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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房


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第7話 昇格の条件


 翌朝。

 ギルドの裏庭は、まだひんやりとした空気に包まれていた。

 昨夜の喧騒が嘘みたいに静かで、風に揺れる木の葉の音だけがやけに大きく聞こえる。

 砂地の中央に出ると、いつかと同じように、木製の人形と練習用の杭が並んでいた。

 その少し先に、腕を組んだガランさんが立っている。

「来たな」

「はい」

 短く返事をすると、ガランさんは(あご)で手前を示した。

「そこに立て。……昨日の崖のとき、お前がどんな足で動いたか、ひとまず確かめたい」

「足、ですか」

「ああ。刃はその次だ」

 ガランさんは、あくまで落ち着いた声だった。

 けれど、その目だけは、いつも以上に細かく俺を見ている。

(昨日の一歩と一太刀、やっぱりバレてるよな)

『証言もまとまってるはずですしね。アヤさん達からの』

(うん……)

 俺は言われた通り、裏庭の中央に立った。

 足元の砂が、乾いた音を立てる。

「まず、昨日と同じ装備で動け」

 腰の短剣、簡素な革鎧、肩当て。

 見慣れた装備の重さを確認しながら、俺は首と肩を回した。

「その場で、前後左右に一歩ずつ。普段通りでいい」

「分かりました」

 右足を、前へ一歩。

 踵からではなく、土に引っかからないように足裏全体で踏み出す。

 次に左足を送り、重心を前に滑らせる。

 そのまま後ろ、一歩。

 右足を元の位置よりわずかに後ろに引き、土を軽く掴む。

 左足は半歩だけ追いかけ、すぐに前へ出せるように残しておく。

 右、左。

 腰の向きを変えずに、足だけで位置をずらす。

 頭の中には、いつものように「もしここで地面が抜けたら」「もし誰かが倒れ込んできたら」という線が浮かび、それを避ける形で一歩一歩を選んでいた。

『セイ、いつも通りで大丈夫です。今は見せていいところ』

(分かってる)

「止まれ」

 何度か繰り返したところで、ガランさんの声が飛ぶ。

 彼はゆっくりと近づき、俺から少し離れたところに立った。

「……やっぱり、普通の子どもの歩き方じゃないな」

 ぽつりと、そんなことを言う。

「どういう意味で、ですか?」

「怯え方と避け方が、大人のそれだ。『ここが嫌だ』って場所を先に決めてから足を置いている」

 ガランさんは、砂の上に指で線を描いた。

「崩れる場所に足を出さない。誰かの体が飛んでくる道を避ける。……そういう【通り道】を、先に見てる足だ」

 通り道。

 その言い方に、内心で少しだけ肩が跳ねた。

『“線”という言葉は出していません。大丈夫』

(分かってるけどさ)

