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8.Defilement and dirt are two sides of the same coin.


「ああ……、目が覚めたのかい。早いね」


 知らない男の声が上から降ってきた。

 それと同時に急速に意識が浮上する。

 真っ暗だった世界が明るさを取り戻し、ぼんやりと像が輪郭を結んでいく。


 ゆっくりと身体を起こし、周囲に視線を巡らせる。

 先ほどまでと変わらない草むらに疎らな木々、荒れた道。


「死に戻ってない……?」


 間違いなく死んだと思っていたのに。

 何が起きたのか。

 その原因と思われる男はすぐ脇に立っていた。

 こちらを覗き込むように見ている彼は、恐らく先の声の主だろう。

 視線が交錯する。彼はへらりと笑った。


「助けられて何よりだよ、異界の同胞。僕はウラタリ。君とは違う精霊さ」


 ウラタリは手を差し出してさらに続ける。


「ここで長話をするのもなんだ。おいで。僕の家に招待しよう」


 一瞬悩むもその手を取る。

 何のイベントフラグを踏んだのかは分からない。だけれどここで断るなんて選択肢は無い。

 ウラタリに引き起こされて立ち上がる。

 片腕が無いためにバランスがとりにくい。


「ああ、済まないね。さすがに新しく生やすのは、僕には出来ないんだ」


 よろめく姿を見たウラタリが申し訳なさそうに言った。

 欠損の回復を序盤で実行できるゲームは少ない。『CoH』もそうで、むしろ当然だろうという感覚でいたが、NPCからするとそうは思えないのだろう。

 実は簡単に治す方法がある。

 "死に戻り"だ。

 リスポーンしてしまえば状態異常のほとんどが回復する。残存するのは一部の呪いだけだ。部位の欠損は継続せず、死にさえすれば次に目覚めた時は元通り。

 同じ精霊としてウラタリはそれを分かっているのだろう。


 ──精霊は死んでも蘇る。

 世界に結び付いた霊核が、周囲の霊素を吸収することで身体を再構築するのだ。霊核の情報がある為に人格は継続され、再構築の際に霊素を消費しているせいで能力が僅かに低下する。つまり、デスペナルティを受ける。

 NPC種族である人間は蘇生出来ない。ある意味当然な話で。肉体を霊素に加えて魔素で構成する人間たちは、霊核を持たないことと死んだ時に魔素で汚染されて霊素が入り込む余地を失う。

