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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第4章 北外縁の森、撃てない手を道具で埋める

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第58話 撃てない手と、弩の設計

 鍛冶場の扉を押し開けた瞬間、熱気と鉄の匂いが顔をなでた。

 炉の火はまだ弱く、赤い炎が静かに揺れているだけだ。

「おう、来たか」

 金槌を置いたドランさんが、煤で黒くなった腕を軽く振った。 作業台の周りには、すでに顔ぶれがそろっていた。

 《鎚灯り》からはバルド、テオ、サラ、《リュミエルの灯》からはコルト、ミナ、リアンが揃って座っていた。

 その向こうに、腕を組んだガランが立っている。

『メンバー、予定どおり。あとは、セイの口から“撃てない手”の定義を出すだけ』

 頭の中で、リラが淡々と確認してくる。

「じゃあ、始めようか」

 ガランが場を見渡し、視線を俺に投げた。

「ボウガンの件だ。セイ、お前の“撃てない手”の話から頼む」

「分かりました。……」

 俺は近くの丸椅子を引き寄せて腰を下ろし、作業台の端を軽く叩いた。

 みんなの視線が、そこに集まる。

 言葉を選びながら、指で机の木目をなぞる。

「刃物を生き物に向け命を取ることに抵抗のある人。

 そういう“線の手前で止まる”人たちの話だ。」

 ミナが、小さく肩をすくめた。

 リアンも、膝の上で組んだ指をぎゅっと握る。

  サラは、胸の前で重ねた手にそっと力を込め、静かに目を伏せた。

「……それって、臆病とかじゃなくて?」とミナ。

「臆病とは違うな」

 俺は首を振る。

「俺らみたいに、ゴブリンだろうが猪だろうが“仕事相手”として割り切れる手もある。でも、誰もがそうなれる必要はない。祈り手とか、村の連中とか、“命を守る側”の価値観で生きてる人は――むしろ、簡単に刃を向けられない方が正常だ」

