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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房


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第26話 ジャッカルの報告と、残り日数の線

 朝、目を開けた瞬間、体の奥に、うっすらとした砂袋みたいな重さを感じた。

 筋肉痛、とまではいかない。

 けれど、昨日ジャッカルたちの線を相手に走り回ったせいで、いつもより一段階だけ負荷が乗っている。

 天井を見たまま、ゆっくりと指を握ったり開いたりする。

『筋肉疲労レベル、平常比一・二倍。休息と食事を取れば、本日中にほぼ回復見込みです』

「……仕事上がりの四十代に比べたら、天国だな」

 口から勝手に、昔の感覚が出る。

 ベッドの上で上体を起こすと、視界の端に、小さな光の影がふわりと浮かんだ。

 薄い金の羽根。ビー玉みたいな丸い目。

 俺とリラ以外には、まず気づかれない淡さで揺らめいている、小さな鳥。

「おはよう、ヒトリ」

 声をかけると、光の鳥は一度だけ羽を震わせた。

『ヒトリ2号、本日も待機状態です。昨日のジャッカル戦ログは、整理が完了しました』

「助かる。……で、その“2号”なんだけどさ」

 自分でも、少しだけ言い出しにくさを感じながら、ベッドの縁に足を下ろす。

「リラ、お前、昨日“あとでヒトリの件も話したい”って言ってただろ」

『はい。その件です』

 脳裏に、いつもの淡々とした声が少しだけ色を増した。

『ヒトリ2号の運用ログと、セイのマナ消費・身体負荷ログを重ねて、試算をしました』

「試算、ね。いい予感はしないな」

『結論から言うと――今の仕様・今の出力で、今の頻度で飛ばし続けた場合』

 リラはそこで一拍置く。

『安全側に倒して見積もって、およそ三十日分が限界です』

「……三十日」

 思ったよりも、短い数字が出てきた。

 口の中で繰り返してみると、その重さが急に現実になる。

『誤解のないように補足します』

 リラの声が、少しだけ早口になる。

『三十日を過ぎた瞬間にヒトリが消滅する、という意味ではありません。ただ、セイの身体への負荷と、理層側との接続の安定性を考えると――今の形のまま長期運用する“安全ライン”が、そのくらいという推定です』

「身体への負荷、ね」

 俺は片手で自分の胸を押さえる。

 この世界で与えられた、理の自動調整システム製ボディ。

 頑丈ではあるけれど、無制限じゃない。

「つまり、今のヒトリ2号は、お試し期間みたいなもんか」

『はい。試験運用版、です。この三十日間で、どのくらい線の観測に役立つか、どのくらい負荷がかかるかを測り、その結果をもとに、次のバージョンを設計したいと考えています』

