1 出会い
ソラは目の前の光景が理解できなかった。
さっきまで怒鳴り散らしていた副院長が、刃物を高く構えた姿勢のまま、ものも言わずに固まっている。副院長の身長は180cm。7歳のソラにとって見上げるほどの巨体である。
――魔獣の剥製みたいだ。
部屋の中を見回すが、それ以外は特に普段と変わりない。住み慣れた孤児院の副院長室である。窓の外には、畑と青い空、遠くには鳥の群れ。窓からは午後の陽が少し差し込み、室内を明るく照らしている。
この時間帯、年少組は昼寝。他の子どもは狩りか農作業で外出する。通いのお手伝いさんも帰ったので、孤児院は静まり返っている。
一呼吸し落ち着いたところで、ソラは机の上にある金貨の山に視線を向けた。
45枚なので、450万円。
ソラにとっては大金である。孤児院にとっては、毎月もらっている補助金と同額なので、副院長室にあってもおかしくはない。
ただし、今日がツケ払いの支払日でなければ。
ソラは計算が得意である。それを院長に見込まれ、この2年間ずっと孤児院の帳簿をつける手伝いをしている。
今月は大型魔獣の襲撃があり、5名もの重傷者が出てしまった。出荷予定の野菜は荒らされ、塀は大破。収入が減る一方で、食材費、治療費、修理費が臨時支出となり、帳簿は大赤字。院長は金策で今朝早くに出かけた。
そんな状況で金貨の山はいかにも不自然である。畑から先に戻ったソラが、窓を通して偶然見えた金貨の山について尋ねようと副院長室を訪問するのももっともなことであった。
――それにしても、いきなり切りつけられるとは思わなかった。
あまりに突然だったため、ソラは襲われた実感がなかったが、今になってじわりじわりと恐怖の感情が込み上げてくる。
年少組はまだ寝ているようで、孤児院は物音一つしない。それが目の前の光景の不気味さを際立たせていた。
ふと、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。落ち着いた歩き方なので大人だろうが、今はだれもいないはず。さては強盗かとソラは身構えた。
ドアのノブがゆっくりと回り、扉が開く。
部屋に入ってきたのは、身長が175cmで髪が真っ白な老年の男性であった。
年寄らしくないまっすぐな立ち姿と、身体に布を巻きつけた見慣れない服が目を引く。布は滑らかな光沢を放ち、複雑な模様が描かれている。いかにも高そうである。武器も持っておらず、強盗には見えなかった。
彼は副院長をにらみつけた。
「おいおい、おいたが過ぎるぞ! 横領ならまだしも殺人はアウトだの」
固まったまま返答しない副院長を横目で見ながら、ソラは老人に尋ねる。
「恐れ入りますが、どちら様でしょうか」
「おっと失礼。ワシはジンという。この孤児院のオーナー、持ち主じゃ。たまたま近くを走っていたら、この建物から殺意が飛んできたので、とりあえず殺意の動作を停止させて様子を見に来た」
ジンと名乗るこの老人の説明はよく分からなかったが、彼が副院長を止めたことだけは理解できた。
「ところで坊やがシロかどうか、鑑定したいのだが、よいかの? 王国の法律で、やむを得ない場合を除き、本人の同意が必要と決まっているのでな。それと、殺意の他に珍しいスキルが見えたので、併せて確認したい」
ジンの要請に対して、ソラが同意します、と答えると、ジンは腕輪に触れ、目をつぶった。あの腕輪は何かの魔導具で、鑑定結果がまぶたに写っているのだろう。ソラにとって、初めて見るタイプの魔導具である。
「OK。坊やには全く殺意がないことを確認した。横領の証拠を見られたコイツが逆上して口封じに走ったのだな」
「はい、その通りです。ボクの名前はソラといいます」
「分かった、ソラだな。今、この村の衛兵と院長に念話で連絡した。連中が来るまでしばらく待っておれ。それまでワシと話でもせんか。おっとその前にコイツを片付けないとな」
ジンは副院長に近づくと、刃物を取り上げて部屋の端に持っていき、床に置いた。
副院長の前に戻り、ジンは考えるような仕草とともに腕輪に触れる。
剥製のように固まっていた副院長が急に崩れだす。どうやら失神させたようだ。ジンは両手で副院長の胴体を抱え、ゆっくりと床に寝かせた。
「こんなヤツでも、ケガさせると面倒なのでな」
ジンはこともなげに説明するが、あまりの手際のよさにソラは声も出なかった。戦闘系のスキルを持っていないソラにとって、対人格闘は高いハードルである。
ぼーっとしていたソラに、ジンの声が掛けられる。
「待たせたな。そこの椅子にでも座ろうかの」
二人は小さいテーブルをはさんで座った。ジンは嬉しそうな表情でソラを見た。
「さっき確認したが、やはり坊やには珍しいスキルがあるのお。このスキルを持って、どんな生活をしているか教えてくれんか」
何も特別なことはしていないのだけど、と思いながらも、ソラはこれまでの暮らしぶりをジンに話し始めた。




