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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第6章 西からの十五、線が制度になる戦場

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第69話 焼け跡と、埋められた角

 水の幕をもう一枚、燃えかけの屋根の上に落とす。

 赤い火の粒がじり、と嫌な音を立てて暗くなり、黒い煙だけが細く上がった。

 村西側の家並みは、形の残っているものの方が少ない。

 壁だけ立って屋根が落ちた家、梁が骨のようにむき出しになった家、畑だった場所は、ほとんどが黒い土と焦げた株に変わっている。

「こっちはいったん止まった! 次、そっちの列だ!」

 ガランの怒鳴り声が、煙と怒号の中を飛んでいく。

 水路沿いに並んだ村人たちが、バケツを渡す手を止めずに頷いた。

 俺は水路の(ことわり)をもう一度なぞる。

 石畳の下を走る水の線が、頭の中のウツシと重なる。

 今、押さえるべきなのはどこか。

 どこを捨てれば、他を守れるか。

『右、二軒先の梁と、その向こうの藁蔵。あそこを焼かれると、風向き的に一気に広がる』

「あいよ」

 リラの指示に合わせて、井戸から引いた主水路から枝分かれする線を少しだけひねる。

 石畳の継ぎ目から水が持ち上がり、細い帯になって藁蔵の屋根をなぞった。

 藁がしゅん、と音を立てて濡れ、そこに落ちようとしていた赤い粒が行き場をなくす。

 火袋を失ったオークはすべて倒した。

 それでも、さっきまで火の粒をばらまきながら走り回っていた結果が、今目の前にある光景だ。

「……西側、ひどいな」

『ひどいけど、“もっとひどい”にならずに済んだ方だよ』

 リラの声は、いつもより少しだけ静かだ。

 第三線ぎりぎりで押し返した十五頭。

 一つでも抜けていたら、この煙の列はもっと村の奥まで食い込んでいただろう。

 最後の一軒の屋根から火が落ち着いたのを確認し、俺は水を引き戻す。

 水路の線を元の流れに戻し、石畳の継ぎ目からにじみ出ていた水をしゅっと吸い込ませた。

 水の気配が落ち着いた瞬間、あちこちからどっと息を吐く音がした。

 バケツを持ったままその場に座り込む者、壁にもたれて肩で息をする者。

「ここまで! 一度、人数と怪我人を確認する!」

 広場側から、ミナの張りのある声が飛ぶ。

 彼女の声に、散っていた視線が集まる。

 俺は水路の線から意識を離し、煙の向こうを見渡した。

 黒く焼けた畑の向こうに、十五の巨体が転がっている。

 脳裏で数え直すまでもなく、十五。

 その手前には、燃え落ちた柵と、半分焼けた牧草。

 村の西を支えていたものが、まとめて斜めに削られたような光景だった。

『……セイ、あれ』

「ああ、分かってる」

 俺は一度だけ深く息を吸い込む。

 焦げた匂いと、魔物の血の鉄っぽい匂いが混ざって肺に入ってきた。

「ガランさん」

 近くで被害状況を見ていたガランに声をかける。

 彼の鎧にも煤がついている。

 額から流れた汗の筋だけが、そこだけ地の色を見せていた。

「何だ」

「十五頭の死体、すぐにでも場所を決めて動かしたい。できれば、村の外れに一角借りて、数頭はその場で検分したい」

 ガランの目が一瞬だけ細くなる。

 線の話ではなく、解体の話をこのタイミングで持ち出すことに、抵抗があるのは分かる。

 それでも、今夜のうちに見ておくべきだ。

 こいつらが「十五」だった理由を。

 西の十五点と同じ群れだとほぼ確信している今なら、なおさら。

「……やる理由を聞こうか」

「……いくつか、引っかかる点があります。まず、ほとんどの個体が、人よりも畑と倉庫を優先していたこと。普通のオークなら、目の前の人間に流れるはずです。それから、火袋なんて火種の道具まで使って、最初から“村を焼く”動きが揃っていたこと。偶然にしては、狙いの線が揃いすぎている。中身を見ないと、この揃い方の理由が分からない。放っておくには、危険の線が高すぎる」

