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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第3章 黒い膜の匂い、煙の契約で足場を増やす

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第49話 外縁会議と、もう一つの顔の準備

 翌朝、村はまだ白んでいるだけだった。

 教会の鐘が一度だけ鳴る。

 いつもより少し早く目を覚ましたのは、単純に緊張していたからだと思う。

『珍しいね、目覚まし無しで起きるなんて』

「今日、ガランさんと“外縁の相談”するって自分で言ったろ」

『うん。約束は守らないとね』

 簡単に朝食を済ませて身支度を整えると、まだ人影の少ない通りを歩いてギルドへ向かう。

 冷えた空気が肺に入って、頭の中がすっと澄んでいく感じがした。


 ギルドの扉を開けると、カウンターには既にリーナがいた。

 開店準備の途中だったらしく、書類の束を抱えたまま目を丸くする。

「あら、早いわねセイ。今日は依頼の受付、まだ始まってないわよ?」

「おはようございます。今日はちょっと、ガランさんに相談があって」

「ああ、それなら奥」

 リーナが、抱えていた書類をカウンターに置き、

 奥の扉をていねいに手で指し示した。

「さっきから書庫と行ったり来たりしてたけど、今は執務室にいるはず」

「もう仕事してるんですね……」

「してるわよ。あの人、見た目より朝型だからね」

「助かりました」

 礼を言ってカウンターを離れながら、ちょっとだけ首をかしげる。

(俺、待つつもりで早めに来たんだけどな……)

『ガランさん、どこで寝てるんだろうね?ギルドに住んでるのか、家が別にあるのか』

(さあな。二階の部屋は見たことあるけど、あれが“仮眠室”なのか“自宅扱い”なのか……)

『家族とかいるのかな』

(そういえば、誰もちゃんと聞いたことないよな)

『今度、リーナさんにさりげなく聞いてみようか?』

(いや、今日は仕事の相談が先だ。詮索はまた今度な)

 そんな取りとめのないやりとりをしながら、奥の廊下を進む。

 執務室の扉の前で一度だけ深呼吸してから、軽くノックした。

「セイです。お時間、よろしいでしょうか」

「……入れ」 

 中から聞こえる低い声は、いつも通りだった。


 執務室の中では、ガランが机に広げた書類と地図を見比べていた。

 昨日渡されたものと同じ外縁部の地図が、端に置かれている。

「こんな時間に来るってことは、外縁の件だな」

「はい。依頼の内容そのものじゃなくて……日数について、相談させてください」

「日数?」

 ガランが顔を上げる。

「正直に言うと、日帰りでは足りません。外縁まで往復するだけで一日がほぼ潰れます」

 俺は机の地図の端を引き寄せ、指で線をなぞる。

「村から森の入口までの往復。そこから外縁と呼ばれる境目までの往復。さらに“どこまで行けば危険3、どこから4”かを確かめる時間……」

 指先が、外縁の少し手前で止まる。

「線を引こうと思うなら、“立ち止まる時間”が必要です。進んで、見て、戻って、また別のルートを試して……。それを一日で詰め込むと、どうしても薄くなる」

「……何泊を想定している?」

「実働三日、予備一日。最大で四泊五日まで、です」

 ガランの眉が、わずかに上がった。

「理由を全部言え」

「はい」

 俺はあらかじめ頭の中で並べておいた項目を、ひとつずつ口に出していく。

「まず、時間帯の問題です。濁りや魔獣の動きは、昼だけじゃ分かりません。昼間の様子、夕方、夜、明け方。少なくとも二日は、時間帯を変えて同じ場所を見たい」

 ガランは黙って聞いている。

「次に、天候です。晴れの日と、霧や小雨の日では、撤退ラインが変わります。足場の悪さ、視界の狭さ……。外縁は、今後普通のパーティも使う“村の防波堤”になる場所です。一回きりでも、そこでちゃんと線を引いておけば、これから先の依頼で『ここまでは行っていい』『ここから先は危ない』ってはっきり言えるようになる」

 これは、昨日リラと一緒に紙に書き出した言葉そのままだ。

「だから、一度だけでいいので、厚めに見ておきたい。そのために、三日分の実働と、天候が崩れたときの予備で一日。――四泊あれば、最低限の線は引けると思います」

 言い終えると、部屋にしばし沈黙が落ちた。

 ガランは肘をつき、指先で顎をなぞりながらこちらを見る。

「四泊五日まで、か」

「それ以上は、どんな事情があっても一度戻ります。日ごとに“ここまで進んだらその日は終了”ってラインも、あらかじめ自分で決めておきます」

「連絡は?」

「外縁より内側に戻ったタイミングで、一度ギルドに合図を入れます」

 俺は胸元の腕輪を軽く叩いた。

「腕輪か、教会の祈り札経由で。二日以上何の反応もなかったら……外縁の入口まで様子見を出してもらえれば」

「なるほどな」

 ガランの目が、少しだけ細くなる。

「討伐は?」

「今回は、線を見るのが主目的です。行き帰りの道を塞いでる魔獣だけ、必要最低限の討伐。倒した分は、例のボックスで持ち帰りますけど――“数を稼ぐ”つもりはありません」

