第4話 ギルドと《リュミエルの灯》
この作品を開いてくださって、ありがとうございます。
作者のいい加減工房と申します。
「いい加減」は“雑”ではなく、ちょうどいい塩梅の方の意味です。
――この物語の舞台は、「理」とマナが満ちた世界です。
世界の裏側には、目には見えない「理層」と呼ばれる層があり、
そこには「世界をどう動かすか」の設計図のようなものが書き込まれています。
人々が暮らす村や町の外側には、
魔物や“濁り”が増えてくる「外縁」と呼ばれる帯があり、
そこが“安全圏のふち”=境界線になっています。
主人公のセイは、その理層に少しだけ触れることができる青年です。
本気を出せばかなりのことができますが、
目立ちすぎるとまずい立場にいるので、
・どれくらい危ないかを自分なりに確認して、
・「ここまでは守る」「ここから先は踏み込まない」と線引きをして、
・工夫と準備で、なるべく目立たない形で相手を倒していく
そんなやり方を選んでいます。
派手な英雄ではなく、
「実は強いのに、ひたむきにそれを隠しながら、
村と仲間を守ろうとする裏方気味の主人公」の物語です。
世界の細かい仕組みや用語は、
本編やあとがきで少しずつ触れていきますので、
まずは肩の力を抜いて、物語そのものを楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
エルディアで迎える、最初の朝だった。
硬い木のベッドで目を覚ますと、天井の木目がやけにくっきり見えた。
寝返りを打つたびに、古い板がギシギシと鳴る。
(……腰が痛くない。奇跡か?)
『十代の骨格をなめないでください、黒川さん』
「セイですけど、どちら様ですか?」
粗い麻布で作られた毛布の中で小声で突っ込んだところで、扉が軽くノックされた。
「セイさん、起きていらっしゃいますか?」
リアンの声だ。
「起きています」
返事をすると、扉が少し開いて、彼女が顔をのぞかせた。
朝の光の中でも、相変わらずきっちりした所作だ。
「おはようございます。体の具合はどうですか?」
「筋肉痛は……ギリギリ大丈夫です。おはようございます」
立ち上がって軽く伸びをすると、体の中を流れるマナの「筋」が、すっと伸びるのがわかった。
まだ慣れない感覚だけれど、嫌いじゃない。
「朝食の用意ができています。それから――」
リアンは少し言葉を区切った。
「今日は、ギルドまでご一緒してもよろしいですか?」
「ギルド?」
「セイさんの今後を考えると、きちんと村に登録しておいた方がいい、とガラン様がおっしゃっていました。身元保証人が必要ですので、教会からは私が」
「ああ、そういう……」
確かに、いつまでも「謎の拾われ少年」では、いろいろと不便だろう。
俺が頷くと、リアンはほっとしたように微笑んだ。
「では、まずは朝食からにしましょう」
◇
教会の食堂で、焼きたてのパンと薄めスープをかき込みながら、俺は窓の外を眺める。
朝のエルディアは、昨夜とはまた違う顔を見せていた。
家々の煙突から、白い煙が立ちのぼる。
川辺では、女たちが洗濯物をたたき、子どもたちが水を跳ね上げて遊んでいる。
村の外周に並ぶマナ灯籠は、夜ほど強くは光っていないが、淡い青の輪を保ったままだ。
その上に、俺にだけ見える「見えない道」がかぶさっている。
灯籠から村の中心へ向かうマナの流れは、朝のせいか穏やかだ。
逆に、小川の上の方には、光の筋が少しだけ濃くなっている。水車小屋のあたりで、村人の祈りが一度集まって、家々へ分配されているのが見えた。
(朝の家事のライン、ってやつか)
『家事のネットワークと喩えるのは、なんとなく失礼な気もしますが、概ね正しい認識です』
「比喩だよ、比喩」
そんなやり取りをしていると、向かいでパンをちぎっていたリアンが首をかしげた。
「セイさん?」
「あ、いえ。ちょっと考えごとを」
「……もし何か、不安なことがあれば遠慮なく仰ってください。教会もギルドも、村で生きるための支えですから」
