29.
コンビニを出て、俺たちはそのまま近くの公園へ向かった。人気のない公園は静かで、街灯の光だけが周囲を照らしていた。
ベンチに座り、俺はコンビニの袋からイチゴミルクを二本取り出した。一本を天海に差し出す。
「ほら」
「ありがとう」
天海がイチゴミルクを受け取る。そして、俺の手に持ったもう一本のイチゴミルクを見て、くすっと笑った。
「名瀬くん、同じの買ったんだ」
「……悪いか」
「ううん。なんか、可愛い」
「おい」
「だって、同じの選ぶんだもん」
天海が楽しそうに笑う。俺は少しだけむっとしたが、何も言い返せなかった。
「お揃いだね」
「……別に、そういうつもりじゃ」
「はいはい」
天海はそう言って、ストローをイチゴミルクに刺す。俺も同じようにストローを刺した。二人でベンチに座り、イチゴミルクを飲む。
甘い味が口の中に広がった。冷たくて、甘くて、少しだけ酸味がある。この味を感じると、なぜか少しだけ落ち着いた。天海も同じようにイチゴミルクを飲んでいる。その横顔は、さっきコンビニで見せた冷たい表情とは全く違っていた。穏やかで、静かで、いつもの天海に戻っている。
「名瀬くん」
「何だ」
「学校、どう?」
天海がイチゴミルクを飲みながら聞いてくる。俺は少しだけ考えて答えた。
「……別に」
「つまんない?」
「ああ」
「あはは、正直だね」
天海が笑う。その笑い声は夜の公園に小さく響いた。俺も少しだけイチゴミルクを飲む。甘い味が口の中に広がる。
「そういえばさ」
天海が少し声のトーンを落とした。
「木村先生との話、どうだったの?」
「……ああ」
俺はイチゴミルクを持ったまま、前を向いた。
「くだらない話だよ」
「くだらない?」
「俺がお前をいじめてるんじゃないかって」
天海の手が止まった。イチゴミルクを持ったまま、じっと俺を見ている。
「誰かが告げ口したらしい。俺がお前を無理やり屋上に連れて行ってるって」
「なにそれ」
天海の声は静かだった。怒っているのか、それとも呆れているのか、表情からは読み取れない。
「クラスの連中が複数証言したとさ」
「ふうん」
「お前には直接聞いてないみたいだけどな」
「あはは、そうなんだ」
天海が笑った。だが、その笑い声はいつもより少しだけ冷たかった。
「木村は最初から俺が犯人だって決めつけてた」
「……名瀬くん」
「俺は疑われて当然の生徒だからな」
俺は自嘲気味に言った。天海は何も言わない。ただ、じっと俺を見ている。
「だから、もう屋上には行かないし、お前にも近づかないって言った」
その言葉を聞いて、天海の目が少しだけ見開かれた。
「……それで、どうしたの?」
「そのまま出てきた」
「あはは、名瀬くんらしいね」
天海が笑う。だが、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「くだらないだろ」
「うん、くだらない」
天海が頷いた。そして、また前を向いてイチゴミルクを飲む。
夜風が吹いて、木々が揺れる音がした。俺も天海も、しばらく黙ったままイチゴミルクを飲んでいた。
「名瀬くんって、友達いるの?」
天海が突然、話題を変えた。
「いない」
「即答」
「事実だし」
「まあ、そうだよね」
天海が納得したように頷く。そして、また前を向いてイチゴミルクを飲んだ。
「天海は?」
「え?」
「友達」
「んー……いないかな」
「そうか」
天海がくすっと笑った。
「私と名瀬くん、似てるね」
「……そうだな」
「でもさ、名瀬くん」
「ん」
「私、別に友達欲しいとは思わないんだよね」
「俺も同じだな」
天海が俺の方を向いた。その目は穏やかで、どこか寂しそうだった。
「名瀬くんがいればいいかなって」
「……天海」
「あ、重い?」
「いや」
俺は少しだけ間を置いて、答えた。
「……俺もだ」
天海は俺の言葉を聞いて、少しだけ息を吐き出した。そして嬉しそうに笑う。
「そっか」
公園は静かだった。誰もいない。ただ、夜風だけが吹いている。木々が揺れる音だけが聞こえる。
天海がイチゴミルクを一口飲んだ。
「名瀬くんは? 学校、嫌じゃない?」
「嫌いだ」
「だよね」
「ああ」
「じゃあ、二人で嫌いな学校に通うんだね」
「……そうだな」
天海がくすっと笑った。
「なんか、それって変だよね」
「ああ」
静寂が戻った。俺は天海の横顔を見た。街灯の光が、天海の顔を柔らかく照らしていた。その表情は穏やかで、さっきまでの冷たい表情は完全に消えていた。
俺はまたイチゴミルクを飲んだ。甘くて、冷たくて、少しだけ胸の奥の重さが和らいだ気がした。天海も同じようにイチゴミルクを飲んでいる。二人で、ただ静かにベンチに座っている。
天海がふと呟いた。
「……嫌だなあ」
俺は天海の方を向いた。天海は前を向いたまま、イチゴミルクを持っている。その目は、どこか遠くを見ているようだった。
「家に……帰りたくない」
天海の声は小さかった。まるで、誰にも聞かれたくないような、でも誰かに聞いてほしいような、そんな声。
俺は何も言えなかった。ただ、天海を見つめていた。天海は俺の方を見ようとしない。ただ、前を向いたまま、じっとしている。
夜風が吹いた。天海の髪が揺れる。街灯の光が、天海の顔を照らしている。その表情は、穏やかなようで、どこか寂しそうだった。
「……ずっと、ここにいたい」
天海の声が、静かな公園に響く。俺は何も言えなかった。言葉が見つからなかった。ただ、天海の横顔を見つめていた。
天海がゆっくりとイチゴミルクを飲む。その動きは、やけにゆっくりだった。時間を引き延ばしているかのように。




