表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/38

第8話 闘技場の線

 陽が昇ってすぐ。

 ギルドの裏手にある訓練場──村の人たちからは「闘技場」と呼ばれている広場には、すでに何人もの冒険者と村人が集まっていた。

 丸くならされた土の地面。

 ぐるりと囲む木柵。

 その外側に、簡易のベンチと立ち見の人だかり。

 アヤたち《リュミエルの灯》の四人は、入り口近くの一角で並んで立っていた。

 アヤは腕を組み、コルトは背中に弓を負ったまま無言。

 ミナはそわそわと落ち着きなく足踏みし、リアンは胸元で手を組んでいる。

 その真ん中の土の上に、俺とガランさんだけが向き合って立っていた。

「集まってくれてありがとう」

 ガランさんの声が、朝の空気に響く。

「今日は、セイの昇格テストだ。模擬戦だが、真剣勝負でもある」

 その言葉に、周囲のざわめきが少しだけ強くなった。

「とはいえ、殺し合いではない」

 ガランさんは、肩に担いでいた木剣を軽く掲げる。

「武器は木剣。魔法や祈りも、軽い補助まで。セイには『倒すためでなく、いなして守る』ことを求める。……それで良いな?」

「はい」

 俺は手にした木剣を握り直しながら、短く返事をした。

 手汗は、ほとんどない。

 緊張はしているけれど、足の裏は思ったより落ち着いている。

『心拍、平常より少しだけ速いです。でも許容範囲』

(実況するな)

『すみません、“相棒の状態確認”です』

 いつものリラの声が、頭の奥で微妙に楽しそうに響く。

(……忘れないうちに確認しとこうか)

『ですね。昇格テスト用の「線引き」、再確認します』

 視界の端に、小さな半透明のウィンドウが一瞬だけ浮かぶ。

 そこには、昨夜リラと話し合った「明日の目標」が三行でまとめられていた。

 一つ。負けないこと。

 二つ。勝ちすぎないこと。

 三つ。本当のスペックを全部は見せないこと。

(“この世界の人間の上のほう”くらい、だよな)

『はい。バケモノ扱いされないギリギリの線です』

(物騒な表現だな)

 軽く息を吐いて、頭の中のウィンドウを閉じる。

「じゃあ、始めるか」

 ガランさんが中央の白い線──砂で薄く描かれた境界を一歩越えた。

「今日はギルドの公式試験だ。俺はギルマスターとして、お前が“どこまで任せていい人間か”を測る」

「俺は……」

 言いかけて、言葉を飲み込む。

(俺は、“前に出すぎない相棒”だってことを証明する、か)

『いいですね、その表現』

「準備はいいな」

「はい」

「それじゃあ──始める!」

 誰かが合図の鐘を鳴らす。

 乾いた音が、訓練場に響いた。

 

 最初に動いたのは、ガランさんだった。

 左足を半歩前へ。

 砂を音もなく踏みしめ、重心をわずかに前に寄せる。

 それだけで、ひやりとする。

(……これで“軽く”なんだよな)

 視界の中に、いくつかの線が浮かぶ。

 そのまま素直に踏み込まれた場合の肩の位置、木剣の軌道、俺の額に届くまでのルート。

『最初の一歩は、お試しです。避けすぎると不自然ですよ』

(了解)

 右足を、前へ半歩。

 けれど真正面には出ない。

 角度を少しだけ右斜めにして、ガランさんの肩の真ん前を外す。

 左足は、そのまま後ろに残しておく。

 いつでも引けるように。

 ガランさんの木剣が、肩から軽く降ってきた。

 完全な力みなし。

 振りかぶりも浅く、あくまで「様子見」の一撃。

 俺は木剣を縦に構え、その側面で受ける。

 右足を軸に、左足を半歩だけ横へ滑らせながら。

 打ち込まれた力を、腕で受け止めずに、足と腰へ流すイメージで。

 コン、と木と木がぶつかる音。

 衝撃はある。

 けれど、痛いほどじゃない。

「よし」

 ガランさんが、目だけで俺を見る。

 二回目。

 今度は、右足から。

 さっきよりも、わずかに踏み込みが深い。

 木剣が横薙ぎに走る。

 狙いは腰の高さ。

(この角度で受けると、刃が跳ねてアヤたちの方に飛ぶ)