『“危険の線”って言い方、ガランさんには通じやすいよ』 

 リラの小さな一言に苦笑しつつ、ガランの表情を待つ。

 短く息を吐いたあと、支部長は頷いた。

「……分かった。村人の救助と火の見張りを優先しつつ、リアンとコルトを回す。場所はどこがいい」

「西の畑の端、まだ火が回っていない方。風下を外して、血が流れても生活用水に混ざらない位置に」

「よし。コルトに場所の指示も頼む。お前が一番、風と水の流れを覚えている」

「了解」

 短い会話で方針が決まり、俺はリアンとコルトを探して走る。

 ギルドの方で祈り手たちの手当てをしていたリアンを捕まえ、西の畑の端で数頭だけ解体して中身を見たいことをかいつまんで話す。

 その横で聞いていたコルトが、いつもの冷静さで頷いた。

「西の畑の端だね。……分かった。外でやるなら、解体場から道具を一式持ち出そう。大型用の吊り枠もあるから、あれを転がしていくよ」

「助かる。巨体を地面から持ち上げるのは、人の足と腰にきついからな」

「解体班にも声をかけておく。ヒューゴたちなら手順も慣れてる」

「頼む。俺は先に場所を整えておく。西の畑の端、さっき決めたところだ」

 西の畑の端。

 まだ火が入っていない、牧草用の土手の影を選ぶ。

 風向きは村から西へ抜けている。

 血も匂いも、できるだけ村の中に戻さない。

 何頭かをさばくだけでも、血の量はばかにならない。

 そのための養生が必要だ。

 足元の土の線の(ことわり)と、周りの自然マナを少しだけ借りる。

 その方が土にも馴染みやすいからな。

『……十五頭全部は、今日中には無理だよね』

「数頭でいい。全部を開ける必要はない。傾向が分かれば十分だ」

『うん』

 さっき解体場から転がしてきてもらった移動式の吊り枠が、土の台の上にまたがるように据えつけられている。

 太い木材で組んだ門型の枠の上に滑車、その下には鎖と大きな鉤。

 枠の脚は土手の手前ぎりぎりまで寄せ、足元には板と石をかませてある。

 倒れにくいように、線の具合を見ながら土の(ことわり)で少しだけ支えも厚くしておいた。

「その前に、手袋だ」

 俺は解体班の男たちの腰回りを見る。

 いつもの革手袋に加えて、濁り獣用の厚手の手袋がぶら下がっていた。

「今回は“濁りの線”がどこまで残ってるか分からない。濁り獣用のやつに替えてくれ。直接、皮膚で触らない方がいい」

「了解。濁り獣用だな」

 血抜き用のエプロンをした大柄な男が頷き、仲間と一緒に手袋を付け替える。

 内側に教会と学院が加工した布が仕込まれていて、濁りの影響を受けにくいようになっているやつだ。

「前脚と後脚に縄を回すぞー」

