18.
十四歳、中学二年にもなれば、肉体だけでなく精神も大きく変化する。小学生の頃は体育が得意で学年一足が速かった佐藤は不良になった。機嫌が悪い時は気に入らない後輩を殴りつけ、無免許で原付を乗り回す。教師たちも手を焼いていた。
俺も佐藤に殴られた経験がある。服を剥がされ、全裸の写真を撮られ、クラス全員に回されて笑いものにされたこともある。今日、俺は笑顔で、闇に染まりつつある通学路を歩いていた。
そこは左右を田畑に囲まれた一車線ほどの幅しかない舗装路だ。この時間、農家の人は仕事を終え、学生たちは帰宅して誰も通らない。ただし、一部の不良生徒を除いて。警察の見回りも少ないため、無免許の原付で暴走するヤツらがいる。俺は興奮していた。
正面から原付のヘッドライトが光っている。来た――ヤツらだ。佐藤たちだ。三台の原付に乗っていた。違法改造されたマフラーからけたたましい騒音を発しながら近づいてくる。三台、三人か。できるかな。やってみよう。
道の真ん中で仁王立ちする人影に気づき、ヤツらは速度を緩める。数メートル手前まで来て、ようやく俺だと認識した。
「……名瀬、何してんだ」
佐藤が最初に口を開く。その横には二人、佐藤の取り巻きの中田と島谷だ。校内でも毎日一緒につるんでいる。こいつらもろくでもない。俺は安堵した。全員知っている顔だ。よかった。知らないヤツに暴力を振るうのは気が引ける。
「邪魔くせえ、お前!」
「きめえよ、カス!」
佐藤に続いて中田と島谷が口を開き、ガナリ声で俺を威嚇する。俺は震えていた。
「ははは! 何怖がってんだよ」
ヤツらは笑いながら、俺を囲むように原付を動かす。正面に佐藤、左右に中田と島谷が寄せてくる。狭い舗装路で、俺の逃げ場は背後しかない。俺を怯えさせようとしているのか、三人は同時にアクセルを思い切りフカし、車体を激しく揺らす。震えが止まらない。
「オラオラ! 轢き殺すぞ――」
さらにもう一度、三人はアクセルを吹かした。俺はその瞬間、横で原付に跨る中田の身体を全力で蹴った。中田は原付ごと真横にバランスを崩す。なんとか踏ん張ろうとしたのか、両手に力を込めた。全身が強張り、ブレーキは緩み、アクセルは深く回る。中田は暴走する車体と一緒に田畑へ薙ぎ倒された。俺の震えは武者震いだ。
駆動音の下敷きになって中田の叫び声が響いた。田畑への着水と同時に駆動音は止む。俺の思いがけない行動に、佐藤と島谷は目を見開いて呆然としている。それはそうだろう。俺は今まで死んだ目をして虐めを受け入れ続けてきた。ヤツらの目には、俺は人間として映っていなかった。
俺は正面にいる佐藤に飛びかかった。原付のハンドル越しに佐藤の首を絞め上げる。爪を立て、全力で絞めると佐藤の首から血が流れる。佐藤は声にならない声を出し、怒りをあらわにする。そして佐藤はブレーキから手を離し、アクセルを捻った。
佐藤は原付で俺を轢こうとしたのだろう。だが助走距離が足りず、速度が出ていない。制動もまともにできていない。俺は島谷の方向へ身体を思い切り傾け、自分の身体ごと島谷の原付へ追突させた。背中に衝撃が走ったが、極度の興奮状態で痛みは感じなかった。俺と佐藤と島谷は、そのまま原付ごと田畑へと投げ出された。
世界が逆さまになった。泥水が宙を舞い、月に重なる。田畑に張られた冷たい泥水が、興奮した俺の身体を冷やすのにちょうどよかった。少し冷静になれた。さあ、何があろうと佐藤だけは再起不能にする。
仰向けに田畑へ沈む。目も鼻も口も開いていたから、泥水を全部吸い込んだ。だが構わない。佐藤の倒れた位置はしっかり見据えた。俺は怯まず起き上がり、田畑に横たわる原付を跨いで飛び越える。うつ伏せの状態から四つん這いで起き上がろうとする佐藤を捉えた。
俺は膝から佐藤の背中に飛び乗る。全体重を膝に乗せると、佐藤はいとも簡単にぺしゃんこになった。うつ伏せの状態に舞い戻る。佐藤は痛みに苦しむ。俺は馬乗りになった。佐藤の後頭部を両手で掴み、今度は両手に全体重を乗せる。濁った泥水の先、田畑の底で窒息させてやる。
泥水の中で佐藤が必死にもがいている。ブクブクと泡が湧き出る――沈む佐藤の頭部から続々と。俺は興奮していた。それを見ていると、自然と口元が緩んだ。泡が止まった。暴れる佐藤の四肢が、少しずつ脱力していくのを感じる。ああ、もう少しだ。俺の口元はさらに歪に緩んだ。
佐藤の動きが止まろうとした、その瞬間だった。背中を蹴られる。痛みは感じない。強い衝撃で身体が前に押し出された。倒れはしなかったが、佐藤から離れてしまう。次は真横から顔を蹴られる。一瞬だけ意識を失い、仰向けに倒れた。
中田と島谷だ。何を言っているかは聞き取れないが、怒鳴りながら倒れ込んだ俺を力任せに蹴りまくる。再び俺は大量の泥水を吸い込む。仰向けはマズい。水面から顔を出さないと俺が窒息する。ただ二対一では抵抗も無駄だ。今度は俺が乗られる側になった。中田にのしかかられる。島谷は佐藤の救護に向かったようで蹴りが止んだ。
水底から揺れる空を見つめる。中田の両手が俺の首を目掛けて迫ってくる。首を絞めるつもりか。猿真似しやがって。
泥水の中、夜は視認性が悪く、中田は俺の首を探るように顔面をまさぐる。俺は中田に噛みついた。水中でも分かった――中田の皮膚が千切れた。俺の腹部が軽くなる。馬乗りになっていた中田が飛び上がったらしい。俺の口腔内には、噛み千切った中田の皮膚の一部がごっそりと残っていた。
ようやく水面に顔を出せた。仰向けのまま、両手を水底について身体を持ち上げる。口の中に残った肉塊を吐き捨てた。周囲を見渡す。気絶寸前でぐったりとしている佐藤を必死に介抱する島谷。皮膚が削がれた右親指の付け根を見つめて涙する中田。俺は大声で笑っていた。
俺は立ち上がった。歩いてもすぐ届く距離にヤツらはいるのに、全力で走り始めた。俺は暴力を克服した。俺は暴力を支配した。原付のヘッドライトと月明かりだけが俺を照らす。夜はまだ長い。震えが止まらない。笑いが止まらない。
――暴力は、マスターベーションをはるかに超える快感だ。




