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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房


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第6話 崩れた岸と救う一歩

  それから三日ほど、時間が流れた。

 朝はギルドに顔を出して、村の中のちょっとした依頼を確認する。

 昼前には森や畑の端っこまで歩き、夕方には村へ戻って報告。

 夜は教会で飯を食べて、硬いベッドに沈み込み――そして、村が寝静まってからが、俺とリラの「本番」だった。

 この世界で、俺が生きていくための準備期間。

 そう割り切ると、雑用まみれの日々も、案外悪くない。


「セイ君、こっち。ミルート草は、白い斑点が三つね」

 村の裏手、湿った斜面。  アヤがしゃがみ込んで、草の葉を指でつまんで見せる。

 細長い葉の付け根から、淡い線が土の中へ吸い込まれていく。

 マナの流れだ。

 薬草ひとつにも、ちゃんと「筋」が通っている。

「三つ、ですよね。似てるやつは……二つ?」

「そう、それは別物。ミナが前に、間違えて煮出して二日寝込んだやつ」

「ちょっとアヤ、それ一回だけだからね!? 二回目はちゃんと見分けてるから!」

 背中の方で、ミナがぶーぶー言っている。

『マナの波形自体も違いますね。画面、拡大しますか?』

(いや、今はいい。あんまり“わかりすぎる顔”もしたくないし)

 俺はしゃがんだまま、周りの草むらに視線だけを走らせる。

 視界の端に、薄く半透明のウィンドウが浮かんでいる。

 さっきアヤたちと決めた「本日の撤退ライン」が、簡易な地図の上に赤い弧で描かれていた。

 村の鐘が鳴った時間から逆算して、「ここより先で長居しない」線。

 前の世界でいうなら、避難経路と標高線を重ねた図、みたいな感じだ。

 俺は草を抜きながら、その線から足がはみ出していないか、時々確認する。

「セイ。そっち、踏み荒らしすぎないように」

「了解。こっちの列までにしておきます」

 荷物持ち兼、地図係。

 少しだけ、足元の危ない石をどける役。

 今の俺に許されているのは、そのくらいだ。


 別の日は、森の浅いところで小型の魔物を追い払った。

 牙も角もたいしたことがない、ふわふわした毛玉みたいな奴らだが、群れると畑を荒らす厄介者らしい。

 アヤが前に出て、コルトが後ろから矢を飛ばし、ミナの投げる瓶がぱん、と小さく弾ける。

 俺は、そのさらに後ろ。

 転がってきた袋を拾い上げたり、転びかけた村人の腕をつかんだり。

 踏み抜きそうな根っこを、短剣でさっと払うくらいはする。

「セイ君、今の一歩、いいね」

 帰り道、コルトがぼそりと言った。

「え?」

「村の子だと、あそこで慌てて飛びのく。そうすると、後ろの人にぶつかって崩れる」

 コルトは、矢筒を軽くたたいた。

「さっきのは、斜めに一歩。前の人の邪魔にならないし、俺からも見失わない」

「ああ……ありがとうございます」

『褒められましたね』

(うん。……このくらいで、ちょうどいい)

 派手なことはしない。

 でも、帰る道を太くする一歩なら、遠慮なく踏みたい。


 夜になると、教会の固いベッドの上で、俺とリラの会議が始まる。

 視界に、さっき歩いた道が半透明で浮かび上がる。

 そこに、リラがいくつもの印や線を書き込んでいく。

『今日の危険ライン、黄色にしてみましたが、見づらくなかったですか?』

(悪くない。赤ほど緊急じゃないってのが、体の感覚とも合う)

『では、崩落の可能性がある線だけ、点滅させる仕様に』

(点滅は少し遅めで。あんまりチカチカすると、酔う)

