第11話 運搬の加護と、小さな鳥
教会の小さな鐘が鳴って、南側の灯籠から戻った翌朝が始まる。
目を開けると、見慣れた木の天井が視界に入った。
昨日とは、胸の奥に残っている重さの形が少し違う。
——正式なDランクとしての一日目は終わった。
——今日は、約束してもらった「勉強の日」だ。
『おはようございます、セイ』
「おはよう、リラ」
身体を起こす。
筋肉の張りは、ほんのわずかだ。自分でストレッチをさぼった翌日くらいの、軽い違和感。
『負荷のログは、すでに調整済みです。昨日までの累積疲労は、七割ほど軽減しました』
「うん、そんな感じがする」
十代の体と、リラの調整。
その組み合わせに慣れてきたのか、「立てないほどの筋肉痛」とか、「動きたくないレベルのだるさ」とは、もうしばらく無縁だ。
……その代わり、ちゃんと「疲れたフリ」をする場面は着実に増えているけど。
『演技負荷もログに入れておきますね』
「ログ取らなくていいから」
ぼそっと返しながら、《清浄》で汗と寝癖を落とす。
服を整え、首から木札を提げたところで——昨日の午後のことを思い出した。
『セイ、今日は午後、完全に自由時間が空きましたね』
「らしいな。ありがたいけど……」
昨日、南側の灯籠から戻り、ガランさんに報告を終えたあと。
「明日はギルドで一日、勉強をさせてほしい」と話を振ったら、ガランさんは「じゃあ今日はもう自由にしておけ」と、いつもの調子でまとめてくれた。
教会の自室に戻り、ベッドにひっくり返ったところで——ずっと気になっていたことを、ようやく口にした。
「……なあ、リラ」
『はい』
「この先さ。魔物とか、濁りが絡む依頼が増えていくとして」
言いながら、天井を指でなぞる。
線が見えるわけじゃない。ただのクセだ。
「倒したあと、どうやって持って帰るかって話、ちゃんと考えておいたほうがよくないか?」
北側の濁り狼。
さっきの南側の灯籠。
これから森に行くことになったときも、きっと「持ち帰る」ものは増えていく。
魔石。
牙や角。
場合によっては、濁りの塊そのもの。
「全部、普通の袋とか背負いカゴに詰めて運ぶって、結構危ないよな。重さもあるし、万が一袋が破れたりしたら——」
『濁りの影響が、運搬中の人や村に漏れる危険があります』
「だよな」
前の世界でも、危険物の運搬にはやたらとルールがあった。
それを思い出しながら、もう一つ、胸の奥に引っかかっていたことを言葉にする。
「それにさ、いつまでも教会に居座るわけにもいかないだろ」
『……生活のこと、ですね』
「うん。寝床を貸してもらってるのはありがたいけど、生活費くらいは自分でなんとかしたい。単独の素材採取とか討伐も、そのうちやることになると思う」
単独で動くことになれば、「倒したあと」をどうするかは、なおさら重要になる。
「だからさ。魔物そのものとか、濁りに近いものは、できるだけ外に触れさせないで運びたい。……俺かリラの側で、なんとかならない?」
しばしの沈黙。
理層で計算しているときの、リラ特有の「間」。
『……あります』
「あるのか」
『セイ専用の収納空間を、一つ構築する案です』
収納空間。
聞き慣れた単語に、思わず口元が緩む。
「つまり、あれか。ゲームでよくある、どこからともなく荷物を出し入れできる……ああいうイメージのやつ?」
『はい。そのイメージを土台にした、“運搬専用のポケット”のようなものを考えています』
『ただし、条件が必要です』
「条件?」
『生きているものは入れないこと。人間を出し入れしないこと。あとは、危ないものほど“運ぶためだけ”に使うこと。……そして何より、セイ自身が“運搬のために使う”と決めていること』
そこまで言ってから、リラは少し声を柔らかくした。
『便利すぎる力は、周りから見たときに不安の種になりますから』
「……だよなあ」
便利だからこそ、線の引き方を間違えると一気に疑われる。
「じゃあ、その収納空間を作るとして」
『はい』
「どうやって、ガランさんたちに説明する?」
俺とリラの間にある本当の仕組みを、そのまま話すつもりはない。
