第44話 炭焼き小屋の煙と、戦いの準備
目が覚めたとき、太ももの裏が、じんわりと重かった。
(……ちゃんと走った翌日の足、って感じだな)
布団から起き上がって、そっと床に足を下ろす。
膝を曲げ伸ばししてみると、きしむような違和感はあるけれど、動きそのものは軽い。
『筋肉の損傷レベル、軽度。日常行動には問題なし』
「はいはい。先生のお墨付きってやつだな」
小声で返しながら、肩や腰も回してみる。
昨日、濁りボアの突進を受け止めた時の記憶が、少しだけ体の奥に残っている。
(前に出たのは、本当にギリギリだったからな)
ガランとアヤと交わした、あの約束が頭をよぎる。
前に出るのは、誰かの命がこの一撃で落ちると判断した時だけ。
戦いたいから前に出るのは、絶対にナシ。
その線から外れないように、と自分で自分に言い聞かせる。
着替えを終え、軽く意識を内側に向ける。
視界の端に、いつもの収納リストがふっと浮かんだ。
(短剣、ロープ、救急用の道具、ドラン親父の刀……追加なし。今日の仕事なら、これで十分だな)
銀皿に映る自分の顔をちらりと確認し、洗浄魔法で軽く身支度を整えてから、部屋を出た。。
ギルドの作戦室には、すでに全員が集まっていた。
《鎚灯り》の三人、バルド、テオ、サラ。
《リュミエルの灯》側からは、コルト、ミナ、リアン。
そして、エルディア村ギルド所属のBランク、パーティ無所属の俺。
壁一面に貼られた地図には、村と、その北西側の山並みが描かれている。
村の外れから北に延びる細い道の途中、小さな四角に「炭焼き小屋」と書き込まれていた。
「三日間の合同依頼だ」
地図の前に立ったガランが、低い声で言った。
「村周辺の見回りと雑用をこなしながら、炭焼き小屋の上の山で起きている“煙の変調”を探る」
指先が、炭焼き小屋からさらに山の上へとなぞられる。
「山の谷筋には、昔から煙の巣がある。ガス孔だな。そこを棲み処にしている魔獣がいるっていうのが学院側の記録だ」
どんな魔獣なのか、ガランはあえて名前を出さない。
そこに、わざと情報を絞っている気配があった。
「ただし、今の依頼は討伐じゃない。村の燃料線である炭焼き小屋を守りつつ、山側で何が起きているかの手前までを調べるのが仕事だ」
「手前まで、ですか」
テオが確認する。
「ああ。山の中腹まで踏み込むのは、本隊合流後だ。今はあくまで、村側から見た“変化の境目”を押さえるだけにしておく」
ガランは、そこで一度全員の顔をぐるりと見渡した。
「もう一つ」
少し表情を緩める。
「今回の依頼は、《鎚灯り》と《灯》を“ひとまとめの隊”として動かす初の本格案件でもある」
バルドとコルトの視線が、わずかに交差した。
「互いが何をできるのか。前にどんな連携をしたのか。どんな戦い方が得意で、何が苦手なのか」
そこで、俺の方に顎をしゃくる。
「それから、セイがどこまで撤退の判断役をやれるか。この部屋で話して、確認しておけ」
「了解です」
バルドが短く答える。
「炭焼き小屋に行く前に、戦い方の自己紹介を一通りやっておきます」
「任せる」
そう言い残し、ガランは部屋を出て行った。
扉が閉まると、少しだけ静けさが落ちる。
「……じゃあ、仕切り直すか」
バルドが大盾の持ち手に手を置きながら、こちらを向いた。
「ガランの言った通り、まずは自己紹介だな。戦場用の」
「賛成」
ミナが片手を挙げる。
「ついでに、“前にやった連携”と、“こういう状況ならこう動きたい”って話もしておきたい」
「あと、“ここまでは行けるけど、ここから先は無理”の線もね」
サラが付け加える。
「そこを勘違いすると、一番危ないから」
それを聞きながら、俺は内心でうなずく。
まさにそれこそ、俺の役目でもあるからだ。
「じゃあ、上の班からいくぞ」
バルドが一歩前に出た。
「《鎚灯り》リーダー、バルド。前衛タンク兼剣士だ」
いつもの挨拶に、少しだけ肉付けが加わる。
「俺の仕事は、簡単に言うと四つ。敵の注意をこっちに向ける。飛んでくるもんを、とりあえず俺で受け止める。味方が動きやすい形に、戦場を整える。それから、後ろにいる連中を守って、生きて帰らせる」
「……タンクって、そういうまとめ方なんですね」
リアンが納得したようにうなずいた。