『了解です。フレームレートを三割落とします』

 数字の話をされても実感はないが、俺が「見やすい」と思えればそれでいい。

 別の夜には、リラが小さな光の鳥を呼び出した。

 掌より少し大きいくらいの、それこそ「灯籠の火の塊」が、ちょん、と窓枠に止まる。

『ヒトリ、短距離テストいきますね』

「お、おお……」

 俺が小声で呟くと、鳥はぱたぱたと羽を震わせて、村の屋根の上を滑るように飛んでいった。

 視界の端に、小さなサブウィンドウが開く。

 そこには夜の村の景色が、少し粗い解像度で映っている。

 灯籠の光、寝静まった通り、遠くの森の黒い影。

『まだ距離は百メートルが限界ですね。これ以上離れると、マナ負荷が一気に上がります』

(十分だ。今は「村の隅まで見える」だけでありがたい)

 ヒトリの存在は、まだ俺とリラだけの秘密だ。

 誰かが偶然見ても、「光の鳥が飛んでた」くらいにしか思わないだろう。

『本番に使うのは、まだ先です。今はあくまで、センサーの延長線として』

(分かってる。……その“本番”ってのが、近づいてる気もするけどな)

 そう呟いたときだった。

 視界の中で、一本の赤い輪が、じわりと色を濃くした。

 外縁――初日に目印を打った「危険地点A」。

『濁りの内部密度、微増を検知。マナ水晶ネットのログとも、少しずつズレが出てきています』

(……崩れる前に、もう一度見に行くって話、あったよな)

『はい。近いうちに、ガランさんから正式に指示が出るはずです』

 胸の奥で、嫌な予感と、覚悟みたいなものが同時に動いた。

(じゃあ――その前に、ルールを決めておこう)

『ルール、ですか?』

(ああ。“やりすぎない”ための、俺とお前の線引きだ)


 その「線引き」は、翌日のギルドで、もうひとつ形を得た。

「――で、危険地点Aの濁りが、少しずつ増えてると?」

 ガランさんが、机に肘をついて唸る。

 簡易な地図の上には、俺とリラが記録したログをもとにした線が引かれていた。

 村から外縁へ伸びる道。

 その先で、川の岸辺に沿うように、黒く塗られた範囲。

「はい。目で見える霧の量は、まだ前回と大差ありません。ただ……」

 俺は言葉を選ぶ。

「地面の中の“嫌な筋”が、前より太くなってます。内側から押し広げてる、みたいな感じで」

「……嫌な言い方だな」

 コルトが低くつぶやく。

 ミナも、腕を組んだまま顔をしかめた。

「でも、わかりやすいよ。爆瓶のクセもそうなんだけどさ、こう……中からぱんって膨らむ前の、じわじわ集まってくる感じ?」

「それです、それ」

 俺が頷くと、ガランさんは短く息を吐いた。

「よし。数日のうちに、もう一度現場へ入る。規模は前回と同じだ」

「了解」

 アヤが即座に返事をする。

 その視線が、一瞬だけ俺に向いた。

「ただし――セイ」

「はい」

「前と同じく、お前は後方待機だ」

 はっきりと言い切る口調だった。

「撤退路の確認、荷物の整頓、足場の確認。そこまでは任せる。でも、前に出て刃を振るうのは禁止」

「……分かりました」

 予想していた答えだ。

 むしろ、それで安心している自分もいる。

「ただし」

 ガランさんの声が、少しだけ低くなった。

「命が落ちる瞬間だけは、例外だ」

 ギルドの空気が、少し重くなる。

「リアン、お前も聞いておけ」

「は、はい」

 リアンは胸の前で手を組んだまま、真剣な顔でうなずいた。

「濁りの現場は、何が起きるか分からん。……誰かが崖から落ちるかもしれん。魔物が抜けて、後衛に回り込むかもしれん」

 ガランさんは、ゆっくりと言葉を続ける。

「その瞬間に、そこに立っている者が助けられるなら――そいつが動け」

 視線が、俺へ刺さる。

「セイ、お前もだ。……ただし、その一歩は、“助けるためだけに”使え」

 喉が、ごくりと鳴る。

「倒そうとするな。抑えろ。ずらせ。時間を稼げ。……それだけでいい」

 それは、俺の体術の芯そのものだった。

「分かりました」

 俺は、ゆっくりと頭を下げた。

(その線なら、踏める)