 ガランさんは立ち上がると、今度は俺から数歩離れた位置に立った。

「次は、俺が動く。お前は、ぶつからないように避けろ。……攻撃はしなくていい」

「了解です」

 ガランさんは一歩、こちらに近づく。

 大きくはない。

 だが、重心の置き方が徹底的に無駄がない一歩。

 視界の中で、その動きに合わせていくつかの線が浮かぶ。

 もしそのまま踏み込まれたら、俺の胸の前に肩が当たる。

 右足が前に出れば、足首を踏まれる。

 俺は、右斜め後ろに半歩だけずらした。

 左足は、すぐ前に出せるように残す。

 ガランさんの肩が、俺のすぐ前を通り過ぎる。

「ふむ」

 今度は、右から。

 さっきとは逆の角度から近づき、少しだけ踏み込みを強くする。

 俺は前には出ない。

 左足を後ろに引き、右足を横へ滑らせ、通り道から外れる。

 何度か、角度と距離を変えて繰り返す。

 そのたびに、俺は半歩から一歩で、ぶつからない場所へ逃がれる。

 真正面に立たれたときだけは、左足を前に出し、右足をわずかに後ろ。

 体を薄くして、肩をすり抜けさせる。

 やがて、ガランさんが手を上げた。

「よし、分かった」

 そう言って、少し離れたところに置いてあった木剣を拾い上げる。

「……昨日の報告は、もう聞いた」

 木剣を肩に担ぎながら、ゆっくりと言葉を続けた。

「崖が崩れたこと。濁りが噴き出したこと。魔物の数と種類」

 一本一本の事実を指折り数えるような口調だ。

「そして、お前がリアンを助けたこともな」

 喉が、カラカラになる。

「アヤは『セイがいなければ間に合わなかった。でも禁止していた危険行為でもある』と言った」

「……ですよね」

「コルトは『現場の戦力として見れば、あの動きは頼もしすぎる』と言った」

 ガランさんは、木剣で砂地を軽く叩く。

「ミナは『ずっと後ろに置くのも違う』と言い、リアンは『セイさんの力は祈りでも魔法でもない。でも、私の祈りと同じくらい“助けるための力”です』と言った」

 全部、聞かされている。

 そういう声だった。

「……俺は」

 何か言おうとして、言葉に詰まる。

 あのとき、考えるより先に体が動いた。

 ルールを守った、とは言い切れない。

 でも、動かなかった方がもっと怖かった。

「このまま“戦闘完全禁止の少年”として扱うのは、もう現実的じゃない」

 ガランさんは、自分で作った砂の線を、木剣の先で消した。

「だから、ギルドとして正式に、お前の実力を測る。どこまで任せて良くて、どこから先は駄目か──線を引き直す必要がある」

 胸の奥が、ひやりと冷たくなる。

「……それが、今日の裏庭、ですか」

「今日のは、顔合わせと“足と間合いの確認”だ」

 ガランさんは、木剣を構えなおした。

「本番の試合は、明日だ。ギルドの闘技場で、皆の前で。昇格の話も含めて、そこで決める」

「昇格……」

 口の中でその言葉を転がす。

 まだ俺は見習い扱いだ。

 荷物持ちと地図係。

 そこから一歩出るには、ギルドとしての「印」が要る。

「もちろん、無理にとは言わない。お前が“今のままでいい”と言うなら、昇格の話はここで終わりだ」

 ガランさんの声は、意外なほど柔らかかった。

「ただ、その場合でも──お前と一度、剣を交えたい。今後、お前をどう守るかを決めるためにな」

 俺は、拳を軽く握った。

(今のまま、か)

 荷物を持って、線を見て、危ない場所を避けるだけ。

 それでも十分貴重な役目だということは分かっている。

 でも、リアンの足元へ向かってきた“線”は、もう見てしまった。

 ああいうのをもう一度見て、「俺の仕事じゃない」と背を向けられる自信はない。

「……やります」

 気づけば、そう口にしていた。

「ルールの中で。前に出ていい線のところまででいいので、俺のことを知ってください」

 ガランさんは、ふっと笑った。

「よし。じゃあまず、今日のところは軽く手合わせだ。木剣を取れ」

 俺は裏庭の端に置かれていた木剣を拾い上げた。

 短剣より少し長い、それでも少し短めの木剣だ。

「今日の目的は一つ。──俺の攻撃を、どれだけ“いなせる”か見せろ」

 ガランさんは、肩の力を抜いた構えで立つ。

 ただそこにいるだけなのに、「一歩踏み込めば届く」距離を、正確に測っているのが分かる立ち方だ。

「倒そうとするな。俺の刃を逸らし、自分と俺が怪我をしない場所に流す。それだけを考えろ」

「……了解です」

『セイ、今日のは“テスト前のテスト”です。見せすぎないように』

(うん。あくまで、普通の“ちょっとできる子”くらいで)

 木剣を両手で握り、胸の前に上げる。

 右足を半歩前に、左足を少し後ろへ。

 その時点で、逸らせそうな線と、無理な線がいくつか浮かんだ。

 俺は深く息を吸う。

「行くぞ」

 ガランさんの足が、音もなく砂を踏む。

 最初の一回目は、ほんの軽い試し打ちだった。

 肩から落とされる縦の一撃を、俺は木剣の側面で受け、左側へ滑らせるようにいなす。

 足は、右を軸に左へ半歩。

 重心は低くしすぎず、いつでも前後左右へ動ける場所に置く。

 二回目。

 今度は横薙ぎ。

 腰の高さで斬られる線が見えたので、俺は木剣を斜めに構えて、刃を上へすくい上げるように動かした。

 木と木がぶつかる乾いた音。

 重さはあるが、潰されるほどじゃない。

(三回目までは、お試しだな)

