40 武者来襲
アンとデュオが出かけた後、しばらくして、誰かが階段を駆け上がる音がした。
――冒険者ギルドからのお客様かな?
ソラがそう考えて、ドアを開けようとしたとき、ドアが勢いよく開かれた。
ソラが声を掛ける前に、中に入ってきたのは、身長180cmの巨漢の老婆だった。髪の毛の白さから、かなりの高齢であることが伺えるが、年齢に似合わないきびきびとした動きである。ゆったりとして足元まである長いスカートを着て、先端が曲がった特殊な長い槍を手に持っている。
「ナンバーズへ、ようこそ。恐れ入りますが、武器の持ち込みはご遠慮いただけますでしょうか」
ソラが声を掛けるやいなや、女は口を開く。
「アタイは、冒険者ギルドマスターのラン。この武器はナギナタ。悪いが、試させてもらうよ」
ランと名乗った女は、そう言うとナギナタを構えて、いきなりソラに先端を突きつけた。
とっさのことでソラは全く反応できなかったが、顔に当たる直前でナギナタは停止した。
ランは感心したように声を上げる。
「ほう、いい防御魔導具を使ってるね」
そのとき、ジンからソラに念話が入る。
「坊や、どうした? 致死性攻撃を受けたときの緊急通報機能が働いたぞ」
「師匠、今、冒険者ギルドマスターのランと名乗る女性から、いきなりナギナタで突かれたところです」
ソラの報告に、ジンはしばし黙り込んでいた。
「ラン姉なら、やりかねんのう。ちょっと待て、三人で念話じゃ」
ジンが告げると、ランが念話に加わってきた。
「やはり、この防御魔導具はジン坊のか。悪いが性能を試させてもらったよ」
「ラン姉、相変わらず、やり方がめちゃくちゃじゃ」
ジンとランの念話を聞いていたソラは、思わず感想を述べる。
「師匠のことをジン坊と呼ぶ人がいるとは、驚きです」
「なに、50年前にコイツがノマスに飛ばされてきたときからの腐れ縁さね。アタイも一年先輩だけど、日本から来たからね。あの弱っちかった坊やが魔導具で一山当てて、すっかり偉くなっちまって」
「坊や、あとはラン姉から聞いてくれ」
ジンは、気まずさからか、早々に念話を切った。
ソラは、ランを見て口を開く。
「それで、いきなり攻撃された意図を伺ってもよろしいでしょうか?」
ランは、ナギナタの先端にカバーを掛け、壁に立てかけてから答える。
「魔物がうじゃうじゃいるところでの調査を頼みに来た。長期間なので、自分で防御できることが前提。坊やが何か着けているのが分かったから、その性能を確かめた。この程度の突きが止められないヤツは死ぬ」
「それにしても、やり方というものがあるでしょう」
ソラが反論すると、ランはこともなげに告げる。
「目を突く直前で、寸止めさね」
――言いたいことは多々あるけど、一応、筋は通っているのか。
ソラは、文句を言うのをやめて、用件に入ることにした。
「分かりました。具体的な用件をお聞かせいただけますか。こちらのソファにどうぞ。お茶かコーヒーはいかがでしょうか」
「アイスコーヒー、ブラックで」
ソラは、キッチンの冷蔵庫からピッチャーを取り出して、アイスコーヒーをグラスに注ぎ、ソファの前のテーブルに置いた。
ランは、グラスを持つと、一気に飲み干した。
「ここまで走ってきたから、喉が渇いたよ」
ソラは、お代わりはいかがですか、と言って、ふたたびキッチンに行き、アイスコーヒーをグラスに注いで、ランに手渡した。
ランは一口飲むと、用件を話し始める。
「どこから話そうかね。魔物で婚約者を失った若い男が、腹いせに爆破魔導具を冒険者ギルドから盗んで、広範囲の魔物を巻き添えに自殺したのが発端さね」
魔物で両親を失ったソラは、その男の心境が分かるような気がした。
「ボクも両親を失っているので、魔物に復讐したい気持ちは分かります」
ソラが相槌を打つと、ランは険しい表情で反論する。
「そんなに簡単に魔物を一掃できれば、苦労しない。問題は二つ。一つは、魔物のテリトリーのバランスが崩れて、魔物の大移動、スタンピードが起こる可能性。もう一つは、魔物の発生を抑止すると魔素の濃度が上がり、人間が住めなくなる可能性。今回発生したのは、一番目の問題さね」
ソラは、何が起こったのかですか、と尋ねた。
