ズルいし卑怯
「ただいまぁ……。」
精神的にも肉体的にも疲労しきった昴が帰宅すると、カレーの香りと共にキッチンの方から「おかえり、ごはん、すぐ食べれるわよ!」と母の声が聞こえた。しかし。
「ごめん、食欲ない……。」
そう言って自分の部屋に向かうが、身体が汗臭いことに気づき「風呂、入る。」とだけ伝えた。
「えぇ……?」
困惑した母の声を他所にモソモソと制服を脱ぎ、シャワーを浴びる。トニックシャンプーの清涼感で少し意識がはっきりしてきた昴は、続いてお気に入りのフレッシュソープの香りがするボディソープで汚れを落としていく。きめ細かい泡立ちに包まれながらも「新しいボディソープ買おう」と心に決め、ゆっくりと湯船に浸かり、身体を温めた。綺麗でフカフカのバスタオルで水滴をふき取って部屋着に着替え、バスルームを出ると「昴! 夕ご飯、後でちゃんと食べなさいよ!」と居間から母の声が聞こえ、「わかった、後で。」とだけ答えて自室に入った。そしてフワフワのベッドに身を投げ出す。ボフンと軽やかな音。母が昼間に干していてくれたのだろう、「お日様の匂い」と「心地よい温かさ」が昴を包み込んだ。
未だに激しい鼓動を感じる。
肝試しとは別次元の、本物の恐怖。見たことも聞いたこともない怪現象、そして初めて体験する生命の危機、初めての「死の実感」。それらは、昴の心に強い傷跡を残しても不思議ではない。
「――あれはズルいって、卑怯だって!!」
しかし本来であれば恐怖で寝られなくなるはずの体験は、別の事件に上書きされていた。昴はジタバタと足をバタつかせ、クッションを強く抱き抱える。
「吊り橋効果にギャップ萌えの必殺コンボは反則過ぎるよ、悠太きゅん!!!!」
その魂の叫びはクッションに吸い込まれた。――お化け屋敷などで一緒に恐怖体験をすることで心拍数を上げて恋愛感情と誤認させる『吊り橋効果』、そこから本物の恋心となることは良くあることだ。そして普段は陰キャの悠太が、実はチャラいピアスを付けていたというギャップに、そのピアスがキュートな白兎というギャップの重ね掛け。小柄で幼く見える悠太が、異常事態にあって凛々しい表情で事件に対処する(既に昴の記憶は美化されている)勇敢なクラスメイトだったという驚きの事実(美化と神格化は止まらない)。もし昴が女子だったら一瞬で恋に落ちている、というか女子ではない昴は既に『悠太きゅんがカッコいい、かわいい、大好きッ!!』という感情が爆発して止まらない。
「――――ッ!!」
とりあえず友達になりたい、親しくなりたい、いっぱい喋りたい――などと想いが溢れる。が。
「でも、男同士か……。」
それに気付いて心に冷風が吹き付ける。生物の本能として、オスとメスが番って子供が生まれるのは理科の授業で習った。保健体育で人間も「生物」であること、社会で生きていく上での男女のセンシティブなアレコレもイロイロと習った。
「でも悠太きゅんが好き――ッ!!」
保健体育では、人間が同姓を好きになるのは異常なことではない、多様性の時代といわれる現代において普通のことであり、恥ずべきことでもないと習ったことを昴は思い出した。多少の迷いと戸惑いはあるが、昴は強く心を決めた。
「お揃いの金木犀のボディソープを探すのと……とりあえず人前で『悠太きゅん』って呼ぶのは止めておこう、うん。」
と、昴は至極真っ当な判断を下した。
前回から間が開いてしまいました。
仕事、忙しかったのです。すいません。




