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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第5章 西外縁の沈む土、神殿は降りない判断

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第63話 灯籠の縁と、西外縁の沈む土

 最初の一歩で、土が沈んだ。

 村の西外れ、畑の端を抜けたところ。

 いつもの固い道から、色の濃い土に変わった瞬間、靴底の下が、じわりと落ちる。

「……ここから先が、西の外縁ってわけか」

 表面は乾いているのに、そのすぐ下に柔らかい層が一枚挟まっている感触。

 南の森の入口とは、足の運び方がまるで違う。

 あっちは「ちゃんと踏めば返ってくる地面」で、こっちは「一度沈ませてから足の運び方を考える地面」だ。

 振り返ると、少し離れた場所に灯籠の列が見えた。

 石柱の上に据えられたマナ灯籠が、朝の弱い光を吸うように、淡く脈打っている。

 あれが、今のところ王国が「ここまでは分かっている」と言える線。

 灯籠の内側は、一応地図がある世界。

 外側は――強い魔物がうろつく、ほぼ未開の地。

 出発前、ギルドに提出した依頼書には、「西外縁内側の灯籠エリア周辺の地形調査」と「中級魔物の分布確認と討伐」、それから期間として“四泊五日の調査”――その三つだけを書いた。

 灯籠の基礎と足場の状態を見て、外縁“内側”の地図を整える。

 それだけなら、Bランクの仕事としてギリギリ筋が通る。

 その先――灯籠の鎖の外側で何をするつもりなのかは、その依頼書にも、ギルドの調査帳にも一文字も書いていない。

 (あっちは、俺が勝手に背負った宿題範囲だ)

 強い魔物がうろつく未開の地を、自分の足で確かめて、ついでに、いつか誰かの役に立つ線を一本でも多く引ければいい。

 ただそれだけの、勝手な調査だ。

『セイ、足元の感覚、どう?』

 耳の奥で、リラの声がする。

 視界の隅には、簡素な足元マップが薄く浮かんでいた。

「悪い。南より一段柔らかい。最初から“沈む前提”で足を運んだ方がいいな」

『じゃあ、例のやつ、試す?』

「足場専用モードか」

『うん。西は足場が主敵だからね。足元だけでも、もうちょっと“見える”ようにしときたい』

 寝る前に何度も話していたやつだ。

 足裏の感覚と、ログに溜めた足跡データと、簡易地図。

 その三つを重ねて、「踏んでいい場所」と「踏んじゃいけない場所」を色で分ける補助モード。

 遊び半分で話していたが、西の土を踏んだ瞬間に、これは本気で欲しいと思った。

「やる。けど、最初から無理はしない。三歩分だけだ」

『了解。セイ中心に半径三歩。“一度に見えるのは、自分の足が届く範囲まで”ルールね』

 俺は、軽く膝を曲げて重心を落とす。

 足裏から、ごく薄くマナを地面に流し込んだ。

 土の粒の隙間に染み込んで、じんわり前後左右に広がるイメージをなぞる。

 次の瞬間、世界の底に、もう一層色が増えた。

 視界の足元に、淡いエリアがにじむ。

 乾いて硬い土は、薄い青。

 沈み込みそうな場所は、その縁が黄色く光る。

 沈むだけでは済まなさそうなエリアは、じわりと赤が滲んだ。

『どう?』

「……悪くない。“沈むところ”と“踏ん張れるところ”の差が、思ったよりはっきり見える」

『じゃあ、この足場モード、名前どうする? タグ付けしないとログがぐちゃぐちゃになる』

「名前か……地面・地中・検査……感覚・感性……地形センサー……大地・地中で……ジオセンス……」

『じゃあ、“ジオセンス”はどう? ジオ(geo)は地面とか大地のことで、センスは感覚。地面の感覚を読むって意味で』

「……まあ、意味は分かりやすいな。とりあえず仮でそれだ」

『了解。《足場補助・ジオセンス(仮)》でタグ登録っと』

「おい、まだ候補段階だろ」

『魔法体系メモに書き込む時点で、もう固定だよ。“土属性補助・ジオセンス”。今さら戻させないからね』

「勝手にランク上げすぎるなよ。せいぜい“足場の見える化”だ」

 口では突っ込みながら、思わず口元が少しだけ緩む。

 何も見えないまま踏むより、見えていて選べる方がずっといい。

「よし。ジオセンス、初日運用開始。ここから灯籠列までを“A線”。灯籠エリアのすぐ外側までを“B線”。灯籠の外側――未開側は“C線”。今日はAとBの間まで、足場と魔物の顔ぶれを押さえる」