 瞬間的に浮かんだ線を見て、受け方を変える。

 木剣を斜め上に。

 ぎりぎりのところで刃を下からすくい上げるように当て、衝撃を自分の上へ逃がす。

 足は、左足をわずかに前へ。

 右足に残した重心を、そのまま半歩分だけ前へ移動する。

 ガランさんの木剣が、俺の肩のすぐ上を通り過ぎていった。

「大人しく受けるかと思ったが、ちゃんと“外へ逃がしてる”な」

 ガランさんが、少しだけ口元を緩める。

「習慣みたいなもので」

 俺は肩をすくめて見せる。

(今のところは、“ちょっと訓練した少年”くらい、か)

『はい。線はまだ余裕があります』

 三回目。

 今度は、足元。

 木剣の先が、下から払うように伸びてきた。

 狙いは、俺の足首からすねのあたり。

(ここで飛ぶのはやりすぎ。足だけで受ける)

 右足を素早く引き、左足に重心を移す。

 ほぼ同時に、木剣の先を下げて、自分のすぐ前でガランさんの刃を受け止めた。

 衝撃を吸収するように膝を軽く曲げる。

 靴底は土を掴んだまま。

 刃が交差した瞬間、ガランさんの足が少しだけ沈んだ。

(……今の、俺が“嫌な足場”を踏んでるの、気づいたな)

 視界の中で、足元の土の一部が赤く縁取られている。

 リラが強調してくれている「滑りやすい場所」だ。

 そこを避けるように俺が立ち、逆にガランさんの足は、わざと土がもろい部分を踏んでいる。

 軽く打ち合っただけでも、そうやって互いの立ち位置を見ている。

「最初の三回はこんなもんか」

 ガランさんは、木剣を肩に担ぎ直した。

「次からは少し、強くいくぞ」

「はい」


 中盤。

 木剣の重さが、はっきり変わった。

 今までは「確認」の一撃。

 ここからは、「試し」の強度だ。

 振り抜く速度が一段階速くなり、間合いの詰め方も迷いがなくなる。

 踏み込みの一歩一歩が、「実戦のガラン・ギルマス」になっていく。

『セイ、外周の線、強めに出します』

 視界の縁で、柵やベンチが淡く光った。

 観客がいる位置と、そこへ飛ぶ可能性のある軌道が、薄い色で表示される。

(あんまり外へ流し過ぎると危ないな)

 俺は木剣を握り直した。

 ガランさんが、前へ。

 今度は真っすぐじゃない。

 最初の一歩を左斜め。

 次の一歩で、右へ切り返す。

 正面から見れば、ジグザグに近づいてくる動き。

 そのたびに、俺の目の前に浮かぶ「ぶつかる線」が変わる。

(右足を前に出したときが、一番危ない)

 ガランさんの右足が、前に出る。

 その瞬間、肩から腰にかけての線が、ぐんと踏み込む形に変わる。

 木剣が腰の高さから、斜め上へと走った。

 俺は左足を後ろへ一歩。

 右足を軸にして体を捻り、木剣を斜め下から差し入れる。

 刃と刃が交差した瞬間、手だけで受けようとせず、腰ごと回す。

 その回転に合わせて、ガランさんの木剣の軌道を、自分の左肩の外へ滑らせる。

 ガランさんの腕が、俺の目の前を通り過ぎた。

「ほう」

 声が漏れる。

 すぐに二撃目。

 今度は、上から。

 振りかぶりが浅く、肩の回転が速い。

 踏み込みも、さっきより一段深い。

(これは真正面で受けると、腕が痺れるやつ)

 右足を半歩前に出す──ように見せて、途中で止める。

 代わりに左足を横へ滑らせ、重心をそちらに移す。

 木剣を、真正面ではなく、自分の頭の少し右側で受ける。

 斜めに構えていた木剣の面に、ガランさんの剣が滑り込む。

 俺は、刃が当たった瞬間に、手首を少しだけ返した。

 衝撃を受け止めるのではなく、「横へ逃がす」ように。

 ガランさんの木剣が、俺の頭の横をかすめて左右に流れていく。

 髪が、風でふわりと揺れた。

 後ろから、小さな息をのむ音が聞こえる。

「……本当に、いなすのが上手いね、セイ君」

 アヤの声だろう。

 続けざまに、横薙ぎ、突き、下段払い。

 ガランさんは、休みなく軌道を変えてくる。

 俺は一歩一歩の足と、木剣の角度だけで、それらの線を自分とガランさんから外へ追い出していった。

 決して前には出ない。

 攻撃もしない。

 ただひたすら、「ぶつからない場所」に自分と刃を滑らせ続ける。

 十回、二十回と続いたあたりで、息が少しだけ上がってきた──ふりをする。

 肩をわずかに上下させ、額の汗を手の甲で拭う。

『演技、自然です』

(練習させられたからな……)