「おうよ」

 解体班の男たちが、濁り獣用手袋をはめた手で黒い巨体の前脚と後脚に手際よく縄をかける。

 縄の輪をまとめて、鎖の鉤に通した。

「引くぞ! せーの!」

 掛け声に合わせて、滑車の鎖がぎりぎりと鳴る。

 腹を地面から離しながら、オークの死体がゆっくりと宙に浮いた。

 巨体の重さが、縄と鎖と枠に移っていく線が分かる。

「もう半分、上! ……そこで止めてくれ」

 胸のあたりが俺の肩より少し上に来たところで、鎖を一度固定する。

 土の台の真上に死体が来るように、枠ごとわずかに押して位置を調整する。

 最後に鎖を少し緩め、巨体の重さを台に預けた。

 どすん、と鈍い音を立てて、黒い体が土の台の中央に落ち着く。

 沈みすぎないように、台の下の土の線をもう一度だけ締め直した。

 台の上の黒い巨体に近づく。

 さっきまで火袋をぶら下げていた肩は、焦げと煤で真っ黒だ。

 それでも、胸郭の輪郭ははっきりしている。

 俺は視線だけで、胸骨の中を覗き込む。

 肉や骨の「線」の向こう側に、違う線が混じっていないか。

 そこに、あった。

 骨の奥、心臓のすぐそばに、ひっかき傷みたいな濁りの塊がひとつ。

 筋肉や血管の線とは明らかに別の、異物の線。

『……セイ』

「ああ。やっぱり、何か埋まってる」

 リラの声と同時に、背後から足音が近づいてくる。

 リアンとコルト、それから解体班の男が二人。

 血抜き用のエプロンをつけた大柄な男は、普段ギルドの裏で牛や猪をさばいている人間だ。

「ここでいいのかい、セイさん」

「ああ。風は西に流れてる。村側に匂いは戻りにくいはずだ。……リアン、少し見るのを手伝ってほしい」

「もちろんです」

 リアンは、いつもの柔らかな笑みを極力抑えた顔で頷く。

 祈り手のローブの裾を少したくし上げ、膝をついてオークの肩口にそっと手をかざした。

「光よ、形を教えて」

 低くささやかれた祈りの言葉に、リアンの手のひらから淡い光が滲む。

 光が、肩から胸、腹、背中、四肢へとゆっくり移動しながら、オークの皮膚と筋肉を透かすように染み込み、骨や臓器の輪郭を浮かび上がらせていった。

 リアンは何度か手の位置を変えながら、全身をなぞるように視線を走らせる。

「……四肢や背中は、内臓の線も含めて、おおむね普通のオークと変わりませんね」

 小さく息を整えてから、今度は胸の中央と頭部に、もう一度丁寧に光を当てる。

「ただ、胸の奥と、頭蓋の中だけは、影のようなものがはっきり出ています。他の部分よりも濁りが濃いといいますか……この二か所だけ、別のものが埋め込まれているように見えます」


