24.
「ねえ、名瀬くん」
歩きながら、天海が口を開いた。
「何だよ」
「夕方まで、どうやって時間を潰そうか」
「さあな」
俺は素っ気なく答えた。でも、天海は気にした様子もなく、少し考えるように首を傾げる。
「カラオケとか行く?」
「お前、歌うのか」
「うーん、そんなに得意じゃないけど」
天海が少し困ったように笑う。
「じゃあ、やめとけよ」
「名瀬くんは歌わないの?」
「歌わない」
「やっぱりね」
天海が納得したように頷いた。それから、また考え込むように前を向く。
「じゃあ、ゲームセンターは?」
「お前、ゲーセン行くタイプじゃないだろ」
「まあ、そうだけど。でも名瀬くんは行きそうじゃん」
「いや興味ねえよ」
「ふうん」
天海が少し不満そうな声を出した。俺は小さく息を吐く。
「ファミレスとかで適当に時間潰すか?」
俺が提案すると、天海は少し考えるように空を見上げた。
「でも、何時間もいたら店の人に悪いよね」
「別に、金払ってるんだから問題ないだろ」
「そうだけど……なんか居心地悪くない?」
天海の言い分も分からなくはなかった。ファミレスで長時間粘るのは、確かに気が引ける。
「じゃあ、図書館は?」
天海が提案した。俺は少し驚いて天海を見た。
「お前、図書館で大人しくできるのかよ」
「失礼だなあ。私、ちゃんと静かにできるよ」
「本当かよ」
「本当だよ。というか、名瀬くんこそ図書館行くタイプじゃないでしょ」
「まあ、な」
俺は認めた。図書館に行っても、本を読む気にはなれない。ただ時間を潰すだけなら、あそこは少し息苦しい。
「公園とかでぼーっとしてるのは?」
天海がまた提案する。
「暑いだろ」
「木陰を探せばいいじゃん」
「お前、そういうの好きなのか?」
「うーん、好きかどうかは分かんないけど、悪くないと思う」
天海が少し笑った。俺は黙って前を見た。公園で時間を潰す。それも悪くはない。でも、何時間もベンチに座っているのは、やっぱり退屈だろう。
「ショッピングモールとか行く?」
「お前、買い物したいのか」
「いや、別に。ただ、涼しいし、歩き回れるし」
「人が多いだろ」
「そうだね」
天海があっさりと引き下がった。
俺たちは少しの間、黙って歩いた。足音だけが響く。時折、遠くから車の音が聞こえるだけで、周囲は静かだった。
「意外と、時間を潰すのって難しいね」
「ああ」
俺も同意した。やることがあれば時間なんてすぐに過ぎる。でも、何もすることがない時、時間は途方もなく長く感じる。
「映画館は?」
天海がまた新しい案を出した。
「何を見るんだよ」
「何でもいいじゃん。時間潰しなんだから」
「金の無駄だろ」
「ケチだなあ」
天海が少し笑う。俺は何も言わなかった。
「ねえ、名瀬くん」
「何だよ」
「このまま、ずっと歩いてるのはダメ?」
天海の提案に、俺は少し驚いて横を見た。天海は真剣な顔をしている。
「歩くだけか?」
「うん。目的もなく、ただ歩く。疲れたらどこかで休んで、また歩く。それで夕方まで時間を潰す」
「意味わかんねえだろ、それ」
「意味なんてなくていいじゃん」
「歩くのも暑いだろ」
「涼しいところを探して歩こうよ」
「例えば、どこだ」
「河原とか森の中とか?」
天海が少し笑った。
「別に、何かをしなきゃいけないわけじゃないし。ただ歩くだけでも、時間は過ぎていくよ」
俺は黙って前を見た。ただ歩く。確かに、それも一つの方法かもしれない。何も考えず、何も求めず、ただ足を動かし続ける。
「お前、変なこと言うよな」
「名瀬くんに言われたくないよ」
天海が少し拗ねたように言う。俺は小さく息を吐いた。
「わかった。じゃあ、歩くか。涼しいところを探して」
「本当に?」
「ああ」
天海が嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、俺は少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「じゃあ、決まりね。私たち、夕方まで探検しよう」