 心の中で、そう呟く。


 数日後、俺たちは再び、あの崖へ向かった。

 湿った風が川上から吹きつけてくる。

 前回よりも、空気が重い。

 灯籠の光は同じ強さで灯っているはずなのに、その輪郭が、どこか滲んで見えた。

『内部の濁り密度、前回から二割増し。地中のマナ流が、上向きに偏っています』

(上向き……嫌な言い方だな)

『ごめんなさい。……でも正直に言うと、「吹き上がる前」のパターンです』

 足元の土の中で、線が渦を巻いているのが見える。

 崖の内側で、黒いものが膨張している。

 俺たちは、前回とほぼ同じ配置で動いていた。

 前衛はアヤ。

 その斜め後ろにコルト。

 さらに少し後ろに、ミナとリアン。

 そして、一番後ろ、崖から一歩分だけ離れた位置に、俺。

「セイ君、足元、そこ石が浮いてる」

「了解、今どけます」

 俺はしゃがみ込み、崩れかけた石をそっと手前に引き寄せる。

 そのすぐ下の土の中で、線の向きが妙に乱れていた。

(……ここも、落ちるな)

 マップ上に、小さな黄色い印を打つ。

 撤退するときに、誰かが踏まないように。

『セイ、崖上の木の根元、要注意です』

(ああ、分かる。あそこだけ、線が“宙に浮いてる”みたいだ)

 俺がそう思った瞬間だった。

 ぐん、と世界が、ひとつ沈んだ。

 いや、違う。  俺たちの立っている足場の方が、一瞬、下へ落ちかけて戻った。

「――っ!」

 アヤが反射的に剣を構える。

 コルトが弓弦を引き絞り、ミナが腰の瓶に手を伸ばす。

 次の瞬間。  崖の内側から、黒い霧が噴き出した。

 土と石と一緒に、濁ったマナの塊が、上向きの線になって飛び出してくる。

 それが空中でねじれ、いくつもの形を取っていく。

 獣のような影。  蟲のような歪み。

 牙だけが妙に光っている、泥だらけの何か。

 線が一斉に、俺たちへ向かって伸びてきた。

「来るよ!」

 アヤの声と同時に、剣が閃く。  一体目の濁り獣が、崖際で首を飛ばされる。

 コルトの矢が、別の影の前足を打ち抜いた。

 ミナの爆瓶が、濁りの群れの手前で炸裂し、黒い霧を一度だけ散らす。

 リアンは、ひとつ息を吸い込み、祈りの言葉を紡ぎ始めた。

 その足元から、柔らかな光の線が広がっていく。

 濁りの線とは違う、真っ直ぐで、温かい筋。

 俺は、その全部を視界の端に置きながら、一歩、後ろへ下がった。

『セイ、後方の退避路、今は問題ありません』

(了解。……前は任せる)

 俺の仕事は、ここから先、誰かが倒れ込んできたときの「受け皿」だ。

 崖の縁が、ばきばきと音を立てる。

 土が崩れ、石が転がり、足場が削れていく。

 アヤの足運びは、それをギリギリで避けながらのものだった。

 右足を崩れた土の上には決して置かない。

 常にひとつ、戻れる場所を残している。

(……さすがだな)

 濁り獣の牙が空を切る。

 剣が、その線を一つ一つ潰していく。

 その時だった。

 大きな影の陰から、泥まみれの小さな何かが、するりと抜け出した。

『セイ――』

(見えてる)

 線が違った。

 他の濁り獣(にごりじゅう)たちが「前へ」向かっているのに対し、そいつの線だけが、斜め後ろへ回り込んでいる。

 しかも、地面すれすれを這うような、いやらしい軌道で。

 その先には、祈りを続けるリアンがいた。

 彼女の体の周りには、光の線が集まり、ぐるぐると回っている。

 祈りの最中は、足が止まる。

 動けない。

 それが、あいつの狙いだ。

 牙の軌道線が、リアンの喉元と交差する未来を描いた瞬間。

(ここだ)

