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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第4章 北外縁の森、撃てない手を道具で埋める

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第57話 東の帰り道と、「諦めて戻る線」

 五日目の朝の祠は、昨日よりも静かだった。

 石段の隙間を抜けてくる風の音と、自分の呼吸だけが聞こえる。

『濁り係数、再計測。祠内部、一・八から一・六まで自然低下中』

「上出来だ。……じゃあ、残りは俺の仕事だな」

 角の根元――黒い金属ユニットが突き刺さっているあたりに、まだ細い線がいくつも絡みついている。

 床の石、祠の柱、外の川へ向かう方向。

 そこから伸びてきたマナの筋が、ユニットに吸い込まれ、また外へと漏れていた。

『床側の線から順番に。祠を優先、外側は最後』

「分かってる」

 右足を半歩引き、重心を低く落とす。

 刀は抜かない。今日は“斬る”んじゃない。“外す”。

 一歩目は、角と床の間に滑り込むための一歩。

 足裏で石の継ぎ目の段差を拾い、その上で止まる。

「……ここ」

 指先で、角の根元から床へ向かう一番太い線をつまむイメージを固める。

 意識の中だけで、その線を少しだけ持ち上げる。

『今、その線だけ薄くする。……はい、今なら切れる』

 呼吸を一つ止めて、指で弾いた。

 ぱつん、と、乾いた感覚が走る。

 床から伸びていた線が、角の根元から外れた。

 石段は、沈まない。

 祠全体も、きしまずにそこにある。

「一つ目、クリア」

『次、柱側。外に抜けてる枝線は、最後にまとめて切ろう』

 左に半歩ずらし、今度は柱と角の間へ。

 足は祠の中心線をまたがないように。重心は常に、角側。

 柱から繋がる細い線を一本ずつ、持ち上げては、リラとタイミングを合わせて切る。

 切るたびに、祠の中の空気が少しずつ軽くなっていく。

『残り、外側三本。川方向のやつ』

「そこが一番、面倒だな」

 外へ伸びる線は、途中でゴブリン部落や濁り獣の巣と噛み合っていたはずだ。

 雑に切れば、どこか別の場所で変な跳ね返りが出る。

『川側の三本、一旦ここで“祠側だけ”外す。外の先端は、既に濁り源が薄くなってるから、しばらくは野ざらしでも持つ』

「つまり、祠を自由にして、外は灯籠と本隊任せ、ってことか」

『うん。ここで全部を“管理しよう”とすると、セイの線が崩れる』

 小さく笑って、最後の三本に指を伸ばす。

 一本。

 二本。

 三本目を外した瞬間――祠の内側から、ふっと、重さが抜けた。

 《祠内部濁り係数 一・六→ゼロ・四》

「……残りは“普通の古祠”ってところか」

 黒いユニットは、もう祠と繋がっていない。

 ただ、そこに“置かれているだけの異物”だ。

『今なら、持ち上げても祠は歪まない。マジックボックス、隔離エリアを開くね』

 胸の奥で、箱の蓋が開く感覚がした。

「じゃ、行くぞ」

 両手でそっと、ユニットを掴む。

 金属の塊のわりに、妙に軽い。中身のほうが空っぽで、殻だけが残っているような、そんな感触。

 ほんのわずかに、指先にしびれが走る。

『外皮からのマナ漏れ、ゼロ・一。許容範囲内』

「文句は、村に帰ってから聞く」

 息を合わせて、一気に引き抜く。

 祠の床に空いた穴から、さらさらと砂がこぼれるだけで、崩壊は起きない。

 そのまま、開いている見えない口へ、ユニットごと放り込む。

『隔離エリア、受け取り完了。層三枚、全部正常。……ふぅ』

「こっちの台詞だよ」

 肩の力を抜き、小さく息を吐いた。


 祠の外に出ると、川の音がいつもより澄んで聞こえた。

 鼻を突いていた鉄と獣臭、それに混じっていた嫌な“焦げたにおい”が、ほとんど消えている。

『東エリア、再計測するね』

 視界の端に、簡易マップが広がる。

 ギルドのマナ水晶ネットワークの地図に、今回の遠征ログと灯籠の位置が重ねられていく。

 《東エリア濁り係数 ゼロ・六→ゼロ・ゼロ》

「……ゼロまで行ったか」

『祠の異常波が止まって、川沿いのクラスターが一斉に細くなってる。灯籠の揺れ方も、正常範囲に戻ったよ』

(この祠、俺一人で勝手に片づけたなんて正直に言ったら、アヤに本気で怒られるな)

