表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第5章 西外縁の沈む土、神殿は降りない判断

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/78

第64話 北西の煙と、濁りの衛星

 足の裏が、昨日と違うと言っている。

 目を開けるより先に、ジオセンスを薄く広げた。

 土の中の線が、夜のあいだにどこまで動いたかを確かめる。

 灯籠から少し下った斜面の、簡易寝床。

 昨日、土を撫でて整えて、枝葉とマントだけで作った“今日だけの寝床”だ。

 地面に意識を沈める。

 沈む帯、夜のあいだに少し膨らんだな。

 灯籠の列から二本目に引いておいた足場の線、その外側。

 昨日は細い筋だった黄エリアが、今はわずかに太っている。

 重さをかけると、一歩で抜けそうな“沈みやすい帯”だ。

『夜のあいだに水が回ったか、濁りの線が少し寄ったか、かな』

「どっちにしても、今朝の安全ラインは引き直しだな」

 ごそり、と枝葉をどかし、上体を起こす。

 その場で作って、その場で壊す寝床。

 壊してしまえば、ここがさっきまで寝床だったなんて、まず分からない。

 マントを肩に掛け直しながら、まずはいつものスイッチを入れる。

「洗浄」

 ひやり、と肌の表面を薄い膜が走った。

 汗と土埃だけがふわりと浮いて、空気に溶けて消える。

 土の床は濡れない。

 焚き火の跡もそのまま。

『外縁・二日目の朝。洗浄魔法、一回目』

「はいはい。今日も元気にログが増えるな」

 顔を指先で軽くこすってみる。

 付いていた砂が、跡形もなく消えている。

 身体が“外のモード”に切り替わる感覚。

 戦闘と日常の間に、薄い線が一本引かれる。

 焚き火の残りに土を被せ、昨夜仕掛けておいた鳴子の石を回収していく。

 木の幹に括り付けた小石を外し、痕跡が残らないよう紐ごとマジックボックスに落とした。

 この斜面は今日で終わりだ。

 長く拠点にするつもりはない。


 朝の陽が灯籠の列を横から照らし始めるころ、俺は足場線の“今日の形”を上書きしていた。

 灯籠の足元。

 昨日ジオセンスでなぞって確認した地下水脈の線と、灯籠列の鎖を一つの基準にして、

 青エリアをもう一本、西側へと伸ばしていく。

 一歩踏み込む。

 ジオセンスで足裏に重さを乗せる場所と、乗せちゃいけない場所を塗り分ける。

 踏ん張れるエリアが、青く太い線として足元のイメージに浮かぶ。

 沈む帯は、その青エリアの外側に、黄から赤へとじわじわ滲んでいく。

「ここは……黄エリア細め。足裏の片側だけに重さを寄せれば通れる」

 左足を半歩、岩の出っ張りに掛ける。

 右足は、青エリアぎりぎりの位置に。

 両足のどちらにどれだけ重心を乗せるかまで、線で決めてから一歩を完了させる。

 一歩ずつ進みながら、ヒトリから送られてくる映像を視界の端に重ねていく。

 視界の片隅に、小さな窓がいくつか開く。

 上空からの俯瞰映像と、地表ぎりぎりからの斜め見下ろし。

『灯籠列の内側、B線西端までの安全エリア、更新』

『沈む帯、昨夜比で外側に二歩分膨張。危険度、小アップ』

「膨らむ方向は……やっぱり北西寄りか」

 灯籠の鎖をなぞるように伸びていた沈む帯が、夜のあいだにじわじわと北西へ膨らんでいる。

 濁りの枝が、地下でそっち側へじわっと押している形だ。

 だからこそ、今日のうちに“灯籠の内側”を固めておきたい。

 ここまでがギルドに渡す地図。

 この外側は、もう一人の俺の仕事だ。


 午前中いっぱいを使って、灯籠エリアと水脈沿いの足場線を引き直す。

 ヒトリが上空から送ってくる映像には、昨日つけたタグがうっすら残っている。

『泥ワニ小群』『岩トカゲ巣穴候補』『濁りオーク小隊跡』――どれも、昨日の刈り取り済み。

 足裏に伝わる土の感触と、ヒトリの映像と、頭の中の地図を一枚に重ねていく。

