第5話 外縁への散歩
この作品を開いてくださって、ありがとうございます。
作者のいい加減工房と申します。
「いい加減」は“雑”ではなく、ちょうどいい塩梅の方の意味です。
――この物語の舞台は、「理」とマナが満ちた世界です。
世界の裏側には、目には見えない「理層」と呼ばれる層があり、
そこには「世界をどう動かすか」の設計図のようなものが書き込まれています。
人々が暮らす村や町の外側には、
魔物や“濁り”が増えてくる「外縁」と呼ばれる帯があり、
そこが“安全圏のふち”=境界線になっています。
主人公のセイは、その理層に少しだけ触れることができる青年です。
本気を出せばかなりのことができますが、
目立ちすぎるとまずい立場にいるので、
・どれくらい危ないかを自分なりに確認して、
・「ここまでは守る」「ここから先は踏み込まない」と線引きをして、
・工夫と準備で、なるべく目立たない形で相手を倒していく
そんなやり方を選んでいます。
派手な英雄ではなく、
「実は強いのに、ひたむきにそれを隠しながら、
村と仲間を守ろうとする裏方気味の主人公」の物語です。
世界の細かい仕組みや用語は、
本編やあとがきで少しずつ触れていきますので、
まずは肩の力を抜いて、物語そのものを楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
午後の日差しは、思ったよりも強かった。
ギルドの裏庭で、俺は借り物の装備と格闘していた。
昼前にガランさんから、《リュミエルの灯》の外縁見回りへの同行を言い渡された
そのため今はミナが装備の装着を手伝ってくれている。
「……紐、多くない?」
「落としたら困るもの順に結んであるんだよ」
膝に手をついて笑っているのはミナだ。
彼女の手によって、俺の貧相な体は、簡素な革鎧と肩当て、膝当てで固められている。
胸の前には、エルディアギルド印の小さな木札。
そこから、細い光の線が一本、ギルドの建物に向かって伸びていた。
(これが、ギルド登録の線か)
『はい。身元情報と、最低限の保護祈念が紐づいていますね』
リラが、いつもの落ち着いた声で説明してくれる。
「よし、こんなもんかな」
ミナが最後に腰のベルトをきゅっと締める。
「セイさん、細いからサイズを合わせるの大変でしたよ。もうちょっと食べて大きくなりましょうね」
「努力はします」
中身四十七歳としては複雑な気分だが、言い返せない。
少し離れたところでは、アヤが剣の刃を確かめ、コルトが弓弦の張り具合を調整していた。そのどれもが、動きに無駄がない。
「準備はどう?」
アヤが顔を上げる。
「うん。セイ君、軽く動いてみて。走ったり、しゃがんだり」
「分かりました」
俺は裏庭の真ん中に立ち、まずその場で肩と首を回す。
膝を曲げて伸ばし、足首を一つずつ回す。
鎧がきしむ感覚はあるが、痛いところはない。
庭をぐるりと一周してみる。
小走りに進んで、急に止まる。
前に一歩踏み込み、すぐに後ろへ一歩下がる。
革鎧は思ったより軽い。
走っても、視界を邪魔する部分はほとんどない。
(この世界の素材、案外優秀だな)
『軽量マナ繊維が部分的に織り込まれています。前の世界のスポーツ用素材に近いですね』
(それは頼もしい)
しゃがんで地面に手をつき、すぐに立ち上がる。
左右に一歩ずつ移動して、足場の感覚を確かめる。
「動きにくいところ、当たって痛いところは?」
「今のところは、特にないです」
アヤが満足そうに頷いた。
「じゃあ、ほんの少しだけ、動きの癖も見せてもらおうかな。危険なことはしなくていいからね」
「了解です」
俺はひとつ息を整える。
(派手なことは、控えめに、だな)
『はい。今日は“ちゃんと動ける見習い”くらいで十分です』
(了解)
右足を半歩前に出し、腰を少し落とす。
両手を軽く握り、胸の前に構える。
空手の基本の形を、かなり薄めたものだ。
前足で地面を押し出すように一歩。
右の拳を、胸の高さまですっと突き出す。
次の一歩で、左の拳。
呼吸に合わせて、重心を前へ送っては戻す。
腕を振り切らないように、わざと小さめの動きに抑える。
ぱん、ぱん、と空気を叩くような音が、庭に小さく響いた。
「……へえ」
ミナが目を丸くする。
「見た目は細いのに、ちゃんと芯がある動きだね」
「ちょっとだけ習ってただけです」
