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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房
第3章 黒い膜の匂い、煙の契約で足場を増やす

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第44話 炭焼き小屋の煙と、戦いの準備

 目が覚めたとき、太ももの裏が、じんわりと重かった。

(……ちゃんと走った翌日の足、って感じだな)

 布団から起き上がって、そっと床に足を下ろす。

 膝を曲げ伸ばししてみると、きしむような違和感はあるけれど、動きそのものは軽い。

『筋肉の損傷レベル、軽度。日常行動には問題なし』

「はいはい。先生のお墨付きってやつだな」

 小声で返しながら、肩や腰も回してみる。

 昨日、濁りボアの突進を受け止めた時の記憶が、少しだけ体の奥に残っている。

(前に出たのは、本当にギリギリだったからな)

 ガランとアヤと交わした、あの約束が頭をよぎる。

 前に出るのは、誰かの命がこの一撃で落ちると判断した時だけ。

 戦いたいから前に出るのは、絶対にナシ。

 その線から外れないように、と自分で自分に言い聞かせる。

 着替えを終え、軽く意識を内側に向ける。

 視界の端に、いつもの収納リストがふっと浮かんだ。

(短剣、ロープ、救急用の道具、ドラン親父の刀……追加なし。今日の仕事なら、これで十分だな)

 銀皿に映る自分の顔をちらりと確認し、洗浄魔法で軽く身支度を整えてから、部屋を出た。。


 ギルドの作戦室には、すでに全員が集まっていた。

 《鎚灯り》の三人、バルド、テオ、サラ。

 《リュミエルの灯》側からは、コルト、ミナ、リアン。

 そして、エルディア村ギルド所属のBランク、パーティ無所属の俺。

 壁一面に貼られた地図には、村と、その北西側の山並みが描かれている。

 村の外れから北に延びる細い道の途中、小さな四角に「炭焼き小屋」と書き込まれていた。

「三日間の合同依頼だ」

 地図の前に立ったガランが、低い声で言った。

「村周辺の見回りと雑用をこなしながら、炭焼き小屋の上の山で起きている“煙の変調”を探る」

 指先が、炭焼き小屋からさらに山の上へとなぞられる。

「山の谷筋には、昔から煙の巣がある。ガス孔だな。そこを棲み処にしている魔獣がいるっていうのが学院側の記録だ」

 どんな魔獣なのか、ガランはあえて名前を出さない。

 そこに、わざと情報を絞っている気配があった。

「ただし、今の依頼は討伐じゃない。村の燃料線である炭焼き小屋を守りつつ、山側で何が起きているかの手前までを調べるのが仕事だ」

「手前まで、ですか」

 テオが確認する。

「ああ。山の中腹まで踏み込むのは、本隊合流後だ。今はあくまで、村側から見た“変化の境目”を押さえるだけにしておく」

 ガランは、そこで一度全員の顔をぐるりと見渡した。

「もう一つ」

 少し表情を緩める。