 横でサラが、そっと息を吸ったのが分かった。

「……分かります。祈りの修行をしていても、最初の一人に『傷をつけるかもしれない』って思うと、足が重くなりましたから」

 サラは、胸の前で手を組みながら、苦笑気味に続ける。

「それでも必要なら、祈りで押さえたり、結界を張ったりはできます。でも、自分の手で“刺す”一歩目は、今でも軽くはならないですね」

 そのやりとりに、口元だけで小さく笑ってから、俺は皆に向き直った。

「だから、ミナやリアン、サラさんみたいな“守るための手”には、殺しに行く道具は背負わせたくないんです。 持たせるなら、生きて帰るための一手だけにしたい」

 リアンが、少しほっとしたように目を伏せた。

「だから、今回のボウガンのコンセプトは一つだけです」

 俺は指を一本立てる。

「『撃てない人にも、“生きて帰るための一手”を増やす』。人殺しを楽にする武器にはしない。乱射して遊べるオモチャにも、戦争用の大量殺傷兵器にも、絶対にしない」

「そこは、鍛冶屋としても同じだな」

 ドランさんがうなずいた。

「生きて帰るための武器なら作る。人殺しを楽にする道具は作らん。……で、その前提で形の話に入っていいか?」

「お願いします」


 作業台の上に、木と鉄の試作品が三つ並べられた。

 一つは、弓に似た軽い弩。

 一つは、三脚付きのごつい鉄塊。

 もう一つは、まだ骨組みだけの細長い枠だ。

「まずは軽い方からだな」

 ドランさんが、木製の弩を持ち上げる。

 ミナの方へ向けて、顎でしゃくった。

「ミナ、お前が構えてみろ」

「え、あ、うん……」

 ミナが立ち上がり、恐る恐る肩に当ててみる。

 弦を引く動作で、肩口が少し震えたが、なんとか溝まで引き込んだ。

「……重いけど、弓よりはマシ、かな」

「反動は弱め。威力は弓よりちょい上。足止めとか、仲間を助ける一発を想定してる」

 俺が説明を足すと、ミナがこくこくと頷いた。

「爆瓶と合わせるなら、ここだな」

 テオが、横から口を挟む。

「瓶を先に投げて視界を潰す。そのあとで、逃げられないラインに一発。“攻めるため”じゃなくて、“離れるための一撃”。」

「そういう使い方だな」

 俺も頷く。

「ミナが前に出ないまま、距離を取って撃てるようにする。“撃たなきゃ死ぬ”じゃなくて、“撃てたから戻れる”一歩」

 今度はリアンの方を見る。

「リアンも、構えてみてくれないか?」

「……分かりました」

 リアンが、少し緊張した顔で弩を受け取る。

 祈り用の杖と違い、木の感触に戸惑っているのが分かる。

「弦を引くのは大変だったら、誰かに手伝ってもらってもいい。

 大事なのは、“構えた状態で祈れるかどうか”だ」

「祈りながら……」

 リアンはこくりと頷き、小さく息を整えた。

 弩を胸の前で抱えるようにし、目を閉じる。

「アクアエリアよ、この者の足元を守ってください――」

 祈りの言葉と共に、うっすらとマナの揺れが弩の周りを包む。

 それを見て、サラが目を細めた。

「……矢に“守り”を乗せる形ですね。悪くないと思います」

「攻撃じゃなくて、『ここから先に来させない一矢』って感じだな」

 バルドが、腕を組んで笑う。

「リアンが撃つときは、俺らが前で壁やる。その一発で、後ろの退路を開ける、ってことか」

「はい。それが理想です」

 リアンが小さく微笑む。

 さっきまでの強張りが、少しだけ解けていた。

(よし、“ライト弩=ミナとリアンの逃げ道”って線は固まったな)

『うん。二人とも、“守るためなら撃てる”って顔してたよ』


「次。重い方だ」

 ガランが、ごつい鉄製の弩を三脚ごと持ち上げ、コルトの前に置いた。

「……でかいな」

 コルトが苦笑する。

 けれど、弓を持つときと同じ目になっていた。

「弓と違って、これは連射向きじゃない。時間をかけて一発を通す、“決めに行く弩”だ」

 俺は、弦とレールの構造を指でなぞりながら説明する。

「対大型、対装甲、対空。前でバルドたちが足を止めて、テオが風と足場で整えて――最後にコルトが“これ一本で折る”武器」

「……いいね。責任重大だけど、嫌いじゃない」

 コルトが三脚を少し開き、構えてみる。

 肩に載せるというより、体全体を預けるような姿勢になる。

「これ、撃った反動で前に転びません?」

 ミナが心配そうに言うと、ドランさんが鼻で笑った。

「そこは俺の仕事だ。暴発しても撃った本人とすぐ近くまでで収まるように作ってある。遠くの味方を巻き込む構造にはしない」

『“暴発しても遠くは巻き込まない”っていう設計は、想定どおりだね』

(そこは譲れないところだ)


「最後が、まだ骨みたいなやつだな」

 ガランが、細長い枠を軽く叩く。

「遠間弩。セイ、お前のソロ用だ」

「名前だけは物騒だな」

 俺は苦笑しながら、その枠を持ち上げた。

 軽くはないが、伏せて撃つ前提なら許容範囲だ。

「これは、ヒトリと組み合わせて、二百~三百メートル先から一発だけ通す用。……まあ、実戦投入はだいぶ先だ。今は“設計だけ”でいい」

『遠間弩は、ソロ運用と王都本隊の背中を守るためのやつだからね。今は“名前と枠組み”だけ共有しておけばいいよ』

(ああ。ここで細かいところまで全部話したら、みんな消化しきれない)