「最小限の交戦に留める、か」

 ガランは椅子の背にもたれ、天井を一度見上げた。

「……お前らしいと言えば、お前らしい計画だな」

 少しだけ口元に笑みが浮かぶ。

「外縁までは“セイ”として行く。戻ってくるときも、ギルドに出す報告は外縁の内側まで。――この前提で、四泊まで許可しよう」

「ありがとうございます」

「ただし」

 ガランの声が、ほんの少しだけ低くなる。

「戻ってこられない線は、絶対に踏むな。外縁より内側に帰れないと判断した瞬間に、その計画は失敗だと思え」

「肝に銘じておきます」

「それと、これは俺からのお願いだ」

 ガランは机の上の地図を指さした。

「外縁までのルートと、途中で“足を止めていい場所”を、ちゃんと印で残しておいてくれ。 いつか別のパーティを送るとき、お前の足で決めた線が、そのまま命綱になる」

「……はい」

 それは、元々やるつもりだったことだ。

 でも、改めて言葉にされると、胸の奥で糸がきゅっと締まる。

「じゃあ、四泊までを許可する。

 出発日についても、ギルドの混雑と被らないように調整しておく。

 必要な物資があれば、リストを出せ」

「……出発の時間について、一つお願いしてもいいですか」

 俺は地図の外縁付近を指でなぞりながら口を開いた。

「外縁まで行くだけでも、それなりに時間がかかります。できれば、最初の日から“違う時間帯の様子”も見ておきたいんです」

「違う時間帯?」

「はい。日帰りで行ってこい、って前提にすると、外縁に着くころにはもう昼過ぎで、あまり腰を落ち着けて見ていられません。軽く様子を見て、暗くなる前に安全なところまで戻るだけで一日が終わってしまう。今回やりたいのは、それじゃなくて――外縁の少し内側に、何日か張れる野営場所をひとつ決めて、そこを拠点に、同じ場所を違う時間帯で繰り返し見ることです。明るい時間と、日が落ちるころから夜。それと、夜明け前。その三つの顔を、まとめて押さえておきたいんです」

 ガランが顎に手を当てる。

「だから、出発の申請自体は前の日のうちに済ませておきたいんです。実際に門を出て動き始めるのは、翌日の夜明け前に。初日は明るい時間に一度ぐるっと見て、そのまま外縁近くで野営して、日が落ちてからと夜明け前の様子も続けて確認したい」

 しばらく考え込んだあと、ガランは短く息を吐いた。

「……筋は通ってるな。じゃあ、出発申請は前の日に通しておけ。実際に門を出る時間は、今言った通り夜明け前でいい。初日の野営候補地も、いくつか印をつけておけ。必要な物資があれば、そのリストも一緒に出せ」

「ありがとうございます」

 そこで一度区切ろうとして、ふと思い直す。

「……もう一つだけ、考えていることがあります」

 俺は外縁の地図を見下ろしながら続けた。

「村の外縁って、北側だけじゃなくて、東にも西にも南にも伸びてますよね。今回行くのは北の森ですけど、いずれは村をぐるっと囲む形で、それぞれの方角に“ここまで戻れば大丈夫”って野営地を一つずつ決めておいたほうがいいと思うんです」

「拠点を分ける、ってことか」

「はい。毎回、村から日帰りで出たり入ったりするより、外縁の少し内側に“逃げ場兼、様子を見る場所”を何カ所か作っておけば、普通のパーティでも線を越えにくくなるはずです」

 ガランはしばらく黙って地図を見つめていた。

「……村を中心に四つの扇形に分けて、それぞれにキャンプ候補地を一つずつ、か」

「そんなイメージです。

 今回は、そのうちの“北側の一つ目”だと思ってもらえれば」

「欲張りな話だが、筋は通ってるな」

 ガランが小さく笑う。

「一度に全部は無理だ。まずはお前の言う通り、北側からだな。東と西と南は……お前が戻ってきてから、結果を見て考える。誰に任せるか、何回やるかも含めてだ」

「はい。今回の調査のついでに、“ここなら何日か張れそうだ”って場所をいくつか候補として印をつけておきます」

「頼む。その印が、いずれ“村を守る線”になる」

 そう言ってから、ガランは改めて俺を見た。

「……改めて言うが、四泊までを許可する。出発申請は前の日に通しておけ。実際に門を出る時間は夜明け前。必要な物資のリストと、お前なりの予定ルートを書いた紙を、明日中に出せ」