「今回の依頼は、《鎚灯り》と《灯》を“ひとまとめの隊”として動かす初の本格案件でもある」

 バルドとコルトの視線が、わずかに交差した。

「互いが何をできるのか。前にどんな連携をしたのか。どんな戦い方が得意で、何が苦手なのか」

 そこで、俺の方に顎をしゃくる。

「それから、セイがどこまで撤退の判断役をやれるか。この部屋で話して、確認しておけ」

「了解です」

 バルドが短く答える。

「炭焼き小屋に行く前に、戦い方の自己紹介を一通りやっておきます」

「任せる」

 そう言い残し、ガランは部屋を出て行った。

 扉が閉まると、少しだけ静けさが落ちる。

「……じゃあ、仕切り直すか」

 バルドが大盾の持ち手に手を置きながら、こちらを向いた。

「ガランの言った通り、まずは自己紹介だな。戦場用の」

「賛成」

 ミナが片手を挙げる。

「ついでに、“前にやった連携”と、“こういう状況ならこう動きたい”って話もしておきたい」

「あと、“ここまでは行けるけど、ここから先は無理”の線もね」

 サラが付け加える。

「そこを勘違いすると、一番危ないから」

 それを聞きながら、俺は内心でうなずく。

 まさにそれこそ、俺の役目でもあるからだ。


「じゃあ、上の班からいくぞ」

 バルドが一歩前に出た。

「《鎚灯り》リーダー、バルド。前衛タンク兼剣士だ」

 いつもの挨拶に、少しだけ肉付けが加わる。

「俺の仕事は、簡単に言うと四つ。敵の注意をこっちに向ける。飛んでくるもんを、とりあえず俺で受け止める。味方が動きやすい形に、戦場を整える。それから、後ろにいる連中を守って、生きて帰らせる」

「……タンクって、そういうまとめ方なんですね」

 リアンが納得したようにうなずいた。

「硬いから前に立つ人じゃなくて、安定させる人って感じ」

「そんなところだ」

 バルドが口元を緩める。

「前にお前らと一緒にやった連携だと、分かりやすいのは濁りボアの突進を、盾とテオの土壁で受け止めたやつだな」

「あれですね」

 テオが地図の前に歩み寄る。

「バルドさんの盾のすぐ後ろに、低い土壁を生やして二重壁にしたやつ。突進を受けてから半歩ずつ退きながら、後ろの畑に被害がいかないようにした」

「二重盾の基本形だな」

 バルドがうなずく。

「今度の炭焼き小屋でも、似たような状況はあり得る。小屋を背にして引き受けるのか、小屋から離れて引き受けるのかは、セイの判断次第だけどな」

「俺に振るんですか、その線」

「お前の役目だろ」

 バルドが笑う。

「……で、俺からのお願いが一個ある」

「お願い?」

 コルトが首を傾げる。

「視界が悪い時の話だ」

 バルドは自分の盾を軽く叩いた。

「煙でも霧でも泥でもいい。前がよく見えない時、俺がどこを向いてて、どこまで押されてるのか。後ろの連中に伝える手段を、もう一つ用意しておきたい」

「……ああ、なるほど」

 テオがそれなら、と頷く。

「さっきの二重盾の応用ですね。盾のすぐ後ろに、普通の足場よりちょっと固い土を帯状に作っておく。 みんな、その帯を踏んでいれば“バルドさんの真後ろ”って分かるようにする」

