ホプキンズ
春半ばの5月とはいえ、朝晩は冷え込んだ。
ホプキンズは両手を口元にやり、息を吹きかけた。温かい息は淡く白い煙となって夕闇に溶け込んでいく。
行きつけのバーは家から距離がある。大体、十ブロックほどか。大学に勤めてた頃の帰り道だったから、辞めた今となっては行くにもちょっとした小旅行だ。
ホプキンズは上着のポケットに両手を突っ込み、首をジャンパーの襟元に沈めて、寒さに身震いしながら夜道へと重たい足を踏み出した。
まだ時間が早いのか、“グラスホッパーズ”は地元の若者で賑わっていた。
店の入り口近くに陣取り、ビール瓶片手に何が楽しいのか男女数人で輪になってゲラゲラと笑い転げている。
ホプキンズは若者たちを刺激しないように気を付けて避けながら、奥の壁際にあるニ人掛けのテーブル席へと向かい、腰を落ち着けた。
「今日は早いじゃないか」
白い顎髭を蓄えた恰幅のいい初老の店主がカウンターの向こうから声を掛けてきた。
「いつもので良いかい?」
ホプキンズの返事を待たずにロックグラスにスコッチを注いで持ってくる。
「話してた水槽は見送ることにするよ」
ホプキンズはそう言ってグラスを受け取るとスコッチをちびりとひと舐めして溜め息を吐いた。
「どうした。絶対、買うからって言ってたじゃないか」
店主は少し呆れ気味に言う。
バー“グラスホッパーズ”の通り向こうにある骨董品屋で、比較的新しい水槽が売りに出された。今使っている水槽より一回り以上大きくて、大きな巣を形成するクロオオアリに取っても丁度いい“物件”に思えた。値段は$900。“グラスホッパーズ”の店主からの紹介もあって、表示値から少し安くしてくれた。週末に金を持っていき、後日、家に届けて貰う予定だったのだ。
「思わぬ出費があってね」
ホプキンズは思い出して怒りがぶり返してきた。
「まあ、あんなにでかい水槽、そうそう売れちまうとも思わんが」
店主はホプキンズの様子を見て肩をすくめた。
「一応、取り置きするのも土曜日までって話だからな。気が変わったんなら、早めに店に顔を出せよ」
ホプキンズは頷いて残った酒を飲み干す。店主が手を差し出すと空のグラスを渡して、酒のおかわりと追加でパンケーキとベーコンの皿を頼んだ。




