深淵の赤光と影
真紅の油絵の具で塗りたくった様な月の光が、暗い森の影から漏れていた。まるで血糊のようにA中学校の校舎を赤く染め上げ、校庭は血の池のようだ。その『血の池』の中心で、地面がまるで液体であるかのようにゴボゴボと沸き立った。何本かの細い腕が沸き立つ血から伸び、サン=サーンスの肖像画が血を滴らせて這い出てくる。そして生き物のように身震いして血を振り払い、ゆっくりと校舎へと歩み寄る。続けて細い腕が現れて1体、また1体と肖像画や彫像が這い出て来ては校舎に向かう。その光景を目撃した悠太は恐怖で催した吐き気を何とか堪らえた。
「……。」
A中学校全体が、もはや狂気と混沌に満ちた異世界と化していた。今は何人たりともA中学校に入ることも出ることも叶わない。「月が正気に返るまでは耐えないと…」と悠太は心の中で呟き、煌々と赤い光に照らされる校舎内の物影に隠れながら「目的地」に向かって歩を進めた。
「う、うわあああああああ!」
突如、発せられた叫び声に、悠太の心臓の鼓動が跳ね上がった。
「――!?」
影から窓の外を覗くと、渡り廊下を駆ける人影が見えた。その後ろに「怪異」が尋常ではない速度で迫って来ている。
「あれは――」
名前は知らないが彼がクラスメイトだということは認識できた。いつもワイワイと騒いでいる陽キャたちの中でも茶髪でチャラくて悠太がいけ好かない男子生徒。その彼が恐怖に顔を歪ませ、必死に逃げ惑っている。可哀想に、と悠太は心の中で合掌する。ああいった「怪異」から逃げ切る方法など、ほとんど無い。哀れな犠牲者は恐怖と絶望の中で身体を引き裂かれ、潰され、肉塊とされることも少なくない。何ものか判らなくされるなら、まだマシだ。人間としての形を十分に残してバラバラにされた被害者、それでも尚、息があったり意識を残していたり喋ったりする者を悠太は過去に何度も見たことがある。
「――。」
新たな被害者は渡り廊下を渡り切って悠太の視界から消え、バタバタと走る音だけが聞こえる。悠太は彼の無事を祈る訳ではなく、むしろ安堵に近い感情を抱いた。誰かが「怪異」の注目を集めてくれれば、その分、悠太の安全が担保される。この「異世界」では自分自身の命を守るのが最優先だし、ましてや他人に気を配る余裕も無い。この緊急事態で誰かを見捨てることは、誰にも咎められることでは無いのだ。クラスメイトの無惨な死体が頭に過ぎり、ザマァとも思うし逆に憐憫の感情も無いこともないが、悠太は静かに影に隠れながら歩を進めた。
投稿の間が開いてしまいました。現場が近いと書く時間が取れないのです……