「そんな芸当できるのか」

「範囲を狭くすれば、何とか。視覚じゃなくて足裏で合図する感じです」

「いいな、それ」

 バルドが満足げにうなずく。

「後ろの連中が変な方向に散らばるのが、一番困るからな。よし、次」


「テオ。《鎚灯り》で土と風の魔法を担当しています」

 テオは淡々と自己紹介を続けた。

「基本は支援六、攻撃四くらい。バルドさんの盾を補強したり、畦道の足場を強くしたり、矢や火の軌道を整えたりが仕事です」

「濁りボア戦の時の、矢の背中を押す風もテオの仕事だね」

 ミナが付け加える。

「そうですね。コルトさんの矢に、風でちょっとだけ追い風をかけるやつです」

「前にやったあの連携でさ」

 コルトが、矢筒を軽く叩いた。

「矢の音が、敵の耳にどう聞こえてたのかなって、ちょっと気になってて」

「音」

「うん。風のかけ方を変えれば、音の方向もいじれるんじゃないかと思って」

 テオの目が少しだけ細くなる。

「……たとえば、こっちから飛んできたように聞こえる矢、ですか」

「そうそう。実際は別方向から撃ってるのに、あっちに敵がいるって勘違いさせる感じ」

「なるほど。やってみる価値はありますね」

 テオはすぐに、頭の中で計算を始めたようだった。

「音まで完全にごまかすのは難しいですけど、少しずらすくらいなら。撤退するときの囮にも使えますし、矢の音を退路の合図に変えることもできるかもしれません」

「退路の合図」

 リアンが首をかしげる。

「はい。例えば、一定のリズムで矢を撃って、矢の音がする方に下がれば安全って決めておく。村人の避難誘導にも応用できると思います」

「いいね、それ」

 サラがうなずく。

「祈りの合図と合わせれば、迷いにくくなりそう」


「サラ。《鎚灯り》で祈りと回復を担当しています」

 サラは一歩前に出ると、穏やかに続けた。

「今までの連携だと、バルドの盾のすぐ後ろに“ここまで”の祈りを張って、それ以上前に出ると足が重くなるようにしてました」

「あれ、ちょっと怖いんですよね」

 ミナが苦笑する。

「一歩前に出ようとした瞬間に、ここから先は違うって足が教えてくるから」

「でも、それで無茶しないで済んだ場面もあったでしょ」

「それはそう」

 ミナが肩をすくめる。

「今回も、炭焼き小屋の周りに“ここから先は危ない”ってところができたら、そこに祈りを重ねるつもりです。セイが、その境目を見つけてくれるならね」

「任されました」

 俺は少しだけ背筋を伸ばす。


「じゃあ、《灯》側いきましょうか」

 コルトが一歩前に出た。

「コルト。《リュミエルの灯》、弓担当。中距離からの削りと警戒が仕事です」

 言いながら、背中の弓に軽く触れる。

「前にやった連携だと、テオの風補正付きの矢とか、ミナの火を矢に乗せるやつとか。あと、リアンの命中祈りを重ねた一射」

「当たりますように、ですね」

 リアンが小さく胸の前で手を合わせた。

「炭焼き小屋の周りだと、火はあまり大きく使えないでしょうから」

 コルトがミナの方を見やる。

「矢は、音と光で注意を集める役に回した方がいいかもな。どこに敵がいるかを示すのと、どこが危ないかをセイに伝える橋渡し役」

「……つまり、いつもの矢の道案内ですね」

 ミナが笑う。

「ミナ。《灯》の魔法担当。火属性が主役です」

 くるりと杖を回してから、肩に担ぐ。

「今までだと、テオの風で火力を上げるとか、ここを狙ってって印を付けるために、わざと弱めの火で焦がすとか、そういう使い方をしてきました」

「今回は、燃やさない火の出番かもしれないな」

 コルトがぼそっと言う。

「炭焼き小屋の周りで派手に燃やすと、村の燃料線が死ぬ」

「分かってるって」

 ミナがため息を吐く。

「火そのものを減らすか、熱だけを狭い範囲に閉じ込めるか。煙の流れだけ変えるとか、視界を少しでも良くする方向で考えときます」


「リアン。《リュミエルの灯》で祈りと支援をしています」

 リアンは、胸元の布をそっと握りしめながら言った。

「今までだと、コルトの矢に命中の祈りを重ねたり、バルドさんの足が一歩ぶん軽くなる祈りをかけたり。

 当てたいところに届くお手伝いが多いです」

「霧を少しだけ薄くする祈りとか、息が楽になる祈りとか、そのへんも頼めそうね」

 サラが横から口を挟む。

「炭焼き小屋の周りだと、煙にやられるだけでも危ないし」

「はい。そのあたりは、準備しておきます」

 リアンは素直に頷いた。

 祈り、土、風、火、矢。

 ここまで聞いたところで、俺はふと気づく。

「……この隊ってさ」

 気づいたことを、そのまま口に出す。

「土、風、火、光、祈りはいるけど、水、いないな」

「あ」

 ミナがきっぱりと固まる。

「本当だ。今まで何となくスルーしてたけど、水だけ穴空いてる」

「村全体で見ても、水魔法使いは少ないんだよ」

 テオが補足する。

「井戸と川と祈りの水で、だいたい何とかなるから。天候操作レベルの大技は、そもそもこの規模の村にはいませんし」

「だから、今回みたいに煙と火が絡む依頼だと、余計に水が欲しくなるわけだ」

 コルトが腕を組む。

 そこで会話はいったん切れた。

 みんな一度、地図の上の炭焼き小屋を見て、それから山の方を見る。

(……ここで言うかどうか、だな)