柔らかい瞳でそう言われると、四十七歳中身の俺でも、ちょっと救われる。
「ありがとうございます。とりあえず、腹ごしらえが最大の不安対策です」
「ふふ。それは間違いありませんね」
◇
朝食を終えると、俺はリアンと並んで村の中央へ向かった。
石畳の道を歩くたび、足元のマナの流れがかすかに揺れる。
行き交う村人たちからも、それぞれ細い光の筋が伸びて、ギルドや教会、灯籠へと繋がっていた。
(まるで、村全体がひとつの回路みたいだな)
『その比喩は有効です。いずれ、エルディアを「基板」と見なした解析も……』
「言い方」
軽くたしなめつつも、その発想はメモしておく。
村というシステムの“配線図”が読めれば、濁りが入り込む隙間も見えてくるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、冒険者ギルドの建物が見えてきた。
石造りの二階建て。入り口には、剣と盾の紋章。
朝だというのに、扉の向こうからは人の声と笑い声が漏れてくる。
「相変わらず賑やかですね」
リアンが苦笑混じりに呟き、扉を押し開けた。
◇
中は昨日と同じく、木のカウンターと掲示板、テーブルがいくつか。
ただ、今は数組の冒険者たちが集まっていて、依頼書を眺めたり、朝の軽食を取ったりしている。
その中で、ひときわ存在感のある男が、カウンターの奥で腕を組んでいた。
「来たか、セイ」
ギルドマスターのガランだ。
太い腕に、年季の入った革のエプロン。目が合うと、にやりと口角を上げた。
「おはようございます、ガランさん」
「おう。リアンも、ご苦労」
「いえ。教会としても、身元のはっきりした方が助かりますから」
そんなやり取りのあと、ガランは俺に向き直った。
「さて――お前さんを、どう扱うかだが」
「扱うって、物騒な」
「意味はそのままだ。村人として定住するつもりか、冒険者として働くか、それともどこか別の町へ行くのか。選択肢はいくつかある」
そう言いながら、カウンターの下から紙束を取り出す。
「まず、ギルドの仕組みを簡単に説明しとくか」
紙には、いくつかの文字と記号が並んでいた。
この世界の文字も、耳で聞く言葉と同じく、不思議と意味が頭に入ってくる。
「ギルドランクは、下からF、E、D、C、B、A、Sの七段階だ。ここらじゃ、DからCが主力、Eが新人、B以上はそうそうお目にかかれねぇ」
「なるほど」
「お前さんみたいに記憶が曖昧なガキを、いきなり外縁仕事に出すわけにはいかねぇからな。まずは“見習い扱い”だ。ランクはFだが、村内の雑用や荷運びなら任せられる」
「荷運びなら、任せてください。デスクワークよりは慣れています」
「デスクワーク?」
「あ、いえ。前の……前の話です」
危ない危ない。ついサラリーマン時代の感覚で口を滑らせるところだった。
ガランは怪訝そうに眉をひそめたが、すぐに肩をすくめる。
「まあ細けぇ経歴は、教会の診断書付きってことで目をつぶる。リアンが保証人なら、ちょっとやそっとじゃ問題にはならねぇだろ」
「責任重大ですね」
リアンが苦笑し、胸に手を当てる。
「教会として、セイさんが村に害をなさない方だと信じています」
「プレッシャーかけないでください」
『事実ですので』
リラまで乗っかってくるのはやめてほしい。
「それとだ」
ガランは、俺の全身を一度上から下まで眺めた。
「体つきはまだガキだが、立ち方は悪くねぇ。昨日も少し思ったが、武術の心得があるな?」
「……まあ、少しだけ」
剣道だの柔道だの、いろいろかじってきた結果だ。
そのへんを正直に話すわけにはいかないので、曖昧に濁す。
「なら、いずれは外縁の見回りも任せたいところだが……」
ガランが言いかけたところで、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「ただいま戻りましたー! エルディアの守りと財布は、今日も無事です!」
明るい声とともに入ってきたのは、赤茶の髪をポニーテールにした少女だった。