 沈む帯が太った場所には、小さな印を付けておく。

 逆に、夜の冷えで締まって“踏ん張れるエリア”が太くなった箇所もある。

「よし。灯籠の内側は、これで一旦完成ってことで」

『西外縁・内側。灯籠エリア+水脈ライン。安全エリアマップ、一次版完了』

 午前の日差しが、いつの間にか頭の上近くまで来ていた。

 喉の渇きを感じる前に、マジックボックスから水袋を取り出し、軽く一口。

 飲みすぎないように気を付けながら、喉と口だけを潤す。

 すぐに水袋を戻し、また両手を空けておく。

『一度、体勢を切り替えるなら今だね』

「だな。ここから先は、教会の俺じゃなくて……もう一人の俺の仕事だ」

 灯籠の鎖を背に、斜面を少し登ったところ。

 昨夜と同じように、土を撫でて整地する。

 今日ここに戻ってくる予定はない。

 けれど、内側と外側の境目では、一度きれいに切り替えておきたい。

 地面の小石をどかし、足場を平らにする。

 マントを広げて、その上に腰を下ろした。

「洗浄、二回目」

 また、ひやりとした膜。

 今度は全身と装備に意識を回して、血と泥と汗の臭いを一度リセットする。

『今日の洗浄魔法、これで三回目。朝と途中と、今』

「まだまだ誤差だろ。濁り獣に触る回数が増えたら、もっと跳ね上がるぞ」

 リラのツッコミを聞き流しながら、腰のポーチに手を入れる。

 布片を一つ引き出し、肩からかけていた簡素な外套をマジックボックスへ滑らせた。

 代わりに取り出すのは、いつもの“変装モード”用の装備だ。

 黒に近い灰色の外套。

 フードの縁には、顔の影が深く落ちるよう、細い線で影を増幅する魔術が組み込まれている。

 胸元には、ヒトリの小さな印がいくつか縫い込まれたインナー。

 線を一つ引けば、遠くにいるヒトリとつながりやすくなる仕掛け付きだ。

『顔の印象、少し変える? 目元をきつくするとか』

「うん。村のセイじゃなくて、“外縁をうろつく変なソロ”くらいの見た目にしとこう」

 フードを目深に被り、頬の線を少しだけ削るように理術を流す。

 目尻の形、口元の影。

 細い線でなぞるみたいに、印象だけをずらす。

 腕を回し、足を軽く跳ねてみる。

 動きに違和感はない。

 中身は同じ、線と足場を読む俺のままだ。

『外縁“外側”モード、起動。ヒトリ複数体の受信ライン、開くよ』

「頼む。北西の稜線まで、地形と魔物の線、全部洗い出そう」


 岩塩層の外側は、内側以上に線がうるさい。

 白く光る岩塩の筋が、地面の中で斜めに走っている。

 そこに、地下水脈から分かれた細い水の線と、濁りが乗った黒っぽい線が絡み合う。

 ヒトリを三体ほど先行させ、ひとつは高空から、ひとつは中腹の高さから、もうひとつは地表すれすれから。

 同じ場所を三つの角度で覗き込む。

『北西方向、岩塩層の外縁。黄エリア多め。赤エリア、点在』

「踏める線だけ繋いでくれ。勝てるけど足が持たない一歩は、最初から切り捨てだ」

 稜線に向かう道を、青エリアだけでつなぐ。

 沈む帯の上には、一歩も置かない。

 遠回りでも、踏ん張れるエリアが続く方がいい。

 脚は相変わらず軽い。

 昨日の足場戦で稼いだ“張り”がどこに残っているかだけ、足裏で確かめておく。

 途中、ヒトリが一度だけ警告色に近い赤を出した。

『右斜面下、濁り由来の魔獣二体。接触無しで通過可能』

「なら、今はスルー。今日は北西が本命だ」

 岩と泥の斜面を、慎重に、しかし淡々と登っていく。

 足の置き場と撤退線を頭の中で常に更新しながら。

 そして、太陽が傾き始めたころ。

 視界の先、北西の稜線の向こうに、細い煙が一本、すっと伸びた。

 すぐに消えた。

 昨日の夜と同じ、“見せて消す”煙。

『来たね。スモークライン』

「ちゃんと約束守ってるな、あいつら」


 稜線の少し手前。

 風下になる位置を選んで足を止めた。

 こちらが動きを見せすぎないように、ヒトリにだけ前へ出てもらう。

