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1.Nice to meet me


 青い空。踏むは砂浜。

 寄せては返す白波に、吹き抜けるは磯臭い風。


 海だ。それも南国の。


「イメージとは少し違ったな」


 もわりと熱気が吹き付ける。湿った風に撫でられた肌がベタつくように感じた。

 海を前に立ち尽くし、しばし波間を眺める。

 雄大だ。

 命を感じる、とでも言おうか。とても人には御せないだろうエネルギーに満ち満ちている。

 端的に言えば、圧倒されていた。


 気付けば波打ち際にまで近寄っており、足先を海水へと浸していた。指の間から浚われていく砂の感触がこそばゆい。


「おお……。すごいな」


 静かだ。

 ここでは波の音しかしない。

 人はおらず、鳥も鳴かず。遠くを船が過ることもない。

 誰にも邪魔されない。唯一人のための場所。それがここだ。


 さくり、と砂を踏む。

 素足であるから肌に砂が張り付くが、そこに大小の差異はない。貝殻が混じることも、誤って漂流物を踏むこともない。


 ゆっくりと振り返れば、そこには何もない。

 無限に続く砂浜と、正面に広がる海。

 ここにはそれだけしかない。

 それだけあれば十分なのだ。ここは一時の止まり木。長居をする場所ではないのだから。


 だから──。


「そろそろ行きますか」


 ──冒険の準備を始めよう。





 ♢





 揺蕩う。

 母なる海に身を預け、程よい冷たさの海水に揺られて、徐々に徐々にと沈み行く。

 しかしながら、呼吸が苦しくなることはない。水圧に潰されることも、体温が奪われることもだ。

 これより迎えるは再誕の時。

 仮想の世界を旅するための、仮初めの身体を手に入れる。


 光が届かない暗闇へと落ちていく。




 ──アバタークリエイトが始まった。


 思考操作で選ぶのはプリセットから。

 ゼロからイケメンを組み上げるのは得意じゃない。性別を変更するつもりはないのだから、元から用意された選択肢を頼る。それで十分だろう。

 セット3を選び、わずかな拘りとして髪型だけをいじる。


 一条の前髪が額に垂れたオールバックの男。

 それが私だ。

 町中に溶け込みそうな特徴のない顔つきに平均的な体格。

 これで良いだろう。

 着飾るのが目的ではないのだから。そういうのはやりたい奴にやらせておけばいい。


 感覚が同期する。

 より鮮明になった冷感に、五感の再現力の高さを教えられる。

 仮想の世界を形作るための、運営が抱く熱意に感嘆の吐息が漏れる。

 ごぼり、と大きな気泡が浮かび上がっていく。どうしてか、それを見て少し笑ってしまった。


 長く深く沈んでいくのは、初めてのログインであるからだ。ゲームデータのセットアップ、それからロード。


 海底までの時間でアバタークリエイトは完了した。

 武器を決めたりスキルの選択であったり、そうした諸々を終えて準備万端となった私はゆっくりと海底に足を着ける。


 潜水行の先で辿り着いた海底は不自然に明るく、起伏が全く存在しない非現実的な空間だった。まるで道場かのような……。


「ああ、チュートリアルでも始まるのか」


 海底に降り立った眼前に不自然なボードが出現する。不釣り合いな非現実感に苦笑が漏れる。

 そこに書かれたのはメッセージ、いやアドバイスか。インベントリの操作を指示され、いつの間にか所持していた初期装備を身に着ける。


 やはりチュートリアル。


 いくつかの指示に従い、メニュー画面の操作を習熟する。アイテムショートカットの設定まで進めると、更なるメッセージが表示された。


『戦闘チュートリアルを開始しますか?』


 スキップも出来るようだ。

 生産職志望で戦闘に苦手意識を抱いているようなプレイヤーへの配慮だろうか。とは言え、飛ばすつもりなどない。

 一つ頷いて、開始を選ぶ。


 腰の剣を抜き放ち、左手の小盾を前に構えれば準備は完了だ。