でも、完全に隠し続けるのも、ガランさんたちと一緒にやっていくには無理がある。
『そこも含めて、明日の“勉強の日”で材料を集めたいです』
「材料?」
『この世界で一般的に知られている“祝福”や“収納系の魔道具”の扱い。その範囲に収まる形で、セイに合った説明を組み立てます』
理層の、設計図の線が動く気配がした。
『今日のうちに、枠組みだけ作っておきますね。完成させるのは——』
「明日、勉強を終えてからか」
『はい』
視界の端に、淡い光点がひとつ浮かぶ。
以前、試しに出してみた、小さな光の鳥——ヒトリの残像だ。
『あの子も、運搬と索敵の“補助役”として、ちゃんとした形に仕上げたいです』
「じゃあ明日は、“運搬と線の整理の日”だな」
そんな話をしたところで、昨日の午後は終わった。
そして今朝。
俺はギルドの扉を押し開ける。
「おはようございます」
「おはよう、セイ君」
カウンターの向こうの受付の女性が、いつもの仕事用の笑顔で会釈してくれる。
昨日と違うのは、その視線が、俺の胸元の木札に一瞬だけとどまることくらいだ。
正式なDランク。
その扱いが、じわじわと広がり始めている。
「閲覧室、空けてもらえるって聞いてます」
「ええ。マスターから話は通ってるわ。こっちよ」
鍵束を手に、受付の女性が奥の通路へ案内してくれる。
ギルドのざわめきが少しずつ遠ざかり、静かな扉の前で足を止めた。
「ここが閲覧室。魔法や濁りの資料は扱いに注意してね」
「気をつけます」
鍵が回る音。
扉が開くと、古い紙とインクの匂いがふっと流れ出てきた。
棚に並ぶ本の背表紙。
壁際の台座には、丸く削られたマナ水晶がいくつか据え付けられている。
古い紙とインクの匂いに混じって、石の奥からひんやりした気配がした。
――“ここは、情報が積もる場所”だと、体が勝手に理解する。
『いいですね。……整理しがいがあります』
「整理って言い方、やっぱりお前だな」
俺は苦笑して、一番手前の水晶板に指先を乗せた。
透明な板の内側で、薄い文字が水面みたいに揺らぐ。
これは“持ち出す”ための道具じゃない。
ここで読む。覚える。必要な形にまとめる。
外から見える事実は、それだけでいい。
「なあ、リラ。今日の方針、確認しとく」
『はい』
「侵入とか、変な抜け道は無し。俺が正規に閲覧して、俺が理解する」
「その代わり――読んだ内容を、あとで使える“ノート”にして残したい」
言いながら、胸の奥に指を当てる。
そこにあるのは、俺だけが触れられる小さな整理棚。
(メモリア、と呼んでいる場所だ)
『了解しました。“原文の持ち出し”ではなく、“セイの学習ノート化”ですね』
『項目ごとに、要点・禁則・危険度・再現手順の形に圧縮して保存します』
『外から見れば、セイが勉強して覚えた――それだけになります』
「よし。じゃあ、やろう」
指先にほんの少し力を込める。
水晶板が、かすかに温度を変えた。
視界の端に、淡い表示が重なる。
外からは見えない。俺の視界だけに、紙片みたいな案内が浮かぶ。
『閲覧モード。カテゴリ候補――』
『【祈り】【魔法】【錬金】【鍛冶】【召喚】【濁り】』
改めて並ぶと、背筋が少し伸びる。
「……祈りから。リアンの基礎を知らないままなのは、まずい」
『はい。“祈り=感情を込めた命令信号”の体系から入ります』
『セイのノートに――索引を作ります』
次の瞬間、視界の右側に小さな文字列が流れ始めた。
祈りの形式。
神の名と、願いの組み立て方。
祈り続けたときの負荷と、その影響。
ページをめくっているのは俺だ。
ただ、要点だけが、手際よく“俺の中の棚”に並べ替えられていく。
『了解です』
祈りは、無限じゃない。
使えば疲れる。
心が乱れれば、効果は落ちる。
――だからこそ、「ここまで」の線を決める意味がある。
『索引、作成完了です』
『祈り:基本構文/負荷の種類/失敗例/回復の目安。メモリアに格納しました』
「……よし。次」
『どれにします?』
「魔法。……派手なやつほど、“代償”があるはずだ」
