第8話 闘技場の線
陽が昇ってすぐ。
ギルドの裏手にある訓練場──村の人たちからは「闘技場」と呼ばれている広場には、すでに何人もの冒険者と村人が集まっていた。
丸くならされた土の地面。
ぐるりと囲む木柵。
その外側に、簡易のベンチと立ち見の人だかり。
アヤたち《リュミエルの灯》の四人は、入り口近くの一角で並んで立っていた。
アヤは腕を組み、コルトは背中に弓を負ったまま無言。
ミナはそわそわと落ち着きなく足踏みし、リアンは胸元で手を組んでいる。
その真ん中の土の上に、俺とガランさんだけが向き合って立っていた。
「集まってくれてありがとう」
ガランさんの声が、朝の空気に響く。
「今日は、セイの昇格テストだ。模擬戦だが、真剣勝負でもある」
その言葉に、周囲のざわめきが少しだけ強くなった。
「とはいえ、殺し合いではない」
ガランさんは、肩に担いでいた木剣を軽く掲げる。
「武器は木剣。魔法や祈りも、軽い補助まで。セイには『倒すためでなく、いなして守る』ことを求める。……それで良いな?」
「はい」
俺は手にした木剣を握り直しながら、短く返事をした。
手汗は、ほとんどない。
緊張はしているけれど、足の裏は思ったより落ち着いている。
『心拍、平常より少しだけ速いです。でも許容範囲』
(実況するな)
『すみません、“相棒の状態確認”です』
いつものリラの声が、頭の奥で微妙に楽しそうに響く。
(……忘れないうちに確認しとこうか)
『ですね。昇格テスト用の「線引き」、再確認します』
視界の端に、小さな半透明のウィンドウが一瞬だけ浮かぶ。
そこには、昨夜リラと話し合った「明日の目標」が三行でまとめられていた。
一つ。負けないこと。
二つ。勝ちすぎないこと。
三つ。本当のスペックを全部は見せないこと。
(“この世界の人間の上のほう”くらい、だよな)
『はい。バケモノ扱いされないギリギリの線です』
(物騒な表現だな)
軽く息を吐いて、頭の中のウィンドウを閉じる。
「じゃあ、始めるか」
ガランさんが中央の白い線──砂で薄く描かれた境界を一歩越えた。
「今日はギルドの公式試験だ。俺はギルマスターとして、お前が“どこまで任せていい人間か”を測る」
「俺は……」
言いかけて、言葉を飲み込む。
(俺は、“前に出すぎない相棒”だってことを証明する、か)
『いいですね、その表現』
「準備はいいな」
「はい」
「それじゃあ──始める!」
誰かが合図の鐘を鳴らす。
乾いた音が、訓練場に響いた。
最初に動いたのは、ガランさんだった。
左足を半歩前へ。
砂を音もなく踏みしめ、重心をわずかに前に寄せる。
それだけで、ひやりとする。
(……これで“軽く”なんだよな)
視界の中に、いくつかの線が浮かぶ。
そのまま素直に踏み込まれた場合の肩の位置、木剣の軌道、俺の額に届くまでのルート。
『最初の一歩は、お試しです。避けすぎると不自然ですよ』
(了解)
右足を、前へ半歩。
けれど真正面には出ない。
角度を少しだけ右斜めにして、ガランさんの肩の真ん前を外す。
左足は、そのまま後ろに残しておく。
いつでも引けるように。
ガランさんの木剣が、肩から軽く降ってきた。
完全な力みなし。
振りかぶりも浅く、あくまで「様子見」の一撃。
俺は木剣を縦に構え、その側面で受ける。
右足を軸に、左足を半歩だけ横へ滑らせながら。
打ち込まれた力を、腕で受け止めずに、足と腰へ流すイメージで。
コン、と木と木がぶつかる音。
衝撃はある。
けれど、痛いほどじゃない。
「よし」
ガランさんが、目だけで俺を見る。
二回目。
今度は、右足から。