「了解です」

 深く頭を下げて、俺は執務室を後にした

 廊下に出ると、ちょうど反対側の扉からリアンが出てくるところだった。

 腕には祈り札の束。

「あ、セイ。ガランさんとのお話、終わりました?」

「ちょうど今」

「外縁の調査の件、ですよね」

「……もう聞いてるのか」

「はい。教会にも“セイが数日村を空けるかもしれない”って話が回ってきました。祈り札の準備を手伝ってほしいって」

 リアンは腕の札束を少し持ち上げて見せる。

「外縁まではセイ一人で行くって聞いてます。私たちは、祈りと札でしか支えられませんけど……」

 少し迷ったように言葉を切ってから、真っ直ぐに俺を見る。

「戻ってくる場所は、ちゃんとここに残しておきます。だから、帰ってきてくださいね」

「もちろん」

 俺は苦笑しながら頷いた。

「外縁の線を見てくるだけだよ。危険度が上がったら、すぐに戻ってくる」

「約束ですよ?」

「ああ、約束だ」

 リアンはそれで満足したらしく、小さく息を吐いた。

「では、祈り札のほうは任せてください。追い祈りが必要なときは、腕輪を通してでも届くようにしておきますから」

「頼りにしてる」

 軽く会釈を交わし、それぞれの持ち場へと戻る。

 廊下を歩きながら、腕輪を一度指で叩いた。

(これで、“表向きの準備”はひと通り、か)

『あとは、“裏向き”だね』

「お前はやっぱりそっちから言うよな」


 その日の依頼受付がひと段落したあと、俺は一度教会に戻り、自室にこもった。

 机の上には、外縁の地図とガランから預かった書類。

 その横に、自分で書き足したメモの束。

『四泊許可、よかったね』

「まあ、理由を全部並べたからな。あとは、こっちの都合をどう紛れ込ませるかだ」

 椅子に腰を下ろし、地図の外縁よりさらに外――白い余白の部分をじっと見つめる。

「ギルドに出すのは、外縁の“内側”までの報告。でも、本当に線を引きたいのは、その先だ」

『外縁の外側。“戻ってこられなかった”人たちの、向こう側だね』

「ああ」

 濁りの流れ。

 魔獣の生息密度。

 地形のいやらしさ。

 それらを全部、俺とリラの“記憶”に刻んでおきたい。

「……そこで問題になるのが、“顔”だ」

『うん。教会に住んでるBランク剣士セイが、外縁の外でものすごく暴れてる、ってことになると』

「“あっちこっちで同じ線を引いてる変な奴”って、すぐバレる」

『そう、それが面倒なんだよね』

 リラの声が少し笑う。

『山のときに一回、変装モードでの実戦はやってみたけど……あれは一晩きりだったし。今回は四泊だし、外縁の外側では、もう少し“本気寄り”で使うことになる』

「だから、変装モードのほうも、そろそろ本番仕様にしておきたいわけか」

『そういうこと』

 そこで、いつもの機械的な声色に近くなる。

『変装モードは、前に山で使った“影抜き装備プランA”をベースにした“外縁調査仕様”で運用できるよ。 髪と目と声の印象を三割ほどずらすのは今まで通り。それに加えて、“危ない場所では周囲の目をちょっと滑らせる”補助も、少し強めにしておく』

「三割って数字、相変わらず微妙だよな」

『全部変えると、さすがに理の封印に引っかかるからね。“教会の少年セイ”じゃなくて、“どこかから来たBランク級っぽい冒険者”くらいに見えるのが限界』

 リラの言葉に、自然と笑いが漏れる。

「髪と目と声の印象だけ、か。身長や骨格は相変わらずそのまま?」

『そこをいじると“変身”になっちゃうからアウト。光の屈折と、周囲の“思い込み”をちょっと誘導するくらいが、今の線だね』

「十分だよ。どうせ、外縁の外まで一緒に来る物好きなんて、そう多くないだろうし」

『でも一番大事なのは、髪と目より“武器”と“戦い方”だと思う』

「武器?」

『教会に住むBランク剣士セイは、“細身の刀とちょっとした理術で、撤退ラインを見る人”ってイメージで固まりつつある。ドラン刀とギルド短剣で、“危なくなる前に引かせる側”ね』