意識を少しだけ前へ寄せると、視界の文字列が切り替わる。
『【魔法】カテゴリ、閲覧開始』
『――まずは“属性と形”の基礎から入ります』
火、水、風、土。
同じ火でも、球にするか、刃にするか、膜にするかで負荷のかかり方が違う。
ページをめくるたびに、知らない単語が増える。
でも、“構造”として眺めると、妙に納得がいく。
(呪文って、願い事じゃなくて……手順書なんだな)
『はい。魔法は「手順」と「制御」です』
『祈りのように“心の向き”で跳ねる要素はありますが、基本は再現性寄りです』
「じゃあ逆に、再現できるぶん、暴発もする?」
『そのとおりです』
視界の端に、小さな警告色が混じった。
『危険タグ:暴発/逆流/媒体破損』
『――派手な火球より、“逆流しにくい形”から覚えるのが安全です』
なるほど。
いきなり花火を打ち上げるより、まずは火種の扱いから、か。
『索引:魔法――属性別の基本形/制御のコツ/事故例。メモリアに格納します』
頭の奥が、ほんの少し熱を持つ。
理層に触れすぎたときの、軽い頭痛の前触れに似ている。
(……一気に詰め込みすぎるな、ってことか)
『はい。古い情報は、要点だけ残して圧縮します。全部を丸ごと覚えるやり方は、しません』
助かる。
助かるけど――便利すぎないところが、またそれっぽい。
「次は……錬金」
『【錬金】カテゴリ、閲覧開始』
錬金の項目は、魔法より“現実の匂い”が強い。
薬草、油、粉末、魔石の欠片。
それらを混ぜ、温度を上げ、沈殿を分け、規定の時間で封をする。
(……これ、理科実験だな)
『はい。セイの世界の“化学”と近い部分があります』
『ただし、こちらはマナが介在する分、危険度の振れ幅が大きいです』
危険タグが、さらに増えた。
『危険タグ:毒性/揮発/爆鳴/濁り誘発の可能性』
『レシピは“公開/限定/封印”で扱いが分かれています。閲覧範囲に注意してください』
「封印?」
『……今のセイの立場だと、見えても“項目名まで”でしょう。中身は閉じてある可能性が高いです』
なるほど。
全部が読めるわけじゃない。
そこに“壁”があるのは、むしろ安心材料だ。
『索引:錬金――材料の相性表/基本工程/事故例/安全手順。メモリアに格納します』
俺は一度、肩の力を抜く。
息を整えて、次のページへ。
「鍛冶。……武器の話は、ガランさんたちの動きにも関わる」
『【鍛冶】カテゴリ、閲覧開始』
鍛冶は、さらに手触りがある。
金属の種類。
焼き入れの温度。
刃の“粘り”と“硬さ”をどう両立させるか。
(……職人技だな、これ)
『はい。魔法や錬金と違って、“手”の要素が大きいです』
『ただ、マナを流す工程が入る武具は、魔石の種類で性質が変わります』
ページを追うほど、アヤの武器選びが“なんとなく”じゃないのが分かってくる。
『索引:鍛冶――素材別の特性/魔石相性/整備手順。メモリアに格納します』
ここで、視界の表示が一段、静かになった。
そして、次のカテゴリ名が出た瞬間、背筋が少しだけ伸びる。
『【召喚】カテゴリ』
――嫌な予感がする。
「……これ、危なくない?」
『危ないです』
即答だった。
『召喚は“制御”が命です』
『成功しても、制御を誤ると事故になります。失敗例が多いぶん、資料も分厚い』
ページをめくると、「契約」「媒体」「縛り」「反抗」「暴走」。
言葉が全部、物騒だ。
(ヒトリの扱い、ここに引っかからないようにしたいんだよな)
『はい。だから“召喚”ではなく、あくまで“観測補助ユニット”として整理します』
『外形が鳥なのは、セイが理解しやすいだけです。分類は寄せません』
「助かる……」
『索引:召喚――禁則/事故例/制御の基本/危険度分類。メモリアに格納します』
最後に残ったカテゴリ名が、視界に浮かぶ。
『【濁り】カテゴリ』
文字を見ただけで、胸の奥が冷たくなる。
南側の灯籠の、あの感覚が蘇る。
「……ここ、読むの怖いな」
『だからこそ、線を引くために必要です』
リラの声は落ち着いている。
怖さを否定しない声だ。