 ガランたちとの約束。

 教会が決めた“正しい魔法の形”。

 祈りと詠唱込みでやるのが当たり前、っていう建前。

 その全部と、目の前の炭焼き小屋と、村の燃料ラインとを、天秤にかける。

『セイ』

 リラの声が、内側で問いかけてくる。

『今回のは、誰かの命が落ちる前に整える準備だよ。前に出て殴り合う話じゃない』

(……分かってる)

 小さく息を吸って、吐く。

「一つ、白状していいか」

「嫌な前置き来た」

 ミナが眉をひそめる。

「……この世界の魔法ってさ。祈りと詠唱込みでやるものって決めつけられてるだろ」

 言いながら、自分の胸を指先で軽く叩く。

「俺が本気でやると、その決まりから外れたやり方になるからさ。手順まで見られたら、間違いなく異端扱いだ」

「……あー」

 テオが、すぐに察したようにうなずいた。

「だから、人前では“普通の魔法”に見えるように、わざと形だけ合わせているわけですね」

「それともう一つ。ガランとアヤと、約束したからな」

 俺は指を二本立てる。

「前に出て戦わない。誰かの命が今まさに落ちるって時以外は、大きいのは撃たない。あの約束があったから、今まではあえて黙ってた」

「……それはまあ、分かるけど」

 ミナがため息を吐いた。

「だったらせめて、“水はちょっとあるよ”くらいは教えておいてほしかったな。炭焼き小屋の話が出てる今なら、なおさら」

「すみません」

 素直に頭を下げる。

「ただ、今回みたいに火事を防ぐとか煙をどうにかする話なら、ガランたちも使うこと自体は反対しないと思う。前に出て殴り合うわけじゃないしな」

「私からもフォロー入れておくわ」

 サラがすぐに口を挟む。

「決まりから外れた打ち方をしない範囲で、水を祈りに合わせて使うなら、教会側も文句は言いにくいはずよ」

「じゃあ、見せてもらおうか」

 バルドが短く言った。

「どのくらいの規模で、どんなふうに使えるのか。それを知らずに守りの形は決められない」

「了解」


 場所を移し、ギルド裏の訓練場。

 丸太と藁人形が並ぶ土の広場に、七人で輪を作る。

「まずは、分かりやすいやつから」

 俺は右手を前に出した。

 短く息を整え、意識の中で水分の流れを細くまとめる。

「《ウォータージェット》」

 名を呼ぶと同時に、指先から糸のように細い水流が走った。

 十歩ほど先の藁人形の胸を、ぱつん、と音を立てて穿つ。

 藁をえぐり、背後の板に小さな穴を一つ開けると、霧のように散って消えた。

「うわ、えぐっ」

 ミナが素直な声を上げる。

「これ、本当に水」

「本当に水。 流れを細くして圧をかけてるだけ」

 俺は水流を止め、指先を軽く振る。

「木の枝くらいなら、力を込めれば切れると思うけど。それはガランに怒られそうなので封印気味」

「十分だよ」

 バルドが、刺さった跡を観察しながら言った。

「この程度の出力なら、生活魔法の応用って言い訳もギリギリ通る。炭焼き小屋の周りで、木を直接削るんじゃなく、煙の筋をなぞるくらいに抑えればいい」

「次、ちょっとだけ温度をいじるやつ」

 左手を前に出し、水分を集めて、今度は冷やす方向に誘導する。

「《アイスランス》」

 名を呼ぶと、指先の前に腕の長さほどの細い氷槍が生まれた。

 透明で、日差しを受けてきらりと光る。

 それを軽く振ると、氷槍は空気を切って藁人形の肩に突き刺さり、木板を貫通して地面に突き立った。

 ぱきん、と小さな音を立ててひびが走り、やがてゆっくりと溶けて消えていく。

「…………はい、こわい」

 ミナが、さっきと同じ感想をちょっと小さな声で繰り返した。