「胸と頭、だな」

『うん。そこを重点的に開けてもらおう』

「光よ、要の形をなぞって」

 低くささやかれた祈りの言葉に、リアンの手のひらから淡い光が滲む。

 光が、オークの皮膚と筋肉を透かすように染み込み、骨の輪郭を浮かび上がらせた。

「……うわ、これは」

 隣で覗き込んだコルトが、息を飲む。

 俺にも見えている。

 胸骨の内側に、角のような尖った影がひとつ。

 心臓のあった場所に刺さるように、斜めに食い込んでいる。

「普通の骨じゃないな。色も線も、周りと全然違う」

『ね。マナの濁り方も、周りと違う』

 リラが静かに告げる。

 俺は顎に手を当てたくなる衝動をこらえながら、視界の中だけで線をなぞる。

 黒く濁ったマナが、角の形に沿って渦を巻いている。

 周囲の肉や血のマナとは混ざらず、別の層で動いている感触。

「……一度、開いていいか」

「やるなら俺たちにやらせな。慣れてるからよ」

 解体班の男が、腰に下げていたナイフを抜きながら言う。

 村の家畜をさばくときと同じように、魔物相手でも手つきは落ち着いている。

「胸骨、ここから入れていいですかね」

「心臓を外すラインで。角そのものは、できるだけ傷つけたくない」

「了解」

 男は短く返事をすると、リアンの光で位置を確認しながら刃を入れた。

 肉が裂ける音とともに、血の匂いが強くなる。

 リアンが祈りを少しだけ強め、出血を抑える光の帯を走らせた。

 やがて、胸骨の中央が持ち上がり、解体班のもう一人がフック付きの棒でそれを支える。

「……あったな」

 ガランの声が、いつの間にか後ろに増えた人垣から聞こえた。

 支部長もいつの間にかここに来ていたらしい。

 胸の奥に埋まっていたそれは、光を当てると、鈍い黒紫に光った。

 角のような形。

 根元は太く、先端に向かって細くなり、表面には細い筋のような溝が走っている。

 ただの骨片にしては、周りの肉との境目がはっきりしすぎている。

 何より、その内側を渦巻くマナの線が、見覚えのあるものだった。

『……セイ。あれ、北西で壊した核の欠片と、濁り方が似てる』

「ああ」

 俺は短く答える。

 脳裏に、北西の濁り帯の中で砕いた黒いユニットの残骸がよみがえった。

 あのときマジックボックスの中に隔離した欠片と、マナの流れ方が同じだ。

「リアン、この角みたいなやつ、どう見える」

『“生き物の一部”というより、“埋め込まれた何か”だね。肉との縫い目が変だ。ここ、見て』

 リアンが指先で示したところは、周囲の筋肉との境界だ。

 普通なら繊維が滑らかに繋がっていくはずなのに、その部分だけ、不自然に肉が押し広げられて固まっている。

『あと、オーク本体のマナと、この角の中を流れているマナの層が違う。重なってはいるけど、混ざっていない』

「……外から“指示”だけ通してた感じか」

 ぽつりと漏らした俺の言葉に、コルトが頷いた。

 胸の奥の角を盆の上に避けたあと、今度は頭の方に取りかかる。

 リアンがもう一度祈りをささやき、淡い光で頭蓋骨の内側をなぞってくれた。

 脳が収まっているあたりの片側に、小さな影がひっかかっているのが見える。

「ここですね。脳そのものには触れないように、周りから……」

 リアンの指先が示した位置を頼りに、解体班の男が慎重にノコを入れる。

 頭蓋骨の一部だけを蓋のように切り離し、厚手の手袋ごしに支え棒を差し込んで持ち上げる。

 もう一人が、脳を崩さないように周囲の血と肉をぬぐい、その隙間から異物に指を伸ばした。

「……抜けるぞ」

「ゆっくりだ。脳を引っ張らないように」

 小さく息を合わせ、ひと塊の肉ごと、脳のすぐそばに刺さっていた小さな角を引き抜く。

 余分な血と肉片を落としてやると、胸から出したものより一回り短い、黒紫の角が姿を現した。

 それも盆の上に並べる。

(筋肉の線の太さや、骨の重さそのものは、普通のオークと大きくは変わらない。さっき戦ってるときも、純粋な力押しっていうほどじゃなかった。なのに、動き方と狙いだけは妙に揃ってた。……それを決めてたのが、これの可能性が高い、ってことだ)