『濁り:発生条件/観測の指標/近づいていい距離/撤退の目安』
『“対処の手順”より先に、“危険ライン”の定義から読みます』
俺は、ゆっくり息を吐いてからページを開いた。
濁りは、目に見えない。
でも、確かにそこにある。
――見えないものほど、決めごとが要る。
『索引:濁り――危険ライン/兆候/封じの基本/運搬と隔離の注意。メモリアに格納します』
視界の端に、淡いメモが積み上がっていく。
今この場で全部を理解できなくてもいい。
必要になったとき、引き出せる形にしておけばいい。
外から見れば、俺はただ本を読んでいるだけだ。
でも内側では、未来のための線が一本ずつ増えていく。
『では、今日の夜。ギルドと教会の、最低限の関係者を集めて、その説明をしましょう』
「……胃が痛くなってきた」
『大丈夫です。筋肉の痛みは調整できます』
「そこじゃない」
ため息をひとつついて、俺は再び水晶板に手を伸ばした。
まだ読むべき項目は山ほどある。
でも、線を引くための材料が、少しずつ揃ってきている実感もあった。
夕方。
ギルドの一角、小さな会議室。
窓の外では、灯籠に火が入り始めている。
部屋の中にもランプが灯され、木の机の上に、いつもより多めの影が落ちていた。
「……全員、いるな」
机の端に座ったガランさんが、視線をぐるりと巡らせる。
アヤ。
コルト。
ミナ。
リアン。
教会の神父さんと、ギルドの受付の女性、魔物解体のヒューゴ、鍛冶屋のドラン。
いつもの顔ぶれに、少しだけ大人が足された感じだ。
「今日集まってもらったのは、セイの“新しい扱い”についてだ」
ガランさんの視線が、俺に向く。
「撤退を判断する役としての詳細は、さっき話したとおりだ。……それとは別に、確認しておきたいことがある」
喉が、少しだけ乾く。
「セイ」
「はい」
「お前の“運搬と偵察の加護”のこと、皆にも共有しておけ」
その言葉に、部屋の視線が一斉に集まる。
リアンだけが、少しだけ心配そうにこちらを見ていた。
「……ええと」
一度深呼吸をしてから、口を開く。
「実は、夢で……神様みたいなのに会いました」
いちばん怪しい部分から、あえて先に出しておく。
どうせ避けて通れないなら、自分の口で形を決めてしまったほうがいい。
「“よく頑張っているから、これを持っていきなさい”って。そう言われて、渡されたものがあって」
腰のポーチにそっと手をやる。
「危ないものじゃないか、教会とギルドで確かめてもらいたくて。だから、今日、皆さんに集まってもらいました」
言いながら、ポーチの口を少し広げる。
中には、何もないように見える。
「ここに、“荷物をしまって運ぶための加護”があります」
意識を少しだけ向ける。
(一個、頼む)
『了解』
次の瞬間、手のひらに、ざらついた感触が落ちてくる。
ポーチの中には、どう見ても石が入る余裕以上の何かがあるはずなのに、外から覗いても、ただの布と底にしか見えない。
「……こんなふうに」
掌を開くと、親指の先ほどの石がちょこんと乗っていた。
アヤが目を細める。
コルトが、興味深そうに首を傾げる。
ミナは、半分疑いながらも身を乗り出してきた。
「ポーチの中、そんな入ってなかったよね?」
「はい。だから、多分これが“運搬の加護”なんだと思います」
ここで、神父さんが口を開いた。
「セイ君」
「はい」
「その“加護”から、濁りの匂いは感じない。……が、念のため、確認させてもらってもいいかね?」
穏やかな声。
けれど、視線は真剣だ。
「お願いします」
神父さんは軽く目を閉じ、胸の前で手を組む。
短い祈りの言葉が、低く、静かに紡がれた。
祭壇の水晶ほど大きくはない、小さな祈り。
けれど、そのマナの流れが、俺の腰のあたりをふわりと撫でていくのが分かる。
『濁りの反応、なし』
リラの報告も、神父さんの判断と重なった。
「……ふむ。少なくとも、“向こう側の厄介なもの”ではなさそうだ」
「向こう側?」
「気にしなくていいよ」
ガランさんが、軽く咳払いする。
「要するに、それは“荷物をしまって運ぶための祝福”ということでいいんだな」