「これも、生活魔法の延長って顔するの無理あるでしょ」

「だから、あまり使ってないって」

 苦笑しながら肩をすくめる。

「本気で威力出すと目立つし、足場も滑るからな。今日の話だと、ここに一歩踏み込んだら危ないって場所の印に使うくらいか」

「凍った足元は、確かにいい“入っちゃダメ”の印になりますね」

 テオが納得したようにうなずく。

「範囲を狭くすれば、味方も避けやすいですし」

「もう一つ。こっちは多分、今回一番出番が多い」

 俺は両手を前にかざした。

「《ウォーターシート》」

 名を呼ぶと、空気中の水分が集まり、目の前に薄い水の膜が一枚だけ生まれる。

 陽光を柔らかく屈折させる、透明なカーテンだ。

 テオが小さく風を送る。

 《ウィンド》の優しい風が水膜に当たり、向こう側で細かく霧散する。

 膜の向こうに立つコルトの輪郭が、一瞬だけ揺らいだが、すぐに元通りになった。

「視界、そこまで悪くないですね」

 コルトが、水膜越しにこちらを見る。

「ちょっと滲むけど、矢を番えるくらいには分かる。代わりに、砂ぼこりとか、細かい煙はかなり落ちてる」

「これ、バルドさんの盾の表に貼り付けられます」

 テオが身を乗り出す。

「多分、いける。盾の形に沿わせれば」

「だったら、“清めの窓”にできますね」

 リアンがぱっと顔を輝かせた。

「セイさんの水の膜に、息がしやすくなる祈りと、煙が薄まる祈りを重ねる。そうすれば、バルドさんの目の前だけ、少しは楽になるはずです」

「炭焼き小屋の前で待機する時の、“貸し出し窓”ってわけか」

 バルドがうなずく。

「いいじゃないか。あくまで守り寄りだしな」

「火の方は、私が燃え広がらない火を研究しとく」

 ミナが杖の先で地面をつつく。

「温度差で煙の流れだけいじるとか、湿らせた地面にだけ熱を乗せるとか。水と土と合わせれば、炭焼き小屋を守りながらここまでは大丈夫って場所、作れるかもしれないし」

「祈りも合わせれば、“ここまでは守れる”線が、だいぶ太くなりますね」

 サラが微笑む。

 そこでリアンが、少しだけ考え込んだ顔をした。

「……セイさんの水があるなら」

「うん」

「教会で使う聖水とか、回復薬の材料の水とか。前より少しだけ、質を揃えられるかもしれません」

「聖水」

 コルトが反応する。

「今は王都と本部頼りだもんな。この村の小教会じゃ、濃いのはそんなに作れない」

「はい。ちゃんとした聖水は、今まで通り教会の儀式が必要ですけど」

 リアンは慎重に言葉を選ぶ。

「基礎になる水が綺麗で、性質が揃っているなら、祈りを乗せやすくなります。軽い清めの水や、応急用の薄い聖水なら、この村でももう少し用意できるかも」

「回復薬もですね」

 テオが続ける。

「錬金ギルドの初級回復薬って、きれいな水と、決まった素材を混ぜるのが基本ですから。水が安定してるなら、ミナの工房でも作りやすい」

「こっちの仕事増やさないでよね」

 ミナが口ではそう言いながら、目は少しだけ楽しそうだった。

「でもまあ、村に薬が増えるのは悪くないし。どうせ私、錬金ギルドの課題でレシピ触るしね」

「俺の水は、あくまで“素材の一つ”だ」

 念のため、口を挟む。

「聖水も回復薬も、中心は教会と錬金ギルドの仕事だろ。俺はその手前で、“使いやすい水を出すだけ”にしときたい」

「それで十分よ」

 サラが笑う。

「セイが水を出して、私たちが祈りを乗せたり、ミナたちが薬にしたり。そういう形なら、誰も文句は言えないはず」

「……頼もしいな」

 本音が口をついた。

 水の膜。

 土の足場。

 火の温度差。