『視界共有するね』

 頭の中の窓に、稜線の向こう側の景色が映る。

 低い灌木のあいだ、灰色の毛並みをした山犬たちが数頭。

 彼らの足元から、細い煙が、地面を舐めるように立ち上っては消えていく。

 煙は、風に流されない。

 線として、行きたい方向だけを指し示してから、ふっと途切れる。

「ああ、やっぱりお前らの煙は分かりやすい」

 稜線の上に、俺も足をかける。

 風向きを確認しながら、彼らの視界にゆっくりと入っていく。

 フードを深く被った“もう一人の俺”の姿に、山犬たちの耳がぴくりと動いた。

 鼻先がこちらを向き、数度、空気を嗅ぐ。

 一頭が、短く吠えた。

「久しぶり」

『匂いは同じって、皆言ってるよ』

 リラの翻訳を挟みながら、俺は右手を軽く上げた。

 スモークラインたち――山犬の群れが、一定の距離を保ったまま、輪を作るように位置を変える。

 その真ん中で、少し大きな個体が、一筋の煙をまっすぐ北へ伸ばした。

『北から伸びる濁りの枝。ちゃんと見張ってたって』

「助かる。俺の方も、前に地盤をいじったせいで、北西に濁りが溜まりやすくなってる」

 稜線から見下ろす斜面。

 地下水脈と濁りの線がぶつかる地点が、いくつか濃く光っている。

 そのうち三箇所だけ、色が明らかに違う。

 濁りの量が多く、ゆっくり渦を巻いている。

 山犬の一頭が、その三箇所の方向へ、順番に煙を伸ばした。

 一本目。稜線のすぐ下、崩れやすいの縁。

 二本目。山裾に近い窪地。

 三本目。濁りの枝が地表に近づいている小さな谷。

『あの三つが、濁りの溜まり場。周囲に中〜上級が十三体いるって』

「十三、ね。……九が濁りオークと濁りワイバーン。残り四が、小さい濁り獣か」

 ヒトリの情報と、地中の線から推測する。

 濁りが濃いところに、筋肉質の線と、空へ伸びる軽い線。

 地を踏む獣と、空を舞うもの。

 さっきまで静かだった足の裏が、少しだけ熱を帯びた。

 戦闘モードへの切り替わり。

「頼みたいことがある」

 俺は、群れのリーダー格の山犬に向かってしゃがみ込んだ。

「前に言ってた“煙で知らせる”契約、覚えてるか?」

 山犬が短く吠え、足元から煙を上げる。

 肯定の合図。

「今からあの三箇所を、順番に掃除して回る。

 お前らは煙で、魔物を引き離したり、目を塞いだり、逃げ道を塞いでほしい。

 村側にも、お前らの山側にも、被害が出ないラインで、だ」

『“村には降ろさない。山にも戻さない。ここで消す”って』

 リラが、山犬たちの意志をそのまま渡してくる。

「そう。それが一番ありがたい」

 俺は立ち上がり、濁りの溜まり場の一つ目へ視線を向けた。

 ヒトリが、その方向にタグを打つ。

『濁り衛星一、崩れた岩の斜面のふち。濁りオーク四体+小型濁り獣一』

「まずはそこから。足場が悪い分、こっちの仕事だな」


 崩れた岩の斜面のふちは、足を踏み外した瞬間に全てが崩れるタイプの危険だった。

 ジオセンスで見れば一目瞭然だ。

 表面を覆う石の下、細かい砂利と泥が斜面に沿って薄く積もっている。

 真ん中に一本、沈む帯が通っていて、その両側に、辛うじて踏ん張れるエリアが細く走っている。

『青エリア、幅一足分。黄エリアとの境目注意』

「煙、頼む」

 スモークラインたちが、崩れた岩の斜面のふちの下手側から回り込み、細い煙を斜面に沿って這わせた。

 煙は、濁りオークたちの鼻先をくすぐり、視界を曇らせる。

 濁りオークたちの動きが鈍る。

 俺は、踏ん張れるエリアだけを選んで斜面に踏み込んだ。

 右足を、青エリアぎりぎりの岩の角に乗せる。

 左足は、沈む帯の手前。

 足首の角度を微調整し、重心を右足七、左足三に配分。

 体を前に倒すようにして一歩進む。

 足場の下で、砂利が少しだけ音を立てる。

 だが、崩れない。

 土の中で支えてくれている踏ん張れるエリアの“芯”を、線として掴んでいるからだ。