「はい。……生き物は入らないですし、入れません」
自分でもはっきりと言い切る。
「これは、依頼されたものや、魔物討伐したものや、採取したものを“運ぶため”だけに使います。その他は、ギルドか教会に相談してからにします」
神父さんが、静かに頷いた。
「ならば、私から言えるのは一つだけだね」
「……?」
「どうか、その加護を“命を守るための道具”として使ってほしい。欲や恐れに振り回されないように」
「……はい」
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
ガランさんが、まとめるように言葉を継ぐ。
「では、ギルドとしては、それを“運搬の祝福”として扱う」
「祝福、ですか」
「ああ。マナ水晶にもそう記録しておく。条件は今セイが言ったとおりだ」
そこで、アヤが手を挙げた。
「質問」
「なんだ」
「その祝福、どのくらい入るの?」
もっともな疑問だ。
「今のところは、普通の荷車一台ぶん……よりは少ないくらい、ですかね」
実際には、もっと余裕がある。
でも、最初から全部を見せる必要はない。
『初期容量を七割に制限しておきます』
(助かる)
「今後、必要なら少しずつ調整していきます。どのみち、俺一人では運べない量を詰め込むつもりはないですし」
アヤはしばらく考え込んでから、ようやく頷いた。
「ま、あんたが“運び屋”の顔もするっていうなら、ありがたく使わせてもらうわ」
「うん。矢とか爆薬とか、私の荷物もよろしくね」
ミナが悪戯っぽく笑う。
コルトも、短く「助かる」と言った。
「……まだ、話が残ってるのよね?」
リアンの視線が、俺の肩のあたりに落ちる。
そこには、まだ何もいない。
『……ヒトリ、行きますか』
(ああ)
意識を少しだけ前に押し出す。
胸の奥から、細い光の流れが一本伸びていく。
「——来い」
小さく呟いた瞬間、俺の肩の上に、淡い光がふわりと形を取った。
一羽の、小さな鳥。
輪郭が少し揺らいでいる、光のヒヨドリみたいなもの。
「わ……」
リアンが、小さく息を呑む。
アヤたちも、思わず身を乗り出した。
「これも、夢で見ました」
嘘ではない。
「“危ない場所の手前で、戻る道を教えてくれる鳥”だって」
肩の上の鳥が、小さく首を傾げる。
羽を一度だけ震わせて、部屋の中をくるりと一周した。
神父さんが、再び静かに祈る。
マナの流れが、鳥の周りをなぞる。
「……これも、“あちら側”の厄介なものではないな。むしろ、祈りに近い形をしている」
「よかった」
思わず漏れた本音に、リアンがほっと笑った。
「すごいです、セイさん……」
「いや、俺が作ったわけじゃないけどな。多分」
肩に戻ってきた鳥が、ちょん、と頭をつつく。
リラの声が、かすかに重なる。
『ヒトリ、運用テスト完了。……大丈夫そうですね』
(あとは、ちゃんと怖……危険なところで戻るって決めるだけだな)
ガランさんが、最後のひと押しをするように言った。
「まとめるぞ」
「はい」
「セイには、“撤退を判断する役”に加えて、“運搬の祝福を持つ者”としての役割も正式に任せる」
「……はい」
「どこにどうやってしまっているのか、俺たちには詳しい仕組みは分からん」
ガランさんは、わずかに口元を緩める。
「だが、お前が見えない通り道をちゃんと見て、“ここまで”を守る限り、その力は歓迎する。そういう話だ」
「……分かりました」
頭を下げると、肩の上の小鳥も、ぺこりと一緒に頭を下げた。
その仕草に、部屋の空気が少しだけ和らぐ。
運搬の加護。
小さな鳥。
そして、“撤退を判断する役”。
俺の周りに集まり始めた見えない通り道が、またひとつ、はっきりとした形を持った気がした。
『セイ』
(ん?)
『これで、次からは“持ち帰り方”の心配を少し減らして、“生きて帰る線”に集中できますね』
(ああ)
まだ怖いことは山ほどある。
でも、少なくとも——
荷物の線と命の線を、前より少しマシに整理できるようになった。
そう思いながら、俺は灯籠の光がにじむ窓の外を、一度だけ見上げた。