型を一区切りさせてから、俺は軽く走り出す。
庭の端まで走って、急に止まる。そこで向きを変え、横へ二、三歩。
今度は斜め前に短くダッシュして、すぐに膝を曲げて減速する。
跳んだり回ったりは、あえてしない。
あくまで「駆け足」と「急停止」と「方向転換」だけだ。
それでも、少年の体は驚くほど素直に反応してくれる。
足の裏で地面をつかむ感覚が、前の世界よりもずっとクリアだ。
『身体能力、前世界より相当上ですね。バランスも優秀です』
(そこは声に出して言わないでいい)
「いいね」
コルトが淡々と評した。
「その体格で、そこまで崩れないのは助かる。後ろに置いておいても、勝手に転がっていかない」
「失礼な言い方だけど、褒めてるからね?」
ミナがくすくす笑う。
「了解しました。努力して“後ろで役に立つ”ことにします」
そう返すと、リアンがほっとしたように頷いた。
「セイさん、無理はなさらないでくださいね。今日は、本当に“道と灯籠を見るだけ”ですから」
「はい。ガランさんにも、そう言われましたし」
前に出たい衝動が、少しだけ落ち着く。
「じゃあ――改めて」
アヤが剣を軽く担ぎ上げた。
「《リュミエルの灯》、出発。セイ君今日は“見習いの仮F”。前に出るのはまだまだ先。私たちの後ろで、道と灯籠の顔を覚える係ね」
「了解です」
俺たちは、村の門へ向かって歩き出した。
◇
村を抜けて北側へ向かうと、やがて畑が途切れ、草の背が高くなっていく。
外縁へ続く道は、土が踏み固められた一本の筋だ。
その両脇に、一定の間隔でマナ灯籠が立っている。
昼間でも、灯籠の青白い光は消えない。
そこから伸びる光の筋が、村の方へと戻っていくのが見えた。
(しかし……)
歩きながら、俺はこっそりリラに問いかける。
(この辺の調査って、普段はどうやってるんだ?)
『基本は、「人が歩いて目と感覚で確認し、紙の地図に印をつける」です。灯籠の状態や“危険そうな場所”も、文字や記号で記録しているようですね』
(アナログだな……いや、この世界だとそれが普通か)
『ただ、セイの視界には、すでに“線情報”が乗っています』
リラの声が、少しだけ誇らしげになる。
『ギルドのマナ水晶ネットから、この周辺の“荒い地図データ”を少しだけお借りできます。道と灯籠の位置、それから過去の報告で危険印が付いた場所の情報です。それを、セイの足元の線情報と重ねて、ミニマップとして整理しましょう』
(地図データを丸ごと抜くんじゃなくて、「今いるあたりの道と灯籠ライン」と「公開されてる危険地点」だけ、参考にする感じか)
『はい。外側にデータを漏らすことはありませんし、取得も必要最低限。あくまで、セイの頭の中のメモ用です』
(それなら、やってみよう。どうせ歩くなら、歩いた分だけ自分たちの地図が賢くなった方がいい)
『了解。ではミニマップと簡易マーカー機能を起動しますね』
リラの声と同時に、視界の隅に小さな半透明の枠がふわりと浮かんだ。
村から外縁へ伸びる道と灯籠の点だけが描かれた、ざっくりした線図だ。
ところどころに、淡い黄色の丸印が見える。過去の報告で「注意」とされている地点らしい。
(おお……ゲームのミニマップだ)
『セイの歩幅と、線の感覚でだんだん精度が上がります。“危険寄り”と判断した場所には、赤い印も付けられますよ』
(了解。表向きはみんなの“目と足”。裏では、リラと一緒に“危険ログ”を集める感じだな)
『いい役割分担です』
俺は前を歩くアヤたちの背中を見ながら、足元の感覚に意識を集中させた。
◇
「ここから先が、外縁だね」
アヤが足を止める。
見上げれば、森の影が道を覆い始めていた。
枝葉の隙間から差し込む光はまだ明るいはずなのに、どこか色が濁って見える。
(……ノイズが多い)
『はい。マナのゆらぎが大きいです。灯籠の結界ラインと、外から来る濁りがぶつかっている状態ですね』
俺の視界には、灯籠から伸びる光の線と、森から溢れる黒っぽいもやの線が、網目のようにぶつかり合っていた。
ところどころ、光の線が細く削られている場所がある。
(あそこ、薄いな)
『座標マークしました』
リラの返事と同時に、視界の片隅に小さな印が浮かぶ。
ミニマップの上にも、赤い点がひとつ灯った。
(……本当に、歩くたびに“塗り絵”してるみたいだ)
『地図の完成度は、セイの歩幅しだいということです』
(上手いこと言ったつもり?)
