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27.


 駅前で、急に天海が立ち止まった。

「あ、コンビニ」

 商店街の角に、明るい看板が見える。自動ドアの向こうには、白い照明に照らされた店内が見えた。花火大会の余韻に浸る人々の流れとは対照的に、店内は日常的な空気に満ちていた。


「トイレ行きたい。寄っていい?」

「ああ」

 天海は嬉しそうに頷いて、コンビニへと向かった。俺もその後に続く。

 自動ドアが開くと、冷房の効いた空気が一気に流れ込んできた。外の蒸し暑さから解放されて、少しだけホッとする。店内にはBGMが流れていて、レジの店員が淡々と客の対応をしていた。


「いらっしゃいませー」

 機械的な声。花火大会の賑やかさとは全く違う、いつもの日常がそこにあった。


「天海は何か飲むか」

「えっ、いいの」

「ああ」

「じゃあ……イチゴミルク」

「それだけか」

「うん、ありがとう。じゃあ、うんちしてくるね」

「おい、少しは濁せよ。一応、女子だろ」

「ふふふ、じゃ、行ってくる」

 天海は軽い足取りでトイレの方へ向かった。店の奥にある「お手洗い」の案内板を確認して、角を曲がっていく。その後ろ姿は、花火を見終わった後の穏やかな空気をまとっていた。

 俺は飲み物コーナーへ向かう。冷蔵ケースの前に立ち、ガラス扉を開けてイチゴミルクを二つ取り出した。冷たい容器が手に馴染む。

 レジに向かうと、数人の客が列を作っていた。時間がかかりそうだ。店内を歩きながら、ぼんやりと商品を眺める。雑誌コーナーへ向かったが、特に興味を引かれる本はなかった。


 その時、自動ドアが勢いよく開いた。男の声が、店内に響き渡る。

「あー、クソ眼い」

「ちょっと待てよ、飲み物買ってかなきゃ――」

 俺は無意識にそちらを見た。


 学生服を着た男が三人。シャツの第一ボタンは開け、ズボンは腰でだらしなく履いている。髪は茶色く染めて、一人は髭を伸ばしていた。学生服ではあるが、典型的なチンピラといった風貌だ。