「だな」

『一方、“外縁の外で濁りを削る別人”は、できれば違う武器と、少し違う立ち回りのほうがいい』

「……二刀短剣、だな」


『うん。前に山で使った“影抜き装備プランA”の二本――影抜きモデル・タイプ1。右手用の片手剣は、ドランの刀よりわずかに短くて、重心も手元寄り。左手用の短剣は、逆手でも握りやすいバランスになってる。 どちらの刀身も、黒鉄に細い煙の筋が走ったような色をしていてね。一見すると“ちょっといい黒鉄の剣とナイフ”なんだけど、セイが握ったときだけ、刃の周りに薄くマナ膜が張られるやつ』

「出力は……この村で目立ちすぎない範囲の上限まで、だっけか」

『そう。“外から見たときに、Bランク剣士くらい”で止めておく。ビーム斬撃は禁止。“濁りと核だけ断ちやすくする”“軌道を少し補正する”まで。今の村の状況ならギリギリ許されるラインだね』

 俺は腰のポーチの口に指先を滑らせ、意識をそっと沈める。

 視界の端に、小さな半透明の一覧が浮かんだ。

 荷物の名前がずらりと並ぶ、その一番下の段にある文字に触れる。

 〈影抜き装備プランA〉

「取り出す」と念じた瞬間、ポーチの奥に、布に包まれた二本の刃の重みが生まれた。

 布をほどいて机の上に並べる。

 黒鉄に細い煙の筋が走る片手剣と短剣。

 山で一度だけ実戦投入した、“変装モード専用”の二本だ。

(……こんなもの、部屋の引き出しになんて置きっぱなしにできるかよ)

 何度か試し振りはしたが、“本気の長丁場”ではまだ使っていない、俺専用の道具たち。

「普段のセイはドラン刀。外縁の内側までは、いつも通り“線を引く役”」

『うん。村から見える範囲は、できるだけ“セイ本人”として動く』

「外縁の外に踏み込むときだけ、変装モードと、この二本」

『そう。“村の外縁の向こうで、謎のBランク級が濁り獣を削っている”って噂になるくらいで止める』

「……器用なことを要求してくれるな、お前は」

『大丈夫。足の運びと線の見え方は、どっちも同じ。セイのときは“危なくなる前に線を引いて止める”。 別人のときは、“危なくなりきる前に、前に出て線を切る”。やってることの根っこは一緒で、“どこで止まるか”“どこで半歩踏み込むか”の配分を変えるだけ』

 リラの声が、少し楽しそうになる。

『それと、今回はヒトリも本格的に使おう』

「……前に、黒い膜のところで“ヒトリ禁止”って決めたよな」

『うん。ああいう濁幕帯レベルのノイズ地帯は、今でもヒトリ運用はナシ。線を伝って揺れが戻ってくる“キックバック”の危険もあるしね』

「今回は、そこまでじゃない」

『そう。今回は村の北側の外縁。黒い膜みたいな濁幕帯じゃないし、危険度も“支部の主戦場帯の少し外側”くらいで収まるはず。だから、条件つきでヒトリを使う、ってルールにしよう』

「条件つき?」

『基本ルールは今まで通り。

 ヒトリはまず、“魔獣の少ないルート”を優先して線を引く。

 セイが歩くメインルートは、できるだけ薄い帯を通す』

「じゃあ、強い奴がいるところには近づかないんじゃないか?」

『“通る道”としてはね。でも、空からなら“濃い帯”の位置だけは押さえられる』

「……上から見る分には、まだ安全ってことか」

『うん。ヒトリには、上から見て “魔獣が薄い筋”=通っていい線と、“魔獣が濃い塊”=近づいちゃダメな帯、その両方を見分けてもらう』

「なるほど。“通る道”と“避ける場所”を一気に見せてもらうわけか」

『そう。セイは、ヒトリが引いた“薄い筋”を追いかけて走る。足場の悪いところは事前に避けられるから、移動速度を人間の限界近くまで上げても、転ぶリスクはかなり減る』

「で、濃いほうは地図に……っと」

 机の上の地図を手前に引き寄せ、ペンを取る。

『そう。“魔獣が濃い塊”の場所は、ヒトリの映像から地図にマークしておく。拠点候補のすぐ近くにあるなら、優先して間引く相手。離れているなら、“本隊案件”とか、あとで《灯》や《鎚灯り》に回す印』