(あれだけ『絶対一緒に行くからね』って言ってたから、ここは俺にとってアヤの“敵討ち”みたいな場所だ)

 マップ上で、灯籠の印を中心にしていた濃い赤が、淡い灰色に変わっていく。

 ところどころに、まだ薄く色が残っているのは、普通の魔物や、自然な濁りのしみだ。

(灯籠を中心に削って、残りは装置網に任せる。……このエリアは、もう“村と王都本隊の線”の中だな)

『セイ。外縁の外側まで見に行く? 今なら行けるけど』

「……行かない」

 即答した自分の声が、少しだけ苦笑混じりになる。

「ここから先は、“個人的なミッション”の時間だろ。でも、それをやる体は一つしかない」

 北外縁のときと同じだ。

 本当は、もう一歩先の濁りまで足を伸ばして、“伸びている手”の正体を確かめたい。

 けれど――。

「今回は、東エリアの“灯籠ラインまで”で十分だ。濁りをゼロまで落としたなら、あとは王都本隊と灯籠の仕事だろ」

『了解。“外縁外側まで追いかけない”でログつけとくね』

「あとで自分が見て後悔しないように、ちゃんと理由も書いといてくれ」

 マップを閉じ、川下の方角を見る。

「戻る。帰り道で、灯籠の足元に残ってるやつだけ、きれいにしていこう」

『うん。じゃあ、ヒトリ三体で先行偵察する』


 川を下りながら、灯籠の光が届く範囲だけを重点的に掃除していく。

 足場のいい石を選んで乗り、滑りやすい苔を避ける一歩を刻む。

 灯籠の根元で、水を飲んでいた濁りゴブリン三体。

 鼻に血と獣臭が混じった悪臭が届く前に、一歩で間合いを詰め、二歩目で膝を折らせ、三歩目で首筋を撫でる。

 地面に沈む前に、とどめを入れてマジックボックスへ。

 灯籠の影に紛れていた濁りスライム。

 足元をさらわれる前に、踏み込みを一つずらし、マナソードではなく石ころと簡易ボルトで核だけを射抜く。

 ぬるりと崩れた本体を、洗浄魔法で流し落としてから、残骸をまとめて箱の口へ押し込んだ。

『倒した魔物、合計十二。全部“完全停止”確認済み。灯籠直下の濁り係数、ゼロ・ゼロ』

「上出来。……あとは、戻るだけだな」

 川沿いに残した自分の“戻れる印”を、一つずつ拾い直しながら進む。

 木の幹の浅い傷。石の側面につけた小さな刻み目。

 土に描いた半月の線。

(ここまでが、東の“今の村で戻れる線”)