「他の個体も、同じ場所にあるかどうか見たい」

 俺が言うと、ガランが腕を組んだ。

「数頭だけだ。全部ばらしていたら夜が明ける。それに、村の連中にも休ませなきゃならん」

「三頭。胸と頭、それぞれ見る。傾向が同じなら、それで十分です」

「よし、三頭だ。残りは明日以降、処理班に任せる。……リアン、やれるか」

「……分かりました。魔物の中まで見るのは、正直あまり好きではありませんけど」

 リアンの口調は冗談めかしているが、目は真剣だ。

 祈りで光を維持しながら、次の個体へと移っていく。

 その夜、俺たちは三頭分の胸と頭を開いた。

 結果は、予想通りと言うべきか、予想以上と言うべきか。

 一頭目と同じような角状の異物が、三頭とも胸骨の奥にあった。

 さらに、二頭の頭蓋骨の内側、脳のある空間の奥にも、小さめの角が埋め込まれていた。

 胸の角は「何を壊せ」という優先順位の線。

 頭の小さな角は、「どこへ行け」という進行の線。

 そう仮定すると、今日の十五頭の動きは、とても納得がいった。

 村人を見つけても、途中で狙いを変えずに畑と倉庫を焼き続けたこと。

 火袋を失っても、まだ焼けていない建物へ向かおうとしたこと。

 普通のオークなら、目の前の餌や血の匂いに引きずられる場面でも、「焼きながら進む」線を外さなかった。

『……セイ』

「分かってる。証拠としては、これで十分だ」

 俺は角の一つに視線を固定した。

 黒紫のマナが、ゆっくりと薄れていく。

 既に核そのものは機能を失っているが、形としての痕跡は残っている。

「この十五頭は、濁りに“規制”されたオークだった。村の線を折るために向けられてきた部隊。……そう報告していいと思う」

 ガランがゆっくりと頷く。

「王都への報告書にはそう書こう。『自然発生的な群れではない』『濁り側の意図が介在している可能性が高い』とな」

「角そのものは、俺の方で預かっていいですか。今までの欠片と一緒に、隔離しておきたい」

「お前の“荷物の扱いのうまさ”には、いつも助けられている。任せる」

 ガランは、マジックボックスという言葉をあえて出さない言い方を選んだ。

 俺もそれに合わせて、腰のポーチに手を差し入れる。


 この場には、村人も解体班も、さっきまで王都とやり取りしていた連絡役もいる。

 誰がどこまで知っていて、誰がどこに繋がっているのかは、今の俺たちには分からない。

 ガランが「荷物の扱いのうまさ」とだけ言葉を濁したのは、余計な好奇心と線を交わらせないための気遣いだ。

 視界の端に浮かんだリストから、「北西核の欠片」とタグ付けしたアイコンを選ぶ。

 その隣に、新しく「西十五・角」と名前をつけた枠を作り、今目の前の角をそこに収めるイメージを結ぶ。

 視界の端に浮かんだリストから、「北西核の欠片」とタグ付けしたアイコンを選ぶ。

 その隣に、新しく「西十五・角」と名前をつけた枠を作り、今目の前の角をそこに収めるイメージを結ぶ。

 指先に、ひんやりとした硬さが触れた。

 外から見れば、俺がただポーチから何かを取り出し、またしまっただけに見えるだろう。

『……これで、角のサンプルは二系統だね』

「ああ」

 リラの言葉に短く答えつつ、俺は周囲を見渡した。

 西の空は、ようやく黒い煙の濃さを減らしつつある。

 それでも、村の輪郭は半分ほど焼け跡に変わっていた。

 この夜の片付けは、まだ終わらない。

 倒れた家の中に残った荷物を運び出し、家畜を移し、怪我人を治療し、火の見張りを続ける。

 角のことばかり考えていればいい状況では、まったくない。

 それでも、頭の片隅で、線は引き続けている。

 西の十五点と、今倒れている十五頭。

 北西で壊した核と、胸骨の奥に埋められた角。

 それをつなぐ線と、つながらない線。

 夜半を過ぎたころ、ようやく一段落がついた。

 火の列はすべて止まり、燃え残りを見張る人員と、倒壊の危険が高い家から人を遠ざける役だけを残して、他の者は寝床へ戻ることになった。

 ギルドへの帰り道、土の上に落ちた灰が靴の裏でざり、と音を立てる。

 空は雲に隠れて、星も見えない。

 村の中の灯りも、節約のために最低限しか灯されていなかった。

『セイ、今日の分のログ、まとめておく?』

「やる。寝る前に一回、頭を整理したい」

 そう答えながら、ギルドの前に広がる広場を横切る。

 仮の寝床に毛布を運ぶ者、焼け残った家から使えるものを運び出す者。

 その真ん中で、腕を組んで全体を見渡している大柄な背中があった。

 ガランだ。

 視線がこちらに気付いて、灰色の眉がわずかに動く。

「セイ」