 俺の体は、もう動いていた。

 右足を、リアンの方へ斜め前に出す。

 崩れかけた土を避けるために、足裏全体で、まだ固い場所を掴む。

 左足は、その斜め後ろ。

 重心を低く構えたまま、前へ滑らせる。

 胸の中で、ガランさんの声が蘇る。

『その一歩は、“助けるためだけに”使え』

 俺は、リアンと濁り獣(にごりじゅう)の線の間に、自分の体をねじ込んだ。

「っ……セイさん!?」

 リアンの驚きの声が、耳の奥で遠くなる。

 牙の線が、俺の肩の前を通り過ぎる未来を描く。

 そこへ、ほんの半歩だけ、右肩をずらしてやる。

 あとは、腰の短剣を、最小限だけ動かす。

 噛みついてくる顎の「軸」から、刃を外して滑らせる。

 狙うのは喉でも目でもない。

 牙の根元、力が一瞬抜ける関節のあたりを、そっと引っかくように払う。

 刃が何か硬いものをかすめた手応え。

 次の瞬間、濁り獣の体勢が、わずかに崩れる。

 俺はその肩を、左手で掴んで進行方向を変える。

 リアンから外へ、崖とは逆の方向へ。

 重心を半歩、後ろへ送る。

 足の裏で地面を押し出し、濁り獣ごと、自分の体を回転させる。

 リアンの体が、俺の後ろへ引き寄せられた。

「きゃ――」

 彼女の声が、俺の背中に当たる。

 濁り獣の牙は、空を噛んだ。

 俺と獣の線が、ほんの少しだけずれた位置で交差する。

『右後ろ、注意!』

(分かってる!)