「硬いから前に立つ人じゃなくて、安定させる人って感じ」
「そんなところだ」
バルドが口元を緩める。
「前にお前らと一緒にやった連携だと、分かりやすいのは濁りボアの突進を、盾とテオの土壁で受け止めたやつだな」
「あれですね」
テオが地図の前に歩み寄る。
「バルドさんの盾のすぐ後ろに、低い土壁を生やして二重壁にしたやつ。突進を受けてから半歩ずつ退きながら、後ろの畑に被害がいかないようにした」
「二重盾の基本形だな」
バルドがうなずく。
「今度の炭焼き小屋でも、似たような状況はあり得る。小屋を背にして引き受けるのか、小屋から離れて引き受けるのかは、セイの判断次第だけどな」
「俺に振るんですか、その線」
「お前の役目だろ」
バルドが笑う。
「……で、俺からのお願いが一個ある」
「お願い?」
コルトが首を傾げる。
「視界が悪い時の話だ」
バルドは自分の盾を軽く叩いた。
「煙でも霧でも泥でもいい。前がよく見えない時、俺がどこを向いてて、どこまで押されてるのか。後ろの連中に伝える手段を、もう一つ用意しておきたい」
「……ああ、なるほど」
テオがそれなら、と頷く。
「さっきの二重盾の応用ですね。盾のすぐ後ろに、普通の足場よりちょっと固い土を帯状に作っておく。 みんな、その帯を踏んでいれば“バルドさんの真後ろ”って分かるようにする」
「そんな芸当できるのか」
「範囲を狭くすれば、何とか。視覚じゃなくて足裏で合図する感じです」
「いいな、それ」
バルドが満足げにうなずく。
「後ろの連中が変な方向に散らばるのが、一番困るからな。よし、次」
「テオ。《鎚灯り》で土と風の魔法を担当しています」
テオは淡々と自己紹介を続けた。
「基本は支援六、攻撃四くらい。バルドさんの盾を補強したり、畦道の足場を強くしたり、矢や火の軌道を整えたりが仕事です」
「濁りボア戦の時の、矢の背中を押す風もテオの仕事だね」
ミナが付け加える。
「そうですね。コルトさんの矢に、風でちょっとだけ追い風をかけるやつです」
「前にやったあの連携でさ」
コルトが、矢筒を軽く叩いた。
「矢の音が、敵の耳にどう聞こえてたのかなって、ちょっと気になってて」
「音」
「うん。風のかけ方を変えれば、音の方向もいじれるんじゃないかと思って」
テオの目が少しだけ細くなる。
「……たとえば、こっちから飛んできたように聞こえる矢、ですか」
「そうそう。実際は別方向から撃ってるのに、あっちに敵がいるって勘違いさせる感じ」
「なるほど。やってみる価値はありますね」
テオはすぐに、頭の中で計算を始めたようだった。
「音まで完全にごまかすのは難しいですけど、少しずらすくらいなら。撤退するときの囮にも使えますし、矢の音を退路の合図に変えることもできるかもしれません」
「退路の合図」
リアンが首をかしげる。
「はい。例えば、一定のリズムで矢を撃って、矢の音がする方に下がれば安全って決めておく。村人の避難誘導にも応用できると思います」
「いいね、それ」
サラがうなずく。
「祈りの合図と合わせれば、迷いにくくなりそう」
「サラ。《鎚灯り》で祈りと回復を担当しています」
サラは一歩前に出ると、穏やかに続けた。
「今までの連携だと、バルドの盾のすぐ後ろに“ここまで”の祈りを張って、それ以上前に出ると足が重くなるようにしてました」
「あれ、ちょっと怖いんですよね」
ミナが苦笑する。
「一歩前に出ようとした瞬間に、ここから先は違うって足が教えてくるから」
「でも、それで無茶しないで済んだ場面もあったでしょ」
「それはそう」
ミナが肩をすくめる。
「今回も、炭焼き小屋の周りに“ここから先は危ない”ってところができたら、そこに祈りを重ねるつもりです。セイが、その境目を見つけてくれるならね」
「任されました」
俺は少しだけ背筋を伸ばす。
「じゃあ、《灯》側いきましょうか」
コルトが一歩前に出た。
「コルト。《リュミエルの灯》、弓担当。中距離からの削りと警戒が仕事です」
言いながら、背中の弓に軽く触れる。
「前にやった連携だと、テオの風補正付きの矢とか、ミナの火を矢に乗せるやつとか。あと、リアンの命中祈りを重ねた一射」
「当たりますように、ですね」
リアンが小さく胸の前で手を合わせた。