 笑い声が聞こえる。声が大きくて、店内の空気が少し強張った。他の客が、ちらりとそちらを見ている。レジの店員も、おそらく警戒しているだろう。

 俺は雑誌の方を見るふりをしながら、あいつらの動きを意識した。別にトラブルに巻き込まれたいわけじゃない。今日は天海といる。余計なことには関わりたくなかった。

 あいつらの歩き方はどこか挑発的で、周りを威圧するような雰囲気をまとっていた。俺はその場を離れ、店の奥の方へ移動する。


 天海がトイレから出てくる前に、あいつらが店を出てくれればいい。そう思いながら、俺は静かに待った。

 だが、その期待は裏切られた。


 開いた自動ドアから続くように、甲高い笑い声が店内に響く。

「マジで~? 超ウケるんだけど~」

 その声を聞いた瞬間、俺は自然とため息をついた。――白石だ。

 派手に脱色された金髪をツインテールにまとめた女が、先ほどの男たちの後ろから店内に入ってくる。ミニスカートから伸びる脚を晒し、髭の男の腰に片手を回していた。


「ねぇねぇ、それでさぁ」

「うるせぇ、リナ」

 髭の男が白石の頭を乱暴に撫でる。白石は嫌がるどころか、嬉しそうに笑っていた。


「もう~、髪型崩れちゃうってば~」

 白石の声は馴れ馴れしく甲高かった。他の二人の男も白石を見てニヤニヤと笑っている。白石は、そのまま男たちと一緒に菓子コーナーの方へ向かっていく。


「ねぇ、何買う? 私も何か飲みたい~」

「好きなの買えば」

「やったー! ありがと~」

 白石は男の腰にさらに寄りかかる。その様子を見て、俺は顔を背けた。


 気づかれたくない。

 白石が俺を見つけたら、間違いなく馴れ馴れしく話しかけてくる。そうなれば、天海とのことがバレるかもしれない。余計な話題になる。


 俺はイチゴミルクを持ったまま、トイレの方を見た。天海はまだ出てこない。

 店の隅の方に移動して、雑誌コーナーの影に身を隠すように立つ。レジの列が進んで、あいつらが早く会計を済ませてくれればいい。


 だが、その願いも虚しく白石が、突然こちらを向いた。

 その瞬間、俺と白石の視線が合った。


「あっ」

 白石の目が大きく見開かれる。そして次の瞬間、顔全体がパッと明るくなった。


「名瀬じゃん!」

 甲高い声が店内に響いた。

 クソ。


 白石は髭の男の腰から手を離して、こちらへ向かって小走りで近づいてくる。ツインテールが揺れ、ミニスカートの裾が跳ねる。その動きに、他の客がちらりと視線を向けた。


「こんなところで何してるの?」

 白石は俺の目の前まで来ると、満面の笑みを浮かべて立ち止まった。あの甘ったるいオーデコロンの匂いが、鼻をつく。


「買い物」

「へぇー、もしかしては名瀬も花火大会? って、あれ」

 白石は俺の手に持っているイチゴミルクを見て、少し首を傾げた。


「イチゴミルク? 二本も?」

「ああ」

「名瀬、イチゴミルク好きなの? なんかイメージと違うけど」

 白石はそう言いながら、俺との距離を詰めてくる。あと一歩で体が触れそうなほど近い。俺は無意識に半歩下がった。


「誰かと一緒?」

 白石の目が探るように俺を見つめる。その視線には、好奇心と何か別の感情が混ざっていた。

「一人だ」

「ふうん。でも二本持ってる」

「喉が渇いてるんだよ」

 苦し紛れの言い訳だった。白石は少し疑わしそうな表情を浮かべたが、すぐにニコッと笑った。


「そっかぁ。私、こいつらと花火見てたんだ」

 白石は背後にいる髭の男たちの方を親指で指した。男たちは、こちらを見て何か囁き合っている。白石が俺の腕に手を伸ばす。細い指が俺の腕を掴んだ。


「触るな、白石」

「ちょっとぐらい、いいじゃん」

 白石は不満そうに唇を尖らせた。その仕草は子供っぽくて計算されたものだった。


「ねえ、名瀬。今度さ、二人でどっか行かない?」

 白石の声が少し低くなった。甘ったるい声色で、俺を見上げてくる。


「お前、連れの前でやめろよ」

「えー、別にいいじゃん。ねぇ?」

 白石は背後の男たちに向かって笑顔を向ける。その時、俺は気づいた。三人の男たちが、ゆっくりとこちらに近づいてくるのを。


 髭の男を先頭に、他の二人が左右に広がるような形で歩いてくる。その動きは明らかに威嚇的だった。俺は白石の腕を振り払って、男たちの方を向いた。


「何の用だ」

 髭の男が俺の前で立ち止まった。他の二人も、左右に位置取る。三人に囲まれるような形になった。


「いやぁ、別に」

 髭の男はニヤニヤと笑いながら言った。その目は笑っていなかった。


「リナが話しかけてたからよ。お前、誰だよ」

「名瀬」

「名瀬ねぇ。リナの知り合いか?」

「学校が同じだ」

「へぇー」

 髭の男は俺を上から下まで眺めた。値踏みするような視線。俺も、男の顔をじっと見返す。空気がピリピリと張り詰めた。

 店内のBGMが、やけに大きく聞こえる。レジの店員がこちらを不安そうに見ていた。


「なぁ、お前。リナに何してたんだ?」

 髭の男が、一歩前に出る。俺との距離がさらに縮まった。


「ただ話してただけだ」

「そうかぁ? リナ、お前に触られてたみたいだけど」

「触ってきたのはあいつの方だ」

 俺は白石の方を見ずに言った。白石が小さく息を呑む音が聞こえた。


「ほぉー」

 髭の男がさらに一歩近づく。その顔は俺の顔のすぐ近くまで来た。俺は一歩も引かなかった。男の目を真っ直ぐ見つめ返す。


 男の目は挑発に満ちていた。何か言い返せば、すぐにでも掴みかかってきそうな雰囲気。俺の目も、同じだっただろう。

 長い沈黙。睨み合いが続く。左右にいる二人の男も、じりじりと距離を詰めてくる。完全に囲まれた形になった。店内の空気が凍りついたように静まり返る。


「えっ、ちょっとー、やめなさいって。ねえったら――」

「おい、お前ら」

 髭の男が俺から視線を外さずに言った。


「こいつ、生意気じゃねぇか?」

「だな」

「ちょっと教育してやるか」

 止めようとする白石には目もくれず、三人がじわじわと距離を詰めてくる。


 俺の中で、何かが弾けた。


 さっきまで天海と一緒に花火を見ていた。夜空に広がる光を見つめながら、穏やかな時間を過ごしていた。天海の笑顔。温かい空気。満たされた気持ち。それが、一瞬で消えた。

 俺の中に冷たいものが流れ込んでくる。それは氷河のように冷たく、同時に煮えたぎるマグマのように熱かった。


 殺意。


 俺の目が変わった。さっきまでの穏やかな表情は、完全に消え去っていた。代わりに現れたのは、冷たく、鋭く、凍りついたような視線。

 俺は髭の男を睨みつけた。その目には、明確な殺意が宿っていた。


 髭の男の顔が、わずかに引きつった。俺の目を見て、何かを感じ取ったのだろう。だが男は引くことはなかった。


「おい、白石」

 俺の声が低く響いた。さっきまでの声とは違う。氷のように冷たく、それでいて静かな怒りを含んだ声。

 白石がびくりと体を震わせた。

「お前の連れ、皆殺しにされたくなければ俺から離れさせろ」

 俺は白石の方を見ずに言った。視線は髭の男に向けたまま。白石が髭の男の肩を軽く叩いたが、男たちに引く様子はない。


「あちゃー、名瀬のスイッチ入っちゃったじゃん。だからやめなって言ったのに」

 俺はイチゴミルクを近くの棚にそっと置いた。ゆっくりと、丁寧に。まるで大切なものを扱うように。


 そして、三人の男たちを見た。その目は完全に別人のものだった。花火を見ていた時の穏やかな表情はもうどこにもなかった。代わりにあるのは、冷たく、暗く、底知れない殺意だけ。


 俺の口元が歪んだ。それは笑みとは呼べない、何か別のものだった。


「殺す」


 俺の声は静かだった。だが、その静けさの中に恐ろしいほどの暴力性が潜んでいた。


「殺すぞ」


 店内の空気が一気に凍り付く。他の客たちも明らかに恐怖を感じている。じりじりと後ずさりする者もいた。レジの店員が青ざめた顔でこちらを見ていた。


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