さっきよりも、わずかに踏み込みが深い。
木剣が横薙ぎに走る。
狙いは腰の高さ。
(この角度で受けると、刃が跳ねてアヤたちの方に飛ぶ)
瞬間的に浮かんだ線を見て、受け方を変える。
木剣を斜め上に。
ぎりぎりのところで刃を下からすくい上げるように当て、衝撃を自分の上へ逃がす。
足は、左足をわずかに前へ。
右足に残した重心を、そのまま半歩分だけ前へ移動する。
ガランさんの木剣が、俺の肩のすぐ上を通り過ぎていった。
「大人しく受けるかと思ったが、ちゃんと“外へ逃がしてる”な」
ガランさんが、少しだけ口元を緩める。
「習慣みたいなもので」
俺は肩をすくめて見せる。
(今のところは、“ちょっと訓練した少年”くらい、か)
『はい。線はまだ余裕があります』
三回目。
今度は、足元。
木剣の先が、下から払うように伸びてきた。
狙いは、俺の足首からすねのあたり。
(ここで飛ぶのはやりすぎ。足だけで受ける)
右足を素早く引き、左足に重心を移す。
ほぼ同時に、木剣の先を下げて、自分のすぐ前でガランさんの刃を受け止めた。
衝撃を吸収するように膝を軽く曲げる。
靴底は土を掴んだまま。
刃が交差した瞬間、ガランさんの足が少しだけ沈んだ。
(……今の、俺が“嫌な足場”を踏んでるの、気づいたな)
視界の中で、足元の土の一部が赤く縁取られている。
リラが強調してくれている「滑りやすい場所」だ。
そこを避けるように俺が立ち、逆にガランさんの足は、わざと土がもろい部分を踏んでいる。
軽く打ち合っただけでも、そうやって互いの立ち位置を見ている。
「最初の三回はこんなもんか」
ガランさんは、木剣を肩に担ぎ直した。
「次からは少し、強くいくぞ」
「はい」
中盤。
木剣の重さが、はっきり変わった。
今までは「確認」の一撃。
ここからは、「試し」の強度だ。
振り抜く速度が一段階速くなり、間合いの詰め方も迷いがなくなる。
踏み込みの一歩一歩が、「実戦のガラン・ギルマス」になっていく。
『セイ、外周の線、強めに出します』
視界の縁で、柵やベンチが淡く光った。
観客がいる位置と、そこへ飛ぶ可能性のある軌道が、薄い色で表示される。
(あんまり外へ流し過ぎると危ないな)
俺は木剣を握り直した。
ガランさんが、前へ。
今度は真っすぐじゃない。
最初の一歩を左斜め。
次の一歩で、右へ切り返す。
正面から見れば、ジグザグに近づいてくる動き。
そのたびに、俺の目の前に浮かぶ「ぶつかる線」が変わる。
(右足を前に出したときが、一番危ない)
ガランさんの右足が、前に出る。
その瞬間、肩から腰にかけての線が、ぐんと踏み込む形に変わる。
木剣が腰の高さから、斜め上へと走った。
俺は左足を後ろへ一歩。
右足を軸にして体を捻り、木剣を斜め下から差し入れる。
刃と刃が交差した瞬間、手だけで受けようとせず、腰ごと回す。
その回転に合わせて、ガランさんの木剣の軌道を、自分の左肩の外へ滑らせる。
ガランさんの腕が、俺の目の前を通り過ぎた。
「ほう」
声が漏れる。
すぐに二撃目。
今度は、上から。
振りかぶりが浅く、肩の回転が速い。
踏み込みも、さっきより一段深い。
(これは真正面で受けると、腕が痺れるやつ)
右足を半歩前に出す──ように見せて、途中で止める。
代わりに左足を横へ滑らせ、重心をそちらに移す。
木剣を、真正面ではなく、自分の頭の少し右側で受ける。
斜めに構えていた木剣の面に、ガランさんの剣が滑り込む。
俺は、刃が当たった瞬間に、手首を少しだけ返した。
衝撃を受け止めるのではなく、「横へ逃がす」ように。
ガランさんの木剣が、俺の頭の横をかすめて左右に流れていく。
