込んだのだ。


こんな回りくどいことをするくらいなら、ウィルメット様の母親が皇女だと明かせばいいのだが……。


皇帝は欲深い人なのだ。


もし王太子とウィルメット様の婚約が不名誉な形で破棄され、彼女の名が傷つくことがあったら、キルヒアイス公爵を抱き込み、公爵領を帝国の領土にするつもりでいたのだ。


ウィルメット様が傷物にされたという名目のもと、王国に戦争をしかけるつもりだった。


皇帝はタヌキおやじだ。


そんなんだから皇女様が家出するのよ。


キルヒアイス公爵とウィルメット様の間にあった溝も解けたから、結果オーライね。


あとはゲオーグ様がウィルメット様を一途に愛して、彼女を幸せにするだけね。


ちなみに、ウィルメット様が皇帝の孫であることはまだ発表されていない。


ゲオーグ様との結婚式まで秘密にするつもりらしい。


ウィルメット様の母親の身分をとやかく言っていた貴族は、顔面蒼白になるだろう。


きっと皇帝は、その様子を想像して楽しんでいるんだわ。


質が悪いわね。




◆◆◆◆◆◆



「それにしても解せないわ」


新聞を畳み、テーブルの端に置く。


「どうしたんですか先輩?」


隣の席にいた後輩が心配そうにこちらを見る。


「前髪で顔を隠し、ボサボサの三つ編みにして、存在感を薄くする魔法までかけていたのに……騎士団長の息子はどうして私に気づいたのかしら?」


「それ、マジで言ってます?」


「王太子を見つめる眼差しが鋭すぎたのかしら?

 浮気を重ねるあのポンコツ男にいい加減腹が立っていたから、それが顔に出ていたのね。

 だとしたらスパイ失格だわ〜〜!

 自信喪失……!」


完璧に恋する乙女を装って、その他大勢の中に紛れていたのに。


「先輩ってそういうことには疎いですよね」


「どういう意味?」


「そんなの騎士団長の息子が、先輩に恋してたからに決まってるじゃないですか」


「はぁ?」


ジェームズが私に恋?


「そんなのありえないわ!

 潜入中だから、前髪で顔も隠してたし、髪はボサボサだったし、スカートだって他の生徒より長くして野暮ったくしてたし…!」


「ノンノンノン!

 そんなの関係ないんですよ。

 恋っていうのは盲目なんです。

 それに顔を隠してようが、ダサい服を着てようが、先輩の可愛さやスタイルの良さはごまかせません!」


ジェームズが私に恋をしていた?


だから彼は私に気づいた?


「好きな人が他の男に熱烈な視線を向けていたら、メラメラって嫉妬の炎が燃えちゃいますよ。

 つい、声をかけちゃいますよ」


「……!」


そうだとしたら……私は彼の気持ちに気づかなかったってこと?


「どちらにしても関係ないわ。

 もう彼に会うこともないんだし」


「そんなこと言っていいんですか?

 取っておきの情報あるんだけど教えてあげませんよ」


「何よ、そのとっておきの情報って」


「騎士団長の息子が武者修行の旅に出たのは知ってますか?」


「ええ、報告は受けているわ」


「だったらこれも知ってます?

 修行の場所に選んだのがこの国だそうですよ」


「えっ……?」


心臓がドクンと音を立てた。


「先輩、顔が赤いですよ。

 嬉しいですか?

 彼と再会できるのが?」


「そんなわけないでしょ。

 この国は広いのよ。

 そう簡単に会えるわけないわ」


私は話を遮り、立ち上がり、後輩に背を向けた。


顔が赤くなってるのを見られたくなかったからだ。


「休憩時間は終わりよ!

 次の現場に向かうわよ」


竜の乱獲に地元の貴族が関わっているというタレ込みがあり、調査することになった。


「待ってくださいよ先輩。

 それでね、彼が修行の場所に選んだのは北部にある竜が住む地域だそうです」


「へえ、そうなの……。

 待って、北部地域って……!」


「私たちが今回派遣される場所です!

 運命の再会あるかもですね?」


「北部地域だって広いのよ。

 偶然の再会なんてあり得ないわ」


後輩にはそういったものの、彼に会えたらいいなという思いが胸の中をぐるぐるしていた。


私が彼と偶然の再会を果たしたのは、二カ月後のことである。



――終わり――


 



読んで下さりありがとうございます。

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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【お知らせ】

『妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される』

 コミカライズ版の6話が、5月1日より配信中です!


 茶賀未あと先生による美麗な作画が目印です!

 コミカライズ版でも、リアーナとアルドリックの物語をお楽しみいただけると幸いです!


作画:茶賀未あと先生

原作:まほりろ

配信先:コミックシーモア(先行配信)



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― 新着の感想 ―
アイリーさん、領土が欲しかった皇帝と違い平和的に婚約解消する様働き掛けちゃったけど大丈夫?消されない?まぁ平和な着地点でも皇帝は別の方法で絞り取りそうだけど。 王子は廃嫡騒動でかなりの人数巻き添えに…
|前髪で瞳を隠し、ボサボサの三つ編みにし、スカートの丈も他の生徒より長くし、制服を野暮ったく着こなしている。 他の生徒と違う格好してたら、それは目立つのでは……?
年の差結婚をしたら是非とも報告を♪ 「姉さん女房は金のわらじを履いてでも探せ」と云われてるしね~(笑)
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