「次の、ね」

 光の鳥が、俺の指先の上にふわりと降りてくる。

 指に感じる重さは、ほとんどない。

 けれど、そこに“存在している”という気配だけは、はっきり伝わってきた。

「ヒトリ、お前、残り三十日でお役御免、って言われてどう思う?」

 冗談めかして言うと、ヒトリは小さく首をかしげる。

『ヒトリには、まだそこまでの自我はありませんよ』

「分かってるけどさ」

 息をひとつ吐く。

「……了解。三十日って線、頭に入れておく。その間に、“ここまではやる、ここから先は次のバージョンに任せる”って線も決めよう」

『その線引きについては、夜のミーティングで一緒に詰めていきましょう』

「頼む」

 ベッドから立ち上がり、窓を開ける。

 朝の空気が、ひんやりと部屋に流れ込んできた。

 まだ村の危険度は、いつもの「一」か「二」くらい。

 けれど、川上では黒い膜が動き始めている。

 ジャッカルたちの足元を走っていた、灰色がかった風の帯。

 あれは、間違いなく上流祈律帯から伸びてきた線の一部だ。

「今日は、ガランさんに昨日の詳細を伝えないとな」

 呟くと、ヒトリが窓の外へふわりと飛び上がった。

『ギルドまでのルート、危険度スコア一以下。途中で朝市の混雑が予測されますので、角を一つ早めに曲がると快適です』

「了解。じゃあ、朝飯の前に行ってくるか」


 ギルドの扉を押し開けると、いつもの木と油の匂いに、ほんの少しだけ焼きパンの香りが混じっていた。

「セイ君、おはよう」

 カウンターの向こうで、リーナが手を振る。

「おはようございます」

 軽く会釈すると、彼女はペンを置いて、カウンター越しに身を乗り出した。

「昨日のジャッカルのおかげで、村の外の危険度報告、けっこう助かったよ。……で、支部長ね。さっきから“セイは来てるか?”って、何回か顔を出してた」

「それは、逃げずに捕まりに行ったほうがよさそうだな」

 苦笑すると、リーナも同じように笑う。

「奥の部屋、開けてあるって。行ってきなさい」

「了解。後で正式報告書の分、またまとめさせてください」

「うん、そのつもりで待ってる」

 カウンター横の扉を抜け、廊下を進む。

 ギルドの一番奥、面談用に使われる小さな部屋の扉が、半分だけ開いていた。

「失礼します」

 ノックして入ると、丸いテーブルの向こうで、ガランが腕を組んで座っていた。

 窓からの光が、彼の短く刈った髪と、机の上の地図を一緒に照らしている。

「来たか、セイ」

「呼び出しと聞きました」

「呼び出しというほど硬いもんじゃないがな。座れ」

 勧められるまま、対面の椅子に腰を下ろす。

 机の上には、昨日俺がリーナに見せたのと同じ地図が広げられていた。

 丘、小川、麦畑、村。

 そこに、新しく細い線が何本も書き加えられている。

「リーナからの聞き取りと、お前の報告書の下書き。それに俺なりの補足だ」

 ガランは指で地図をとんとんと叩いた。

「ジャッカル六。うち五は討伐、一は村と逆方向へ離脱。危険度は三から四の帯のまま制御。村への被害なし。――ここまでは、よくやった」

「ありがとうございます」

「だが、今日話したいのはその先だ」

 ガランの指が、地図の上を滑る。

 丘の向こう側、小川へと続く斜面。

 そして、そのさらに先――川の上流のほうへ向けて、灰色の帯が一本引かれていた。

「お前の報告だと、ジャッカルたちはこの灰色の帯の“端っこ”を逃げてきた、という話だったな」

「はい。足元のマナの流れが、全部“後ろ”から押されているように見えました。帯そのものは、昨日のCラインの外側に留まっていましたが――」

 俺は自分の胸元あたりで、空中に線を描く。

「ジャッカルの足元から伸びる線と、濁りの帯から伸びてきている線が、途中で一度、きれいに重なっていたんです。 “逃げる線”と“押される線”が、一つの通り道になっていました」

「押されていた、か」

 ガランの眉がわずかに動く。

「つまり、あいつらは“たまたま”村のほうへ逃げてきたんじゃなくて――」

「上流から伸びてきた濁りの流れに、向きを指定されていた可能性があります」

 言いながら、自分でも背中が少し冷えるのを感じた。

 ただ風に乗って走るだけなら、ジャッカルはもっとバラバラに散るはずだ。

 けれど昨日の群れは、最初から最後まで、ほとんど同じ“線”の上を駆けていた。

「川上の祈律帯で見た黒い膜、覚えていますか」

「ああ。忘れろと言われても無理だな」

 ガランは短く笑ってから、真顔に戻る。

「川面に張り付いていた、あの黒い幕みたいなやつだ」

「昨日見えた濁り帯は、あれの“ほつれ”に近い感じでした。膜そのものほど濃くはないけれど、そこからこぼれてきた糸が、地面を這っているみたいな」

 机の上に置いた指で、川上から村方向へ、ゆっくりと線を引く。

「このまま何もしなければ、ああいう“押されてくる線”が、少しずつ村のほうへ増えていくと思います」

「……上流祈律帯で止めきれなかった濁りが、外縁を回り込んでくる、ってわけか」

 ガランは椅子の背にもたれ、天井を一度だけ見上げた。

「お前の見立てだと、昨日の帯そのものの危険度は“五弱”くらい、だったな」

「はい。今すぐ本隊呼べ、というほどではありませんでした。ただ、“今はまだCラインの外”という話であって、“ずっと外にいてくれる”保証はありません」

「……」

 しばしの沈黙。

 部屋の外から、ギルドの喧噪が、少しだけくぐもって聞こえてくる。

 やがて、ガランはゆっくりと息を吐いた。

「分かった。ジャッカルの件も含めて、上流祈律帯の調査を“急ぎ度高め”で本部へ上げておく」

「ありがとうございます」

「それともう一つ。川上だけじゃなく、森の中の線も、そろそろ本腰を入れて整理したい」

 ガランの指が、今度は地図の別の位置――村の北側、森へ続く獣道付近を示す。

「ここだ。以前、お前が濁りの塊を見つけた祠の周辺。あの時から、森の中に“濁り部”がいくつか点在しているって報告が上がってきている」

「濁り部……」

 言葉を口の中で転がす。

 森の中で、マナの流れが淀んで、足首を泥に掴まれたみたいに重くなる場所。

 祠の周囲だけじゃなく、獣道の脇や、小さな窪地にも、そういう“重い地点”が増え始めているのは、俺も感じていた。

「まだ大きな核になっているわけじゃないが、魔物の動きが変わり始めている。ゴブリンの群れが、いつもと違う方向に巣を作ったりな」

「濁り部が増えると、魔物の線もそっちに引かれますから」

「ああ。そのうち、“森の中で完結していた危険度”が、村のほうへまで滑ってくる」

 ガランはそう言って、俺のほうを見る。

「川上は本隊案件だ。俺たちは“どこまで行ったら危険か”を測る線引き役だと、前に話したな」

「はい。撤退判断役として、Cラインまでの案内を」

「だが、森の中の濁り部と魔物の討伐なら――まだ、俺たちの範囲だ」

 机の上の地図に、新しく丸が描き足される。

 北の祠。そこから森の奥へ向かう、小さな丸がいくつか。

「本部に“森の濁り部一掃作戦”を提案するつもりだ。規模はそう大きくない。支部のCランクを中心に、《リュミエルの灯》、それにお前」

「俺、ですか」

「お前には、撤退判断役として入ってもらいたい。森の中の線は、川上よりもややこしい。足場、枝、視界、魔物の群れの癖。その全部を見た上で、“ここまでで戻る”って線を引ける人間が必要だ」