 一体目の濁りオークの脇腹に、最短距離で線を引く。

 風圧刃ウインドブレードを、そこに沿わせて走らせた。

 刃は、肉と骨と濁りの核だけを切り裂き、余計な血飛沫を撒き散らさずに抜けていく。

 濁りオークの体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

 崩れる方向を見て、すぐ次の足場を選ぶ。

 倒れた巨体が乗っても崩れない帯を先に探し、その上に一歩。

『残り四。小型濁り獣、後退中』

「小さいのは煙で追い出して。濁りオーク優先で」

 スモークラインの煙が、逃げようとした小型濁り獣の前に壁のように立ち上がる。

 濁りに染まった小さな獣は、煙を嫌うように足を止め、方向を変えた。

 その一瞬。

 俺は二歩分だけ踏み込み、再び線を引く。

 風圧刃ウインドブレードが、二体目と三体目の首筋をまとめて撫でる。

 核だけを、線の通りに断ち切る。

 最後の一体は、煙を嫌って斜面の上へ逃れようとした。

 踏み誤れば、そのまま崩れた岩の斜面のふちごと崩れて山側の森へ落ちていくラインだ。

『危険度アップ。赤エリア接近』

「……そこは、切る」

 右足をもう一段高い岩に掛け、左足は敢えて沈む帯の手前ぎりぎり。

 膝を大きく曲げてから、一気に伸ばす。

 跳躍。

 でも、バク転でも派手な宙返りでもない。

 ジオセンスが示す“ここなら落ちない”一点に向けた、必要最小限の跳び石だ。

 空中で体を捻り、刀を逆手に持ち替える。

 濁りオークの背中に乗るようにして降り、首筋の核へ短く刃を滑らせる。

 足裏が岩を捉えた瞬間、膝を抜いて衝撃を殺す。

 全ての重さが、踏ん張れるエリアの芯に乗るように。

 濁りオークの体が前のめりに崩れ、崩れた岩の斜面のふちの外側へ転がり落ちていく。

 俺の足元の石は、ほとんど動かなかった。

『崩れた岩の斜面のふち・濁り衛星一。濁りオーク四、小型一。全討伐。濁り抜け確認』

「よし。ここは終了。……洗浄」

 ひやり、とまた膜が走る。

 濁りオークの血と濁りの痕跡だけが、肌から、服から、ふっと浮いて消える。

『今日の洗浄魔法、四回目。濁り接触込みなら、許容範囲』

「リラ、それログに“許容”って書いといて。あとで教会に戻ったとき、まとめて見たい」


 二つ目の濁り衛星は、山裾の窪地だった。

 濁りの枝から垂れた線が、ちょうど窪地の中央に落ちている。

 そこに集まった濁りが、地表近くで渦を巻き、空へ伸びる線を育てていた。

『濁りワイバーン三。濁りオーク二。その他、小型濁り獣数』

「空飛ぶのは、煙とヒトリで落としてもらおう」

 スモークラインたちが、窪地の縁に沿って走る。

 足元から立ち上る煙が、竜の翼の付け根を包むように絡みつく。

 視界が塞がれた濁りワイバーンが、わずかにバランスを崩した。

 その瞬間を、ヒトリが上空から線で示す。

『今』

 俺は窪地の縁に立ち、両手を前に出す。

 風の線だけを束ね、狭い一筋にまとめる。

風圧刃ウインドブレード

 見えない刃が、落ちかけたワイバーンの翼の付け根を撫でた。

 核の位置を、線としてそこだけを断つ。

 濁りワイバーンの体が、くるりと回転しながら窪地の底へ落ちていく。

 残り二体も、煙とヒトリの合図を重ねながら同じように処理する。

 濁りオークは、窪地の斜面に上がろうとして足を取られ、そこを踏み台にして一気に懐へ。

 踏み込む足は、ジオセンスが示す青エリアだけ。

 斜面の表面がどれだけ滑ろうと、下の帯が支えてくれている限り、崩れない。

『濁り衛星二、掃除完了。濁り残渣、低レベル。自然浄化に任せて問題なし』

「ここも被害ゼロ。……洗浄」

 短く魔法を流す。

 汗よりも、戦闘の熱をリセットするための儀式だ。

 身体が一段階、落ち着いた。


 三つ目の濁り衛星は、小さな谷の奥だった。

 濁りの枝が地表に近づき、地面の色がわずかに黒ずんでいる。

 谷の両側は岩塩層の崖。