『四泊五日プランの一日目だしね。いきなりC線まで突っ走ると、最終日まで足がもたない』

「それに、灯籠の近くまでは、ギルドに出す“まともな地図”の範囲だ。外側のことは……」

『ギルドには内緒』

「そういうこと」

 声に出すと、少しだけ背筋が伸びる。

 公式の仕事の外側に、自分で勝手に線を足す。

 やると決めたのは俺だ。

 俺は一歩、青く塗られた“安全エリア”に足を置いた。

 ________________________________________

 灯籠列は、意外と心もとない姿をしている。

 石柱自体は祈りで補強されていて、表面のマナの流れも安定している。

 けれど、それを支える土台は、長年の雨と地下水で少しずつ削られていた。

 ジオセンスで見ると、灯籠のすぐ足元にだけ青い芯が残っていて、その周囲は黄色と赤のまだら模様だ。

「……よくこれで倒れないな」

『灯籠自身が、足元の土にマナを流して“自分の台座”を維持してる感じ。灯がついてる間はいいけど、根元が崩れ始めると一気に倒れるタイプだね』

「新人パーティに“灯籠の真横”を歩かせるのは無しだな。少し内側に一本、安全なエリアを作る」

 青い筋を選んで、灯籠と灯籠の間を歩く。

 一本ごとに根元の土をしゃがんで撫で、沈みかけの場所には小石を一つ置いていく。

 表面上はただの石だが、ジオセンスを通すと、下にある硬い層とつながるように土を少しだけ動かしてある。

『石の位置、ログした。戻ってきた時にズレてたら、その灯籠の足場は要注意だね』

「ジオセンスを持ってない奴でも見える目印は、多いに越したことはない」

 灯籠列の途中、一本だけ根元が白く変色している柱があった。

 薄く塩を吹いたみたいに、ざらざらしている。

「……噂の“白い石”ってやつか。ここで地下水が顔を出してるな」

 ジオセンスをその周辺に広げると、土の下で水のエリアがうねっているのが分かる。

 普通の水とは違う重さ。濁りを少し含んだ地下水脈だ。

 その筋が、灯籠の根元をかすめ、そのまま北西の山の方へ伸びていく。

『西側の濁りの本体は、あの地下水に乗って来てる。灯籠はそれをどうにか押し返してる感じ』

「ってことは、灯籠の足元が崩れた瞬間、濁りの枝が一本、そのまま村に伸びる」

 見た目は静かな石柱だが、その足元にかかっている負担は笑えない。

「四泊五日の間に、せめて“今すぐ倒れる柱”だけは潰しておきたいな」

『潰すって、折る意味じゃないよね?』

「もちろん補強だ。アースシフトとソイルリペアを使いすぎない範囲で、青エリアを太くする」

 灯籠列を一通りなぞり終える頃には、太陽は少し高く上がっていた。

 足元の青と黄と赤の模様も、西に行くほど忙しくなっていく。

 ________________________________________

 灯籠列を背に、森の中に入ると、匂いが変わった。

 湿り気のある土に、水と鉄と、古い血の気配が混ざる。

 ジオセンスの上でも、青いエリアが細くなり、黄色と赤の斑点が増えた。

『前方、音。水場だね』

 ぴちゃり、と柔らかい音。

 木々の隙間から、鈍い光を返す水面が見える。

「池、ってほどじゃないが……色が悪いな」

 ジオセンスを前に広げる。

 水際から一歩内側が、ほとんど黄色と赤で塗りつぶされていた。沈むエリアと、沈んだあと動きが取れなくなるエリア。

『底の泥、マナ濃度高め。水の中、生き物の反応が四。大きさは人間の腰〜胸くらい』

「泥ワニか。西の名物だな」

 水面のすぐ手前を、細く青いエリアが一本だけ横切っている。