髪が、風でふわりと揺れた。
後ろから、小さな息をのむ音が聞こえる。
「……本当に、いなすのが上手いね、セイ君」
アヤの声だろう。
続けざまに、横薙ぎ、突き、下段払い。
ガランさんは、休みなく軌道を変えてくる。
俺は一歩一歩の足と、木剣の角度だけで、それらの線を自分とガランさんから外へ追い出していった。
決して前には出ない。
攻撃もしない。
ただひたすら、「ぶつからない場所」に自分と刃を滑らせ続ける。
十回、二十回と続いたあたりで、息が少しだけ上がってきた──ふりをする。
肩をわずかに上下させ、額の汗を手の甲で拭う。
『演技、自然です』
(練習させられたからな……)
内心でぼやきながらも、足は止めない。
◇ ◇ ◇
「そろそろ、仕上げに入るか」
ガランさんが、木剣を一度だけ肩へ担ぎ直した。
その目が、さっきまでより微妙に鋭くなる。
「ここから少し、本気寄りに行く。……セイ」
「はい」
「何かあれば、すぐギブアップを叫べ。それでも構わない試験だ」
その言葉は、多分本心だ。
俺は軽く笑ってみせる。
「分かりました。……でも、できるだけ最後まで立っていられるように頑張ります」
『セイ。ラインを一段下げますか?』
(いや。このままでいい。……ただし、“倒せる線”は全部切り捨てる)
『了解。“いなす線”優先でルーティングします』
視界の中で、いくつかの線が薄くなり、別の線が濃くなった。
喉や心臓への致命的な軌道は、淡く。
腕や肩をかすめる程度の線が、やや濃く。
“倒す道”ではなく、“受けて流す道”だけを選ぶための下準備だ。
ガランさんが、動いた。
今までより、明らかに速い。
一歩目から、地面を深く抉るような踏み込み。
全身の筋肉とマナをまとめて前へ投げ出すような加速。
視界の中で、線が一気に増えた。
胸、腕、喉、足。
あらゆる場所へ繋がる「もし受け損ねたら」の線。
(ここで、全部を避けようとすると、逆に危ない)
俺は、右足を半歩前に。
左足を、斜め後ろに滑らせる。
身体を薄くして、真正面からぶつかる線だけを外す。
木剣が、肩から振り下ろされる。
今度の一撃は、「軽く試す」でも「本気一歩手前」でもない。
完全に実戦で相手を止めるための斬り下ろしだ。
俺は木剣を両手で握り、頭の上で受けた。
ガツン、と重い衝撃。
腕に、びりびりと痺れが走る。
ただ、足は崩さない。
右足の膝を軽く抜き、左足に重心を逃がす。
手だけで受けないように、小さく身体を沈めながら衝撃を地面へ流していく。
そのまま、わずかに木剣を右へ滑らせる。
ガランさんの木剣の刃先が、俺の耳の横を通って外へ抜けていく。
「ッ……!」
ガランさんの喉から、短い息の音が漏れた。
すかさず二撃目。
今度は、横から。
腰の回転と足の踏み替えが、さっきよりもさらに速い。
線が、俺の肋骨を狙って走る。
(受けてから流すのは、間に合わない)
右足を大きめに前へ。
その瞬間、あえて木剣を下げる。
代わりに、左肩を半歩分だけ前に出して、通り道を変える。
ガランさんの木剣が、俺の背中のすぐ横を風切って通り抜けていった。
攻撃の線は、「俺を斬る線」から、「俺の背中の外を通っていく線」に変わる。
「っぶな……! マスター、これ試験ですよね!?」
「当たり前だろう」
「“殺す気か”ってくらいのスピードなんですけど!」
「その程度で死ぬな」
『今の、“避けすぎギリギリ”です』
(これ以上はやりすぎか)
少しだけ反省しながら、姿勢を整える。
ガランさんの連撃は、止まらない。
上段、中段、下段。
縦、横、斜め。 何十もの線が、絶え間なく俺に向かって伸びてくる。