 プレイヤー種族が精霊なのはそうしたゲーム設定故だろう。


 左肩を抑える。肩口から先は何もない。

 痛みは無い。痒みも違和感も。

 なんと恐ろしい。

 実に自然に腕を失っていた。初めての経験だ。

 あるはずのものが"無いこと"を当たり前のように感じさせる。無いことが当然のように思えてしまう。

 まるで仮想が現実を侵食しているかのような。空恐ろしさを感じさせた。


「済まないね、ホントに。繋ごうにも傷口が汚染されていて無理だったのさ」

「あんたのせいじゃない。助かったよ、ありがとう。ただ少し……、気になっただけだ」


 ウラタリの後に続いて歩き出す。


 ウラタリは背の高い男だ。ヒョロリと細く、武器を振るって戦うようには見えない。

 事実、彼は武装していない。

 ジャケットにズボン。それから眼鏡。

 学者然とした格好は家の中で書き物をしている方が似合う。

 そんな精霊がこんな所に、それも単身で。

 謎だ。

 疑うつもりではないが、それでも怪しむ気持ちを止められない。


 黙って付いて歩くものの、観察は止められなかった。




 ──十分ほどは歩いたか。

 逸れることなく道を歩み、ようやく目的地が見えてきた時、思わず呻く声を抑えられなかった。


 崩れている。割られている。壊れている。焼かれている。汚れている。潰れている。……死んでいる。


 その村はもう死んでいた。

 道なりに来たのだ。他に集落は無い。

 つまり、第二の拠点となるべき場所が、既に壊滅していた。


「嘘だろ……」

「残念なことにホントさ。とある魔物に襲われてね」


 何でもないことのように話すウラタリを驚愕の目で見る。

 この惨状で何とも思わないのか。

 そんな批判を乗せた視線に、彼は力なく肩を竦めた。


「僕はあまり好かれてなかったからね。それでも村人たちを埋葬するくらいはしてあげたんだよ?」

「好かれてなかった?」


 そんなはずはない。

 初期の説明で精霊の特徴は聞かされていた。死んでも蘇ることと、それから人間たちに崇められていること。

 この二点が種族的な特徴であり、ゲーム的な設定だ。


 村の中も酷い有り様だった。

 乾いて固まった血溜まりがいくつもある。

 力任せに粉砕された家の壁が未だに片付けられずに、辺りに散乱していた。

 血臭はない。もう何日も前の出来事なのだ。雨が少ないから跡がそのまま残っているだけで。


「ここが僕の家さ」


 考え込んでいるうちに目的地まで着いていた。

 ウラタリの家は壊れておらず、多少外壁に血痕が付着しているだけだ。この村で唯一まともに残った建物である。


 中へ招き入れられ、リビングで椅子に腰掛ける。

 それほど広くない家だ。普通の民家と言おうか。精霊の暮らす場所としてのイメージにはそぐわない。

 思い返せば、ここは村の外れ。

 端へと追いやられているようで、それもまた精霊らしくはない。


「不思議そうな顔だね」

「……まあ、な。恩人に聞くことじゃないだろうが、どうしてこんな所に?」

「住んでいたのか、住んでいるのか。どちらも大した理由ではないよ」


 ウラタリは言った。

 精霊にも種類がある、と。


「まずは普通の精霊だ。君みたいのだね。特に語るまでもなく、ただの精霊だ。

それから、特殊な属性を持つ精霊がいる。僕が聞いたことのあるところだと世界樹とか、自由とか、優しさとかだね。

そして僕のような精霊もいる。魔素に侵されながら人里で研究に勤しむ変わり者がね」


 禁忌に触れた。ウラタリはそう言った。


「僕は既に全身が魔素に侵されている。霊素から置き換わっていて、さらには呪詛までたっぷりだ。穢れているんだよ、僕は」


 すっと手が出され、ウラタリは服の袖を捲って見せた。

 白い肌を黒い斑点が覆っている。

 さらにはうっすらと靄のようなものまで漂っていた。


「改めて名乗るよ、僕は《忌詛邪精霊》のウラタリ。君に選択肢を与える者だ」



 ◇



 ──きいきいと軋む椅子に腰掛けて、頭にあるのはウラタリからの提案だ。


 彼は一旦外へ出ていた。

 考えをまとめるための時間をくれたのだろう。気遣いの出来る男だ。

 正直なところ、受けても良いかと思っている。

 ウラタリの目的は理解の出来るものだった。協力するのも吝かでない。


 彼は言った。

 蘇らせたい人がいる、と。


 人間の蘇生は出来ない。だと言うのにそれを成し遂げたいのだ。ウラタリは。

 その為に人と暮らし、身体を作り変え、精霊とよく似た別の何かへとまで至った。



 その集大成が『超抜呪法・反魂禁儀』である。



 人間は魔素と霊素の混合集積体だ。『CoH』での設定上の話になるが。

 蘇生が叶わないのは、この"混合"という点のせいである。

 精霊の蘇生メカニズムを流用しては魔素が集められないのだ。

 では、どうするか。


 高密度の魔素と霊素、それぞれの塊を用意した上で、新たな蘇生術式を組み上げる。


 それがウラタリの導き出した解決方法にして、理に反した禁忌『超抜呪法・反魂禁儀』だった。


 魔素の塊はある。ウラタリ自身だ。

 霊素の塊もある。私自身だ。

 儀式の用意は整えられてある。ウラタリは条件さえ揃えば何時でも実行できるように準備していた。


 所詮はゲーム。

 これまでにプレイした他ゲーにおいて、倫理的でない行いと無縁であった訳ではないし、悩む必要がないことは分かっている。

 本当に人間が蘇ることは無いのだ。ゲームとして設定された"蘇生用の"NPCが復活するだけ。予定調和でしかない。


 ただ、蘇る相手が問題だった。


 ウラタリは言った。

 『勇者』を起こす、と。


ご覧いただきありがとうございます。

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