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理を灯す少年 〜祈り万能世界で、AIを宿す俺だけが“理論魔法”を使えた件〜  作者: いい加減工房


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第13話 ひとり仕事の線

 翌朝、教会の鐘が鳴る少し前に目が覚めた。

 昨日の野猪のことを思い出して、まずは足を動かしてみる。

 ふくらはぎに、じんわりとした張り。

 でも、痛みというほどじゃない。

『筋肉状態、良好です。

 昨日の負荷なら、あと二日は続けられますね』

「三日目は?」

『適度にサボるべきです』

「はい、了解しました、理層トレーナーさん」

 教会の固いベッドの上で小声でやりとりしながら、身を起こす。

 昨日の依頼は、手ごたえがあった。

 野猪を“倒さずに逃がす”一歩が、ちゃんと形になった気がする。

 だからこそ――今日は、別の線を試したかった。

 ひとりで引く線。

 ソロ依頼の線。

 

 朝の祈りを終え、簡単な朝食を済ませてから、ギルドへ向かう。

 村の家々の屋根から、白い湯気とパンの匂いが立ちのぼっている。

「おはようございます」

 扉を押し開けると、昨日と同じようにざわめきが迎えてくれた。

 ただ、少しだけ違う。

「お、Dランク君だ」

「昨日の野猪のとこ、だろ?」

 カウンター近くにいた若い冒険者が、ひそひそ声でこっちを見る。

 からかい半分、興味半分。

 ……耳はいいんだぞ、俺。

(聞こえてるけど、聞こえなかったことにしておこう)

『推奨です。反応すると面倒ごとが増えます』

 受付の女性が、俺に気づいて手を振った。

「セイ君、おはよう。ちょうどいいところに来たわ」

「おはようございます。昨日の報告で、何か問題ありましたか?」

「いいえ、逆。ガランさんから、“次の段階に進めてもいい”って」

 彼女は手元の書類をぱらりとめくり、一枚を取り出す。

「村の日常依頼のうち、ソロでも大丈夫そうなものを、いくつか選んだの。

 ガランさんの条件付きでね」

「条件付き、ですか」

「はい。――勝手に濁りの近くまでは行かないこと。

 灯籠の円から出るときは、依頼票に“行っていい範囲”を書き込んでから出ること。

 あと、“怖くなったら帰る”こと」

「最後だけ、やけにざっくりしてますね」

「でも、一番大事でしょ?」

 受付の女性が、いたずらっぽく笑う。

 ……否定はできない。

『妥当な制約です。

 ソロ時の撤退判断に、第三者の視点が入らない分、最初に共通認識を作っておくべきですね』

(分かってるよ、監査役)

 手渡された紙には、いくつかの依頼が並んでいた。

 【ミルート草とネメラ葉の採集】

 依頼主:エルディア村薬師ギルド・村支部

 推奨ランク:E〜D(1名)

 備考:村近くの小川沿い/濁りの兆候なし(教会確認済み)

 【倉庫裏のジャイアントラット駆除】

 依頼主:食堂兼酒場「ほたる火亭」

 推奨ランク:E〜D(1〜2名)

 備考:灯籠の円内/マナ異常なし

 どちらも、“命の線”までは伸びてこなさそうな依頼だ。

(薬草採りか、ネズミ退治か……)

『薬草採集を推奨します』

「理由は?」

『線の整理に向いています。

 どこまで行くか/どこまで戻るか、地形に合わせて細かくラインを引き直す練習になるので』

(たしかに)

 戦闘より、まずは「ひとりで道を歩く」ことから。

 俺は薬草依頼の紙を指さした。

「この薬草採取を、受けます」

「了解。ミルート草とネメラ葉ね。

 ……あ、ちょうどいいから、説明してもらいましょうか」

 受付の女性が奥に声をかけると、小柄なおばあさんが、ずるりとカウンターの横から現れた。

 灰色の髪をきゅっとまとめ、腰に草籠を下げている。

「薬師ギルドのオルマです。あんたがセイかい?」

「はい。お世話になります」

「ふん、線がどうとか言う子だって聞いてるよ。

 いいかい、ミルート草は“線を見ないで抜くと”すぐ枯れるからね」

「え?」

 思わず聞き返すと、オルマさんは指を一本立てた。

「根っこの広がりを見なきゃだめってことさ。

 ミルートは、根が他の草の“間”を縫うように伸びてる。

 適当に引っこ抜くと、他の草まで一緒に傷めるんだよ」

(……根っこの線か)