 ガランの視線が、少しだけ鋭くなる。

「それに――昨日のジャッカルの逃げ方を見て、確信した。濁りは、もう“そこにあるだけ”じゃない。線を伝って、こちら側へ手を伸ばしてきている」

「……はい」

「だから、森の中の濁り部と、それに引かれて集まった魔物は、早めに削っておきたい。川上祈律帯の本隊が動く前に、外縁のガタついた線を、可能な範囲でまっすぐにしておく」

「了解です」

 俺は背筋を伸ばし、テーブルの地図を見下ろす。

 村。

 森の入口。

 祠。

 その先に広がる、まだ印を付け切れていない“濁り部”の候補。

「作戦の具体的な日取りは、本部とのやり取り次第になる。ただ、準備だけは先に進めておきたい。森に入る前提での装備と、撤退ラインの案――それを、お前と詰めたい」

「分かりました」

 そう答えながら、頭の片隅で、別の線が浮かぶ。

 三十日。

 ヒトリ2号の、今の仕様での安全運用期間。

 森の中の濁り部を洗い出すには、上空からの目があったほうがいい。

 けれど、ヒトリを使いすぎれば、その分だけ俺の身体の負荷が増える。

『そのバランスについても、今夜のミーティングで議題にしましょう』

 リラの声が、頭の中で静かに挟まる。

『森の濁り部調査にはヒトリが有効ですが、“常時展開”ではなく、ポイントごとの短時間運用に抑えることで、負荷を下げられます』

(そうだな。森の中は、足場と音の線も重要だ。全部をヒトリに頼る気はない)

 ガランが、俺の表情をじっと見て、口元だけで笑った。

「顔つきが“仕事モード”になったな。何か問題はあるか?」

「問題というほどでは。……ただ、俺側の事情として、“連続で奥まで走りすぎない”って線を、きっちり引いておきたいだけです」

「それは歓迎だな」

 ガランはうん、と頷く。

「今回は“全部片付けないと帰れない作戦”じゃない。まずは危険度の高い濁り部を三つ洗い出して、一つずつ削る。その途中で危険度が跳ねたら、印を付けて戻ってくればいい」

「はい。Aラインは祠周辺、Bラインは灯籠の光が届かなくなり始める帯、Cラインは……」

「“お前の腹の底が冷えた地点”だ」

 ガランは、冗談半分の口調で言ってから、真顔で続けた。

「理術だの線だのより、その感覚のほうが信用できるときもある。だから、森の中でも“ここから先は危険だ”と思ったら、遠慮なく言え」

「了解です」

 腹の底が冷える地点。

 そこは、ヒトリの残り日数とも、上流祈律帯の黒い膜とも、全部つながっている。

 線はいつだって、どこかで交わっているからだ。


「ひとまず、今日はここまでにしよう」

 ガランは椅子を引いて立ち上がると、俺に手を差し出した。

「ジャッカルの報告と、上流祈律帯に関する補足。それから、森の濁り部討伐の件。――どれも、本部に上げるときの大事な材料になる」

「俺は、線を見て言葉にしただけですよ」

「その“言葉にする”奴が、うちには少ないんだ」

 がっしりとした手が、俺の手を一度だけ強く握る。

「引き続き、撤退判断役として頼りにさせてもらうぞ、Bランク」

「はい。村の危険度を“いつもの範囲”に保つ線、ちゃんと守ります」


 ギルドを出て、教会へ戻る道すがら。

 空の高いところで、ヒトリが小さく輪を描いて飛んでいた。

 その軌跡を見上げながら、俺は胸の中で三本の線を並べる。

 一つは、上流祈律帯から伸びてくる黒い膜の線。

 一つは、森の中に点々と増え始めた濁り部の線。

 そしてもう一つは――ヒトリ2号に残された三十日の線。

「三十日」

 小さく呟く。

「その間に、どこまで“外縁のガタつき”を削れるか、だな」

『はい。そのための優先順位リストを、帰ったら一緒に作りましょう』

「頼むよ、相棒」

 足元の石ころを避けるように一歩踏み出しながら、俺は空を見上げた。

 光の小鳥が、一瞬だけこちらを振り返った気がした。

 その線が途切れないうちに、やるべきことは山ほどある。

 だからこそ、撤退ラインも、ちゃんと引いておかないといけない。

 上流へ伸びる線と、森の奥へ沈む線。

 それらの間で揺れる“村の日常”を守るために。



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