 水中に沈みきらず、まだ土の芯が残っている道。

「新人は、あの手前までだ。今日はその先を、俺の足で確認する」

 右足を、最初の青い一点に置く。

 かかとじゃなく、土踏まず寄り。

 踏み込み切らず、「いつでも戻れる位置」にだけ重さを乗せる。

 左足は、まだ後ろの安全エリアに残したまま、一拍置く。

 そのわずかな間に、水面が小さく波打った。

 ぬるり、と影が浮かび上がる。

 泥ワニの顎が跳ねた。

 普通なら、踏み込みながら斬り下ろす距離だ。

 けれどジオセンスの上では、その一歩先がまるごと黄色で縁取られている。

(ここで前に出たら、俺と一緒に足場ごと沈む)

 だから、俺は半歩、下がった。

 右足に乗せていた体重を、そのまま踵側へ滑らせる。

 膝を折り、腰だけをすっと引く。

 泥ワニの顎が、さっきまで俺の膝があった高さを空振りし、そのまま赤いエリアの上へ飛び込んだ。

 どぷり、と重い音。

 前足から沈んだ体は、自分の重さでさらに泥の中へ引き込まれていく。

 一体目の背中に、刀の切っ先を落とす。

 沈みかけで身動きの取れない核を、一息で断ち切る。

『一。沈みかけ処理。足首事故ゼロ』

「こいつ相手に俺が沈んだら、話にならん」

 水面が、もう一度揺れた。

 二体目が、横合いから跳ね上がる。

 今度は左足を前に出す。ただし、青エリアの外には出ない。

 左足のつま先を青の端にかけ、右足はあえて一歩分後ろの青へ戻す。

 半身になった体を、ワニの突進線から半歩だけ外に滑らせる。

 泥ワニの腹が、黄エリアぎりぎりをかすめ、泥が弾けた。

 その勢いがほんの少しだけ衰えたところで、首の付け根めがけて刃を滑らせる。

 二体目も、沈みながら止まった。

『二。沈むエリアへの誘導成功』

「“勝てるけど足が持たない一歩”は、最初から選択肢の外だ」

 残り二体は、俺が一歩も前に出ないのを見て、わずかに迷った。

 その迷いの間に、一体は水場の縁ぎりぎりで、もう一体は泥場の外まで誘導してから片付ける。

 水場から少し離れた高い土の上に、四つの死体が並んだ。

 血が池に戻らないよう、手早く処理している間も、足元の線は消さない。

『泥ワニ四、討伐。危険エリアとの差、一〜二歩』

「ここは“中級用の危険寄りエリア”だな。新人はさっき俺が立ってた手前まで。中堅以上の連中なら、岸側を固めて練習させられる」

 わざわざ口に出しておく。

 誰も聞いてはいないが、声にしておいた方が、後でログを見返したとき思い出しやすい。

 ________________________________________

 泥ワニの水場を抜けると、地面が少しずつ斜面になっていった。

『前方、斜面。岩と土が混ざってる。中腹あたりにトカゲ型四』

「岩トカゲか。見た目ほど危険じゃないが、足場の悪いところでやると、こっちが負けるタイプだな」

 ジオセンスを斜面全体に薄く広げる。

 岩が地中でつながっている帯だけが細く青く光り、その周囲の浮いた石が黄色く縁取られた。

 右足を、斜面下側の青に乗せる。

 左足を、その一段上の青へ。

 登る時は、「片方の足が常に戻れる位置にある」ように。

 膝を伸ばし切らず、腰を斜面側に預けすぎない角度で固定する。

 斜面の中ほどで、灰色の頭がぬっと持ち上がる。

 岩と見分けのつかない鱗、目だけが薄く光る。

 一番上の岩トカゲが、岩陰から跳んだ。

 普通なら、迎え撃つために一歩上へ踏み込む。

 だがジオセンスの上では、その一歩先が黄色と赤でまだらになっている。

(ここに体重を乗せた瞬間、この一帯ごと落ちる)