『少しだけ』
思わず、アヤに声をかける。
「あの、ちょっといいですか」
「ん?」
「灯籠の……結界みたいなものって、強いところと弱いところがありますよね?」
「まあ、多少はね。濁りの流れ方次第では、歪みも出るし」
「もし、その“歪み”の場所が、ある程度わかるとしたら……役に立ちます?」
アヤが、目を丸くした。リアンも興味深そうにこちらを見る。
「セイさんには、見えるのですか? 結界の強さが」
「見える、というか……線の太さが違うように感じるので」
俺は、道の脇の灯籠を指さした。
「例えば、今立ってるこの灯籠の先、五つほど向こう。
あそこだけ、線が少し細いです」
アヤたちは顔を見合わせた。
「コルト?」
「……確かに、あのあたりだけ濁りの気配が強い」
コルトは目を細めて、森をじっと見た。
「ミナ、とりあえず瓶を一つだけ。遠投」
「了解、一本だけね」
ミナが腰のポーチから小瓶を取り出し、慣れた動きで森の手前へ投げる。
瓶が地面に当たって割れ、ぱっと光が広がった。
爆音というほどではないが、空気が一瞬震える。
光の中心で、黒いもやが、わずかに後ずさるように揺れた。
『……なるほど。爆裂瓶の中身、あとで分解してみたいですね』
(やめとこうな、ここで口に出すのは)
俺は小声で咳払いをしてごまかす。
「今の一発で“はっきり減った”感じは、あんまりないね」
ミナが肩をすくめた。
「うん。“少し薄くなったけど、押し返せてはいない”くらい」
「つまり、“普通より危険寄り”ってことだな」
アヤが短くまとめる。
「この先、森の中まで突っ込めば、たぶん本番の範囲になる。
でも今日は、そこまで行かない」
アヤは、道の上に剣先で小さく印をつけた。
「ここを、今日の“危険ライン・基準点”にしよう。
この先は、“危険寄り”って印をつけて戻る。
それが今日の仕事」
「了解です」
(リラ、この地点を危険地点Aにしておいてくれ)
『承知しました。“危険ライン・危険地点A”として記録します』
ミニマップの上で、さっきの赤い点の輪郭が、少し太くなる。
「ここより手前で、灯籠の線が細くなっている場所も、いくつか見つけたいね」
アヤがみんなを見渡した。
「セイ君は、“線が細い灯籠”を見つけたら教えて。
私たちはそれに合わせて、マナの流れと濁りの気配を確認する」
「はい」
それからしばらく、俺たちはゆっくりと外縁沿いを歩き、道と灯籠を見て回った。
俺は線が薄い場所をいくつか見つけては、アヤに小声で知らせる。
アヤとコルトが目と感覚で確かめ、ミナが必要に応じてごく弱い瓶を投げ、リアンが祈りで灯籠を少しだけ補強する。
そのたびに、俺の視界のミニマップには小さな印が増えていった。
黄色い丸印。赤い点。
「ここは問題なし」「ここは要注意」「ここは危険寄り」。
(……こういう地道な仕事が、“帰るための線”を太くしてるんだよな)
『はい。セイの役割に、とても合っています』
◇
日が傾きかけた頃、俺たちはさっきの危険ライン・危険地点Aまで戻ってきた。
森の奥では、黒いもやが、さっきよりも少しだけ濃く見える。
けれど、いまはまだ“線を削っているだけ”だ。こちらまで直接は伸びてこない。
「……今日は、ここまで」
アヤが、はっきりと言った。
「この先は“危険寄り”って印をつけて、村へ戻る。
ここで無理をしても、得るものより失う危険のほうが大きい」
「了解」
ミナとコルトが同時に頷く。リアンも、杖を胸の前で握りしめた。
俺は最後にもう一度だけ、黒いもやと灯籠の線を見比べる。
