5 出発
ソラは自室に戻り、孤児院を出るための準備を始めた。着替えなどの私物を布袋に詰め、図書室から借りていた本を返す。
あっという間に準備が終わり、最後にソラは部屋をぐるりと眺めた。8人部屋で狭かったが、2年間の様々な思い出が頭をよぎる。
同室の子供たちはまだ帰っていない。誰もいない部屋に向かって、お世話になりました、と小さな声で挨拶をして、ソラは廊下に出た。
庭に向かってソラは廊下を歩く。オヤマとコビィが向こうから歩いてくるのが見えた。
――おとなしくすれ違ってくれないかな。
ソラの思いとはうらはらに、すれ違いざまにオヤマがソラに声を掛ける。
「ソラ、なんで布袋なんて持って歩いているんだ?」
ソラが言い淀んでいるうちに、オヤマが畳みかける。
「家出のフリでもして、同情を引くつもりか?」
「違います。ボクを引き取りたいという人が現れたので、孤児院を出るところです」
ソラは、やっとの思いで答えた。
オヤマとコビィは、それを聞いて大笑いした。
「おいおい、こんな役立たずを引き取るなんて、なんの冗談だよ!」
「そうそう、夢を見るにもほどがあるぜ!」
二人は口汚くソラを罵った。
そのとき、見知らぬ中年男が二人に近づいてきた。
「ソラを引き取りにきたのだが、何か問題があるのかね?」
男の問いにオヤマが答える。
「ソラは、戦闘系のスキルもないし、身体が弱いので農作業さえロクにできない役立たず。こんなヤツを引き取るなら、7歳で魔獣狩りに加わっているオレの方がよっぽどマシだよ。おじさん、目が曇ってるんじゃないか」
「そうそう、引き取る子供はちゃんと選ばないと」
コビィが相槌を打った。
男は冷めた声で言う。
「7歳で魔獣狩りとはたいしたもんだな。しかし、知らない相手をなめてかかるのは感心せんな」
次の瞬間、突然、オヤマとコビィが震えだし、しゃがみこむ。
「これは蛇系の魔物が放つ威圧だ。獲物がひるんだところで、牙で急所を狙う」
男はそう言ったあと、しゃがみこんだ二人に視線を向ける。
「授業料が下着のシミで済んでよかったな」
オヤマとコビィは、何も言わず廊下に座り込んでいる。
放心した二人をおいて、男とソラは庭に出た。
「ジン様、さっきはありがとうございました。おかげさまで気が晴れました」
ソラはすっきりした顔をして男に話しかけた。
「それはいいが、どうもジン様と言われるのは落ち着かんのお。坊やと二人のときは師匠とでも呼んでくれ」
「分かりました、師匠」
照れながらソラは応じた。
「近くに車を停めてある。それに乗ってワシの家に行く」
男の説明に対して、分かりました、とソラは答え、男の後ろについて歩く。
しばらく歩いた後、道路脇の広場で男は止まった。
「ここだ。認識阻害を外すので待っておれ」
次の瞬間に、四角い箱が広場に現れる。馬車の後ろの箱に似ているが、車輪がずっと小さい。
「人が乗れる魔導具じゃ。魔導車と言う」
ジンは見知らぬ中年男から元の姿に戻り、解説した。
ソラは初めて見る魔導車に興奮した。
「孤児院で、王国の文化などを習いましたが、魔導車は初めて聞きます」
「まだ、王族と上流貴族くらいしか乗ってないからのお」
ジンは話しながら、魔導車のドアを開けた。
ジンが先に乗り込む。ソラはジンの真似をして魔導車に乗った。
「さて、行こうか」
ジンの掛け声とともに、魔導車は滑らかに動き出す。
――さようなら、孤児院。
ソラは心の中で別れの挨拶をした。