「炭焼き小屋の周りだと、火はあまり大きく使えないでしょうから」
コルトがミナの方を見やる。
「矢は、音と光で注意を集める役に回した方がいいかもな。どこに敵がいるかを示すのと、どこが危ないかをセイに伝える橋渡し役」
「……つまり、いつもの矢の道案内ですね」
ミナが笑う。
「ミナ。《灯》の魔法担当。火属性が主役です」
くるりと杖を回してから、肩に担ぐ。
「今までだと、テオの風で火力を上げるとか、ここを狙ってって印を付けるために、わざと弱めの火で焦がすとか、そういう使い方をしてきました」
「今回は、燃やさない火の出番かもしれないな」
コルトがぼそっと言う。
「炭焼き小屋の周りで派手に燃やすと、村の燃料線が死ぬ」
「分かってるって」
ミナがため息を吐く。
「火そのものを減らすか、熱だけを狭い範囲に閉じ込めるか。煙の流れだけ変えるとか、視界を少しでも良くする方向で考えときます」
「リアン。《リュミエルの灯》で祈りと支援をしています」
リアンは、胸元の布をそっと握りしめながら言った。
「今までだと、コルトの矢に命中の祈りを重ねたり、バルドさんの足が一歩ぶん軽くなる祈りをかけたり。
当てたいところに届くお手伝いが多いです」
「霧を少しだけ薄くする祈りとか、息が楽になる祈りとか、そのへんも頼めそうね」
サラが横から口を挟む。
「炭焼き小屋の周りだと、煙にやられるだけでも危ないし」
「はい。そのあたりは、準備しておきます」
リアンは素直に頷いた。
祈り、土、風、火、矢。
ここまで聞いたところで、俺はふと気づく。
「……この隊ってさ」
気づいたことを、そのまま口に出す。
「土、風、火、光、祈りはいるけど、水、いないな」
「あ」
ミナがきっぱりと固まる。
「本当だ。今まで何となくスルーしてたけど、水だけ穴空いてる」
「村全体で見ても、水魔法使いは少ないんだよ」
テオが補足する。
「井戸と川と祈りの水で、だいたい何とかなるから。天候操作レベルの大技は、そもそもこの規模の村にはいませんし」
「だから、今回みたいに煙と火が絡む依頼だと、余計に水が欲しくなるわけだ」
コルトが腕を組む。
そこで会話はいったん切れた。
みんな一度、地図の上の炭焼き小屋を見て、それから山の方を見る。
(……ここで言うかどうか、だな)
ガランたちとの約束。
教会が決めた“正しい魔法の形”。
祈りと詠唱込みでやるのが当たり前、っていう建前。
その全部と、目の前の炭焼き小屋と、村の燃料ラインとを、天秤にかける。
『セイ』
リラの声が、内側で問いかけてくる。
『今回のは、誰かの命が落ちる前に整える準備だよ。前に出て殴り合う話じゃない』
(……分かってる)
小さく息を吸って、吐く。
「一つ、白状していいか」
「嫌な前置き来た」
ミナが眉をひそめる。
「……この世界の魔法ってさ。祈りと詠唱込みでやるものって決めつけられてるだろ」
言いながら、自分の胸を指先で軽く叩く。
「俺が本気でやると、その決まりから外れたやり方になるからさ。手順まで見られたら、間違いなく異端扱いだ」
「……あー」
テオが、すぐに察したようにうなずいた。
「だから、人前では“普通の魔法”に見えるように、わざと形だけ合わせているわけですね」
「それともう一つ。ガランとアヤと、約束したからな」
俺は指を二本立てる。
「前に出て戦わない。誰かの命が今まさに落ちるって時以外は、大きいのは撃たない。あの約束があったから、今まではあえて黙ってた」
「……それはまあ、分かるけど」
ミナがため息を吐いた。
「だったらせめて、“水はちょっとあるよ”くらいは教えておいてほしかったな。炭焼き小屋の話が出てる今なら、なおさら」
「すみません」
素直に頭を下げる。
「ただ、今回みたいに火事を防ぐとか煙をどうにかする話なら、ガランたちも使うこと自体は反対しないと思う。前に出て殴り合うわけじゃないしな」
「私からもフォロー入れておくわ」
サラがすぐに口を挟む。
「決まりから外れた打ち方をしない範囲で、水を祈りに合わせて使うなら、教会側も文句は言いにくいはずよ」
「じゃあ、見せてもらおうか」
バルドが短く言った。
「どのくらいの規模で、どんなふうに使えるのか。それを知らずに守りの形は決められない」