 その狭い底に、濁りに染まった獣たちが、ばらばらにうずくまっている。

『合計四体。内訳、濁りオーク一、濁りワイバーン一、小型濁り獣二』

「ここは……煙で出口を塞いで、一気に抜く」

 谷の入口と出口、二方向からスモークラインが煙を立ち上らせる。

 谷底の空気が白く曇り、濁り獣たちの気配が落ち着かなく揺れる。

 俺は、谷の側面の岩塩層に、細い足場線を一本だけ引いた。

 ジオセンスで見ると、岩塩の中には硬い帯が縦に走っている。

 そこに足の裏を半分だけ掛けて、横移動。

 手の指先も、岩の小さな凹みに掛ける。

 全身の重さを、足と指に七三で配分。

 谷底を見下ろす位置に出たところで、一気に線を引く。

風圧刃ウインドブレード

 まずは濁りワイバーン。

 次に濁りオーク。

 最後に、小さな二体。

 核だけを、淡々と削り取る。

 谷底に血が溜まる前に、全ての動きが止まった。

『濁り衛星三、掃除完了。三箇所合計、十三体。村側・山側とも被害無し』

「……よし」

 岩塩の足場から谷底に降り、濁りが抜けたことを一体ずつ確認する。

 濁りの線が消え、ただの肉と骨の線だけになっている。

 問題ない。

「洗浄」

 今日何回目か分からない洗浄魔法。

 ひやり、とした感触にも、もう慣れてきた。

『外縁西・二日目。洗浄魔法、合計……あとで数えるね』

「今数えると、絶対“無駄遣い”って言いたくなるだろ」

『言うつもりだった』

 リラの少し呆れた声に、苦笑が漏れる。

 でも、この線だけは譲らない。

 濁りに触れたまま寝る、なんて選択肢は最初からない。


 太陽が稜線の向こうに沈みかけたころ、俺たちは北西山麓寄りの安全帯にいた。

 山と村のちょうど中間。

 ジオセンスで見れば、沈む帯が少し遠ざかり、踏ん張れるエリアが広く面になっている場所だ。

 ここなら野営しても、夜のあいだに足元を持っていかれる危険は低い。

 地面に膝をつき、土を撫でる。

 小石をどかし、大きな凹凸を削る。

 土魔法でわざと少しだけ盛り上げ、雨が降っても水が溜まらないように流れを作る。

 その上に、拾ってきた枝と葉を敷いていく。

 昨日と同じ“簡易寝床”だが、少しだけ足元を厚くした。

『就寝前の“足のケア”、今日はちゃんと入れたね』

「そう。今日は足をちゃんと休ませる」

 靴を脱ぎ、足裏を軽く揉む。

 張りはあるが、まだ“明日も動ける”線の中だ。

 ヒトリの小さな視界が、足の皮膚の状態を拡大して見せてくる。

『マメなし。擦り傷、小。問題なし』

「よし。じゃあ、最後の仕事」

 焚き火を小さく起こし、簡単な食事を終えたあと。

 今日一日のログを、頭の中でなぞり直す。

 灯籠の内側の地図。

 沈む帯と踏ん張れるエリアの位置。

 三つの濁り衛星。

 そこにいた十三体の濁りオークと濁りワイバーン、小型の濁り獣たちと、倒し方。

『……こうして並べると、顔ぶれ揃いすぎてない? 場所が違うのに、ほとんど同じパターンだよ』

「だよな。崩れた岩の斜面でも、山裾の窪地でも、結局、濁りオークと濁りワイバーンと小さいの、って組み合わせか」

『濁りの“好み”で寄ってきてる、くらいなら自然だけど……ここまで揃うと、ちょっと気持ち悪い』

 リラの声に、前の調査の映像が頭の奥で重なる。

『北の外縁んときの“人工物の欠片”もさ、結局ぜんぶ濁りの近くからだったよね』

「上流側で拾った二つと、本体寄りで魔物から出てきた三つか。どれも“自然物じゃ説明しづらい”ってやつ」

『今回の濁り衛星のパターンと、あの欠片たち。どっちも、濁りのそばに“セットで現れる”って意味では似てる』

「濁りそのものの好みか、濁りを使った誰かの仕掛けか、あるいはたまたま条件が揃っただけか――今の材料だと、どれも言い切れないな」

『うん。“濁りと人工物が一緒に出る場所が増えてる”ってログだけ、先に残しておく』

「そうしよう。濁りと、昔の何かの“線”が重なってるなら、そのうちどこかで顔を出す」