 内心でぼやきながらも、足は止めない。

     ◇ ◇ ◇

「そろそろ、仕上げに入るか」

 ガランさんが、木剣を一度だけ肩へ担ぎ直した。

 その目が、さっきまでより微妙に鋭くなる。

「ここから少し、本気寄りに行く。……セイ」

「はい」

「何かあれば、すぐギブアップを叫べ。それでも構わない試験だ」

 その言葉は、多分本心だ。

 俺は軽く笑ってみせる。

「分かりました。……でも、できるだけ最後まで立っていられるように頑張ります」

『セイ。ラインを一段下げますか?』

(いや。このままでいい。……ただし、“倒せる線”は全部切り捨てる)

『了解。“いなす線”優先でルーティングします』

 視界の中で、いくつかの線が薄くなり、別の線が濃くなった。

 喉や心臓への致命的な軌道は、淡く。

 腕や肩をかすめる程度の線が、やや濃く。

 “倒す道”ではなく、“受けて流す道”だけを選ぶための下準備だ。

 ガランさんが、動いた。

 今までより、明らかに速い。

 一歩目から、地面を深く抉るような踏み込み。

 全身の筋肉とマナをまとめて前へ投げ出すような加速。

 視界の中で、線が一気に増えた。

 胸、腕、喉、足。

 あらゆる場所へ繋がる「もし受け損ねたら」の線。

(ここで、全部を避けようとすると、逆に危ない)

 俺は、右足を半歩前に。

 左足を、斜め後ろに滑らせる。

 身体を薄くして、真正面からぶつかる線だけを外す。

 木剣が、肩から振り下ろされる。

 今度の一撃は、「軽く試す」でも「本気一歩手前」でもない。

 完全に実戦で相手を止めるための斬り下ろしだ。

 俺は木剣を両手で握り、頭の上で受けた。

 ガツン、と重い衝撃。

 腕に、びりびりと痺れが走る。

 ただ、足は崩さない。

 右足の膝を軽く抜き、左足に重心を逃がす。

 手だけで受けないように、小さく身体を沈めながら衝撃を地面へ流していく。

 そのまま、わずかに木剣を右へ滑らせる。

 ガランさんの木剣の刃先が、俺の耳の横を通って外へ抜けていく。

「ッ……!」

 ガランさんの喉から、短い息の音が漏れた。

 すかさず二撃目。

 今度は、横から。

 腰の回転と足の踏み替えが、さっきよりもさらに速い。

 線が、俺の肋骨を狙って走る。

(受けてから流すのは、間に合わない)

 右足を大きめに前へ。

 その瞬間、あえて木剣を下げる。

 代わりに、左肩を半歩分だけ前に出して、通り道を変える。

 ガランさんの木剣が、俺の背中のすぐ横を風切って通り抜けていった。

 攻撃の線は、「俺を斬る線」から、「俺の背中の外を通っていく線」に変わる。

「っぶな……! マスター、これ試験ですよね!?」

「当たり前だろう」

「“殺す気か”ってくらいのスピードなんですけど!」

「その程度で死ぬな」

『今の、“避けすぎギリギリ”です』

(これ以上はやりすぎか)


