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9.The back has come out.


 『勇者』。

 『魔王』と対をなす人間の特殊個体。

 勇気ある聖戦士として邪悪なるものを打ち払い、携えた『聖剣』で竜をも屈服させる。

 その身に与えられた『聖霊』の祝福があらゆる不浄を清め、彼の者を正しく最強へと導く。


 『CoH』では既に亡くなって久しい。



 ◇




 『勇者』の復活。


 ウラタリはそれを目指している。

 果たして蘇らせて良いものか。

 理屈の上では問題ないことは分かっている。

 先に考えたように、そういうルートを辿るだけであって蘇らせても良い人物しか選定されていないはずなのだから。


 これは単純な個人的な感傷でしかない。

 『勇者』を蘇らせたとして、その彼が主役となってストーリーが進んでしまうのではないか。

 そういう危惧だ。


「いや、……つまらない考えだな」


 思考を打ち切る。

 世界の主役が『勇者』だとして、その周りで楽しむことは出来るはず。

 そもそもストーリーの主役を乗っ取られるという心配すら、ただの考えすぎであるかもしれないのだから。



 頭を振って思考を切り替え、ゆっくりと椅子から立ち上がる。


 ウラタリが儀式の用意をしているのは奥の部屋だ。

 この家の九割がその為のスペースで占められているのだから、彼が儀式に懸ける思いの並々ならぬ熱意が伝わってくると言うもの。


 引戸を開ければ、その先には空間が広がっている。

 一段下がった土の剥き出しな床に高い天井、バスの一台くらいならすっぽり入りそうな広さだ。

 床には紋様が掘り込まれ、その中央には祭壇が設えてある。

 祭壇の四方には鏡と何かの葉が枝ごと置かれ、正面に座したウラタリが一心不乱に何事かを唱えていた。


 これから、怪しげな祭祀が執り行われる。


 頼まれた役割は、霊素を集める儀式陣に呼び水となる力を注ぐこと。

 やり方は簡単。中央に立つだけだ。

 何だか生け贄にでもされそうだが、プレイヤーを相手にそんな真似はしないだろう。しないよね?


 実際に儀式の場を見てみると不安になるもので。大丈夫だよなとウラタリの背中に視線を送りつつ、所定の儀式陣へと向かう。


 陣の中まであと数歩。そこでふと足が止まった。ウラタリの唱える呪文が聞き取れた気がしたから。

 そして、足は──意思とは無関係に次の一歩を踏み出す。


「なっ!?」


 明瞭になる視界。エコーがかかったようだったウラタリの声が鮮明に聞き取れる。ぼんやりしていた思考がしっかりと回り出す。


「何をした!?」


 あと四歩。


「僕は君に正直に話したよ。ホントさ。嘘なんて一つも吐いていない」


 あと三歩。足は止まらない。


「でもね、保険もかけたんだ。土壇場で気が変わるかもと思ってね」


 あと二歩。機械的に歩き続ける。


「保険が働いたってことは、君は僕を信じてくれなかったんだね。残念だよ」


 あと一歩。

 踏み出すよりも前に手を動かす。

 抜剣。片手剣をそのまま足の甲へと突き立てる。最後の一歩を踏み出そうとした足を床へと縫い付けた。


 ガクンと止まったこちらを見て、ウラタリは驚きの表情を浮かべていた。


「読めたぞ。魅了か支配か、その辺りの状態異常だろう。怪しい話をホイホイ信じたのも」

「それを今さら気付いても仕方ないんじゃないかい? あと一歩で邪魔されたのは業腹だけど、そこまで進めてくれたのもまた事実。きちんと見届けさせてあげるよ」


 ウラタリはそう言うと立ち上がった。

 それまで人の姿に見えていた精霊は、まるで異なる姿へと変貌していた。

 枯れ枝のような腕、骨張った指。立派な袈裟で隠しているがミイラのような身体をしている。顔もそうだ。乾燥し皺だらけで、落ち窪んだ眼窩に収まる萎んだ眼球は元の色も分からない。

