4 交渉
院長とソラが副院長室に戻ると、ジンが座っているのが見えた。認識阻害は外したらしく、元の姿である。
院長はジンに話しかける。
「ジン様、お茶でもいかがですか」
ジンはああ、と返した。
院長はそれを聞いてお茶の準備を始めた。ソラはとりあえずジンの向かいに座って待つ。
すぐに三人分のお茶がテーブルに並んだ。
院長のどうぞ、という声を合図にソラはカップを持ち、一口飲む。
「すごく、おいしい! いつも飲んでいるお茶とは全然違う!」
ソラはつい大声を出してしまい、恥ずかしさを覚えた。院長も不思議そうに首をひねる。
「このお茶は貴族が飲むランクじゃな。一杯で1万円くらいかのお。ワシが言うのも変な話だが、ここの給料で毎日飲めるお茶ではないぞ」
ジンが解説すると、院長が言いにくそうに応える。
「彼は男爵家の三男で、実家は隣村の領主です。長男が爵位を継いだので、家を出てここの副院長になりました。想像ですが、実家のお茶の味が忘れられなかったのではないかと」
「なんか横領の動機が見えてきた気がするのお」
ジンはあきれたように言った。
横領と聞いて、ソラはさっきから気になっていることを尋ねる。
「ここ2年間、帳簿付けの手伝いをしていますが、帳簿上は一度もおかしなことはなかったです。どうやって横領したのでしょうか?」
「取引先に水増しした金額を支払って、支払い金額の一部を戻させる手口かのお。実家が貴族なら、取引先に圧力を掛けることも容易じゃろ」
ジンはこともなげに答えた。ソラは続けて尋ねる。
「見つかるリスクがあるのに、なぜ金貨を部屋に置いていたのでしょうか?」
「そりゃ、銀行に預けたら、どこから入手したか調べられるからのお。王国では、資産の移転には3割の税金が掛かる。だから、金の流れには敏感じゃ。まさか取引先から贈与を受けたと言うわけにもいかんだろ」
ジンが話し終えると、院長が真剣な目でジンを見た。
「あつまかしいとは思いますが、ジン様に副院長の件を相談したく存じます」
「後任をどうするかだな。このままだと、またどこかの貴族の子弟が来ることになりそうだのお」
「ええ。形式上はアタシに人事権がありますが、近隣の貴族の意向も無視できず」
院長は憂鬱そうに言った。ジンはしばらく考え込んでいた。
「ワシのところで契約している冒険者で、そろそろ引退したいと言っているヤツがいるがどうかの? 戦闘系のスキルもあるし、子供好きで面倒見もいい。ジンの紹介といえば貴族連中も黙るじゃろう」
「大変助かります」
院長は嬉しそうに感謝の言葉を述べた。
「院長、ワシの方からも一件相談してよいかの?」
「はい、喜んで」
ジンの打診に院長は笑顔で返した。ジンは相談内容を告げる。
「ソラを引き取りたい」
ジンのこの発言に対し、院長は驚愕のあまり、思わず叫び声を上げる。
「そ、そ、それはソラをジン様の養子にするということですか! あれだけ様々な令嬢が話題になっても、ずっと独身でいらっしゃったのに!」
「おちつけ。養子にするのはその通りだが、令嬢なんて知らん。相手が勝手に騒いでいただけじゃ」
ジンは興奮している院長を諭すと、ソラの目を見て語り掛ける。
「さっき、ここでの生活を聞かせてもらった。正直に言って、坊やがここでうまくやっていくのは大変だと思う。ワシのところに来ればそのスキルを伸ばせるぞ」
ソラは考えた。この老人は周りとうまくやれない自分のことをよく分かっている。オヤマやコビィの顔色を伺って、おとなしくし続けるような生活は苦痛だろう。おまけに特別な魔導具を持っている大金持ちだ。養子になれば、色々な魔導具を使わせてくれるかもしれない。
ソラの腹は決まった。
「謹んでお話をお受けいたします」
ジンは満面の笑みを浮かべた。
「よし、決まったの」
院長は慌てて付け加える。
「ソラにはずっと帳簿付けを手伝ってもらっていたので、いなくなると困りますが、まあ自分でできないこともないので、大丈夫です」
「それだったら、うちで作っている最新型の魔導帳票ツールを渡すかの。勝手に自動で計算してくれる帳簿じゃ。銀行口座と連携した魔導マネーによる入金出金、伝票や現金の読み取りなどもできるぞ」
院長は目を輝かせた。
「それはありがたいです。このあたりだとまだまだ現金決済ですが、銀行窓口が近くの村になく、何かあったときに現金を用意するのが大変なので、そのうち魔導マネーに切り替わると思います」
ソラは嬉しそうにする院長を複雑な思いで眺めた。
「ボクの手伝いは、その魔導具に及ばないんですね」
「坊やのスキルはそんなもんではないから、安心せい」
ジンが慰めるように言った。ジンは院長を見た。
「ワシの養子ということが広まると、何かと面倒での。ソラの引き取り先は伏せてもらえるか。必要なら誰か代理人を用意するぞ」
ジンの申し出に、院長は問題ありません、と答えた。
「じゃあ早速、連れていくとするかの。ワシは認識阻害を掛けた状態で庭にいる。坊やは荷物をまとめたら庭に来てくれ。誰かに聞かれてもワシの名前は出さないように」
ジンの指示に対して、ソラは、はい、と返事をすると副院長室を出て、自分の部屋に向かった。
「院長、世話になったな。後任の件は、候補のヤツから連絡させる。魔導帳票ツールはこの孤児院に送る。魔石代はフルに使っても月1万円くらいじゃ」
「分かりました。ちなみに買うとしたら、いくらなのですか?」
「98万円。ここ数年でずいぶん安く作れるようになった。この値段なら平民の中間層もなんとか手が届くじゃろう」
院長とのやり取りを終えたジンは、認識阻害を掛けて見知らぬ中年男に変身し、副院長室を出ていった。
残された院長も副院長室から出て、ドアに鍵を掛けた。今日中にツケの支払いを行わないといけない。院長は用意した金貨を財布に入れ、取引先に向かった。