「で――形はだいたい見えた。問題は、この武器を“誰でも撃てる道具”にしないことだ」 

 俺は三つの弩を見渡しながら、話題を切り替える。

「技術が広まれば、“人殺しを楽にしたい連中”が必ず出てくる。王都でも、他国でも、盗賊団でも」

 テオが小さく眉をひそめた。

「……それは、正直、想像できますね」

「だから、セイの理術を噛ませる」

 ガランが、俺の方を顎で示す。

「詳細は……お前が説明しろ」

「分かりました」

 俺は、木炭を手に取り、作業台の隅に簡単な図を描いた。

 弩の持ち手の部分に、小さな印をいくつか刻んでいく。

「トリガーの中に、細かい理術刻印を仕込む。握った人の“マナの揺れ方”を読む仕組みだ」

『署名。指紋じゃなくて、“マナの癖”を読む』

「事前に登録した人のパターンと合わなかったら、トリガーがロックされる。引き金は固いまま、びくともしない」

 ミナが目を丸くした。

「じゃあ、奪われても?」

「ただの重い棒。登録外の人がどれだけ握っても、撃てない」

 リアンが、胸に手を当ててほっと息をつく。

「……それなら、村の子たちの近くにあっても、少し安心できますね」

「そういうこと」

 俺は頷く。

「登録するのは、俺、アヤ、コルト、ミナ、リアン、ガラン……あと、必要になった人だけ。“線を引ける人”にしか渡さない」

「サラは?」

 バルドが、横目でサラを見る。

 サラは少し考えてから、ゆっくり首を振った。

「私は……今のところは、いいかなって思います。私が前に出て撃つ場面より、倒れた人を引っ張って戻す場面の方が多いはずですし」

「祈りの手が全員、撃てる必要はないってことだな」

 俺も同意する。

「リアンみたいに“守るための一矢”を持つ祈り手もいるし、サラさんみたいに“最後まで見届ける祈り”に専念する手もある。どっちも必要だ」

 サラが、少し照れたように笑った。

「……そう言ってもらえるなら、今は支える側でいさせてください」


「ロックシステムについては、もう一つ」

 俺は、図の横にもう一つ印を描き足す。

「もし盗まれたとして――一定時間、“登録外のマナ”が触り続けると、内部の刻印が自動で解除される。 そのかわり、弦と内側のパーツが、わざと“ずれた位置”で固まる」

「……ガラクタになる、ってことか」

 コルトが確認する。

「そう。見た目は弩のままだけど、ちゃんと撃てる状態には二度と戻らない。ギルド経由で俺が回収できれば、調整で直せるけど――盗んだ奴には、まず無理だ」

「いいな、それ」

 ドランさんが、歯を見せて笑った。

「“セイの祝福武具”ってことでギルドに登録しておけば、勝手に持ってる奴は、ただの違法武具持ちだ」

「そこまで含めて、“線を引く武器”にする」

 俺は木炭を置き、みんなの顔を順番に見た。

「まとめると――」

 指を三本立てる。

「一つ。生きて帰るための一手を増やすための武器であって、人殺しを楽にする道具にはしない。二つ。誰でも乱射できない。腕力が要るし、装填にも時間がかかる。三つ。セイと登録された仲間以外には、ほぼ使えない構造にする。奪われればガラクタ。」

 ガランが、ゆっくりとうなずいた。

「それでいい。“撃てない手”に、撃てと言うんじゃない。“撃てなくていい手”のまま、生きて帰れる道具だ」

 その言葉に、ミナとリアン、そしてサラが小さく肩を揺らした。


「じゃあ、今日決めたのは――」

 会議の終わりに、俺は指折り確認していく。

「ライト弩はミナとリアン向け。“足止めと守る一矢”。重弩はコルト向け。“対大型の決め打ち”。遠間弩は、将来の俺のソロ用。“王都本隊の背中を刺しそうな牙”を折るため」

「構造とロックの案は、お前とドランで詰める」

 ガランが続ける。

「ギルドとしては、“誰に貸すか”“どの線まで持ち出せるか”の規約を作る。教会と学院にも、“これは戦争の道具じゃない”って釘を刺しておく」

「了解。技術をよこせって言われたときの言い訳も、考えときますよ」

『“セイ固有の祝福+リラの理術がないと意味がない”ってやつだね』

(うん、それ。大人の世界は建前が大事だからな)


 鍛冶場を出る頃には、外の空は夕方に傾きかけていた。

 炉の赤と、外の橙色の光が、扉の隙間で混じり合う。

「……これで、少しは“撃てない手”の居場所が増えるか」

 ぽつりとつぶやくと、横でガランが鼻を鳴らした。

「増やすんじゃない。“あったはずの居場所を、形にした”だけだ」

 そう言って背を向けるギルドマスターの肩越しに、

 ギルドの地図板が視界に入る。

 村の周りを囲む灯籠列。

 北には、すでに“戻る線”の赤い印がびっしり並んでいる。

 西と南には、まだ薄い線が引かれているだけだ。

『セイ。次はどっちを見る?』

「……南の線だな。灯籠の足元までは“今の村で戻れる”って、ちゃんと確かめに行く」

 そう答えながらも、視線だけは一瞬、西の方に滑った。

 地図の端。

 まだ誰も印をつけていない、濃い森のあたりで――

 ほんのわずかに、嫌な“線の揺れ”を感じる。

(……気のせいだといいが)

 胸の奥に小さなひっかかりを抱えたまま、俺はギルドの扉を押し開けた。

 外の空気は、昼より少しだけ、冷たくなっていた。


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