「報告を、今から少しだけ――」

 口を開きかけたところで、支部長の方が先に手を挙げた。

「詳しい報告は、明日でいい」

「……いいんですか」

「いい。今日の分はまだ“動いている最中”だ。数字も線も、いったん寝かせろ」

 低い声だが、広場にいる村人たちに聞こえないくらいの音量で。

 そのまま、ほんの少しだけ近づいてくる。

「角と十五頭のことは、さっき現場で一緒に見た。それで今夜の分としては十分だ。細かい数字や手順は、あとでコルトと解体班からも上げさせる」

「じゃあ、俺からは――」

「お前の『線の見立て』は、まとめて明日聞く。どうせ一晩では変わらん」

 そこで一拍、間を置いてから、ガランは声をさらに落とした。

「それとは別にだ。出発前に一度見せようとして、お前が『今はまだ聞きたくない』と言った束を覚えているな」

「……王都からのやつですね」

「ああ」

 支部長の視線が、ギルドの建物の方へと流れる。

「あれに続きが来た。中身の重さは、十五頭と同じくらい……いや、それ以上かもしれん」

「ここで話す内容じゃない、って顔ですね」

「察しが早いのは助かる」

 ガランは口の端だけで笑う。

「片付けの区切りがついたら、俺の執務室に来い。正式な報告書は明日まとめて持ってこい。それとは別に、今日のうちに話しておきたいことがある」

「……別の話、ですか」

「今日のうちに、“お前だから渡す話”を通しておきたい」

 “お前だから”という言い方に、喉の奥が少しだけ重くなる。

「……了解しました。片付けが落ち着き次第、伺います」

「無理に急がなくていい。どうせ眠りは浅い夜だ。空き時間を見て来い」

 そう言って、ガランはまた広場全体へ視線を戻した。

 俺も軽く頭を下げ、ギルドの扉をくぐる。


 数刻後。

 祈り手たちは教会へ戻され、負傷者の応急手当ても一段落した。

 ギルド一階の喧噪が少しだけ落ち着いたところで、俺は奥の扉の前に立つ。

 軽く二度、叩く。

「セイか。入れ」

 いつもの低い声。

 扉を開けると、執務室の中は、さっきまでの広場より静かで、重かった。

 机の上には、見慣れた書類の山――その一角に、帯でまとめられた厚手の封筒の束が置かれている。

 表には王都ギルドの印章と、もう一つ、王家の紋章によく似た印が並んでいた。

「……前に見せかけた束、ですね」

「そうだ」

 ガランは椅子に腰掛けたまま、封の一つに指を滑らせる。

「出発前、お前はこれを見れば立場が変わると勘づいて、保留した」

「はい。あのときは、“知らないまま線を引いた方がいい”と思ったので」

「判断としては間違っていなかったかもしれん」

 支部長は淡々と言いながらも、その声に少しだけ疲れが混じっている。

「だが、十五頭で村が半分焼かれたあととなれば話は別だ。王都側も、もう『先延ばし』を許さない空気になっている」

 封が解かれ、羊皮紙の束が取り出される。

 長い文面の中から、要点だけを指でなぞるように追っていく。

「上流祈律帯に、本格的な制圧・調査隊を二百名派遣する」

 まず、一枚目。

「エルディア支部を、その本隊の中継・補給・宿営拠点とする」

 二枚目。

「……外縁調査および撤退線の運用について、エルディア支部および所属冒険者セイに正式な依頼と照会を行う」

 最後の一文だけ、ガランはわざとゆっくり読み上げた。

「……個人宛てまで、ですか」

「そうだ。『撤退を言える者』が必要だと、向こうの誰かがようやく気付いたらしい」

 支部長は苦く笑う。

「王都からの通達そのものは、明日、ギルドと村の代表を集めて共有する。今日ここで話すのは、その“裏側”だ」

「裏側」

「王都本隊が来れば、この村はしばらく戦場の玄関口になる。その線を引くのは、俺とお前だ、と書いてある」

 紙の一部を指先で軽く叩く。

「十五頭の件で、お前はまた一つ“濁り側の線”を見た。角と胸と頭の話だ」

「はい」

「王都は、そこまで知らん。通達には『オーク十五頭の襲撃で村が半壊』とだけある。今日の解体結果と、お前の見立ては、明日の正式報告で一緒に上げる」

 つまり――。

「“角と十五頭”までは、王都に出していい情報。“両面作戦の仮説”は、まだ俺たちのログの側に置いておく」

「そういう線引きでいいか、という確認だ」

 ガランの言葉に、胸の奥でリラが小さく頷く気配がした。

『私は賛成。向こうに全部を渡す前に、こっちの線をもう一段整えておきたい』

「……俺も同意です。角と動きの傾向までは“事実”として報告する。“地上オーク+地下濁りの両面作戦”は、高い確率の仮説として、いったんエルディア側のログに留めておく」