『興味深いですね』

 頭の中で、リラが微かに笑う気配がした。

「ネメラ葉は、小川の岩の影に生える。

 水の流れと一緒で、**“溜まりの線”**を見つけな。

 葉が重なってるところほど、よく育ってるから」

「分かりました。根と水の線を、ちゃんと見ます」

「よろしい。

 帰ってきたら、どんな風に見えたか、あたしにも教えなさい。

 線が見えるってんなら、その目を薬師仕事にも役立ててもらうからね」

 畑の人たちと同じだ。

 この村の大人は、みんな、暮らしの線をどうにか太くしようとしている。

「行く範囲は、小川のこのあたりまでね」

 受付の女性が簡単な地図を広げて、指で円を描く。

 村の灯籠の輪から、少しだけ外へ伸びた細長い楕円。

「ここから先は、“野生動物ゾーン”。今日は入らないで」

「了解です。

 じゃあ――」

 俺は線が引かれた地図を見ながら、口にする。

「この楕円の手前を、“今日の撤退ライン”にします。

 怖くなったら、そこまで戻って一度ギルドに報告。

 それで、今日は終わり」

「うん、それでいきましょう」

 受付の女性が頷き、依頼票に俺の名前を書き込んだ。

 こうして、俺の初めてのソロ依頼が決まった。

 ◇

 ギルドを出て、小川の方へ向かう。

 村の北側、灯籠の列に沿うように伸びる小道。

『マップ、ソロ仕様に切り替えます』

 リラの声と同時に、視界の端に半透明の地図が浮かぶ。

 昨日の畑の時より、少しだけ情報が多い。

 村の輪。

 灯籠の位置。

 小川の流れ。

 その上に、青と緑の小さな印がぽつぽつと光っていた。

「この光る点は?」

『既存データ+現地センサー照合で、“ミルート草らしき反応”“ネメラ葉らしき反応”を色分け表示しました。

 精度は八割程度です』

(八割当たるなら十分だな)

『残り二割は、セイの目と足で補ってください』

 人間の調査と、理層のデータ。

 その両方を合わせて、初めて“ちゃんとした線”になる。

 小川が見えてくる。

 浅い流れが、朝の光を跳ね返してきらきらと光っていた。

『マナの流れ、安定しています。

 濁りの反応、周辺に無し』

「よし」

 俺は川辺に膝をつき、ミルート草を探す。

 オルマさんの言葉を思い出しながら、地面を見る。

 細い葉っぱが、いくつかまとまって生えている。

 ぱっと見は、ただの雑草の塊だ。

『根の線、可視化しますか?』

「いや、まずは自分で」

 指でそっと土をかき分ける。

 乾いた表面を越えると、冷たい湿り気が指先に触れた。

 そこから先――

 細い根が、他の草の根の間を縫うように伸びているのが見える。

 一本、二本。

 地面の中に、白い線が編み目のように走っていた。

(……これか)

 ミルートの根は、まるで誰かが手で組んだかのように、他の草の合間をすり抜けている。

 下手に引っ張れば、すぐにその網が破れてしまいそうだ。

「ここで切る」

 根の“交差点”から少し離れたところを、人差し指の爪で押さえる。

 そこから、ゆっくりと引き抜く。

 土が少しだけ持ち上がり、ミルート草が一株抜けた。

 周りの草の根は、ほとんど乱れていない。

『成功です。根のネットワークへのダメージ、最小限』

「根のネットワークって言い方、なんかゲームっぽいな」

『ゲームではありません。現実です』

 そう言いつつ、嬉しそうなのが伝わってくるから、リラは分かりやすい。

 同じ要領で、ミルート草をいくつか抜いていく。

 無意識に、足の位置も整えていた。

 右膝を少し前に出す。

 重心をそこに預けつつ、倒れない範囲で上体を前へ。

 手を伸ばした先に、ちょうど“抜いても大丈夫な根の線”が来るように。

 戦闘じゃなくても、線と足運びは関係している。

 ちょっとおかしくて、ちょっと嬉しい気づきだった。

 ◇

 ネメラ葉は、小川の少し深いところ――岩の影に生えていた。

 水の流れがゆるやかに渦を巻き、そこで小さな緑の葉が重なっている。

(溜まりの線、か)

 俺は片足を川辺の石に乗せ、もう片方の足を少し後ろに残す。

 転んでも、川にどっぷり落ちない位置。

『バランス良好。滑落リスク、許容範囲です』

 手を伸ばし、水に指先を浸す。

 冷たさの中に、マナのざらつきはない。

 ただの清水だ。

 葉の根元をつまみ、そっと引く。

 水の中で、葉と茎の線が揺れて、するりと抜けた。

『ネメラ葉、採取数:三十七枚。

 依頼必要数を超えました』

「だったら、この辺で終わりにしとくか」

 欲張れば、足を滑らせる線が濃くなる。

 撤退ラインは、なにも戦場だけの話じゃない。

 俺は川から少し離れた岩の上に腰を下ろし、周囲を見渡した。

 灯籠の光は、ここまでは届かない。

 でも、村から伸びてきた細い光の線が、ぎりぎり川辺の手前で終わっているのが見える。

『この地点を、“今日の北側限界点”として記録します』

「頼む」

『あとで、ガランさんにも共有しておきましょう。“ここまではソロで行っても大丈夫だった”というデータになります』

(……そうだな)