 少しだけ反省しながら、姿勢を整える。

 ガランさんの連撃は、止まらない。

 上段、中段、下段。

 縦、横、斜め。 何十もの線が、絶え間なく俺に向かって伸びてくる。

 俺はそのたびに、右足を軸にして左へ、左足を軸にして右へ。

 半歩ずつ、体の向きを変えながら、自分とガランさんが怪我をしない方向へ刃を滑らせ続けた。

 木剣を振るう腕は、「返す」ためだけに使う。

 攻撃ではなく、線を外へ押し出すための動きだけ。

 気づけば、周囲のざわめきがすっかり消えていた。

 観客たちは、多分息を詰めて見ている。

 俺には、視界の端に浮かぶ線の方が忙しすぎて、目を向ける余裕がないだけだが。

「──っ!」

 大きな一撃をいなしたあと、俺はわざと一歩後ろに跳んだ。

 膝を付きそうになって、なんとか踏ん張る。

 息を大きく吐き、肩で呼吸をする──ふりをする。

「はぁ……はぁ……」

 胸を上下させながら、木剣の切っ先を下げる。

『心拍、まだ余裕あります』

(そういうことは黙っておけ……)

『はい。でも、“疲れたフリ”は上手くなりました』

「どうした、セイ」

 ガランさんが軽く問いかける。

 目には、わずかに笑みが混じっていた。

「まだ、立って……いられます」

 俺は、ふらつくように一歩前へ。

 木剣を構え直す。

 右足を半歩前に、左足をその少し後ろへ。

 ガランさんは、俺の姿勢を一瞥すると、小さく頷いた。

「……よし。最後の一回だ」

 そう言って、一気に間合いを詰める。

 今までで一番速い。

 一歩で、半身分。

 二歩目で、すでに俺の懐のすぐ手前。

 木剣が、下から上へ。

 突き上げるような軌道で迫ってくる。

(ここで“倒せる線”を選ぶのは、簡単だ)

 ほんの一瞬、喉元へ吸い込まれる線が見えた。

 ガランさんの懐の空白。

 そこへ潜り込んで、柄で顎を打てば、きっと「勝ち」という形にはできる。

 けれど、俺はその線を、意識的に切り捨てた。

 代わりに選ぶのは、木剣をいなす線。

 右足を、ほとんど刻むように前へ。

 左足は、その場に残す。

 胸を少しだけ後ろへ引きつつ、木剣を斜め下に差し入れる。

 突き上げられたガランさんの刃先を、自分の左肩の外へ滑らせるように。

 木剣が当たった瞬間、手首を返す。

 衝撃を自分の身体の外を通っていく線へ誘導し、そのまま半歩分、左へ体をずらす。

 ガランさんの木剣が、俺の脇腹のすぐ横を通り抜けていった。

 ほんの少しでもタイミングを誤れば、肩口か脇腹に当たっていたはずだ。

 砂が、二人分、ざっ、と音を立てた。

 互いに、背中合わせになるようにすれ違う。

 沈黙が落ちた。

 数秒の間。

 やがて、背後で木剣を収める音がした。

「──そこまで」

 ガランさんの声が、闘技場に響く。

「試験、終了だ」

     ◇ ◇ ◇

 しばらく、誰も声を出さなかった。

 やがて、どこかの誰かがぱちぱちと手を叩き始める。

 それが波紋のように広がり、闘技場の周りから拍手が湧き起こった。

「すご……」「ギルマスとあそこまで……」

 そんな声が、あちこちから聞こえてくる。

 俺はゆっくりと振り返り、ガランさんの背中を見る。

 彼は木剣を肩に担ぎ、俺の方を見ていた。

「……よく立っていたな」

 短く、それだけ。

 でも、その目の奥には、いろんなものが混ざっているように見えた。

 驚き、安堵、そして少しだけ──警戒。

『ガランさん、気づいてますね。“まだ余裕あるのでは”って』

(まあ、あれだけやればな……)

 俺は、わざと膝に手をつき、大きく息を吐いた。

「はぁ……はぁ……」

 額から落ちた汗を、乱暴に拭う。

 本当は、足はまだちゃんと動く。

 呼吸も、少し速い程度だ。

 でもここでケロッとしていたら、それこそ怪しまれる。

『演技、合格です。心拍も自然に少し上がってきました』

(それはただの運動不足じゃないか?)