 三回、四回と続けていくうちに、ガランさんの剣筋が少しだけ鋭くなった。

 それでも、まだ「本気」ではないのが分かる。

 俺は決して前に出ず、受ける位置だけを変え続けた。

 足の運びと、逸らす角度だけで、攻撃の線を自分とガランさんから外へ流していく。

 しばらくして、ガランさんが木剣を引いた。

「……なるほどな」

 額に汗もかいていないのに、息だけをわずかに荒く見せる。

(疲れたふり、忘れるな)

『はい。肩、もう少し上下させてください』

(演技指導までされるのか俺)

 内心でぼやきながら、肩に木剣を預ける。

「今日はここまでだ。……明日が本番だぞ、セイ」

 ガランさんは、にやりとも取れる笑みを浮かべた。

「お前がどこまで“いなせる”のか。俺に見せてみろ」

 その言葉が、妙に胸の奥に残った。

       

 その日は、外の依頼は入らなかった。

 濁りの噴き出しと崩落があったばかりだ。

 ギルドとしても外縁に出るパーティは絞っているようで、俺たち《リュミエルの灯》は「午前中は休み、午後は村内の見回り」と言い渡された。

 昼過ぎまでは、それぞれが装備の手入れや荷物の整理をして過ごす。

 俺は教会とギルドを行き来しながら、昨日のルートのログをリラと一緒に整理していた。

 夕方になり、灯籠に火が入り始める頃。

 ギルドの前で、アヤが空を見上げていた。

「アヤさん」

「あ、セイ君」

 振り返ったアヤは、いつものように凛とした顔をしていたけれど、どこか疲れが滲んでいた。

「明日、ガランさんとやるって聞いたよ」

「はい。……昇格テストも兼ねて、だそうです」

「そっか」

 アヤは少しだけ視線を落とす。

「正直に言うとね。私は、怖い」

「怖い、ですか」

「うん。セイ君が“戦える人”だってことが、昨日の一歩でよく分かったから」

 アヤは、自分の胸元の革鎧を指先でつまんだ。

「リアンを助けてくれて、本当にありがたかった。……でも同時に、『私、セイ君に無茶させたな』ってずっと思ってる」

「無茶、というほどじゃ」

「あるよ」

 即答だった。

「セイ君、本当なら後ろで道を見てるだけでいい子なのに。崩れかけた崖の前で、あんな一歩を踏ませたのは、パーティリーダーとしては失点だよ」

 自分を責めるような目だ。

「でも、あの一歩がなかったら、リアンは今ここにはいないかもしれない。……だから私は、あそこで『ありがとう』って言うことしかできなかった」

 アヤは小さく息をつく。

「明日の試合はね、セイ君のためでもあるけど、私のためでもあるんだと思う」

「アヤさんの」

「うん。私が“怖さ”をちゃんと形にするための機会でもあるんだと思う」

 アヤは、俺を見つめる。

「お願いがあるんだけど、聞いてもらっていい?」

「俺にできることなら」

「だから明日は、“ガランさんを倒す”んじゃなくて、“ガランさんの攻撃をいなして、最後まで立ってるセイ君”を見せてほしい」

 その言葉は、妙にすとんと胸に落ちた。

(……いや待て。ギルドマスター相手に“勝たずに負けずに最後まで立ってろ”って、流石に手は抜いてくれるだろうと思うけど、普通のDランクどころか、Bランクでも泣いて帰る注文じゃないか、これ)

 俺が元いた世界で、一度だって「勝ち」に立ったことはない。

 勝ち負けじゃなくて、「壊さないこと」だけを選び続けてきた。

「……分かりました」

 俺は、ゆっくりと頷いた。

「勝ち負けより、最後まで立ってる方を優先します」

「ありがとう」

 アヤはようやく、少しだけ笑った。

「私も、怖さをごまかさないで見ておくから。セイ君が前に出るときの怖さも、頼もしさも、両方」

 その言葉が、妙に心強かった。

 