「ジンノ村の隣村には小山があり、比較的おとなしいキツネ系の魔物の住処だった。それで、その向こう側にある魔物の巣からの魔物の移動が抑えられていたのさ。爆破魔導具でキツネ系の魔物が減ったら、魔物の巣から多量の魔物が隣村に出る始末」
ランはため息をつきながら、続ける。
「うちらは、隣村に協力して魔物退治。普通なら感謝されるところが、爆破魔導具が盗まれた責任で責められる。金は出て行くし、怪我人は出るし、いいとこなしさね」
「それは、大変でしたね。それで、私どもへの用件はどのようなものでしょうか?」
ソラが用件を尋ねると、ランはアイスコーヒーを飲んで、一息つけてから答える。
「今回のスタンピードは終息したが、またいつ起こるか分からん状況さね。対策として、キツネ系の魔物をできるだけ均等にばらけさせて、壁を作りたい。魔物が住処を替えたくなるように促進させる魔導具があるから、これを使って壁を作ってくれんか」
ソラは、依頼内容が把握できず、質問する。
「その魔導具は、一匹ごとに取り付けるものですか?」
「いや、エリア単位で十分さね。今のところ、小山の左側エリアに80匹、右側エリアに20匹いる。だから左側エリアから右側エリアに30匹移動させれば、終わり」
ソラは、促進魔導具の使い方を確認する。
「その促進魔導具を左側エリアで起動すれば、いいのですか?」
「促進魔導具は、移動の促進度合いを指定する。移動数は指定できない。だから、左側エリアで魔導具を起動した後、小山の左右エリアを繋ぐ獣道を見張り、30匹移動した時点で、魔導具を停止させる」
――つまり、獣道のそばで魔物を数える仕事か。たしかに魔物がうじゃうじゃ出るなあ。でも、なんでうちに話が来たんだろう。
ソラが、うちは少人数なので長期間の屋外調査は受けられません、と理由づけて本件を断ろうと思ったとき、ジンが念話で会話に加わってきた。
「ラン姉、促進魔導具は止めてもすぐには効果が失われないから、そのやりかたでは無理じゃ。一度、説明したはずだがのお」
ランは、イライラしながら、ジンに言い返す。
「じゃあ、どう使うんだい」
「左側エリアと右側エリアの両方に、同じ設定の促進魔導具を置くのじゃ」
「そしたら、移動しなくなるんじゃないのかい?」
「促進度合いとは、一日で移動する魔物の割合じゃ。だから、魔物の数が多いエリアでは、より多く移動して、魔物の数を減らしていく。魔物の数が両エリアで同じになったら、エリア内の数はそれ以上変化しない」
ランは、なるほどね、と感心したように応じた。
ジンは、もう一つの魔導具に関して補足する。
「それと、魔物の通過を検出する魔導具を貸し出すという話もしたじゃろう。獣道のそばに置いておくことで、離れた安全なところで魔物が通ったかどうかを知ることができる仕掛けじゃ」
「そういえば、そんなことを言ってた気がするさね」
ランは悪びれる様子もなく応じた。
ジンは、ソラに対して依頼内容を説明する。
「坊やへの依頼内容を整理しようかの。魔導具の設置は冒険者ギルドにやらせるから、坊やが行く必要はない。日当たりや餌などの影響を受けるため、二台の魔導具の促進度合いを最初からぴったり一致させることは難しい。じゃから、検出魔導具の結果を見ながら、促進度合いを微調整してほしい」
ソラは、やっと用件が理解でき、安堵の表情を浮かべた。
「師匠、それならうちでやれそうです」
ランは、ジンとソラの会話に割り込み、二人に告げる。
「話がまとまったようだから、アタイはこれで失礼するよ」
ランは、ナギナタを手に取ると、部屋を出ていった。
ジンが申し訳なさそうに、ソラに伝える。
「ラン姉はああ見えて、王国最強の一角。ジンノ村の冒険者ギルドを作るときにスカウトしたんじゃ。護衛には心強いが、人の話を聞かないて突っ走るからのお。手間を掛けさせて、すまんな」
「最初は、びっくりしましたが、新しいタイプの課題なので、興味深いです」
ソラの答えを受けて、ジンは、そうか、始まるときはまた連絡する、と返して念話を切った。
――まるで、嵐が通り過ぎたようだったな。
ソラはテーブルを片付けながら、つぶやいた。