 醜悪極まるその姿に気圧された。


 "生きた死体"。


 ウラタリはそうとしか呼べない状態だった。


 思わず息を呑む。

 何故これに気付かなかったのか。こうもあからさまにエネミーだと主張しているビジュアルに。


 [《禁忌を犯せし邪精霊》ウラタリ]。


 ネームがポップアップする。ある意味予想通り。

 こいつは敵だ。それもどうしようもないレベルで。


「さて、小賢しい一手で止められてしまったけれど。それってただの時間稼ぎでしかないよね?」

「はっ、どうかな?」

「いやいや、苦し紛れの時間稼ぎさ。だって君はここから逃げ出せない。僕が君を気絶させて、陣へと放り込む。それで終わりだよ」


 くっ、歯噛みする。

 その通り。これはただの時間稼ぎ。根本が解決していない。

 応戦しようにも剣は足を縫い止めるのに使ってしまい、拳に頼ろうにも腰から下が機能不全でまともなパンチも打てやしない。


 対するウラタリは余裕綽々。

 ニタニタと口を笑みに歪めながら、脅かすようにゆっくりとこちらへ近付いてくる。


 それでもせめて、一発は入れる。

 そう心に決めた時のこと。


 ウラタリが突然天井を仰ぎ見たのだ。

 まるで親の敵かのように。奴は忌々しげに叫ぶ。


「……ここで来るか、ロザリンド!」



 直後、轟音とともに天井が崩落した。




 足元を駆け抜けた衝撃に転倒し、そこで足の自由が戻ったことに気付く。

 天井に空いた大穴から夕陽が射し込む。辺りを舞う粉塵が光を反射し、キラキラと輝く幻想的なその中心には一人の人影があった。


 女だ。

 青い髪の女が物憂げに立っている。

 パンツルックのスーツに身を包んだ全体的に辛気くさい印象の彼女は、もうもうと立ち込める煙を鬱陶しそうに手で払う。


 [《蒼嘆竜》ロザリンド]。


 それが彼女の名前だった。

 表示されたネームに、既視感を覚える。

 思い出されるのは[《赫激竜》エンゼリカ]のこと。同じく竜を冠する者だ。繋がりがないとは思えなかった。


「ウラタリ、久しぶりね」


 全く再会を喜んでいない声色だ。ボソボソとした喋り方で聞き取りにくい。まるで葬式にでも来ているかのようだ。


「まさか君が来るとはね、ロザリンド。思い返せばいつも邪魔ばかり。竜たちには困ったものだ」

「彼を利用させるわけにはいかないから」

「それで僕を葬ると? おや、また会いたくはないのかな。僕なら『勇者』との再会を叶えられるよ」


 どうやら二人は旧知の仲で、『勇者』もそこに交じるらしい。

 聞き取った情報を必死に整理する。

 まず、ウラタリは『勇者』を蘇らせたい。方法もある程度確立している。

 それから、竜はそれを阻止している。ウラタリの物言いからして、何体かで動いているようだ。ロザリンドの他は分からないが、口振りからして二体よりは多いだろう。勝手な予想だが三から四と見た。

 それと、竜は『勇者』と再会したいようで。恐らくは慕っていたのだろう。

 ウラタリもそれを分かっているから揺さぶりに使っている。


 実際、ウラタリのかけた揺さぶりは効果があった。

 ロザリンドは目に見えて狼狽えている。彼女は知らなかったのだろう。ウラタリが蘇生儀式を完成させていたということを。


 この場の主役は二人になっていた。

 物語はウラタリとロザリンドを中心に展開され、それを蚊帳の外で見るばかり。

 誰も気に留めていない。誰も見ていない。

 ここに居ても居なくても同じ。

 そんな悲しいことがあるか。そんな虚しいことがあるか。


 足の甲を貫く剣を静かに抜き放つ。

 てらてらとした輝き。それに頷く。

 そうだ。主役であろうとしなければ、主役でいることなど出来やしない。

 何時だって、何だって、望んだからには始めなければ。


 ウラタリもロザリンドも互いに夢中だ。意見を押し付け合い、どうにかして相手を否定しようとしている。


 ゆっくりと立ち上がる。

 立てる。走れる。戦える。


 ──だから。


 姿勢を低く、獣のように飛び出した。


「なに!?」


 ウラタリの側面から襲い掛かる。

 スキルによって強化された踏み込みでもって、渾身の【スラッシュ】を叩き込む!