 全部を線として結び、ヒトリに渡す。

『受信完了。明日の“本体”探索用ログにマークした』

「……本体は、まだ先だな」

 稜線の向こう、北から伸びる濁りの枝。

 その先端にあるはずの、小さな核。

 今日掃除したのは、その周りにくっついた衛星だけだ。

 枝そのものは、まだ黒いまま。

 夜空に目をやる。

 山の向こう側、見えないはずの場所に、線だけがぼんやりと感じられる。

『明日、行く?』

「行く。……けど、今日のところはここまで。線を引くのは、寝る前の洗浄までな」

 立ち上がり、最後のスイッチを入れる。

「洗浄」

 肌の上を、ひやりとした膜がもう一度走る。

 汗と土と煙の匂いが、全部外れていく。

 今日と明日の境目に、一本の線が引かれた気がした。

 マントを肩にかけ、枝葉の寝床に体を預ける。

 ジオセンスを切る直前、足元の帯だけをもう一度確認した。

 青エリアが、寝床の下で太く続いている。

 ここなら、明日の朝も、ちゃんと同じ足で立てる。

 そう確認して目を閉じる。

 濁りの枝の本体は、まだ先。

 でも、その手前にぶら下がっていた濁り衛星は、全部片付いた。

 明日は、枝そのものに、手を伸ばす番だ。


今回出てきた魔獣メモ(64話)


▼敵側(濁り衛星まわり)


・濁りオーク

 もともとは普通のオーク系中級魔獣。

 今回の個体は、北西の濁り枝から漏れた「濁り」をまとって黒寄りに変質した

バージョンです。


二足歩行の前衛タイプで、腕力・耐久ともに中〜上級クラス。


地形が悪い場所でもゴリ押しで前に出てこようとするけど、足場読みされた瞬間

に一気に懐へ飛び込まれて“核だけ抜かれる”役をやらされてます。


63話で戦った「オーク小隊」とは別グループで、今回は“濁り衛星の護衛セット”

として配置されているのがポイント。


・濁りワイバーン

 竜種ワイバーンに濁りが乗った個体群。


高さと機動力でプレッシャーをかけてくる、空中戦担当。


風に流されないスモークラインの煙+ヒトリの上空マーカーを合わせて、

「視界を奪う→核の線だけを断つ」という形で処理されました。


本来ならB〜A帯の危険度クラスですが、今回は「地形と連携で無理なく狩れるライン」に調整された数・配置になっています(セイ視点では“ちゃんと狩れるけど油断すると危険が跳ね上がる相手”)。


・小型濁り獣

 種族名まではラベリングされていない、小型の濁り魔獣たち。


四足獣ベースのものや、元は小動物だったものなどの「雑多な濁り感染個体」の寄せ集め。


一匹一匹は中級未満〜中級下位クラスですが、「足場の悪い場所で群れられる」と危険度が一段上がるタイプ。


今回は、濁りオークや濁りワイバーンの周囲に添え物のように配置され、「衛星一〜三の顔ぶれを揃えるためのパーツ」として出てきます。


・濁り由来の名無し二体(通過だけ)

 本編中で「右斜面下、濁り由来の魔獣二体。接触無しで通過可能」とだけ出てくるペア。


正式名称も姿の描写もまだ出していない、“ログ上は存在するけど今回は戦わない”やつら。


危険度としては「今の目的(北西の濁り枝本体の偵察)から見れば、わざわざ相手をしなくていいライン」に設定してあります。


今後、別の回でちゃんと戦う候補として、ヒトリのログには残っているイメージです。


▼協力してくれた側


・スモークライン(山犬)

 今回のタイトルにもある「北西の煙」の中身。


半物質の煙をまとう山犬型の魔獣で、自前の煙腺から生み出した煙を嗅覚・視覚の代わりに使う偵察特化タイプ。


今回は完全に味方側で、「濁りが溜まっている場所」と「濁り魔獣」の位置を煙で教えてくれるナビ役でした。


セイの視点だと、「煙で合図を出す相棒」「線読みと相性が良すぎる相手」というポジションです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