 矢の音と光。

 祈りと聖水と薬。

 それらをどう組み合わせるかが、これからの仕事だ。


「――ってことで」

 ひと通りのデモを終えたところで、全員の視線がこちらに集まる。

「水、持っててごめん。そして、今まで黙っててごめん」

 もう一度、頭を下げた。

「事情は分かったわ」

 サラが息を吐く。

「決まりから外れた打ち方を見せたくないってことも、ガランたちとの約束も。ただ、今回みたいに準備で安全側に寄せる話なら、むしろ歓迎よ」

「そうだな」

 バルドもうなずく。

「前に出て剣振り回す話じゃないしな。水と祈りと土を使って、“ここまでなら踏ん張れる”“ここから先は本隊待ち”って境目を決めてくれればいい」

「その境目を決めるのが、俺の仕事か」

「そういうことだ」

 バルドがにやりと笑う。

「セイ。お前は撤退を判断する役だ。その線を引くために、必要な準備なら、遠慮せずにやれ」

「あの、じゃあ……一つお願いがあります」

 俺は姿勢を正し、全員を見渡した。

「今日の夜、少しだけ時間をもらってもいいかな」

「時間?」 

 テオが首をかしげる。

「前にギルドの資料室を借りて、自分でいろいろ調べてまとめたメモがあってさ。

 今のままだと頭の中でぼやけてて、うまく言葉にできないんだ」

「何のメモかは、あえて聞かないでおくけど」

 ミナが片眉を上げる。

「山の上の煙と、炭焼き小屋の煙のあいだで、今より安全に様子を掴む“ひと手間”を作れないかって考えたときに、使えそうなやつ。

 うまくいくかどうかは分からないから、まずは紙の上で確かめたい」

「ひと手間、ね」

 コルトが眉を上げる。

「炭焼き小屋まで行かなくても、山側の様子を少しでも掴める手があるなら、そりゃありがたい」

「とはいえ、まだ“うまくいけばいいな”って想像の段階だ。

 危ない方法なら、その時点で捨てるつもりだし、使うにしても、誰かを無理に前に出さない形にしたい」

 言いながら、自分の中でもそれを反芻する。

(前に出て殴り合うんじゃなくて、離れたところから支えられる手を、もう一本)

 そこで、深く頭を下げた。

「だから――少しだけ時間をください」

 はっきりと言う。

「今夜、そのメモをもう一度掘り起こして、明日の朝、“これなら危なくない”って案を一本持ってくる。

 そのうえで、採用するかどうかを一緒に決めてほしい」

 短い沈黙のあと、バルドが口を開いた。

「危なくない案を探すための時間なら、いくらでも使え」

 それが、この隊の答えだった。

「俺たちは今日、村周りの軽い仕事をこなしながら、今話した役割に慣れておく。

 炭焼き小屋の本番は、お前の線が決まってからでいい」

「私も賛成」

 サラが微笑む。

「準備のための勉強を惜しむような隊なら、とっくにどこかで折れてるわ」

「じゃ、明日に期待しとく」

 ミナが杖をくるりと回す。

「セイの“ひと手間”、どんな形になるのか、楽しみにしてるからね」

「ハードル上げるなって」

 苦笑いしながらも、その期待がありがたかった。

 炭焼き小屋の煙。

 山の上の、別の煙。

 村の燃料線と、人の命の線。

 それら全部を、少しでも安全側に寄せるための“何か”を。

(……今夜のうちに、形にしておかないとな)

 胸の奥で、小さくそう呟く。

 ――俺には、まだ言葉にしていない“手札”が一つある。

 それを明日、この場に持っていくと決めながら、俺は皆と一緒に作戦室を後にした。


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