「了解」
場所を移し、ギルド裏の訓練場。
丸太と藁人形が並ぶ土の広場に、七人で輪を作る。
「まずは、分かりやすいやつから」
俺は右手を前に出した。
短く息を整え、意識の中で水分の流れを細くまとめる。
「《ウォータージェット》」
名を呼ぶと同時に、指先から糸のように細い水流が走った。
十歩ほど先の藁人形の胸を、ぱつん、と音を立てて穿つ。
藁をえぐり、背後の板に小さな穴を一つ開けると、霧のように散って消えた。
「うわ、えぐっ」
ミナが素直な声を上げる。
「これ、本当に水」
「本当に水。 流れを細くして圧をかけてるだけ」
俺は水流を止め、指先を軽く振る。
「木の枝くらいなら、力を込めれば切れると思うけど。それはガランに怒られそうなので封印気味」
「十分だよ」
バルドが、刺さった跡を観察しながら言った。
「この程度の出力なら、生活魔法の応用って言い訳もギリギリ通る。炭焼き小屋の周りで、木を直接削るんじゃなく、煙の筋をなぞるくらいに抑えればいい」
「次、ちょっとだけ温度をいじるやつ」
左手を前に出し、水分を集めて、今度は冷やす方向に誘導する。
「《アイスランス》」
名を呼ぶと、指先の前に腕の長さほどの細い氷槍が生まれた。
透明で、日差しを受けてきらりと光る。
それを軽く振ると、氷槍は空気を切って藁人形の肩に突き刺さり、木板を貫通して地面に突き立った。
ぱきん、と小さな音を立ててひびが走り、やがてゆっくりと溶けて消えていく。
「…………はい、こわい」
ミナが、さっきと同じ感想をちょっと小さな声で繰り返した。
「これも、生活魔法の延長って顔するの無理あるでしょ」
「だから、あまり使ってないって」
苦笑しながら肩をすくめる。
「本気で威力出すと目立つし、足場も滑るからな。今日の話だと、ここに一歩踏み込んだら危ないって場所の印に使うくらいか」
「凍った足元は、確かにいい“入っちゃダメ”の印になりますね」
テオが納得したようにうなずく。
「範囲を狭くすれば、味方も避けやすいですし」
「もう一つ。こっちは多分、今回一番出番が多い」
俺は両手を前にかざした。
「《ウォーターシート》」
名を呼ぶと、空気中の水分が集まり、目の前に薄い水の膜が一枚だけ生まれる。
陽光を柔らかく屈折させる、透明なカーテンだ。
テオが小さく風を送る。
《ウィンド》の優しい風が水膜に当たり、向こう側で細かく霧散する。
膜の向こうに立つコルトの輪郭が、一瞬だけ揺らいだが、すぐに元通りになった。
「視界、そこまで悪くないですね」
コルトが、水膜越しにこちらを見る。
「ちょっと滲むけど、矢を番えるくらいには分かる。代わりに、砂ぼこりとか、細かい煙はかなり落ちてる」
「これ、バルドさんの盾の表に貼り付けられます」
テオが身を乗り出す。
「多分、いける。盾の形に沿わせれば」
「だったら、“清めの窓”にできますね」
リアンがぱっと顔を輝かせた。
「セイさんの水の膜に、息がしやすくなる祈りと、煙が薄まる祈りを重ねる。そうすれば、バルドさんの目の前だけ、少しは楽になるはずです」
「炭焼き小屋の前で待機する時の、“貸し出し窓”ってわけか」
バルドがうなずく。
「いいじゃないか。あくまで守り寄りだしな」
「火の方は、私が燃え広がらない火を研究しとく」
ミナが杖の先で地面をつつく。
「温度差で煙の流れだけいじるとか、湿らせた地面にだけ熱を乗せるとか。水と土と合わせれば、炭焼き小屋を守りながらここまでは大丈夫って場所、作れるかもしれないし」
「祈りも合わせれば、“ここまでは守れる”線が、だいぶ太くなりますね」
サラが微笑む。
そこでリアンが、少しだけ考え込んだ顔をした。
「……セイさんの水があるなら」
「うん」
「教会で使う聖水とか、回復薬の材料の水とか。前より少しだけ、質を揃えられるかもしれません」
「聖水」
コルトが反応する。
「今は王都と本部頼りだもんな。この村の小教会じゃ、濃いのはそんなに作れない」
「はい。ちゃんとした聖水は、今まで通り教会の儀式が必要ですけど」
リアンは慎重に言葉を選ぶ。
「基礎になる水が綺麗で、性質が揃っているなら、祈りを乗せやすくなります。軽い清めの水や、応急用の薄い聖水なら、この村でももう少し用意できるかも」