『いえ、理層から見て健康です』

 会話していると、足元に誰かの影が伸びた。

「セイ!」

 顔を上げると、アヤたちが駆け寄って来ていた。

「大丈夫?」

「大丈夫、です。……多分」

 苦笑しながら答えると、アヤはほっとしたように息を吐いた。

「見てるこっちの方が、心臓に悪かったよ」

「俺も、まあ、それなりに」

 本音は、「線が多すぎて大変だった」だ。

「でも……」

 アヤは、俺とガランさんを交互に見た。

「“いなして守る”って、こういうことなんだって、ちゃんと分かった気がする」

 リアンも、胸元で組んでいた手をぎゅっと握り直す。

「セイさん、お怪我は……?」

「打撲くらいなら、あとで出てくるかもしれませんけど。今のところは大丈夫です」

「よかった……」

 リアンの目が、うるんでいるように見えた。

 コルトは短く言う。

「現場でも、今みたいに“倒すよりいなす”を徹底できるなら──頼もしすぎるくらいだ」

「えへへ、なんかカッコよかったよ、セイ君」

 ミナが、いつもの調子で笑う。

「すっごい勢いでバシバシって来てるのに、全部ぬるっと外に流れてく感じでさ。……あれ、真似できないよ」

「真似しないでください。危ないので」

 そう返したところで、ガランさんがこちらへ歩いてきた。

 拍手は自然に収まり、場の空気が再び引き締まる。

「アヤたちは、そこまでだ」

 ガランさんは、俺たちと観客たちをぐるりと見渡した。

「この後は、ギルドの仕事だ。今日は午前中、セイは外出禁止。アヤたちは軽い依頼だけ受けて構わないが、昼過ぎには一度戻ってきてくれ」

 アヤが頷く。

「分かりました」

「セイ」

 名前を呼ばれ、背筋が少し伸びる。

「お前は、ひとまず教会に戻れ。風呂と飯を済ませて、昼まで休んでいろ」

「ギルドには行かないんですか」

「この後、ギルドの中で話し合いがある。お前のランクと、今後の扱いについてな」

 それは、もう分かっていた話だ。

 けれど改めて口にされると、喉の奥が少しだけ渇く。

「……俺は、何をしていれば」

「休め」

 ガランさんはきっぱりと言った。

「今日の午前中は、お前の仕事はもう終わりだ。生きてここに立っていることが、すでにひとつの答えだからな」

 その言い方には、妙な重みがあった。

「昼過ぎに、結果を伝える。……教会の庭で待っていろ」

「はい」

 俺が頷くと、ガランさんは少しだけ目を細めた。

「いい試合だった。続きは“中”でやる」

 そう言って、ギルドの建物の方へ歩いていく。

 その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。

     ◇ ◇ ◇

 教会への道すがら、リラがぽつりと呟いた。

『セイ』

「ん」

『今の試合、理層視点で見れば、まだ三段階くらい余裕があります』

「そこまで言うか」

『でも、それくらい抑えられたのは、ちゃんと“線を引けた”ってことですよ』

 たしかに、あのまま「倒す線」を選び続けていたら、たぶん途中で試合は止められていた。

 俺が知らないところで、いろんな大人たちの判断も変わってしまっていただろう。

「……疲れたフリは、上手くできてたと思うか?」

『はい。アヤさんもリアンさんも、心から心配していました』

「それは、それで心苦しいな」

『でも、セイが“本当に限界じゃない”ことは、私が全部覚えておきますから』

 それは、妙に心強い約束だった。

 教会に着くと、神父さんが驚いた顔で迎えてくれた。

 軽く事情を説明し、「昼まで休んでいなさい」と半ば強制的に自室へ追い込まれる。

 汗だくの服を脱ぎ、いつもの清浄術で軽く汗と砂を落とす。

 ベッドに倒れ込むように横になった。

「……眠れるかな」

『少なくとも、体は休めた方がいいです。午後に備えて』

「午後、ね」

 目を閉じると、さっきの木剣の重さが、腕に少しだけ残っている気がした。

 ガランさんの足音。

 砂を踏む感覚。

 観客たちのざわめき。

 全部を頭の中で反芻する。

(この試合で、俺が“どこまで前に出ていいのか”が決まる)

 どこから先は出ないのか。

 どこまでなら出ていいのか。

 その線引きが、昼過ぎに言葉になる。

『セイ』

「ん」

『どんな結果になっても、私たちのやることは変わりませんよ』

「線を見て、“帰る道”を残す、だろ」

『はい』

 少しだけ笑って、再び目を閉じた。

 まぶたの裏には、闘技場の白い線と、ガランさんと自分の足跡が重なって見えていた。

 その線が、「次の一歩」へ繋がっていることを願いながら、俺は浅い眠りに落ちていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