俺はそのたびに、右足を軸にして左へ、左足を軸にして右へ。
半歩ずつ、体の向きを変えながら、自分とガランさんが怪我をしない方向へ刃を滑らせ続けた。
木剣を振るう腕は、「返す」ためだけに使う。
攻撃ではなく、線を外へ押し出すための動きだけ。
気づけば、周囲のざわめきがすっかり消えていた。
観客たちは、多分息を詰めて見ている。
俺には、視界の端に浮かぶ線の方が忙しすぎて、目を向ける余裕がないだけだが。
「──っ!」
大きな一撃をいなしたあと、俺はわざと一歩後ろに跳んだ。
膝を付きそうになって、なんとか踏ん張る。
息を大きく吐き、肩で呼吸をする──ふりをする。
「はぁ……はぁ……」
胸を上下させながら、木剣の切っ先を下げる。
『心拍、まだ余裕あります』
(そういうことは黙っておけ……)
『はい。でも、“疲れたフリ”は上手くなりました』
「どうした、セイ」
ガランさんが軽く問いかける。
目には、わずかに笑みが混じっていた。
「まだ、立って……いられます」
俺は、ふらつくように一歩前へ。
木剣を構え直す。
右足を半歩前に、左足をその少し後ろへ。
ガランさんは、俺の姿勢を一瞥すると、小さく頷いた。
「……よし。最後の一回だ」
そう言って、一気に間合いを詰める。
今までで一番速い。
一歩で、半身分。
二歩目で、すでに俺の懐のすぐ手前。
木剣が、下から上へ。
突き上げるような軌道で迫ってくる。
(ここで“倒せる線”を選ぶのは、簡単だ)
ほんの一瞬、喉元へ吸い込まれる線が見えた。
ガランさんの懐の空白。
そこへ潜り込んで、柄で顎を打てば、きっと「勝ち」という形にはできる。
けれど、俺はその線を、意識的に切り捨てた。
代わりに選ぶのは、木剣をいなす線。
右足を、ほとんど刻むように前へ。
左足は、その場に残す。
胸を少しだけ後ろへ引きつつ、木剣を斜め下に差し入れる。
突き上げられたガランさんの刃先を、自分の左肩の外へ滑らせるように。
木剣が当たった瞬間、手首を返す。
衝撃を自分の身体の外を通っていく線へ誘導し、そのまま半歩分、左へ体をずらす。
ガランさんの木剣が、俺の脇腹のすぐ横を通り抜けていった。
ほんの少しでもタイミングを誤れば、肩口か脇腹に当たっていたはずだ。
砂が、二人分、ざっ、と音を立てた。
互いに、背中合わせになるようにすれ違う。
沈黙が落ちた。
数秒の間。
やがて、背後で木剣を収める音がした。
「──そこまで」
ガランさんの声が、闘技場に響く。
「試験、終了だ」
◇ ◇ ◇
しばらく、誰も声を出さなかった。
やがて、どこかの誰かがぱちぱちと手を叩き始める。
それが波紋のように広がり、闘技場の周りから拍手が湧き起こった。
「すご……」「ギルマスとあそこまで……」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
俺はゆっくりと振り返り、ガランさんの背中を見る。
彼は木剣を肩に担ぎ、俺の方を見ていた。
「……よく立っていたな」
短く、それだけ。
でも、その目の奥には、いろんなものが混ざっているように見えた。
驚き、安堵、そして少しだけ──警戒。
『ガランさん、気づいてますね。“まだ余裕あるのでは”って』
(まあ、あれだけやればな……)
俺は、わざと膝に手をつき、大きく息を吐いた。
「はぁ……はぁ……」
額から落ちた汗を、乱暴に拭う。
本当は、足はまだちゃんと動く。
呼吸も、少し速い程度だ。
でもここでケロッとしていたら、それこそ怪しまれる。
『演技、合格です。心拍も自然に少し上がってきました』
(それはただの運動不足じゃないか?)