 俺は、崩れた足場を避けながら、リアンを抱える腕を返し、そのまま二人分の体重を横に転がした。

 さっき黄色い印をつけた石の列を、ぎりぎりで避ける。

 直後、その場所に別の濁り獣が飛び込んできて、崩れた土ごと川へ落ちていった。

「ミナ!」

「わかってる! ――《フラッシュ》!」

 ミナの投げた瓶が、俺たちの前で眩い光を放つ。

 濁り獣(にごりじゅう)がひるんだ一瞬を、アヤとコルトが逃さない。

 剣が、濁り獣の首を断つ。

 矢が、その頭蓋を壁に縫い止める。

 数心拍分だけ、世界が静かになった。

「セイ!」

 アヤの声が飛ぶ。

「大丈夫か!」

「……なんとか」

 俺は、砂と泥だらけになった体を起こした。

 背中に感じていた重みが、そっと離れていく。

「セイさん……っ」

 リアンが、震える手で自分の喉元に触れる。

 そこには、何もない。

 血も傷も、付いていない。

 代わりに、俺の肩口の革鎧が少し裂けて、じんわりと熱を帯びていた。

「あー、やっぱりかすってるじゃん!」

 ミナが駆け寄ってきて、顔をしかめる。

「ちょっとだけだよ? 皮一枚でしょ?」

「その“ちょっと”が大事なんだってば!」

 ミナは慣れた手つきで、小さな瓶を取り出し、傷口にぽたぽたと垂らす。

 ひんやりとした感覚が、さっきまでの熱を嘘みたいに押さえ込んでいく。

「セイ」

 アヤが、少し息を切らしながら立っていた。

 その目は、叱るようでいて、どこか安堵も混ざっている。

「……ありがと」

 その一言に、言い訳は全部飲み込まれた。

「ルールの範囲、ぎりぎり守ったつもりです」

 俺がそう言うと、アヤは小さく笑った。

「そうね。……ぎりぎりね」


 その日の戦いは、それで終わりではなかった。

 崩れた崖の内側からは、まだ濁りの霧が噴き出し続けていた。

 俺たちは撤退ラインを一段引き下げ、祠と灯籠の位置を確認し直し、これ以上深入りしないことを決めた。

 濁り獣たちの核だけを可能な範囲で回収し、村へ戻る。

 ギルドに着く頃には、夕暮れの光がすっかり赤に変わっていた。

 その夜のギルドは、静かだった。

 酒場の笑い声はいつもより少なく、代わりに低い会話と、重い椅子のきしむ音だけが響いている。

 奥の部屋で、俺たちはガランさんと向かい合っていた。

「――以上が、現場での一連の流れです」

 アヤが、簡潔に報告を締めくくる。

 テーブルの上には、崩れた崖と川の簡易地図。

 その隣には、俺の視界ログをもとにした線のスケッチ。

 濁り獣(にごりじゅう)の核が、小さな布袋にまとめられている。

「ふむ」

 ガランさんは指先で机をとん、と叩いた。

「濁り源の状態、崩落の危険。魔物の種類と数。そして、セイの救出行動、か」

 その視線が、順番にみんなを撫でていく。

「個別に聞こう。アヤ」

「はい」

 アヤは背筋を伸ばした。

「セイがいなければ、リアンは間に合わなかったと思います」

 はっきりと言う。

「でも同時に、禁止していた危険行為でもあります。」

 そして、悲しそうに

「……私たち前衛が抑えきれなかった責任でもある」

 ガランさんは、ふむ、とだけ頷いた。

「コルト」

「……現場の戦力として見れば」

 コルトは少しだけ言葉を選んだ。

「あの動きは、頼もしすぎる」

 それだけ言って、黙る。

 ガランさんは口の端だけで笑った。

「ミナ」

「正直に言っていい?」

「もちろんだ」

「うん」

 ミナは腕を組んで、天井を一度見上げた。

「セイくんをずーっと後ろに置いておくのも、なんか違うなって思ったよ」

 ガランさんの眉が、わずかに上がる。

「そりゃ、危ないことしてほしくないけどさ。……あれ見ちゃうと、“この子をただの荷物持ちって扱い続ける”のも、もったいない」

 それは、ミナらしい言い方だった。

「リアン」

 最後に呼ばれたリアンは、びくりと肩を揺らした。

「はい……」

 彼女は両手をぎゅっと握ってから、ゆっくりと口を開く。

「セイさんの力は、祈りでも魔法でもありません」

 それは、この世界の価値観からすれば、奇妙な宣言だろう。

「でも――私の祈りと同じくらい、“助けるための力”です」

 ガランさんは、しばらく黙っていた。

 やがて、深く息を吐く。

「……なるほどな」

 そして、俺を真っ直ぐに見る。

「このまま“戦闘完全禁止の少年”として扱うのは、もう現実的じゃない、ってことか」

 その言い方は、半分ため息で、半分はどこか楽しそうだった。

「ギルドとして、正式に実力を測り、“どこまで任せるか”を決める必要がある」

 俺の喉が、また乾く。

「その上でだ」

 ガランさんは椅子から立ち上がった。

「一度、俺と剣を交えてもらう」

 部屋の空気が、少しだけ変わる。

「それが終わったら、ランクと“やっていい範囲”を決めよう。……いいな、セイ」

 逃げ道は、最初から用意されていなかった。

「分かりました」

 俺は、ゆっくりと頭を下げる。

 ガランさんは、わずかに口元を緩めた。

「明日の朝、裏庭だ。……今日の崖のときと同じ装備で来い」

「はい」


 その夜、教会のベッドで、俺はなかなか目を閉じられなかった。

『緊張していますか?』

(そりゃ、するだろ)

 天井を見つめたまま、苦笑する。

(ギルドマスターと模擬戦だぞ。……前の世界で言えば、現場を知り尽くした管理職と、実技テストってところか)

『セイなら、大丈夫です』

(根拠は?)

『私が、セイの歩幅と心拍をずっと見てきたからです』

 リラの声は、相変わらず穏やかだ。

『それに、今日はルールを守りながら、リアンさんを救いました』

(……ぎりぎりな)

『ぎりぎりで線を踏める人は、そう多くありませんよ』

 それは、少しだけ嬉しい言葉だった。

「……明日は、“見せるところ”と“隠すところ”を、ちゃんと分けないとな」

『はい。やりすぎないためのルール、まだ有効です』

(頼むぞ、相棒)

 窓の外では、灯籠の光がゆっくりと揺れている。

 その光から伸びる線が、村全体を包み込み、遠くギルドの裏庭まで続いていた。

 その先に、明日の朝の自分の姿が、ぼんやりと浮かぶ。

 ――昇格の条件を測られる日。

 そう思いながら、ようやく、浅い眠りへと落ちていった。


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