「つまり、“俺の脚+ヒトリの目”で、安全な筋を太くして、危ない塊には丸をつけていくわけか」

『そういうこと』

 ペン先で、地図の外縁近くに小さな丸をいくつか描く。

『で、強い魔獣や濁り獣の扱いはどうする?』

「……他のパーティの安全を上げるって意味なら、まずは“線の近く”だな」

『線の近く?』

「外縁の少し内側に拠点候補をいくつか作るって話、ガランさんともしただろ。その周りで“危険度が高い魔獣や濁り獣”がうろついてたら、そこに泊まるパーティの安全係数が一気に下がる」

『なるほどね』

「第一優先は、“拠点候補地のすぐそばにいる強い奴”。次が、“メインの撤退ルートを塞ぎそうな奴”。それ以外の外側の強敵は……場所と危険度をちゃんと地図に刻んで、《リュミエルの灯》や《鎚灯り》、上のランクに回せばいい」

『全部を一人で狩り尽くすんじゃなくて、“他のみんなが動きやすくなるように間引く”って感じだね』

「そう。俺一人で全部片付けたって、どうせすぐ別の線が生まれる。だったら、“拠点と逃げ道の周りだけでも、できる範囲で安全側に振っておく”ほうがいい」

『うん、それ、セイらしいやり方だと思う』

「外縁の内側は、セイとして線を引いて、拠点と撤退ルートを決める。外縁の外側は、“もう一人の俺”として、Bランク上限ギリギリまで使って、必要なところだけ強いのを落とす」

『ただし、いつものルールは同じ。理そのものを壊す系は、変装中でもぜったい禁止。“命の線が切れそうなときだけ、必殺寄りの一撃を一回”って枠も変わらない』

「分かってるよ」

 布をかぶせ直して、二本の刃をそっとポーチに戻す。

 指先に意識を乗せると、重みがふっと消えた。

「外縁の内側までは、セイとして線を引く。

 その先に踏み込むかどうかは……その場所の線と、ヒトリからの映像を見て決める」

『うん。今回の四泊は、“外縁の北側でどこまでだったら戻れるか”を知るための時間。

 その範囲で、変装モードと武装モードは、この村で許される上限ギリギリまで使おう』

「了解、相棒。じゃあ――本気で準備しないとな」

『その印、メモリアにも写しておくね。拠点候補地と、危ない塊の位置、あとで重ねて見られるようにしておく。共有記憶域メモリアに保管。外縁調査ブロック用のフォルダ、作っておくよ』

「助かる」

 そう言いながら、俺は地図の余白に小さく印をつけた。

 地形が変わりそうな場所。

 “戻れなくなる線”が生まれやすそうな谷。

 そこに、仮の丸印をいくつか。

 頭の奥で、見えない引き出しがひとつ開く感覚がする。

 そこに今日の会話と、地図上の印がまとめてしまわれていく。

「……さて」

 俺は椅子から立ち上がり、部屋の隅に置いてある布袋を手に取った。

 中には、色の違うフードと、簡易の仮面。

 まだ誰も知らない、“もう一つの顔”の道具。

 だが、それをここでかぶることはしない。

『村の中で変装モードを使うのは、原則禁止だよ?』

「分かってる。これは、外縁の外――人の目がない場所だけ、だ」

 フードの感触を確かめるように握り、そっと布袋に戻す。

『明日は、装備の確認と、ルートのシミュレーションだね』

「そうだな。食料と水、祈り札、予備のロープ……。外縁までの“セイとしての荷物”と、その先でもし踏み込むなら“もう一人の自分”として必要なもの、両方だ」

 机の上の紙を一枚引き寄せ、そこに新しいリストを書き始める。

 ・四泊分の食料と水

 ・テント代わりのシート

 ・祈り札(リアン印)

 ・地図と書き込み用の板

 ・マジックボックスの空き容量確認

 ・ドラン刀/ギルド短剣

 ・マナソード/マナナイフ(隠し持ち用)

『忙しいね、相棒』

「仕事があるのは、いいことだよ」

 ペンを走らせながら、窓の外に視線を向ける。

 昼の光に照らされた山の線。

 その向こう、そのさらに外に、まだ誰も引いていない線が伸びている。

(まずは、外縁まで)

 そう心の中で区切りをつける。

(その先に足を踏み入れるかどうかは――“戻れる線”を見てからだ)

 胸の奥で、リラが小さく笑った。

『じゃ、明日は“外縁準備会議”だね、セイ』

「はいはい。残業代は、帰ってきてから考えよう」

 軽口を叩きながら、俺は最後の一行に線を引いた。

 ――準備が整ったら、出発日を決めること。

 紙の上の文字を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。

 新しい線の始まりが、もうすぐそこまで来ている。


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