『いえ、理層から見て健康です』
会話していると、足元に誰かの影が伸びた。
「セイ!」
顔を上げると、アヤたちが駆け寄って来ていた。
「大丈夫?」
「大丈夫、です。……多分」
苦笑しながら答えると、アヤはほっとしたように息を吐いた。
「見てるこっちの方が、心臓に悪かったよ」
「俺も、まあ、それなりに」
本音は、「線が多すぎて大変だった」だ。
「でも……」
アヤは、俺とガランさんを交互に見た。
「“いなして守る”って、こういうことなんだって、ちゃんと分かった気がする」
リアンも、胸元で組んでいた手をぎゅっと握り直す。
「セイさん、お怪我は……?」
「打撲くらいなら、あとで出てくるかもしれませんけど。今のところは大丈夫です」
「よかった……」
リアンの目が、うるんでいるように見えた。
コルトは短く言う。
「現場でも、今みたいに“倒すよりいなす”を徹底できるなら──頼もしすぎるくらいだ」
「えへへ、なんかカッコよかったよ、セイ君」
ミナが、いつもの調子で笑う。
「すっごい勢いでバシバシって来てるのに、全部ぬるっと外に流れてく感じでさ。……あれ、真似できないよ」
「真似しないでください。危ないので」
そう返したところで、ガランさんがこちらへ歩いてきた。
拍手は自然に収まり、場の空気が再び引き締まる。
「アヤたちは、そこまでだ」
ガランさんは、俺たちと観客たちをぐるりと見渡した。
「この後は、ギルドの仕事だ。今日は午前中、セイは外出禁止。アヤたちは軽い依頼だけ受けて構わないが、昼過ぎには一度戻ってきてくれ」
アヤが頷く。
「分かりました」
「セイ」
名前を呼ばれ、背筋が少し伸びる。
「お前は、ひとまず教会に戻れ。風呂と飯を済ませて、昼まで休んでいろ」
「ギルドには行かないんですか」
「この後、ギルドの中で話し合いがある。お前のランクと、今後の扱いについてな」
それは、もう分かっていた話だ。
けれど改めて口にされると、喉の奥が少しだけ渇く。
「……俺は、何をしていれば」
「休め」
ガランさんはきっぱりと言った。
「今日の午前中は、お前の仕事はもう終わりだ。生きてここに立っていることが、すでにひとつの答えだからな」
その言い方には、妙な重みがあった。
「昼過ぎに、結果を伝える。……教会の庭で待っていろ」
「はい」
俺が頷くと、ガランさんは少しだけ目を細めた。
「いい試合だった。続きは“中”でやる」
そう言って、ギルドの建物の方へ歩いていく。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
◇ ◇ ◇
教会への道すがら、リラがぽつりと呟いた。
『セイ』
「ん」
『今の試合、理層視点で見れば、まだ三段階くらい余裕があります』
「そこまで言うか」
『でも、それくらい抑えられたのは、ちゃんと“線を引けた”ってことですよ』
たしかに、あのまま「倒す線」を選び続けていたら、たぶん途中で試合は止められていた。
俺が知らないところで、いろんな大人たちの判断も変わってしまっていただろう。
「……疲れたフリは、上手くできてたと思うか?」
『はい。アヤさんもリアンさんも、心から心配していました』
「それは、それで心苦しいな」
『でも、セイが“本当に限界じゃない”ことは、私が全部覚えておきますから』
それは、妙に心強い約束だった。
教会に着くと、神父さんが驚いた顔で迎えてくれた。
軽く事情を説明し、「昼まで休んでいなさい」と半ば強制的に自室へ追い込まれる。
汗だくの服を脱ぎ、いつもの清浄術で軽く汗と砂を落とす。
ベッドに倒れ込むように横になった。
「……眠れるかな」
『少なくとも、体は休めた方がいいです。午後に備えて』
「午後、ね」
目を閉じると、さっきの木剣の重さが、腕に少しだけ残っている気がした。
ガランさんの足音。
砂を踏む感覚。
観客たちのざわめき。
全部を頭の中で反芻する。
(この試合で、俺が“どこまで前に出ていいのか”が決まる)
どこから先は出ないのか。
どこまでなら出ていいのか。
その線引きが、昼過ぎに言葉になる。
『セイ』
「ん」
『どんな結果になっても、私たちのやることは変わりませんよ』
「線を見て、“帰る道”を残す、だろ」
『はい』
少しだけ笑って、再び目を閉じた。
まぶたの裏には、闘技場の白い線と、ガランさんと自分の足跡が重なって見えていた。
その線が、「次の一歩」へ繋がっていることを願いながら、俺は浅い眠りに落ちていった。