 夜。

 教会の裏庭に出ると、昨日と同じように、灯籠の光が低い塀と木々を照らしていた。

 その真ん中で、リアンが祈りの姿勢を解いて振り返る。

「セイさん」

「こんばんは。……また裏庭、来てしまいました」

「ふふ。ここ、落ち着きますから」

 リアンは小さく笑ったあと、少し真面目な顔になる。

「明日、ガランさんと試合をするって、聞きました」

「はい。昇格テストも兼ねて、だそうで」

「その……」

 リアンは、袖口をきゅっと握った。

 昨日焦げ跡が残っていたところだが、あれからちゃんと祈りと清浄で整えられている。

「昨日、セイさんに助けていただいて……本当に、ありがとうございました」

「礼なんて。……俺も、あそこで動かなかったら、たぶん後悔してました」

 リアンは静かに頷いた。

「私、セイさんの力を、祈りでも魔法でもないって思っています」

「……え?」

「でも、私の祈りと同じくらい、『誰かを助けるための力』だって、そう感じました」

 それは、ガランさんが伝えたと言っていた言葉と同じだった。

「だから、明日の試合も……セイさんが誰かを傷つけるためじゃなくて、“守るための力”を見せてくれるなら、私は安心して祈っていられます」

「守るため、か」

「はい」

 リアンは、胸の前に手を重ねる。

「ガランさんは、怖い方ですけど……同時に、とても優しい方です。セイさんの“線”のことも、本気で考えてくれていると思います」

(……“線”って言われると、ちょっとドキッとするな)

『リアンさんの“線”は、きっと祈りの向きのことです』

(だよな)

「セイさんが、どこまで前に出るのか。どこから先は出ないのか。……それを決める場になるなら、きっといい試合になります」

 リアンのその言葉に、不思議と肩の力が抜けた。

「分かりました。……じゃあ、明日も、リアンさんの祈りを背中で受けていられるように頑張ります」

「はい」

 リアンは、今度ははっきりと笑った。

 夜風が少し冷たくなってきたので、俺は早めに礼を言って教会を後にした。

       

 教会の小さな部屋に戻ると、薄暗い室内に、リラの声が落ちてきた。

『おかえりなさい、セイ』

「ただいま」

 窓の外には、灯籠の光が小さな輪になって並んでいる。

 俺はベッドの端に腰を下ろし、軽く伸びをした。

『明日の試合について、整理しておきましょうか』

「そうだな。……目標、決めておかないと」

 俺は、指を一本立てた。

「ひとつ目。明日、俺は“勝ちに行かない”。倒すんじゃなくて、いなして立ち続ける」

『はい。ガランさんの攻撃を受け、流し、自分も相手も最小限の負担に抑える。それが目的』

「ふたつ目。……“見せすぎない”」

 自分でも苦笑しながら言う。

「俺の本当のスペックを全部ここで出したら、多分、いろいろ面倒になる。ガランさんはともかく、ギルド本部とか、教会とか」

『そうですね。理層寄りの動きや、明らかに人間離れした反応速度は封印しましょう』

「うん。あくまで、『よく訓練された少年』の範囲で」

 指を三本目まで立てる。

「三つ目。……それでもちゃんと、“怖さ”を伝える」

『怖さ?』

「俺のじゃなくて、アヤさんの、かな」

 窓の外の光を見ながら、言葉を探す。

「昨日みたいな場面で、俺が動かなかったら、どうなっていたか。……その怖さを、ガランさんにも共有してもらう必要があると思うんだ」

『つまり、「セイが何もしない選択肢」がどれくらい危険かも、見せるということですね』

「そう。だから、最初の何回かは、ギリギリまで避けるだけに徹してみるのもアリかもしれない」

 攻撃をいなすだけでなく、「何もしないとどうなるか」を、線として見せる。

「ただし、危ないと思ったらすぐ切り替える。……命の線を越える前に」

『了解しました。明日の試合用の“動きのパターン”を、いくつか用意しておきます』

「頼む」

 ベッドに背中を預け、天井を見上げる。

 世界の線は、今日も静かに繋がっていた。

 灯籠と家々を結ぶ光の筋。

 村から外縁へ伸びる細い道。

 そのどこかに、明日の試合場──ギルドの闘技場がある。

(明日、そこで俺は、“昇格するかどうか”だけじゃなくて)

 どこまで前に出ていいのか。

 どこから先は出ないのか。

 自分の中の線を、引き直すことになる。

『セイ。今日はもう休みましょう。明日は、長い一日になります』

「そうだな」

 目を閉じると、足の裏に砂の感触が蘇る。

 ガランさんの木剣の重さ。

 アヤの不安と決意。

 リアンの祈りの温かさ。

 全部を抱えたまま、俺はゆっくりと深呼吸をした。

「……じゃ、明日も頼むな、相棒」

『はい。セイと一緒に、“線”を見ていきます』

 そうして迎える明日の朝が、俺にとって本当の意味での「昇格テスト」になるのだと、

 ぼんやりと思いながら、意識を眠りに落としていった。


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