 正面五メートルほど離れた位置に緑色の塊が出現する。

 濁った色合いのそれはプルプルと震え、ゆっくりとこちらへの接近を始めた。

 両手で抱えるほどのサイズ感。そこそこ大きい。

 表示された名前は[ムルテ]。


 ムルテのスピードはかなり遅く、まだ一メートル程も進んでいない。カタツムリのような歩みだ。

 そこへ三歩で踏み込み、振りかぶった片手剣を無造作に叩きつける。ただそれだけで、ムルテは弾けた。

 一撃必殺。負ける要素は微塵もない。


『戦闘チュートリアル "2nd Stage"』


 直後に表示された案内にノータイムで是と返す。

 手応えなんてありはしなかったから、不完全燃焼なのだ。

 ムルテが現れた時と同じように、正面五メートル程の所に標的が姿を現す。


 [ジェジェ]というそのモンスターは、一言で表すならば小鬼であった。

 背丈は一メートルを少しばかり上回る。ひょろりとした手足と大きめの頭。額には瘤のような角が生え、鼻が潰れたような顔はブルドッグに似ていた。血色の悪いそいつは餓鬼と呼ばれるのに相応しい。

 序盤の雑魚敵。

 そんな印象が拭えない。


 キイキイと喚く小鬼を前に、剣と小盾を構えて立つ。

 醜悪な顔を歪め、小鬼はこちら目掛けて駆け出してきた。それを正面から見据えて、タイミングを合わせ盾を突き出す。

 真っ直ぐに突っ込んできた小鬼は盾に衝突し、尻餅をついた。

 痛みに呻くそれを見下ろして、剣を肩に担ぎスキルの予備動作を行う。


 習得したスキルの一つ、『汎用剣技Lv.1』。

 これが発動を可能とするのが、スラッシュだ。基礎中の基礎であり、同様の動きをアシスト無しでも完遂できる。そんなプレイヤーが大半だろうが、ダメージにボーナスが入るとなれば、積極的に活用していく他あるまい。


 鋭い剣閃が走り、小鬼が縦に両断される。

 一刀両断。

 快い勝ち方に思わず口角が上がる。


 その後は、狼、二匹の小鬼、小鬼と狼の組み合わせと戦い、順調に勝利を収めた。

 通常攻撃とスキル攻撃を織り交ぜ、優位に戦いを進められたために被弾はゼロ。


「これは中々のものでは?」


 惜しむらくは、これがチュートリアルであるということ。

 経験値は全く入らず、スキルが成長することもない。そんなことがあっては困るが、無ければ無いで損した心持ちになるのはきっと誰でも同じだろう。


 動きはスムーズ。まだ理想とするところにはまるで届いていないが、それでも及第点はあげられる。まあ、欲を言えばもう少しスキル攻撃の当て勘を良くしたい。

 どんな相手でも急所を狙いたいものだ。難しいことは百も承知だが。


「……で、これか」


 正面に浮かぶメッセージウインドウを見る。そこに書かれているのは、更なる戦いへの誘い。高みを覗き見してみないかという呼び声だ。


『"Challenge Stage" Yes/No』


 何が出てくるかを教えてはくれない。それはこれまでと同じ。だが、断ればチュートリアルバトルはこれで終わりだと注釈が付いている。その一点はこれまでと異なるところだ。


 直感が囁く。

 きっと出てくるのは先ほどまでと比にならない化け物だ、と。


「……くはは!」


 抑えきれずに笑い声が出てしまう。

 選択するのは決まっている。



 Yesだ。



 ここで尻込みなどしていられるか。

 折角のチャンスを無駄に出来ない……。なんて殊勝なことは頭にない。


 挑まれたからには応じる。

 道があるなら進む。

 壁があるなら壊す。

 敵がいるなら倒す。


 ただ、それだけだ。


「だから頭使う構築が出来ないんだよなぁ……」


 我ながら単純すぎるものだと呆れて頭を掻きながら、延長戦への招待を受けるのであった。




初めまして、またはお久しぶりです。

良ければお付き合いください。

反応をいただけると大変に喜びます。

よろしくお願いします。

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