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39.


 翌朝になった。

 結局、家に帰ったのは深夜だった。天海の家は見つからなかった。どれだけ歩き回っても。どれだけ探しても。天海は、どこにもいなかった。

 頭の中で、ずっと天海のことを考えていた。天海の顔。天海の声。天海の笑顔。天海の涙。

そして、天海の身体にある、あの無数のキズ。


 身体は重かった。まともに眠っていない。頭がぼんやりする。でも、学校には行かなければならない。天海に会えるかもしれないからだ。天海が、今日は登校しているかもしれない。


 その一縷(いちる)の希望に縋って、俺は家を出た。



 通学路を歩く。昨日と同じ道。昨日と同じ景色。でも、俺の気持ちは全く違っていた。昨日の朝、俺は天海との約束に希望を感じていた。でも今は、不安しかない。

 校門をくぐる。昇降口で上履きに履き替える。階段を上がる。教室へ向かう。教室のドアを開ける。窓際の席を見る。


 ――空いている。天海の席は、今日も空いていた。俺の希望は、一瞬で砕け散った。天海は、今日も来ていない。俺は自分の席に座った。天海の席を見つめた。そこに天海の姿はない。ただ、空っぽの椅子があるだけだ。


 HRが始まる。担任の山本が教室に入ってくる。出席確認が始まる。

「天海さん、今日も欠席かな」

 山本が淡々と呟いた。特に心配している様子もない。ただ事務的に、出席簿に印をつけているだけだ。山本は次の名前を呼び始めた。


 天海が休んでいる。それだけのことだ。教師にとっては。クラスメイトにとっては。でも、俺にとっては違う。天海が休んでいることは、ただの欠席じゃない。天海に何かが起きている。そう確信している。


 授業が始まる。でも、昨日と同じだった。教師の声が聞こえない。黒板の文字が見えない。ただ、天海のことばかり考えていた。


 昨夜、俺は住宅街を歩き回った。何時間も。夜中まで。でも、見つからなかった。天海の家が、どこにあるのか、わからなかった。

 手がかりがなさすぎる。天海の住所も知らない。天海の家の外観も知らない。何も知らない。


 このままじゃ、天海にたどり着けない。


 どうすればいい。


 どうすれば、天海を見つけられる。



 昼休みに俺は屋上へ行った。昨日と同じ場所。誰もいない屋上。座り込む。空を見上げる。雲が流れている。


 昨夜、俺は必死に探した。でも、見つからなかった。今夜また探したとしても、見つかる保証はない。むしろ、見つからない可能性の方が高い。それに、連日住宅街を徘徊していれば、警察に通報されてもおかしくない。

 じゃあ、どうすればいい。俺は、何をすればいい。脳裏に、一つの考えが浮かんだ。


 ――教師に頭を下げて、天海の住所を聞く。それしかない。それが、最終手段だ。


 教師なら、生徒の住所を知っているはずだ。天海の家がどこにあるのか、教えてくれるかもしれない。でも、教えてくれるだろうか。

 生徒の個人情報だ。簡単には教えてくれないかもしれない。特に、俺みたいな奴には。


 俺は、教師から信用されていない。生活指導の木村からは、完全に厄介者扱いされている。担任の山本だって、俺を怖がっている。すべて当然、自業自得だ。

 そんな俺が、「天海の住所を教えてください」と頼んだら、どう思われるだろうか。


 怪しまれる。警戒される。最悪、断られる。でも、他に方法がない。


 俺には、天海の家を見つける手段がない。自力で探すことは、もう限界だ。だったら、頼むしかない。教師に。頭を下げて。土下座してでも。天海の住所を教えてもらうしかない。


 俺らしくない。そう思う。


 今まで、俺は誰かに頭を下げたことなんて、全くなかった。全部を暴力で解決してきた。力で押し通してきた。それが、俺のやり方だった。でも、今は違う。


 俺は変わると決めた。暴力ではない方法で、天海を守ると誓った。ならば、プライドなんて捨てればいい。天海のためなら、何だってできる。頭を下げることくらい、何でもない。俺は立ち上がった。


 決めた。午後の授業が終わったら、山本に頼む。天海の住所を教えてくれと。何度でも頭を下げてやる。天海に会うためならば。



 放課後。終業のチャイムが鳴った。周囲の生徒たちが帰り支度を始める。会話が弾む。でも、俺は席を立たなかった。待っていた。教室が静かになるのを。


 生徒たちが次々と教室を出ていく。やがて、教室には誰もいなくなった。俺は立ち上がった。廊下を歩く。階段を降りる。職員室へ向かう。足が重い。心臓が激しく鳴っている。手のひらに汗が滲む。


 こんなに緊張したのは、いつ以来だろうか。暴力を振るう時には、緊張なんてしなかった。ただ、強い衝動に任せて拳を振るっていた。でも、今は違う。頭を下げるために、俺は職員室へ向かっている。


 職員室の前に立つ。深呼吸をする。ドアをノックする。

「失礼します」

 俺は職員室に入った。


 何人かの教師が、俺を見た。その視線が、俺に突き刺さる。好奇の目。警戒の目。嫌悪の目。


 俺は気にしないふりをして、山本の机へ向かった。山本は書類に目を通していた。俺が近づくと、顔を上げた。

「名瀬くんか……どうしたの」

 山本の声は、少し怯えているように聞こえた。


「……山本先生。ちょっと、お願いがあるんですけど」

 俺は言った。山本が眉をひそめる。

「お願い?」

「はい。天海さんのことなんですけど」

 天海の名前を出した瞬間、山本の表情が変わった。警戒の色が、濃くなる。


「天海さん……」

「天海さんが、二日続けて休んでます。俺、心配で……」

 俺はそこまで言って、一度言葉を切った。それから、覚悟を決めて続けた。


「天海さんの家に、行きたいんです。だから……天海さんの住所を、教えてもらえませんか」

 その瞬間、職員室の空気が凍りついた。


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