 だから、俺は半歩、下がった。

 上側の左足を軸に、右足を滑らせるように一段下の青に戻す。

 身体を斜面に対して少し開き、跳んでくるトカゲの進行方向だけをわずかにずらす。

 岩トカゲの爪が、さっきまで俺の足があった石を掴んだ瞬間、黄色と赤で縁取られていたエリアがまとめて崩れた。

 ガラガラガラッ、と石とトカゲが一緒に斜面を滑り落ちる。

『気持ちよく崩れた』

「“乗ったら落ちる石”は、敵にだけ踏ませる。俺はそこには乗らない」

 落ちていくトカゲの背中に、斜面下から一歩だけ追い付く。

 青エリアの上で膝を抜き、重心を前に投げながら、背骨の付け根に刃を差し込んだ。

 残り三匹は、崩れなかった側からこちらへ回り込もうとしている。

『右上のやつ、足元が黄色。そこ、ちょっと強めに踏ませたら一緒に石が動く』

「了解」

 俺は一段上の青に左足を置き、体を小さく揺らして岩トカゲの注意を引く。

 距離を詰めようとした個体が、一歩、黄エリアの中心に足を乗せた瞬間――そこだけ、石が沈んだ。

 体勢を崩した首筋に、最短距離で刃を通す。

 残り二匹は、崩れた仲間を踏まないよう慌てて回り道を選び、その間に斜面の青エリアから外れてくれた。

「そいつらは深追いしない。今日は斜面の“線”だけ取る」

 一本だけ、安定した青の筋が斜面の上まで続いている。

 そこをゆっくり登り切りながら、俺は足首の具合を確かめた。

『岩トカゲ四、討伐。膝・足首ダメージ軽微。さっきの動き、“斜面:半歩撤退で崩落誘導”でタグ保存』

「ここで仮のB線。新人を連れてくるのは、この斜面の手前までだな」

 誰もいない斜面に向かって、一人で線を宣言する。

「こういう独り言は、さすがにちょっと寂しい。」

『いつもみたいに、隊列の前のほうから誰かが文句言ってこないの、変な感じする?』

「バルドあたりが“お前の一歩見て足が固まったぞ”って言いそうな場面だった」

『じゃあログの隅に、“バルドがいたらここでツッコミ”ってメモ――』

「いらないログ増やすな」

 言い合いながら、斜面の上で一度腰を下ろす。

 靴紐を締め直し、踵の浮かせ方をほんの少し変える。

 前傾のまま長く歩きすぎると、膝より先に足首が死ぬ。________________________________________

 斜面を越えた先で、空気の匂いがまた変わった。

 湿り気は少し減り、代わりに土の中からじわりと金属臭が立ち上ってくる。

 ジオセンスを薄く伸ばすと、土の下に平行な白い層がいくつも走っているのが見えた。

「岩塩層の端っこ、か」

『うん。ここから先、塩の層に沿って地下水が流れてる。濁りの筋も、そこに重なってる』

 灯籠列で見た地下水の筋が、ここで再び顔を出している。

「ここから先が、“灯籠の外”に繋がる水の道か」

 公式には、今日の範囲はここまででも十分だ。

 岩塩エリアと地下水の位置、泥ワニと岩トカゲの足場、灯籠の根元。

 ギルドに持って帰る地図としては、ここまでが“西外縁・一日目”の分になる。

 けれど、俺にはもう一枚、別の地図がある。

『……外側に出る時は、変装モードだよ?』

「分かってる。灯籠の鎖の外は、ギルドには“まだ見てない場所”って報告する」

『本当は見てるけど、ね』

「“別の誰か”が、な」

 マジックボックスの中に、外縁仕様の装備が眠っている。

 影抜き二刀、印象を三割ずらす防具、髪と目の色をぼかす術式。

 灯籠内側では、俺は「教会住まいのBランク剣士セイ」でいる。

 外では、“どこから来たかよく分からないソロの剣士”として動く。

 上級魔物を斬るのは、そっち側の俺の仕事だ。

 今はまだ、その扉の手前。

 今日の仕事は、“外に出る前に戻れる範囲”をはっきりさせることだ。

「今日はB線の外に出るのはここまで。外縁の外側に踏み込むのは、灯籠の夜の顔を一度見てからだ」

『了解。初日は“外に出ない勇気”の日だね』

