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42 冒険者派遣

 開業して一週間が経過した。ソラは、暇を持て余していた。


 ――新しいお客様がちっとも来ない。冒険者ギルドの魔物の壁案件が始まったけど、忙しかったのは初日だけで、あとは検出魔導具の結果を一日一回確認するだけだし。アンとデュオはパン屋の案件の現地調査でいないし。一人で店番するのも飽きたな。


 そのとき、階段を上る音がした。

 ソラは、応接室のソファから立ち上がり、ドアの内側に立って待機する。

 ドアが開いて人が入ってきた。


「ナンバーズへ、ようこそ」


 ソラは来店者に挨拶をした。

 入ってきたのは、冒険者ギルドマスターのランだった。


「ラン様、こんにちは。魔物の壁の件でしょうか」


 ソラがランに話しかけると、ランはかぶりを振った。


「そっちは順調と聞いている。今日は別件さね。おい、入ってこい」


 ランは、ドアの外に向かって声を掛けた。


 線の細い中年の男がゆっくりと中に入ってきた。身長は175cm。決して低くはないが、身長180cmで巨漢のランと比べると小柄に見える。


「コイツはジム。冒険者ギルドの副ギルドマスター。弱っちいけど書類が得意さね」


 ランはジムを紹介した。ソラはジムに挨拶する。


「初めまして、ジム様。ナンバーズ代表のソラと申します」

「ソラ様ですね。よろしくお願いいたします」


 ジムは、7歳の子供を相手にしているとは思えないほど、深々とお辞儀した。


「よろしければ、こちらのソファにどうぞ。何かお飲みになりますか」

「アイスコーヒー、ブラックで」

「では、お茶をいただけますか」


 ソラは、キッチンに行き、グラスとカップを用意して飲み物を注ぎ、トレーに乗せてソファ前のテーブルに置いた。


「それで、今日はどうされましたか」


 ソラが話を切り出すと、ジムがお茶を一口飲んでから、口を開く。


「魔物の壁の件で、御社の技術力の高さを実感いたしました。つきましては、こちらで問題となっている他の案件もご相談できないかと思い、伺いました」


 新規案件がなくて困っていたソラには、渡りに船である。

 ジムは、案件の背景を説明する。


「来月、王都で記念祭が開催予定で、王都騎士団から王都周辺の警備を強化したいとの打診がありました。ジンノ村は王都から離れているので、これまではそんな話は来なかったのですが、ジン様が作られた魔導車で王都まで1時間で行けるようになったので、今回は、うちらにも声が掛かったようです」


「具体的には、王都騎士団からどんな要請を受けたのですか?」


 ソラが質問すると、ジムは退屈そうにしているランをちらっと見てから答える。


「冒険者ギルドの上位20名の冒険者を選んで、記念祭の前後を含め数日間王都周辺に派遣してほしいとのことです。うちだけでなく、王都近郊の冒険者ギルドに片っ端から声を掛けているようなので、最終的な派遣人数は千人を超えることになると思われます」


 ジムの説明に対し、ソラは疑問に思ったことを伝える。


「冒険者にはランクが付いていると思いますので、上位ランクの冒険者を選べばよいのではないですか?」


「冒険者のランクは、対処できる魔物の種類を表しています。王都周辺ではほとんど魔物は出ないので、何かあるとしたら盗賊などとの対人戦闘が主業務になります。魔物を相手にするのとはかなり違うので、冒険者ランクはあまり当てになりません」


 ジムがここまで説明したところで、ランが退屈そうにぼやく。


「最初は、アタイが適当に20人選んで派遣しようと思ったのさ。そしたら、このうるさ型がね」


「ギルマス、間違って対人戦闘に向いていない冒険者を派遣すると、他ギルドに舐められますし、割のいい仕事なので冒険者間で揉めることになります。ちゃんと理由が説明できる方法で選別すべきでしょう」


 ジムはそう言って、ランを諫めた。

 

「あ~、分かった分かった。だから、ここに一緒に来たろう」


 ランは、投げやりに答えた。


 二人のやりとりを聞いていたソラは、自社への依頼事項を要約する。


「つまり、理由が説明できるような方法で、対人戦闘に向いている上位20名を選べばいいのですね」


「さすが話が早い。その通りです」


 ジムに褒められたが、選ぶ材料がないと話にならない。ソラは当然の質問をする。


「各冒険者の対人戦闘での強さを表すような何か材料はありませんか?」


「冒険者ギルドでは、冒険者のレベルアップのための訓練の場を提供しています。その一環として、冒険者同士の模擬戦を推奨しており、対戦結果を記録して、ギルド内で公表しています。模擬戦で勝ちが多い冒険者は対人戦闘で強いと考えられます」


 ジムが説明すると、ランが割り込んで断言する。


「それなら模擬戦での勝ち数の多いヤツを選べばいいだろう」


 ジムは、残念そうに告げる。


「全冒険者が総当たりで同じ回数やっていればそれでもいいんですが、試合数には個人差があるので、試合数が多い冒険者が有利になります」


 ランは、不機嫌そうに返す。


「だったら、勝ち数を試合数で割った勝率でいいだろう」


 ジムは、思案げにソラを見て、投げかける。


「そこがすっきりしないので、こちらにお邪魔したのです。冒険者にはいろいろなタイプがいて、模擬戦でも強い冒険者に挑むタイプと、同じくらいの強さの冒険者としか戦わないタイプがいます。強い冒険者に挑んで負けると勝率は下がりますが、それで弱いと判断するのはおかしい気がします」