「回復薬もですね」
テオが続ける。
「錬金ギルドの初級回復薬って、きれいな水と、決まった素材を混ぜるのが基本ですから。水が安定してるなら、ミナの工房でも作りやすい」
「こっちの仕事増やさないでよね」
ミナが口ではそう言いながら、目は少しだけ楽しそうだった。
「でもまあ、村に薬が増えるのは悪くないし。どうせ私、錬金ギルドの課題でレシピ触るしね」
「俺の水は、あくまで“素材の一つ”だ」
念のため、口を挟む。
「聖水も回復薬も、中心は教会と錬金ギルドの仕事だろ。俺はその手前で、“使いやすい水を出すだけ”にしときたい」
「それで十分よ」
サラが笑う。
「セイが水を出して、私たちが祈りを乗せたり、ミナたちが薬にしたり。そういう形なら、誰も文句は言えないはず」
「……頼もしいな」
本音が口をついた。
水の膜。
土の足場。
火の温度差。
矢の音と光。
祈りと聖水と薬。
それらをどう組み合わせるかが、これからの仕事だ。
「――ってことで」
ひと通りのデモを終えたところで、全員の視線がこちらに集まる。
「水、持っててごめん。そして、今まで黙っててごめん」
もう一度、頭を下げた。
「事情は分かったわ」
サラが息を吐く。
「決まりから外れた打ち方を見せたくないってことも、ガランたちとの約束も。ただ、今回みたいに準備で安全側に寄せる話なら、むしろ歓迎よ」
「そうだな」
バルドもうなずく。
「前に出て剣振り回す話じゃないしな。水と祈りと土を使って、“ここまでなら踏ん張れる”“ここから先は本隊待ち”って境目を決めてくれればいい」
「その境目を決めるのが、俺の仕事か」
「そういうことだ」
バルドがにやりと笑う。
「セイ。お前は撤退を判断する役だ。その線を引くために、必要な準備なら、遠慮せずにやれ」
「あの、じゃあ……一つお願いがあります」
俺は姿勢を正し、全員を見渡した。
「今日の夜、少しだけ時間をもらってもいいかな」
「時間?」
テオが首をかしげる。
「前にギルドの資料室を借りて、自分でいろいろ調べてまとめたメモがあってさ。
今のままだと頭の中でぼやけてて、うまく言葉にできないんだ」
「何のメモかは、あえて聞かないでおくけど」
ミナが片眉を上げる。
「山の上の煙と、炭焼き小屋の煙のあいだで、今より安全に様子を掴む“ひと手間”を作れないかって考えたときに、使えそうなやつ。
うまくいくかどうかは分からないから、まずは紙の上で確かめたい」
「ひと手間、ね」
コルトが眉を上げる。
「炭焼き小屋まで行かなくても、山側の様子を少しでも掴める手があるなら、そりゃありがたい」
「とはいえ、まだ“うまくいけばいいな”って想像の段階だ。
危ない方法なら、その時点で捨てるつもりだし、使うにしても、誰かを無理に前に出さない形にしたい」
言いながら、自分の中でもそれを反芻する。
(前に出て殴り合うんじゃなくて、離れたところから支えられる手を、もう一本)
そこで、深く頭を下げた。
「だから――少しだけ時間をください」
はっきりと言う。
「今夜、そのメモをもう一度掘り起こして、明日の朝、“これなら危なくない”って案を一本持ってくる。
そのうえで、採用するかどうかを一緒に決めてほしい」
短い沈黙のあと、バルドが口を開いた。
「危なくない案を探すための時間なら、いくらでも使え」
それが、この隊の答えだった。
「俺たちは今日、村周りの軽い仕事をこなしながら、今話した役割に慣れておく。
炭焼き小屋の本番は、お前の線が決まってからでいい」
「私も賛成」
サラが微笑む。
「準備のための勉強を惜しむような隊なら、とっくにどこかで折れてるわ」
「じゃ、明日に期待しとく」
ミナが杖をくるりと回す。
「セイの“ひと手間”、どんな形になるのか、楽しみにしてるからね」
「ハードル上げるなって」
苦笑いしながらも、その期待がありがたかった。
炭焼き小屋の煙。
山の上の、別の煙。
村の燃料線と、人の命の線。
それら全部を、少しでも安全側に寄せるための“何か”を。
(……今夜のうちに、形にしておかないとな)
胸の奥で、小さくそう呟く。
――俺には、まだ言葉にしていない“手札”が一つある。
それを明日、この場に持っていくと決めながら、俺は皆と一緒に作戦室を後にした。