「聞き慣れない日本語を捻り出すな」

 ________________________________________

 岩塩層の位置に小さく印をつけてから、一度灯籠エリアへ引き返す。

 同じ道を戻る、と言っても、足の運びは行きより慎重になっている。

 泥ワニ戦と斜面で、筋肉そのものはまだ遊びの範囲だが、足首や膝にかかる負荷のログは着実に溜まってきている。

 ジオセンスの範囲を、意図的に半径二歩半まで縮めた。

『出力二割カット。視界のノイズと、“足に乗るおまけの疲れ”もこの辺で頭打ちにしとこ』

「どうせ四泊五日コースだ。初日から全力疾走して足を潰したら、外も内も関係ないからな」

 途中、少し離れた位置でオークの匂いがした。

 鉄と脂と、濁りが混ざったような重い匂い。

 ジオセンスを前方に伸ばすと、緩やかな傾斜の下側に、黄色混じりのエリアが広がっている。

 その中央で、いくつかの“重い点”が動いた。

『六。まだこっちには気付いてない。進行方向は、今のところ南東』

「村側じゃないな。今日は“見るだけ”にする」

 オーク六体。

 今ここで全て潰すこともできるが、足場と撤退線を考えると、無理をする場面じゃない。

 俺は斜面の上から、ジオセンスとヒトリのマーカーだけで、彼らの進路を追う。

 濁りの尾が村に近づきすぎるなら、二体か三体だけ削る。

 今日は、進路が外れるのを確認したところで、深追いをやめた。

『「オーク小隊・西側ライン」。ログに追加』

「本気で狩るのは、仲間がいる時でいい。今は、“どこから来てどこへ行くか”だけ押さえる」

 足場と撤退線を優先する。

 それが今日のルールだ。

 ________________________________________

 日が傾き始める頃、灯籠エリアから少し離れた小さな丘を、仮拠点に決めた。

 周囲より土が乾いていて、木の間隔も広い。

 北側は緩やかな斜面で村方向へ下る。

 南側はさっきの泥帯に向かって落ちていて、そこから風が登ってくる。

「水場まで十五分。匂いはここまで上がってこない。何か来ても、北側に滑るだけで村方向に退く余裕がある」

 ジオセンスを一度だけ広めに展開し、丘の頂上と斜面に青と黄色のエリアをざっくり描かせる。

「ここを“西外縁・初日拠点A”にする」

 腰の刀をそばに立てかけ、足跡をざっと均してから、焚き火の位置を決める。

 風向きに合わせて石を積み、小さな火床を作る。

 折れた枝と乾いた草で火種を組み、指先をその上にかざす。

 理とマナの流れをひと筋だけねじり、針先ほどの熱を火種の真ん中に落としてやると、ぱち、と小さく弾けたあと、じわりと橙色が広がった。

 周囲の木の幹には、細い紐で括った小石をいくつか仕掛けておく。

 どこかの枝を揺らせば、石が幹に当たって音が鳴る簡易の鳴子だ。

「鳴る石は北側に多め。逃げる斜面には、あえて仕掛けない」

『刃物の置き位置もログしとく。手を伸ばした時に、刃がこっちを向かない向きで』

「そこ大事」

 寝床にする場所は、一番乾いたところから、わざと半歩だけずらす。

 ジオセンス上で、青が太く続いている場所だ。

 マントを敷物兼かけ布として使い、背中に当たる小石を指先で拾って退け、地面の凹凸を最小限に整える。

 ________________________________________

 ひと通り形ができたところで、今度は身体の方だ。

 焚き火と簡単な寝床の準備を終え、洗浄魔法で体をきれいにする。

『今日の洗浄魔法、これで二十二回目』

「まあ、匂い残したまま寝るよりマシだ」

 汗と土と魔物の匂いを落としてから、ようやく腰を下ろした。

『西外縁・初日。行動距離、村からA線〜B線の一部まで。戦闘、泥ワニ四、岩トカゲ四。灯籠足元の地盤チェック、三十基。ジオセンス連続使用時間、およそ四時間半。視界負荷・足裏疲労、許容範囲内』