 まともに入った斬撃。反応が遅れたウラタリの首へと吸い込まれる刃。

 しかし肉に食い込んで、そこで止まった。


「くっ……!」

「は、はは。当然だろう。君みたいな生まれたての精霊が僕を殺せるとでも……」

「ええ、でも私なら」


 凛とした声。

 超然とした空気。

 それまでと打って変わって、周囲を凍てつかせるような雰囲気を纏ったロザリンドがすぐ脇に居た。


「い、良いのかい? 彼を蘇らせなくて?」

「構いません。それこそが自然の摂理。そして今、あなたが消えてなくなるのも」


 逃げ出そうとするウラタリの肩を咄嗟に掴む。手放した剣が床に落ちた。

 思わず立ち止まるウラタリ。

 遅れて、失着を悟った彼から憎々しげな視線が向けられる。



 バキバキバキッ──。



 ふっと一息ロザリンドが吹き掛けると、ウラタリは氷の彫像と化してしまった。それも数秒の後に崩れてしまう。

 呆気ない終わりだった。


「次に会う時はあなたを目の敵にするでしょうね」


 ロザリンドが言った。

 次? そう聞き返すと彼女は当たり前のように頷いた。


「魔道に堕ちても元は精霊だから。まだ数回は復活出来るはず」


 なるほど、確かにそうだ。

 それはつまりリベンジの機会があるということでもある。喜ばしい。やられっぱなしでは面白くないのだから。


 それからロザリンドは、ぽそりと謝った。

 ごめんなさい、もう片方も壊してしまった、と。

 彼女が見ているのは砕けた右手。ウラタリが凍らされた時に肩を掴んだままで巻き込まれた、そしてそのまま一緒に凍って砕けた私の手だ。

 仕方ない話ではある。ただ、両腕が欠損したとあっては自害しての死に戻りすらままならない。


「口を開けて」

「はい……?」

「口を開けて」


 彼女の言葉に従い口を開けると、そこから上を向けさせられた。顎を掴まれて固定される。

 顔の上にロザリンドの右拳が持ってこられ、そこから何やら温かな液体が滴り落ちた。鉄臭い。目を見開くが、強い力で顔を固定されて逃げられない。

 ポタポタと垂らされたそれは口の中へと入り、驚きとともに嚥下してしまう。


 ──ごくり。


 変化は劇的だった。

 肘から先が砕けた右手が、肩から噛み切られた左腕が、僅か数秒で元通りに生え揃ったのだ。


「これでよし」


 副作用とかないのか。


「ないよ」


 ならいいか。


「ええ……、飲ませた私が言うのも何だけどそれで良いの?」


 ロザリンドの呟きに答えず、片手剣を拾い上げる。

 やはり初期武器、いずれ通用しなくはなると思っていた。だがその時がこうも早くやって来るとは。


「あれが特別頑丈なだけだよ」

「そうなのか?」

「ええ、そうよ。その剣がなまくらなのも事実だけど」


 ロザリンドに言われ、視線を剣へと向ける。

 やっぱり、なまくらじゃないか。


 薄々感じてはいたが一人で突っ走るのは難しい。するしかないかな、他プレイヤーとの交流を。





 ◇◇




Name:キリィク

Level:09

Title:《無の精霊》《禁忌との遭遇》

Skill:『汎用剣術Lv.8』

  【スラッシュ】【ストライク】

   『汎用盾術Lv.4』

   【ガード】

   『身軽Lv.5』

  『踏ん張りLv.8』

  『直感Lv.6』

   『踏み込みLv.4』

   『蓄力Lv.2』



ご覧いただきありがとうございます。

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