 いつか、この先の外縁外側まで線を伸ばす日が来る。

 そのときのために、今日の自分はここで止まる。


 村の灯籠列が見えてきた頃には、空はまだ昼前の色をしていた。

『到着予定時刻、ギルドまであと三十分』

「昼前に戻れたなら、ギルドと飯屋と……あと一つ、ガランのところか」

 門をくぐり、まっすぐギルドへ向かう。

 カウンターの奥では、見慣れた受付の兄ちゃんが、書類の山に埋もれていた。

 こっちに気づき、目を丸くする。

「お、おう、セイ。東の川は……生きて帰ってきたか」

「まあ、なんとか。“報告書と、討伐分の引き渡し”お願い」

 カウンター脇の搬入口で、人目のないのを確認してから、マジックボックスの口を開く。

 ゴブリン、濁り獣、スライムの残骸――“怪しまれない量”だけを順番に出していく。

 解体班の連中が、目を輝かせて駆け寄ってきた。

「おいおい、またずいぶん溜め込んでたな……」

「東の川沿いと、祠の周りの分。濁りは全部落ちてるから、触っても平気だ」

「助かる。後でこの川沿いの足場の記録、もらえるか?」

「報告書にまとめる。ウツシに載せる用の足場と危険度の線も、一緒に出す」

 手続きを終えると、受付の兄ちゃんが、こっそり小袋を二つカウンターの下から出してきた。

「そうだ、前回の北外縁分の報奨金、まだ渡してなかったんだった。これはその分と、今回の中間精算。全部まとめてだ」

「……忘れてたな、こっちも」

 小袋の重さを片手で確かめ、もう片方の手で受領サインを書く。

『今回の袋には、前の北外縁調査の報奨と、これまでの依頼と素材・魔石の買い取り分がまとめて入ってる。これだけあれば、当分の生活費と遠征費は十分だよ』

「それなら安心だな」

『ボウガンの開発費は、ギルドと鍛冶ギルド持ちで話が進んでる。セイは設計と実地テスト担当』

「そっちは俺が頭と体を出す。金勘定はガランとドランさんに任せるさ」 

 そんなことを呟いていると、奥の扉が開いて、ガランが顔を出した。

「セイ、戻ったか」

「ただいま戻りました。東の川、祠の異物、回収完了です」

 簡単に、祠でのことと、ユニットを隔離してある旨を報告する。

 ガランは、難しい顔でしばらく聞いていたが、最後に深く頷いた。

「……よく戻った。東の線は、灯籠と本隊に繋ぐ。お前一人に背負わせる範囲じゃない」

「そういう線でお願いします」

「それと、ボウガンの件だがな」

 ガランの目が、少しだけいたずらっぽく細くなる。

「お前の“撃てない手”の話、あれからこっちでも少し検討した。明日の午後、鍛冶場で時間を取った。ドランも呼んである」

「了解。じゃあ、報告書を出したら、一回頭を整理しておきます」

「頼むぞ。お前の線引きに合わせて、こっちも“撃てるけど撃ちすぎない”道具を考える」

 そう言ってガランは、また奥へと戻っていった。


 ギルドでの用事を一通り終え、宿の部屋に転がり込む。

 荷物を下ろし、洗浄魔法で汗と埃を落としてから、ベッドの上に仰向けになる。

「……で、祠の“箱の中の箱”はどうだ」

 天井を見たまま問いかけると、視界の端に、マジックボックスの内部図が立ち上がる。

 隔離エリアの真ん中に、黒い金属ユニットが浮かんでいた。

『外側の濁りは完全に剥がれてる。今は、“元の形”だけ』

 リラの声と同時に、ユニットの表面に、細い線が浮かび上がる。

 魔石の周りを走る回路のような模様。

 円と直線と角度で組まれたパターン。

(……やっぱり、見覚えがあるな)

『セイ。これ、多分“黒川時代の遺産物”だよ』

「……だろうな、とは思ってた」

 胸の奥が、嫌な意味で冷たくなる。

『理層の癖が、今の世界の魔道具と違う。電気と金属の組み方、黒川やってた頃に触ってた“メンテ用ユニット”のパターンと近い』

「つまり、“こっちの世界の誰か”が真似したんじゃなくて、“あっちの世界の何か”が流れ込んできてる可能性が高いわけだ」

『うん。祠のマナと繋いだのは、この世界側の誰かだと思うけどね』

 村の東の川沿い。

 ゴブリンと濁りと、黒いユニット。

(外縁の外側に濁りが伸びてるだけじゃなくて、線の向こうから“こっちの世界ごと”手が伸びてきてる、ってことかよ)

 思考が、少しだけ暗い方へ滑りそうになる。

『セイ』

「分かってる」

 目を閉じ、一度だけ深く息を吸う。

「東の川は、とりあえず“村の線の中”に戻した。灯籠も、本隊もある」

 今回の四泊五日で、自分が引ける線は引いた。

 そのうえで見つけた“異物”は、今こうして隔離されている。

「外縁の向こうに伸びてる線と、自分の過去から伸びてる線。どっちもまとめて折りに行くのは――」

『“今じゃない”』

「そういうことだ」

 まずは、明日のボウガンの打ち合わせだ。

 村の線を守る道具を、ちゃんと形にする。

 その先でいつか、今日拾ってきた黒いユニットの線の向こう側と、きっちり向き合う。

 そう決めて、まぶたの裏に浮かぶ黒い回路模様を、そっと押しやった。


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