ミニマップの上で、危険ライン・基準点Aがゆっくりと明滅していた。
(……次に来る時は、もっと動くことになるかもしれないな)
『その時も、“戻る線”を優先しましょう』
(もちろん)
俺たちは、来た道を引き返し始めた。
◇
夕暮れが近づくころ、村の灯籠にひとつ、またひとつ、光が灯り始めた。
門をくぐると、石畳の上に柔らかな青い輪が重なっていくのが見える。
「今日は“散歩”ってことで、報酬はほとんど出ないけどさ」
ギルドへ向かう途中、ミナが肩をすくめた。
「でも、こういう情報の積み重ねが、あとあと効いてくるんだよね」
「ですね。危険な地点が分かっているだけで、守れる命が増えます」
リアンが静かにうなずく。
(……報酬、ほとんど出ないのか)
ちょっとだけ胸が痛んだ。
宿代、食費、武具代。この世界で生きるには、どうしてもお金がいる。
『今日は実質、“お試し参加”ですからね。本格的な依頼は、もう少しあとになるはずです』
(分かってるけど、居候させてもらってる身としては、早めに何か稼ぎたいんだよなあ)
そんなことを考えているうちに、ギルドの扉の前に着いていた。
◇
ギルドの中は、夕方の報告で少し賑やかだった。
受付のカウンターの前には、何組かの冒険者が並んでいる。
「私たちは、奥の報告室を使います」
アヤが受付に一声かけ、簡単に手続きを済ませる。
俺たちは、そのまま小さな報告用の部屋に通された。
長机を挟んで、アヤたちが簡潔に今日の内容を話していく。
「北側の外縁ライン、灯籠十本分くらいを確認。
線が細くなっている灯籠が三本。
そのうち一本の先に、“濁りの集まり”がありました」
机の上には、ギルド側で用意した紙の地図が広げられている。
アヤが灯籠の位置を指でなぞり、危険寄りの地点に印をつけていく。
「ここを、“危険ライン・危険地点A”とします。
森の中までは入っていません。今日はここで引き返しました」
「分かった」
ギルド側の担当者がうなずき、記録に書き込んでいく。
「追加調査は、ギルド側で日程を調整します。その際は、また《リュミエルの灯》に声をかけることになると思います」
「了解しました」
報告は、拍子抜けするほどあっさりと終わった。
俺はほとんどしゃべらず、横で聞いているだけだったが、それが今の立場にはちょうどいい。
◇
ギルドを出る頃には、空はすっかり赤く染まっていた。
灯籠の光が少しずつ強くなり、村全体に淡い輪を広げている。
「今日はここまでね。セイ君は、このあと教会?」
「はい。しばらくはお世話になる予定です」
「教会も忙しいところだから、遠慮しすぎて倒れない程度にね」
アヤが冗談めかして笑う。
「明日からは、村の中の軽い依頼にちょこちょこ混ざってもらうつもり。外縁の追加調査は、ギルドから日程が降りてきてから、改めてね」
「分かりました」
アヤたちと別れ、俺はリアンと一緒に教会へ向かった。
◇
教会の簡素な部屋。
硬いベッドと、小さな机と、窓から入る灯籠の光。
ひとりになったところで、俺はベッドに腰を下ろし、大きく息を吐いた。
(……ふう。今日は、“ただ歩いただけ”って言えばそれまでだけど)
『いい“ただ歩いただけ”でしたよ。危険ラインの基準点も取れましたし、ミニマップの精度もかなり上がりました』
(そうだな)
俺は靴を脱ぎ、床にそっと置く。
革鎧を外しながら、ふと自分の服の汚れに目がいった。
土埃と汗。
この世界の洗濯事情を考えると、あまり頻繁に汚すのは申し訳ない気がする。
(リラ。……その、体と服をまとめてきれいにする、軽い理術って、いけそうか?)
