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10.


 窓際の席から、夕日がゆっくりと沈んでいくのがよく見える。まだ外は暗くないが、駅前の街路灯に明かりが(とも)り始めた。この時間帯の駅前は学生が多い。俺は同じ高校の連中がこのハンバーガーショップの前を通らないでくれと祈っている。天海と二人でいるところを見られたら、新たな噂の種になる。


「ねえ、名瀬くん」

 天海は自分のテリヤキバーガーを包み紙越しに指でツンツンと突きながら、俺の方を見た。


「あん? なんだよ。つーか食べ物を指で突くな」

「名瀬くん、食べないの? 自分の分……買ってないよね」

 天海は(いぶか)しげとも、申し訳なさそうとも取れる表情で言った。


「俺はこれだけでいい」

 そう言って俺はカフェラテがなみなみと注がれたカップを手に取り、ゆっくりと口をつける。まだそれなりに熱く、舌先が若干ヒリヒリとしたが、飲めなくはなかった。


「名瀬くん……ハンバーガー食べに行くって言ってたじゃん」

 テリヤキバーガー、ポテト、チョコレートシェイクが載ったトレイを見つめながら、天海は寂しげに呟く。さっきまでのはしゃぎようは何だったんだ。


「さっさと食えよ、天海。俺はこれ飲み干したら先に店出るぞ」

「え……」

「あ? せっかく奢ってやったんだから食えって」

 戸惑う天海に、俺は不機嫌そうな声で返した。天海は笑おうとしたが、口角が僅かに上がっただけで、すぐに笑顔は消える。そして力なく口角は下がり、目を伏せた。


「うん、ごめんね。急いで食べる。いただきます」

 再び目線を俺の顔に合わせ、天海はニッコリと笑った。だが語尾が少しうわずっている。言葉を発する前、天海が唇の内側を一瞬だけ噛むのを、俺は見てしまった。


「……いや」

 無意識に、俺は消え入りそうな声で呟いた。不運なことに天海は耳が良いらしい。その小さな(ささや)きを聞き逃さなかった。俺の顔をじっと見つめ、きょとんとした表情で首をかしげている。


「やっぱり……ゆっくり食っていい」

「え、大丈夫なの?」

「……このカフェラテ、熱いから。その、すぐ飲み干せない」

 天海の無理していそうな笑顔を見て罪悪感を覚えた――そんなわけではない。ただ、もう少し冷ましてから飲んだ方が、俺にとって適切な温度で一番美味しく飲めると思っただけだ。

 それに俺が急かしたせいで食い散らかされでもしたら、同行している俺まで恥ずかしい。このテーブルは外からよく見えるし、一番目立つ。本当にそう思っただけだ。


「ふふ……ありがと」

 天海は嬉しそうに笑った。意外とわかりやすい反応をする。ただ、異性の気を引くために、わざとこういう態度を取る女も多い。天海がどちらなのかは分からないが、俺は警戒を解かない。


「もぐもぐ、もぐもぐ。名瀬くん、コレおいしいねえ」

「……もぐもぐって言いながら食べるヤツ、初めて見た」

「えへへ、こーゆーのが可愛いんでしょ?」

「やっぱり気色悪いな、お前。クラスの男たちにでも見せてやれよ」

 俺は冷たく悪態をついたが、今の天海には大して効いていないようだ。俺の顔を見つめながら、ただニヤニヤと不敵に笑っている。


「本当においしいなあ。ジャンクフードとか、俗っぽいものあんまり食べないから……久しぶりに食べると最高だね」

「ああ、そう。良かったな」

 カップに注がれたカフェラテは残り半分ほど。ここまで飲み進めると、熱も引いて生暖かくなる。このぐらいの温度が一番好きかもしれない。ミルクのほのかな甘さが一番際立つ気がする。


「私ってさ……お姫様だから大変なんだよ。親も厳しくて自由も少ないんだから」

 テリヤキバーガーとチョコレートシェイクを交互に口に運んでいた天海が、唐突に訳のわからないことを話し始めた。食べ合わせもそうだし、話す内容にも突っ込みどころが多い。俺は窓から駅前の景色を眺め、適当に相槌を打つ。


「お姫様とデートができて幸せだね。名瀬くん」

「お前んち、金持ちなのか?」

 俺の問いに、天海は考え込むように沈黙した。先ほどまで過剰なほど俺の顔を凝視していたのに、今は顔を伏せ、唇に左手の人差し指を添えている。虚空を見つめ、何かを思案しているようだった。


「んふー、そうだね。超お金持ちで、超お嬢様で、……超愛されてる」

「へえ。お前んちの住所、俺に教えろよ」

「あはっ、なになに、私のこと狙ってるの? えっちなんだからー」

「仲間と強盗に入るから教えろよ」

 天海は何故か、俺のその発言を聞いて、ツボに入ったように笑い始めた。本当に変わった女だ。


「そっちかー。じゃあ、ダメー! 教えてあげないよ」

「……そんな金持ちのわりに酷い高校へ来たんだな。変わってるぜ、お前」

「ひどい高校?」

「ああ、最低のバカ高校だよ。酷い生徒に酷い教師。詰んでる人生が確約されてるゴミしかいねえよ。あんな高校、ゴミ箱だ」

「名瀬くん、そんなこと言っちゃダメでしょ」

「俺が退学にもならず、通えているんだぜ? それがゴミ箱だっつう証明だろ」

「そっかー」

 顔をしかめて吐き捨てるように話す俺とは対照的に、天海はさわやかな笑顔を浮かべたまま頷いている。


「名瀬くん、私が友達になってあげるよ」

「は?」

「独りぼっちで可哀そうだから。私が友達になってあげる」

「断る」

「なんでよー。きっと楽しいよ、私といれば」

「黙れ」

「ねえ、名瀬くんは……なんのために、学校来てるの?」

「身を守るため」

「あははっ、なにそれっ」

 天海は大げさでわざとらしく、腹を抱えて笑っている。表情豊かに見える天海の顔は、俺からすれば気味の悪い能面のようにしか感じなかった。天海の笑顔の奥に隠された何か――俺は最初から気づいている。


「ねえ、ところで名瀬くん。テリヤキバーガーって最高に美味しいと思わないかい? この甘くてしょっぱいソースがパティとバンズに染み渡って、しっとり柔らかくさせてるのが最高だよね。このしっとり感がレタスのシャキシャキ感を引き立てるんだ」

「手がベタベタになるから俺は嫌いだ」

「ああ、確かに。ベタベタだね、現在進行形で。困った困った」

 天海はそう言って、自分の両手を見つめ始めた。遠目から見ても、白い指先が甘ったるいソースで染まっているのがわかる。天海はどうしようかと首をかしげていた。


「はい、名瀬くん」

 俺の目の前に、天海はテリヤキソースのついた自分の両手を差し出した。俺が戸惑いの態度を見せると、天海は笑顔でウインクを向ける。こいつ、やはり頭がおかしいのか。


「……まさか俺に紙ナプキンを取れと? 自分で取れよ。すぐそこに置いてあるだろ」

「――手のベタベタ、名瀬くんが舐めとって」

 俺は確信した。天海は頭がおかしい。


「嫌に決まってんだろ。きったねえな」

「ええー」

 天海は不満そうに天を仰ぐと、自分の手を舐め始めた。


「あまじょっぱーい」


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