 ガランは少しだけ目を細めた。

「よし。明日の報告会では、そこまでを前提に話す。村にも、“西と上流の線を引き直す必要がある”ところまでは伝える」

 机の上の束をまとめ直しながら、支部長は続けた。

「……セイ」

「はい」

「西からの十五頭は、終わったようで終わっていない。王都の本隊が来る前に、この村とお前自身の線を、もう一段引き直すことになる。覚悟はしておけ」

 言葉は厳しいが、それは俺に向けた叱責ではなく、“頼む”に近い響きだった。

「了解しました。明日の報告用に、今日のログを整理しておきます」

「ああ。今日のところは、それで十分だ。……目だけは閉じておけ」

 そう締めくくって、ガランは紙束を帯で括り直した。

 話はそこでいったん終わり、俺は執務室を辞した。


 ギルド一階の食堂は、さすがに客はまばらだったが、炊き出し用に作っていた煮込みとパンがまだ残っていた。

「セイさん、食べていきます?」

「持ち帰りで頼む。部屋でゆっくり噛みたい」

 簡単な包みを二つ、受け取る。

 周りには、今日一日走り回っていた冒険者や村人がまだちらほらいる。

『セイ、ここで出し入れしちゃう?』

「いや、表ではやらない」

 誰にも見えない位置で、腰のポーチの内側に意識を滑らせる。

 包みごと、ぬるりと空間の奥に沈める。外から見えるのは、ただの革のポーチだけだ。

『今日みたいな日は、ほんとにありがたいよね、ボックス』

「そうだな。手が塞がらないってだけで、線の引き方がだいぶ変わる」

 誰にも聞こえないやり取りをしながら、階段を上がる。

 自分の部屋の扉を閉めると、外の煙の匂いが少しだけ薄くなった。

 まずは洗浄。

 水と風の(ことわり)を少しだけ借りて、身体と服についた煤と汗を落とす。

 武器と装備をまとめてマジックボックスに仕舞い、部屋着に着替える。

「ふう……」

 椅子に腰を下ろしてから、視界の端にボックスの持ち物リストを呼び出す。

 さっき預けた夕食の包みに視線を止め、「これ」と意識を合わせた。

 テーブルの上に片手を出し、指先の少し先に“奥”を開くイメージを結ぶ。

 次の瞬間、その“奥”から選んだ包みがそのまま手の中に収まった。

 新品ではないが、まだ温かさの残るパンと、冷めかけのスープ。

 机の上に並べ、一口ずつ味を確かめながら、今日一日の線を頭の中で並べ直していく。

 十五頭が村を目指した理由。

 火袋という道具を持っていた意味。

 胸と頭に埋められていた角。

 そして、王都からの通達で示された「上流制圧隊」と「エルディアの役割」。

『まず、“西の十五点”と“十五頭”』

「ああ」

 椅子の背にもたれ、窓の外の暗さをぼんやりと眺める。

 リラの声が、頭の中で淡々と整理を始めた。

『西外縁の調査で見えていた十五の光は、西エリアの外縁より外側。あの時点では、村に向かう線はまだ曲がってなかった』

「それが、今日、村を焼きに来た十五頭と重なった。数も位置も、進行方向も」

『で、その十五頭の中から、核の薄い版みたいな角が見つかった。マナの濁り方は、北西核の欠片と似てる』

 リラの言葉に合わせて、頭の中のウツシに簡易な図を描く。

 西エリア外縁の外に並んでいた十五点から、村へ向かう矢印。

 途中で砕いた北西の核。

 そこから少し時間を置いて、村へ向けて進んできた十五頭。

「……本来の計画は、“地上:オーク”と“地下:濁り”の両面だった可能性が高い」

『だよね』

「地下水系を通じて、村西部に濁りを入れる。地上からは角付きオークで畑と倉庫を焼きながら押す。挟み撃ちで、村の機能ごと削る」

『でも、北西で核を壊したせいで、地下側はほとんど来られなかった。今日実際に届いたのは、片翼の十五頭だけ』

 言葉にしてみると、嫌な納得感がある。