『可能です。水と風のマナを薄くまとわせて、表面の汚れだけを剥がすイメージですね。ただし、強くやりすぎると“異常な清潔さ”になりますので、ほどほどに』
(それはそれで怖いな……いや、危険か)
苦笑しながら、俺は立ち上がる。
「えーと……」
手のひらを胸の前に出し、軽く息を整える。
体の表面に、薄い水の膜を張るイメージ。
その水が、埃や汗をからめ取って、ふわりと風で剥がれていくイメージ。
『強度、これくらいで調整しておきますね』
リラがささやいた瞬間、肌にひやりとした感覚が走った。
頭からつま先まで、ほんの一瞬、細かい霧に包まれたような感覚。
次の瞬間には、それも消えていた。
(……おお)
袖口や襟元をつまんでみる。
泥汚れのざらつきがすっと減って、汗のにおいもかなり薄くなっていた。
(完全に新品、ってほどじゃないけど、“人前に出て気にならない”くらいにはなってるな)
『それくらいが自然です。教会や村の人に、「この子だけいつもピカピカだ」と思われたくはありませんから』
(確かに)
ベッドに寝転がり、天井を見上げる。
(なあ、リラ)
『はい』
(このまま教会に泊まり続けて、大丈夫かな。俺、今のところ“仮Fの見習い”で、ろくに稼いでもいないし)
『リアンさんも教会も、「しばらくは大丈夫」と判断しているからこその受け入れです。ただ、セイが“できる範囲で自立したい”と思うのは、とても大事な感覚です』
(宿屋に移るにしても、宿代がいるし。武具だって、そのうち自前のものが必要になる。今日みたいな“散歩”だと、報酬はほぼ出ないしな)
『明日からの村内依頼で、少しずつ実績と収入を積みましょう。それと……』
(それと?)
『今夜、さっそく“今日の反省会”をしましょう。ミニマップのログと、危険ライン・基準点A周辺の線の流れ。あとは、ミナさんの爆裂瓶の挙動。セイの視界に残っている情報だけでも、かなり解析できます』
(……働き者だな、お前は)
『セイと一緒に、生き延びたいだけですよ』
視界の隅に、昼間歩いた道が半透明で浮かび上がる。
村から外縁へ伸びる一本の筋。
その先に、小さく赤い輪で囲まれた危険ライン・危険地点A。
その向こうの森の奥には、まだ「見えていないもの」がたくさんある。
濁りの塊。崩れかけの地面。この世界の理の歪み。
(……まずは、“帰る線”を太くするところからだな)
『はい。今日の分だけでも、確かに太くなりましたよ』
リラの声を聞きながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
灯籠の光から伸びる細い線が、村全体をゆっくりと包んでいくのを感じながら。
こうして俺の、“外縁への最初の散歩”は終わった。
この日見つけた赤い印が、後の大きな戦いの入口になることを、このときの俺はまだ知らない。
読んでくださってありがとうございます。
本編でちょくちょく出てきた 難しめの単語たち を、ここでざっくりまとめておきます。
ふんわり覚えておくくらいで大丈夫です。
■ 理
この世界を動かしている「ルール」「決まりごと」です。
「火は熱い」「物は落ちる」
「こういう条件なら、こういう現象が起きる」
みたいな 世界の仕様書 のことを、まとめて「理」と呼んでいます。
■ 理層
その「理(世界のルール)」が書き込まれている、見えない層です。
目に見える世界:人・森・川・建物
その裏を流れる力:マナ
さらに奥にある設計図の層:理層
という感じの三層構造になっていて、
セイとリラだけが、この「理層」にちょっとだけ触ることができます。
■ マナ
この世界を流れている「エネルギー兼、情報」です。
電気
ガソリン
Wi-Fiの電波
を全部混ぜて、
「目には見えないけれど、あちこちで使われている力」 にしたもの、くらいのイメージです。
祈りや魔法は、このマナを燃料にして動いています。
■ 外縁
人が暮らす「わりと安全な場所」と、
濁りや危険な魔物が増えてくる「危ない場所」の 境目の帯 です。
村の外側に引かれた、
「ここから先は、見張りなしだとキツいよ」ライン
くらいのものだと思っていただければOKです。
セイたちは、この“ふち”を少しずつ外側に押し広げようとしています。
■ 線引き
セイがよくやっている、
「ここから先には踏み込まない」
「ここまでは守る」
「ここまでは自分、それ以降は他の人の仕事」
といった 境界を決める行為そのもの のことです。
仕事で言う「ここまでは自分でやるけど、この先は専門家に回す」の、
命がかかった世界版だと思ってください。
■ 線
上の「線引き」で決めた 結果としての“線そのもの” です。
作中ではいろんな種類の線が出てきます。
村の防衛ラインとしての線
祈りが届く範囲としての線
「ここまで来たら撤退する」撤退ライン
セイ自身の「ここから先は抱え込みすぎ」の心の線
セイは、
これらの線を「怖さ点数」と一緒に何本も引き直しながら、
どこまで進んで、どこで止まるか を必死で考えている、という立ち位置です。
細かいところは、本編の中でも少しずつ触れていきますので、
「なんかそんな単語あったな〜」くらいで頭の片すみに置いておいてもらえたら十分です。
ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。
いい加減工房でした。