「ああ」
それだけ言って、俺たちはまた歩き始めた。静かな路地を抜けて、少しずつ人通りの多い場所へと向かう。足音だけが響く空間から、生活音が聞こえる場所へ。
どこへ向かうわけでもない。ただ、その日の夕方が来るまで――。
*
俺たちは大通りを抜けて、駅の方へと向かっていた。人通りは多くなったが、平日の昼間だからか、ほとんどが主婦や高齢者ばかりで、学生の姿はない。
「暑いね」
天海が額の汗を拭いながら言った。
「ああ」
七月の日差しは容赦なく照りつけている。アスファルトから立ち上る熱気が、足元から体温を奪っていく。ブレザーを着たままでいるのは、正直馬鹿げていた。
「ねえ、どこか涼しいところ行こうよ」
「さっき、自分で歩くって言ったのは誰だよ」
「言ったけど、でも暑いものは暑いじゃん」
天海が少し拗ねたように言う。俺は小さく息を吐いた。
「コンビニでも寄るか」
「コンビニ?」
「エアコン効いてるだろ」
「ああ、なるほど」
俺たちは近くのコンビニに入った。自動ドアが開くと、冷気が一気に体を包む。生き返るような感覚だった。
「何か飲む?」
天海が振り返って訊いた。
「適当に」
「適当って言われても困るんだけど」
「じゃあ、お茶」
「了解」
天海がペットボトルのお茶を二本選んで手に持った。それから、俺の方を見て少し笑う。
「奢ってよ」
「は?」
「だって、私お金あんまり持ってきてないんだもん」
「勝手だな。お前が奢る流れだろ」
俺は文句を言いながらも財布を取り出す。天海がにっこりと笑う。
レジで会計を済ませると、俺たちは店の外に出た。また、あの灼熱の世界。さっきまでの冷気が嘘のように、暑さが襲いかかってくる。
天海がペットボトルの蓋を開けて、一気に飲み干した。
「生き返る~」
「飲みすぎだろ」
「だって喉乾いてたんだもん」
天海が少し笑って、またペットボトルを傾ける。俺も自分のお茶を開けて、一口飲んだ。
俺たちはコンビニの前にある小さなベンチに腰を下ろした。日陰になっていて、少しだけ涼しい。
「ねえ、名瀬くん」
「何だよ」
「私たち、本当にこのまま夕方まで歩き続けるの?」
「お前が言い出したんだろ」
「言ったけど、でも現実的に考えてさ、無理じゃない?」
天海が少し困ったように笑う。俺も、その通りだと思った。
「じゃあ、どうする」
「んー」
天海は少し考えるように空を見上げた。
「適当に休憩挟みながら、のんびり歩こう」
「それ、さっきと変わんねえだろ」
「細かいこと気にしない」
天海がくすくすと笑った。俺は呆れたように息を吐く。
しばらく、俺たちは黙ってベンチに座っていた。目の前を車が通り過ぎる。人が通り過ぎる。世界は動き続けている。でも、俺たちだけが、その流れから外れたように、ただじっと座っている。
「なあ、天海」
「ん?」
「お前が言う特別な日って、何なんだよ」
俺が訊くと、天海は少し驚いたように俺を見た。それから、少し考えるように視線を逸らす。
「内緒」
「はあ?」
「だから、夕方になれば分かるって言ったでしょ」
「お前、さっきから同じこと繰り返してるだけじゃねえか」
「だって、本当にそうなんだもん」
天海が少し笑った。その笑顔には、どこか秘密を抱えているような、そんな色が浮かんでいる。
「お前、本当に変だよな」
「それ、今日何回目?」
「知らねえよ」
俺は素っ気なく答えた。天海がくすくすと笑う。
また、沈黙が訪れた。でも、さっきまでの沈黙とは少し違う。重苦しさはなく、ただ静かで、穏やかな時間。
俺は、この時間が嫌いじゃなかった。天海の隣に座って、何も考えず、ただ時間が過ぎるのを待つ。それだけで、何となく心が落ち着く。
「そろそろ行こうか」
天海が立ち上がった。俺もそれに続く。
「どこ行くんだよ」
「決めてないよ。とりあえず、涼しそうなところ」
「適当だな」
「名瀬くんもでしょ」
天海が少し笑って、また歩き始めた。俺もその後に続く。