 村の被害は大きいが、それでも、両方来ていた場合と比べればまだ軽い方だ。

 あのとき、西外縁で十五の光を見た自分の視界が、頭の中で何度も巻き戻される。

 あそこで十五点そのものを、全部叩き潰しておけば――そう思うのは、後出しだと分かっていても、胸の奥に小さな棘が残る。

 これまでできるだけ、殺さずに済む線を探してきた。

 気絶で済む相手は気絶まで、逃げる相手は追わずに線の外へ流す。

 それで誰かが助かる方に賭けてきたつもりだった。

 けれど、今回みたいに、その「見逃し」が裏目に出る場面も、この世界にははっきりある。

(“逃がしてはいけない相手”の線を、もう一段はっきりさせないといけないな)

「濁り側から見た“目的”は、命そのものよりも、村の線を折ること、だろうな」

『うん。畑と倉庫、牧場。……“この村から出る線”の根本を削りに来てた』

 俺は机の上のカップを持ち上げ、一口だけスープを飲んだ。

 塩気が、さっきまでとは別の現実に戻してくれる。

(だからと言って、俺一人で全部を潰しに走るのが正解ってわけでもない。撤退線を引く役目まで投げ捨てたら、本末転倒だ)

 前に出れば、それなりに戦えるだけの身体は、もう手に入れてしまっている。

 けれど、それを理由に何でも自分で殴りに行ったら、「線を引く役」がいなくなる。

「ここまでは、俺とリラの推測だ。証拠は、角の存在と動きの傾向だけ。……ログとしては“高めの確率”で残しておく」

『うん。“決定事項”じゃなくて“仮説ログ”』

 頭の中に、見慣れた一覧が浮かぶ。

 濁り関連のログ群の中に、新しく一行追加する。

 【西の十五点=角埋め込み型オーク十五頭の可能性高】

 【本来は地上オーク+地下濁りの両面作戦か】

(それと別に一行。 “逃がしてはいけない相手”と“引くべき相手”の条件を、ガランさんとも一度すり合わせる)

 そう書き添えるイメージを頭の中で結びながら、俺はスープをもう一口だけ飲んだ。

 その右側に、小さく「要・上流側調査」と書き添えるイメージを結んだ。

『……地下水系の濁りが、妙に静かだった理由も、これで筋が通る』

「ああ。核を壊したあと、“自然太り寄り”って分類した帯だ。あの静かさは、“準備していたものが途中で途切れた”静かさだったのかもしれない」

 そう考えると、背中のあたりに薄い冷たさが走る。

 危険そのものは今日一つ減らしたはずなのに、向こう側がこちらを“見ている”線だけは、むしろはっきりしてきた感じだ。

「……西側に、もう同じような群れが残っていないか。明日の朝、線を引き直す」

『うん。村の責任範囲と、上流制圧隊に渡す帯。その境目も、今日の結果を踏まえて調整しないとね』

 窓の外を、夜風がかすかに鳴らした。

 煙の匂いは残っているが、それでも、さっきよりは薄い。

「ガランさんには、角と十五頭の話、それから“両面作戦の可能性”までを、まずはエルディア側のログとして渡す。王都には、角と動きまで。“作戦の仮説”は、一段階落として共有だ」

『うん。西外縁の神殿と一緒。村に出す情報も、王都に出す情報も、“今はまだ”って線を決めておく』

 机の上の皿が空になる。

 腹がいっぱいになったというより、「ちゃんと食べた」という実感だけが残る。

 机の上の皿が空になる。

 椅子から立ち上がり、軽く伸びをする。

 身体の感覚を一通りなぞって、ケガやおかしな違和感がないことだけ確かめた。

 呼吸を静かに整えると、頭の中の線も少しだけ静まっていく。

「……さて、寝るか」

 ベッドに身を倒し、瞼を閉じる。

 胸の奥では、十五本の角と、西の十五点。

 それに、上流へ向かう二百人の隊と、この村にかかる新しい線の気配が、静かに絡み合っていた。


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