背中に盾と大きな剣。前をはだけた軽装の鎧。目に力がある。
その後ろから、長弓を背負った寡黙そうな青年と、荷物をやたらと背負った小柄な女の子が続く。
「おう、《リュミエルの灯》が帰ってきやがったか」
ガランが口元を緩めた。
「討伐依頼はどうだった、アヤ・コルト・ミナ」
「上出来ですよ、ガランさん。濁り狼三体、討伐完了。ついでに魔石もこのとおり!」
アヤと呼ばれた少女が、どさっと袋をカウンターに置く。
袋の中からは、淡く光る石がごろごろと転がり出た。
そのひとつひとつから、マナの流れが細く立ち上る。
さっき外で見た村人たちの線より、ずっと濃くて荒い。
(……戦場から持ち帰られたログ、って感じだな)
『比喩のセンスが相変わらず情報システム部です』
アヤの後ろの弓使い――コルトらしい青年は、黙って周囲の様子を確認している。
目線の動きが無駄なく、防御の薄い位置を無意識に把握しているのがわかった。
荷物娘っぽい少女――たぶんミナ――は、袋の中の魔石を一個一個手に取りながら、テンション高めにぶつぶつ言っている。
「うわー、今回は質がいい! これ爆裂瓶にしたら、絶対楽しいやつですよ!」
「楽しいの基準が怖いんだよな……」
アヤが苦笑する。
その三人から伸びるマナの流れは、不思議なくらいバランスが取れていた。
前に出るアヤは、まっすぐで太い光。コルトは細いが、どこにも偏らない安定した筋。ミナは、くるくると回りながら仲間の穴を埋めるような動き。
そして――
「リアン、来ていたのですね」
ギルドの奥の扉から、見慣れた白いローブが現れた。
「おかえりなさい、アヤさん。祈りの記録は教会にも届いていました」
「えへへ、頑張りましたから!」
リアンは、冒険者姿の三人を見る時だけ、ほんの少しだけ表情を柔らかくする。
けれどすぐに、いつもの落ち着いた瞳に戻った。
「ガラン様。セイさんの件は、どのように?」
「ああ、その話だったな」
ガランが俺の肩をぽん、と叩く。
「こいつが例の“外縁で拾ったガキ”だ。セイって名乗っている」
「は、初めまして……セイです」
思わず、ちょっとだけ背筋を伸ばす。
アヤたち三人から、一斉に視線が飛んできた。
「へぇ。新顔だね」
最初に口を開いたのは、アヤだった。
彼女の視線は、どこか戦場で相手の力量を測る兵士のそれに似ている。
「アヤ、《リュミエルの灯》のリーダーをやっています。よろしくね、セイ君」
「こちらこそ。……その、名前は聞いたことが」
「そりゃそうだろ。村でそれなりに有名だからな」
ガランが横から口を挟む。
「《リュミエルの灯》は、この村で一番まともなパーティだ。濁りの仕事もきっちりこなすし、撤退ラインも守る。お前さんの性格には、合うかもしれねぇ」
「ちょ、ちょっとガランさん。本人の前で“まとも”って強調しないでくださいよ」
アヤが頬を膨らませる。
その反応に、ミナがくすくす笑った。
「でも事実ですよ、アヤ。うち、ちゃんと帰ってくるパーティですし」
「それは大事なことだな」
コルトが短く同意する。
……この三人とリアンから伸びるマナの流れは、村の他の誰よりも、ぴたりと噛み合っていた。
四人を結ぶ光の筋が、ひとつの輪になっている。
(ああ、だから“灯”か)
思わず、そんな言葉が浮かぶ。
『概ね正しい命名センスだと思われます』
リラのコメントは置いておいて――ガランが、面白そうに俺とアヤたちを見比べた。
「ちょうどいい。アヤ、今日の午後、外縁までの見回りが一件入っているな?」
「はい。昨日の続きで、北側の濁りの様子を」
「そこに、セイをつけたい」
その一言で、場の空気が少しだけ変わった。
コルトの視線が鋭くなり、ミナの笑顔がほんの僅かに固まる。
リアンも、目には出さないが、マナの流れがかすかに揺れたのがわかった。
「……見習いでしょう? 外縁は、濁りの濃さによっては危険です」
リアンが、慎重に言葉を選ぶ。