「強い相手に挑むのはいいことさね。アタイが鍛えてやるよ」


 ランは、鼻息を荒くしながら同意した。


 ソラは、ジムの説明を受け、ちょっとすみません、と二人に声を掛けた。

 板状の魔導具を取り出すと、魔導帳票ツールを起動し、自由書式を選択して、架空の対戦相手別勝敗表を作成する。


対戦先:A   B   C

対戦元:

A   0  75   2

B  25   0  51

C   0  49   0


 ソラは、勝敗表を二人に見せながら説明する。


「お二人のお話を伺って、具体的に計算するために架空の勝敗表を作ってみました。三名の冒険者の模擬戦の結果です。表に書かれた数は、左側の冒険者の勝ち数を示しています。Aは一番強くて、BはAに挑んで負け越しています。一方で、BはCには勝ち越しています。CはAとはほとんど戦っていません」


 ソラは、ちょっとお待ちください、と言って、A、B、Cの勝率を計算して、勝敗表の下に小数点以下二桁で表示した。


A:0.75

B:0.38

C:0.48


「ご覧のように、勝率で比較すると、強さはA、C、Bの順になります。ジム様がおっしゃられたことは、Cに勝ち越しているBがCよりも弱いと判定されるのは不合理的ということですね」


 ジムは、まさにその通りです、と応じた。


「誰だい、このCってヤツは。こういう気概の足りないヤツには根性を入れてやる」


 ランが声高に憤慨すると、ジムは、ギルマス、これは架空の例です、と返した。


 二人が落ち着くのを待って、ソラは説明を再開する。


「つまり、強い冒険者との対戦では、その冒険者との個別の勝率を重み付きで評価して、冒険者の強さを決めればいいのですね」


 ソラの説明に、ジムは不服を唱える。


「そうはおっしゃいますが、冒険者の強さは評価の結果、決まるものなので、評価の途中では分からないと思うのですが」


 ――問題をこうモデル化すると、ペロン・フロベニウスの定理で冒険者の強さを決めることができるな。でも、ジムさんにどう説明したらいいだろう。


 ソラは、しばし思案してから、話し始める。


「対戦者との個別の勝率を重視する倍率を考えます。この倍率をその対戦者の強さと呼ぶことにします。一人の冒険者の全対戦者に対して、勝率を倍率付きで足し合わせた値が、その冒険者の強さと関係すると見なします」


 一息置いて、ソラは続ける。


「そこで、この足し合わせた値が冒険者の強さを一定倍したものに等しくなるように、これらの倍率を調整することで、各冒険者の強さを決めます」


 ジムは、目を見開いて、そんなことができるのですか、と感嘆の声を上げた。


 ソラは、魔導帳票ツールを操作して、個別の勝率を表す行列を作成し、小数点以下三桁で表示した。


  A     B     C 

A 0.5   0.745 0.75

B 0.255 0.5   0.51

C 0.25  0.49  0.5

  

「純粋に対戦者ごとの個別の勝率を用いると、試合がないときに勝率が計算できないので、仮想的に二試合追加し、一勝一敗から始めて勝率を計算するようにしました。こうすることで、自分自身との対戦の個別の勝率は0.5となります」


 ソラは、作成した行列の絶対値最大の固有値と、固有ベクトルを求めて、小数点以下三桁で表示した。固有ベクトルは要素を足し合わせると1になるように調整している。


絶対値最大の固有値:1.413

固有ベクトル:0.45、0.278、0.272


「先ほどご説明した調整によって、決められた倍率がこれらの値です。上が冒険者の強さに掛かる倍率、下が各冒険者の強さです。期待通り、A、B、Cの順になります」


 ソラが説明を終えると、ジムが心配そうに尋ねる。


「うちで登録している冒険者は300人もいるのですが、それだけ多くても大丈夫なのですか?」


「魔導帳票ツールに備わっている標準的な機能しか使っていないので、問題ないと考えていますが、模擬戦の実際の勝敗表をいただけるのでしたら、こちらで検証いたします」


 ソラの答えを聞き、ジムは安堵の表情を浮かべる。


「この方法でしたら、皆に納得してもらえると思います。ここ一年間の模擬戦の対戦結果をまとめて、すぐにお渡しします」

「よろしくお願いいたします」


 ソラは、商談が一つまとまったことに気をよくした。

 黙っていたランが、口を開く。


「用事も終わったようだし、帰るか」


「今日はどうもありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。対戦結果をお送りいただけるのをお待ちしております」


 ソラとジムは挨拶を交わした。

 ランはドアを開けて、にやりとしてソラに向かって告げる。


「うちが他の冒険者ギルドに自慢するから、これから忙しくなるかもね」


 ――他の冒険者ギルドでも同じ悩みを抱えているとすれば、うちに相談が来るかもしれない。そうなると大繁盛なんだけどな。


 ソラは、期待に胸を膨らませた。

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