 俺がひとりで歩ける線を、少しずつ伸ばしていく。

 その線が、誰かの“安心して前に出られる範囲”にもなっていく。

 そういう積み重ねが、今の俺にできることだ。


 村へ戻る途中、小さな気配が草むらの中で弾けた。

『反応あり。

 体長三十センチ前後。

 ジャイアントラット一体』

「さっきの依頼票にあった相手か」

 俺は歩みを止め、足の位置を少し変える。

 右足を半歩前に、左足を少し後ろへ。

 逃げ道を確保しつつ、いつでも横に跳べる重心。

 草の影から、灰茶色の毛玉が飛び出した。

 丸い体に不釣り合いなほど鋭い前歯。

 ジャイアントラットが、こちらを威嚇するように牙をむく。

(正面から踏み込めば、一撃で首を落とせる。

 ……でも、そこまでする相手じゃない)

 俺は半歩、横へ滑る。

 野猪のときと同じように、ただし規模をぐっと小さくした動きで。

 ラットが飛びかかってくる瞬間、左足に重心を移し、右足で軽く地面を払う。

 小さな体の足元の線を、すっと横にずらすイメージで。

「きゅっ!?」

 ジャイアントラットの体が、くるりと半回転して地面に転がる。

 その首筋に、木の棒――昨日農夫たちが使っていたものと同じ太さの枝を、軽く押し当てた。

「この辺りには近づくなよ。

 ここは、村の線の中だ」

 言葉が分かる相手じゃない。

 それでも、俺の声と、首筋にかかったわずかな圧力が伝わったのか、

 ラットはびくりと震えたあと、転がるように反対方向へ走り去っていった。

『致命傷なし。

 軽い打撲と驚きレベルです』

「それで十分」

 俺は棒を放り投げ、息をひとつ吐いた。

(……今の、やりすぎてないか?)

『ギリギリセーフですね。“ただの運動神経がいい子”の範囲です』

「そのライン、ちゃんと共有しとけよ?」

『もちろん』

 心の中だけで交わした会話を終え、俺は歩き出した。


 ギルドに戻ると、ちょうど《リュミエルの灯》の三人も帰ってきたところだった。

 アヤ、コルト、ミナ。

 リアンは教会に寄ってから来るらしい。

「おかえり、セイ!」

 真っ先に手を振ってきたのはミナだ。

 両手には、どこから拾ってきたのかよく分からないキノコの袋。

「なんかひとりでお仕事してたって聞いたけど?」

「薬草採ってただけだよ。そっちは?」

「こっちはこっちで、スライムと蜂と、あとコルトが嫌そうな顔する虫をちょっと」

「嫌そうな顔は余計だ」

 コルトが肩をすくめる。

 背中の矢筒には、いつもより少し多めの矢が刺さっていた。

「セイのほうはどうだった? ソロで行ってみて」

「……思ったより、足音がうるさかったかな」

「足音?」

「うん。いつもはみんなの背中を見て歩いてるから、線の揺れ方が違うんだよ。

 今日は自分の足音しかなくて、変に静かでさ」

 半分冗談、半分本音。

 アヤが少しだけ目を細めた。

「怖かった?」

「怖いまでは行かないけど、“ここを越えたら怖くなりそう”って線は見えた」

「へえ……」

 アヤは、それ以上なにも言わず、受付に報告書を出しに行った。

 その背中を見ながら、俺もカウンターへ向かう。

「ただいま戻りました。ミルート草とネメラ葉、規定数です」

「はい、確認するわね」

 受付の女性が、草籠の中身を手際よく数え、質を確かめる。

「根も葉も丁寧に採ってるわね。オルマさん、喜びそう」

「根っこの線、けっこう綺麗でしたよ」

「あら、線で見る薬草講座、今度あたしにもしてもらおうかしら」

 軽口を交わしていると、ギルド奥からガランが顔を出した。

「おう、初ソロはどうだった?」

「……“怖くなったら帰る”ラインの手前で、ちゃんとやめて帰ってきました」

 そう答えると、ガランは口の端を上げる。

「それなら合格だ。

 ソロの仕事はしばらく、今日みたいな範囲で続けてもらう。

 そのうち、“もう一歩外側”の話もするから、覚悟しとけ」

「“もう一歩外側”ですか」

「ああ。

 村の周りの線を、もう少し太くしておきたい。

 だが、その話は今日じゃない。今日は……そうだな」

 彼は少しだけ真面目な顔になり、言葉を選ぶ。

「今日のところは、“ひとりで歩いてちゃんと戻ってきた”って事実だけ覚えとけ。

 それだけで十分だ」

「……はい」

 胸の奥で、何かがまた少しだけ噛み合った気がする。

 灯籠の線。

 畑の線。

 川辺の線。

 そして、ひとりで歩いて戻る線。

 俺の周りには、まだ細い線ばかりだ。

 でも、確かに少しずつ増えている。

『お疲れさまでした、セイ』

(ありがとう。……なあ、リラ)

『はい?』

(その“もう一歩外側”の話が来たとき、どこまで本気を出すか、また一緒に線を引いてくれ)

『もちろん。“負けないこと”と“勝ちすぎないこと”の両立は、私たちの最重要課題ですから』

 内側で苦笑しながら、俺は木札を握りしめた。

 ギルドの扉の向こう、夕方に変わりかけた光の中へ、一歩を踏み出す。

 今日の一歩は、“ひとりで帰ってきた線”。

 きっと、その先に――もっと遠くの線が、待っている。


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