「分かっている。だから、あくまで“村境までの道中の様子を見る”だけだ。灯籠の線を確認して、戻ってくる。戦闘になりそうなら、セイは絶対前に出させねぇ」
ガランは、俺の肩をもう一度叩いた。
「それに、こいつの目は使えるかもしれん。昨日、少し話を聞いたがな」
「ガランさん?」
俺が戸惑うと、ガランは口元だけで笑う。
「お前の言う“見えない道”の話だよ。ほんとかどうかは、この目で確かめてみねぇとな」
(……あー、昨日の雑談、ちゃんと聞かれていたか)
『当然です。ギルドマスターは大抵、耳が良いものです』
アヤは腕を組んで、考え込んだ。
「ふむ……。ガランさんがそこまで言うなら、無茶はさせません。セイ君、歩くのは得意?」
「まあ、人並みには」
「じゃあ決まり。午後から軽い散歩だよ。うちらについて来られたら、合格」
にっと笑うアヤの後ろで、コルトがぼそりと言った。
「撤退ラインは、いつも以上に手前に設定する」
「ミナは補助多めで。何かあったら、すぐ引き返します」
「わかりました」
リアンも、わずかな逡巡のあとで頷いた。
その祈りの流れが、少しだけ強まる。
こうして俺は――
この世界で最初の「仕事」と、そして《リュミエルの灯》との本格的な関わりを、半ば押し出されるようにして引き受けることになった。
(まあ、悪くない始まりだ)
胸の内でそう呟くと、リラが静かに応じた。
『はい。理を灯すには、まず現場を歩くところから、ですね』
午後に向けて、村のマナの路地図が、少しだけざわめいた気がした。
読んでくださってありがとうございます。
本編でちょくちょく出てきた 難しめの単語たち を、ここでざっくりまとめておきます。
ふんわり覚えておくくらいで大丈夫です。
■ 理
この世界を動かしている「ルール」「決まりごと」です。
「火は熱い」「物は落ちる」
「こういう条件なら、こういう現象が起きる」
みたいな 世界の仕様書 のことを、まとめて「理」と呼んでいます。
■ 理層
その「理(世界のルール)」が書き込まれている、見えない層です。
目に見える世界:人・森・川・建物
その裏を流れる力:マナ
さらに奥にある設計図の層:理層
という感じの三層構造になっていて、
セイとリラだけが、この「理層」にちょっとだけ触ることができます。
■ マナ
この世界を流れている「エネルギー兼、情報」です。
電気
ガソリン
Wi-Fiの電波
を全部混ぜて、
「目には見えないけれど、あちこちで使われている力」 にしたもの、くらいのイメージです。
祈りや魔法は、このマナを燃料にして動いています。
■ 外縁
人が暮らす「わりと安全な場所」と、
濁りや危険な魔物が増えてくる「危ない場所」の 境目の帯 です。
村の外側に引かれた、
「ここから先は、見張りなしだとキツいよ」ライン
くらいのものだと思っていただければOKです。
セイたちは、この“ふち”を少しずつ外側に押し広げようとしています。
■ 線引き
セイがよくやっている、
「ここから先には踏み込まない」
「ここまでは守る」
「ここまでは自分、それ以降は他の人の仕事」
といった 境界を決める行為そのもの のことです。
仕事で言う「ここまでは自分でやるけど、この先は専門家に回す」の、
命がかかった世界版だと思ってください。
■ 線
上の「線引き」で決めた 結果としての“線そのもの” です。
作中ではいろんな種類の線が出てきます。
村の防衛ラインとしての線
祈りが届く範囲としての線
「ここまで来たら撤退する」撤退ライン
セイ自身の「ここから先は抱え込みすぎ」の心の線
セイは、
これらの線を「怖さ点数」と一緒に何本も引き直しながら、
どこまで進んで、どこで止まるか を必死で考えている、という立ち位置です。
細かいところは、本編の中でも少しずつ触れていきますので、
「なんかそんな単語あったな〜」くらいで頭の片すみに置いておいてもらえたら十分です。
ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。
いい加減工房でした。




