4.
「相変わらずさあ、暴力を具現化したようなヤツだよなー」
「ああ?」
リョウが半笑いでそう言ったとき、俺は少しムカついた。理由は分からない。
「怖い顔すんなよー。名瀬ちゃんは何に駆り立てられてるんだろって、ちょっと思っただけ」
「おい、名瀬。高校なんて早く辞めちまえよ。お前みたいな暴力人間、絶対浮いてるだろ」
「やめねーよ。ぶっ殺すぞ、ヒデオ」
「んだよ。お前が言うと冗談に聞こえねえわ」
ヒデオは眉間にシワを寄せ、金色のジッポーライターでタバコに火をつけた。
「冗談じゃねえ。あとタバコ吸うなら風下で吸え。嫌いなんだよ、その臭い」
タバコの煙が俺の顔にかかり、我慢できずヒデオを睨みつける。幼い頃、親の虐待でタバコを全身の至る所に押し当てられて以来、俺は副流煙の臭いが大嫌いだった。
「へいへい。ごめんごめん」
「喧嘩すんなー、二人とも。さて、こいつの財布の中身はー、ひーふーみー」
リョウはそれを尻目に、折檻を与えた男の財布を開き、一万円札を数えている。
「制服のクリーニング代だけ寄越せ。返り血を浴びた」
「オッケーイ。名瀬ちゃんは、この後どうすんの?」
「帰る。じゃあな」
俺はリョウから一万円札を受け取り、二人に背を向けた。
「えー、先輩から飲みの連絡来てんのにー! 早いよ、名瀬ちゃん!」
「待て、まだ夜中にもなってない。付き合い悪いじゃねえか」
ゆっくりと歩き始めたが、ヒデオに呼び止められ、俺は立ち止まった。
「つまらねえことはしない」
振り返らず、二人に背を向けたまま俺は答える。
「それじゃ。そのホチキスはお前らにやるよ」
二人の返答を待たず、俺は足早に歩き出した。後ろから愚痴めいた声が聞こえたが、無視する。くだらない夜遊びに付き合う気など、最初からなかった。
そもそも、未成年の喫煙や飲酒は犯罪だ。あの馬鹿共にいくら言っても無駄だろうが。
*
俺は住宅街の道端、自販機の前で足を止める。百円玉を入れてミネラルウォーターを買う。酷く乾いた喉を潤すには、ただの水が一番いい。
その場でキャップを開け、喉を鳴らしながら水を飲み干す。よく冷えた水が食道を通り、胃へと流れ込んでいく感覚が伝わる。
一仕事終えたような気分だ。暴力と水分で、ようやく気持ちが満たされる。空のペットボトルを自販機横のゴミ箱へ捨て、深呼吸をする。そして正面を向くと、前方から人影が歩いてくるのに気づいた。
「どこに宿題を出せばいいのかしら。間に合わなくなる、先生に怒られるぅ」
子供みたいな言葉を話しているが、子供ではない。腰の曲がった老婆だ。認知症を患っており、この辺りのアパートに独りで暮らしている。アパートから夜な夜な抜け出して、よく徘徊するのだ。厄介極まりない。俺がこの老婆と遭遇するのは初めてではなかった。
「ババア、家に帰れ。宿題なんてねえよ。自分の年齢いくつだと思ってんだ」
勝手に他人の敷地へ侵入したり大声を上げたりと、よく迷惑をかけるため、近所の住人からは煙たがられていた。もちろん、俺も同じだ。この老婆をうざったいと感じていた。
「イヤよーーーッ!!」
ほら、この通りだ。俺が声を掛けると半狂乱になり、言葉にならない叫びを上げ始める。相変わらず面倒な老婆だ。老いても、こうはなりたくない。長生きなんてしたくないと思う。
「落ち着け、何もしない。ほら――」
老婆を落ち着かせようと近づく。俺ができる限りの優しい声色を心掛けて話しかける。だが、思いっきり頬を叩かれた。そのあと、老婆は俺の腕をめちゃくちゃに引っ掻きむしる。
「いてえ。腕から血ぃ出てきたじゃねえか」
「やめろー! この野郎っ!」
落ち着くどころか、大暴れだ。まあ、予想通りだった。最初から期待などしていない。俺は老婆が怪我をしない程度の力で押さえつける。
「うっせえ。ほら行くぞ、ババア。仕方ねえから家まで連れてってやる」
「死ねっ! 触るな、ヘンタイ!」
自分が襲われるとでも思っているのか。そんなことをするはずがない。想像するだけで身震いする。本当に哀れな老婆だ。
「そんな年齢になっても、お元気で。家族の方々も、さぞ嬉しいだろうなぁ」
皮肉たっぷりに言い放つが、理解できていないだろう。俺は暴れる老婆を抱えながら、ゆっくりと老婆の住むアパートへ歩き始める。腕も身体も顔も、掻き傷によるミミズ腫れだらけだ。本当にたちの悪い老婆。躾のなっていない犬や猫の方が、よほど可愛げがある。俺は思わず、盛大にため息をついた。