「今日の限界ライン、“ジオセンス出しっぱなしで中級二戦+地質チェックまで”。明日はこれを横に伸ばすか、奥に伸ばすかだな」

 焚き火の火が安定したところで、夕食代わりの保存パンと干し肉を少しだけかじる。

 腹を満たすというより、明日動くための燃料を流し込む感覚だ。

 火を少し落とし、マントを体にかけて横になる。

 ジオセンスは完全に切った。

 寝ているあいだまで足元を映しておく必要はない。

 マナも無駄だし、見えていないと落ち着かない体になるのも嫌だ。

 そう思って術を解き、目を閉じた。________________________________________

 どれくらい眠った頃か、頬に冷たい風が当たって目が覚めた。

 焚き火はほとんど灰になり、空には星が滲んでいる。

 丘の向こう、北西の山の稜線あたり――。

 夜目でも分かるくらいの暗さの中で、細い煙の筋が一瞬だけ立ち上がった気がした。

 光はない。

 夜風の流れに沿って短く伸びて、すぐに消える、細くて癖のある煙。

『……今の、自然火じゃない。風の流れを読んで、“見せて消した”煙』

「スモークライン、か」

 山犬たちと交わした、“煙で知らせる”契約が頭をよぎる。

 西の地下水から伸びる濁りの枝、その先端に何か変化があった。

 灯籠の鎖が守る村と、その外側で蠢く濁りの枝。

 その境目で、誰かが煙を上げている。

『セイ。この四泊五日は“灯籠エリアの地形調査”だけでも十分価値があるけど――』

「だけで済ませるつもりは、最初からない」

 マントの中で、指を一本立てる。

「灯籠の内側は、今日みたいに“セイ本人”で線を引く。外側は、“もう一人の俺”の仕事だ」

『変装モード+ヒトリフル運用』

「濁りの枝の先端に、何がどれだけ溜まってるか。上級が何匹、どこに牙を構えてるか。そこまでは、少なくとも見て帰るし、狩れる魔物は狩れるだけ狩る」

 それがガランに話していない、俺だけの宿題。

「明日は昼まで灯籠エリアと水脈の線を固める。夕方から、岩塩層の外側――C線の手前まで踏み込む。

 その先は、あの煙の送り主と相談だ」

 丘の向こうの闇を見ながら、口元だけが少し笑う。

 西外縁四泊五日、その一泊目の夜。

 灯籠の鎖の外側で上がった細い煙は、この先に待つ“濁りの枝”と上級魔物たちからの、静かな招待状に見えた。

 足首の奥に残る沈む土の感触と、岩塩層の冷たさ。

 そして、遠くで一瞬だけ立ち上がった煙の印象を抱いたまま、俺はもう一度目を閉じた。

 ――明日は、この西外縁で、灯籠の鎖の“外側”に初めて足を出す。

 その時、俺がどの顔で立っているのかを思い浮かべながら。


今回登場した魔物


・泥ワニ(中級魔物)

西外縁名物のワニ型魔物。マナ濃度の高い濁った水場に潜み、沈む土のすぐ内側から飛びかかってきます。

「足場を一歩間違えると、こっちも一緒に沈む」という、今回の足場戦テーマをそのまま体現している相手。


・岩トカゲ(中級魔物)

岩と見分けがつきにくい鱗を持ったトカゲ型。斜面の岩陰に張り付き、上から飛びかかってきます。

正面から受け止めるより、「どの石が落ちるか」を読んで崩落に巻き込むのがセイ的な正解。


・オーク小隊(中級魔物)

六体編成で西側ラインを移動していたオークの一団。

今回は足場と撤退線を優先して、進路の観察だけに留めましたが、「本気で狩るのは仲間がそろってから」という線引きの基準になっている相手です。

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